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小説「木を隠すなら、森の中。」

 今年で一応、三十歳。ここまでくれば、もう、安心だろうか。
 昨年、子どもが生まれた。家も建て、嫁との関係も、ご近所との付き合いも良好だ。大手とまでは言えないが、そこそこの会社でまずまずの地位も確立している。
 大きな波風は立てないように生きてきた。こう見えて私は、器用なのが取柄であった。
 そんなある日、同窓会のハガキが届いた。昔のように小学六年生に戻って集まらないか、と。
「あら、あなたの昔って、どんな子だったの」
 妻が覗き込んでくる。私は少し考えたが、出席に○をしてハガキを渡した。
「別に、いたって普通だよ」
 普通の人間に、欠席の二文字は存在しない。

 小学六年の春、私は始業式に出席できず、学校を一週間休んだ。春の冷たい風にやられて、風邪をこじらせたのだ。
 その夜、部屋で寝ているときだった。急に辺りが明るくなり、そこには私と瓜二つの少年が立っていた。何かを喋っているが、聞き取れない。私は恐怖の中、意識を失った。目を覚ますと、私は、私ではなくなっている奇妙な感覚に包まれていた……。
 田舎だったのでクラス替えはなかったが、おじいちゃんのような先生が担任になっていた。登校一番、私は言われた。
「君は、宇宙人みたいだね」と。
 私は、首を傾げたのを覚えている。
 それにしても、懐かしい。あのおじいちゃんの先生は、今もご健在なのだろうか。クラスのみんなは、元気にしているのだろうか。
 人間は、確かめたがる生き物だ。

「おっ、久しぶりだなー」
 どこもかしこも、そんな声で溢れている。顔の分かるやつもいれば、すっかり分からなくなっているやつもいる。みんな、立派な大人になっている。
 受付をしているのは、クラスのアイドルだった子だ。名前は――、忘れたな。
「あら、A君? 久しぶり。全然変わってないから、すぐに分かったわ。さ、ここに名前書いて。あれ、A君、左利きだったかしら」
「おっと、いつもの癖だ。いや、ちょっと前に怪我をしてね」
 どうやら、みんな私に気付いてくれたらしい。懐かしい顔が集まってくる。
「久しぶりだなー、元気にしてたのか」
 たわいない会話は、大人のたしなみだ。
「そういえば、今日、あのおじいちゃん先生も来るんだって」
 そうか、先生もご健在なのか。安心した。来た甲斐があったようなものだ。私はそっと、胸を躍らせた。
「そういえば、A、お前、あのとき何かあったんか。六年になった時だよ。お前、あれだけ女子のスカートをめくっていたのに、急に大人しくなるから。おかげで、俺ばっかりが先生に怒られてたよ」
「もー、ほんと男ってサイテー」
 アハハ、と笑い声が響きあう。みんなが笑うと、私もつい笑顔になってしまう。
「それにしても、Aは本当に変わらないな。まるで歳をとっていないみたいだよ」
 私は静かに、おしぼりで顔を拭いた。
「A、お前の子どもは、どっち似なんだ」
「ああ、まあ、そのうち分かるさ」
 会場はがやがやと、陽気な空気に包まれている。私は一旦、席を外し、洗面所に向かった。
 鏡の前で、ほくろの位置を確認し、口を大きく開けて、顔のしわを少し刻んだ。
「おい。そろそろ、ゲストの登場だぞ」
 拍手の中、一人の老人が現れた。
 ああ、先生だ。
「先生、お久しぶりです」
 ふがふがと話す先生の目にも、懐かしみのせいか、少し涙が浮かんでいる。
「みなさん、すっかり大人になりましたな。相変わらず、騒がしいクラスだ」
 ドっと、会場が笑いに包まれた。
 先生を中心に、みんなが集まっていく。私もその中に紛れ込んだ。
 一人ひとりが先生に声をかけている。
 私も、もはや笑顔が隠せない。
「おや、君は。――そうだ。思い出した。ほれ」
 先生が私に握手を求める。私はゆっくりと左手で握り返した。
「君も、立派な人間になったな」
 先生の口元がにやりと上がる。
 やはり、そうか。
 先生はあのときから、すでに私のことに気がついていたんだ。



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※2015年頃の作品です。


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