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【38話】幼馴染みの想いで話(唯と梨紗ちゃん)

ギターの人との確執

さて、【37話】の続きです。
最初の練習日に、涼さんと渚さんは、少しの間一緒にやっていたギターの人を連れてきました。
梨紗ちゃんは、「演奏スタイルは派手目だけど」という言葉に、不安を感じていました。
そして、その梨紗ちゃんの不安は現実となったのです。

今日の練習曲は、初見のセッションの時の、ディープ・パープル(Deep Purple)レイジー(Lazy)と、同じくディープ・パープル(Deep Purple)バーン(Burn)、それとクイーン(Queen)ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)です。

レイジーの選曲は梨紗ちゃんで、ギターを入れて演奏して、どのような感じになるか、というのは建前で、ギターの人の演奏能力、キーボードとの掛け合いでの対応力を図るのが目的でした。
バーンはギターの人の選曲で、どうもそれが得意みたいなのです。

最近では、女性ボーカリストも、バーンなどのハードロックナンバーをカバーしているようです。
唯ちゃんも、このような感じで歌うのでしょうか。

ボヘミアン・ラプソディは唯ちゃんの選曲です。
唯ちゃんは、ここ最近、フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)がお気に入りなのです。
フレディ・マーキュリーの綺麗な声と、ハイトーンで広い音域は、唯ちゃんの声と共通する点が有るから・・と、唯ちゃんは思ってるかどうかは分りませんが、魅力は感じているようです。

ギターの人とのトラブルが、初っぱなから起きました。
ボヘミアン・ラプソディは弾かない、と言うか、「Queenは嫌いだから弾けないし弾かない」と言ってきたのです。
なぜ選曲は言ってあるのに、嫌なら最初に言ってこなかったのかと、梨紗ちゃんは納得出来ません。
唯ちゃんは、楽しみにしていたボヘミアン・ラプソディが歌えなくてガッカリで、少し不満顔です。
唯ちゃんの不満顔は、なかなか見られません。
梨紗ちゃんは、最初だからと思い、何も言いませんでした。

エレクトリックギターには、多種多様な特殊奏法が有るようです。
例えば、
・タッピング
・ピッキングハーモニクス
・グリッサンド
・ピックスクラッチ
・アーミング
・トリル
などです。

さて、まずは「レイジー」から演奏が始まりました。
が、梨紗ちゃんは困惑しています。
梨紗ちゃんの心の声です。

梨紗ちゃんの心の声 (1)

「(あっ 音デカッ)」
「(えっ テンポ速っ)」
「(あー 歪みすぎ)」
「(えっ ここでこれ)」
「(えっ またこれ)」
「(えっ 今度はこれ)」
「(えっ まだソロ回してこない)」
「(あー まだ続けるんだ)」
「(あー やっとソロ回してきた)」
「(ちょっとー 音下げてよ)」
「(えー ここでもこれ)」
「(えー 単音リフばっかり)」
「(あーあ こればっかり)」
「(この人って)」

梨紗ちゃんの心の声でした。
心の声での「これ」は、先ほどの「特殊奏法」の数々です。
エレキギターやってる人は、よく分ると思います。
さすがに「これ」ばっかりやられると、曲の雰囲気は台無しです。
これ」は効果的にやってこそ、意味があるのだと思います。

唯ちゃんビックリ

とりあえず、この曲は終わりました。
梨紗ちゃんは、目つきが鋭くなるのを押さえて、次の曲に行きます。
次は「バーン」です。
いよいよ唯ちゃんのボーカルが入ります。
そしてイントロが始まりました。

「ひゃーーー 梨紗ちゃーん」

イントロが始まった途端、唯ちゃんが叫び声を上げて、梨紗ちゃんの所に飛んできました。
梨紗ちゃんは、その理由は分っていました。

「ちょっと止めて下さい 止めて下さい ギターの音大きすぎます それに唯が驚いていますので」

そうです、あの有名なイントロの音が爆音だったのです。
ちょうどギターアンプの近くにいた、唯ちゃんの耳にその爆音が突き刺さってきたのです。
唯ちゃんもうビックリ、何事が起こったのかが分らず、梨紗ちゃんの所に避難したわけです。

「こんなもんだろう 特にイントロなんか ディープ・パープルなんだから これ位でちょうどいいよ」
「そんなことはありません 音が大きければいいなんてことは それに ベースとドラムとのバランスも考えて下さい これではリズムセクションが聞き取り難いですから」
「ゴチャゴチャうるさいなあ」

ベースの涼さんが少し歩み出て、「音量を落とすように」と蚊の鳴くような聞き取れない声で言いながら、手でジェスチャーをして促したそうです。
蚊の鳴く声でと言いましたが、蚊のなく声の方が大きかったそうです。
とにかく涼さんは、図体はでかいのに声が小さく、無口なのです。
しかし、親友であるドラムの渚さんは聞き取れるようでした。
涼さんの身長は190cmに迫りガッシリしていて、ベースがギターのように見えるくらいです。
唯ちゃんが、「ベースを弾いてみたいんだよ」と言って、肩に掛けて貰ったら「これ 急に大きくなったんだよ」と言ってすぐに返したそうです。
取り敢えず、バーンの演奏を再開しました。
唯ちゃんは、梨紗ちゃん寄りのポジションを取っています。
そして、梨紗ちゃんの心の声です。

梨紗ちゃんの心の声 (2)

「(まだ 音デカッ)」
「(やっぱり これ多すぎ)」
「(これも 単音リフばっかり)」
「(あー ここ省略してる)」
「(もう アーミング長過ぎ)」
「(チョットー ソロほとんどアドリブじゃないのよー)」
「(わっ 私のソロの時これ入れないでよー)」
「(唯 歌いづらそうじゃないのよー)」

梨紗ちゃんの心の声が、だんだん過激になってきました。
確かにリッチー・ブラックモアはライブで、けっこう気まま勝手にやってますが、見る方からすると今度は何をやってくれるか楽しです。
向こうはプロですから、それをアマチュアが全て真似しても全体のバランスが崩れてしまいます。
それを梨紗ちゃんは、懸念してるのです。
反面では、オリジナルを重要視し過ぎている所もあります。

「一から十までとは言いませんが 練習ですからオリジナル通りにやって貰えますか」
「そんなの面白くないよ」
「ベースもドラムも オリジナルに沿ってやって貰ってます 唯は言いませんが歌いづらいのは分ります」
「そんなの知らねえよ」

渚先輩だよ!

ドラムの渚さんは、身長は梨紗ちゃんより少し高い位、顔は女の子のようにかわいい、しかし言葉遣いが乱雑というか汚いというか、例えると「鬼滅の刃」の「嘴平伊之助」のような感じです。
もちろん、この時代に「鬼滅の刃」はありませんけど。
梨紗ちゃんを呼ぶときは「おい 梨紗」で、
唯ちゃんを呼ぶときは「こら 唯」なのです。
初めてこう呼ばれた唯ちゃん、

「ゴメンだよ 渚先輩 唯が悪かったよ」
「どっ どうして謝る」
「だってー コラって 怒ったじゃない だからだよ」
「で 唯は何をした」
「それが分らないんだよ でも唯が気付いてないだけだと思うんだよ」
「いや そうではなくて これは呼び方で 涼でも おい涼と 呼ぶから」
「じゃあ なんで唯だけコラなの」
「うーーーん なんかコラって感じだからだ」
「じゃあ 分ったんだよ」

渚さんは、唯ちゃんがどんな子なんか、少し分ったようです。
女の子の様相でも、ドラミングはパワフルで、見た目からは想像ができなく、話し方も行動も男らしくて、しかしチョット切れやすい面もあります。
ギターの人の勝手な言い草に、ドラムの渚さんが切れてしまい怒鳴りつけようとしたのですが、その時梨紗ちゃんが核心を突いた一言を言ったのです。

梨紗ちゃんキレる?(1)

「オリジナルは弾けないんですね」
「弾けないんじゃない 弾かないだけだ コピーしないだけだ 自分なりに変えてるだけだ それも難しい方に」
「確かにタッピングや速弾きなど一つ一つを見ると上手なのかもしれません 失礼を承知で言います 私からしてみれば上手だとは思えません むしろ下手だと思います」
「なんだその言い方は どこが下手なんだ」

と、ギターを放り投げて梨紗ちゃんに詰め寄ります。
当然ながらギターを放り投げたものですからアンプからは、ガーガーキーキーバチバチピーピー、とハウリングを起しています。

アタフタ唯ちゃん

「ひやー なんだよなんだよ これどうすればいいんだよ わー どうしようどうしよう」

と、唯ちゃんはアタフタして、アンプの周りをぐるぐる回っていました。
その時、唯ちゃんの頭の上から大きな手が出てきて、アンプのボリュームをゼロにされスイッチが切られ、ハウリングが止りました。
それは涼さんでした。

「ありがとうだよ 涼先輩」
「あっ・・・・・・・・・・・うん」

唯ちゃんはニッコリして、涼さんにお礼を言いました。
涼さんの返事は、小さい声だったので、唯ちゃんには聞こえません。
こんな状況時にでも、笑顔でお礼を言う唯ちゃんの人となりが、涼さんは少し分ったようです。

梨紗ちゃんキレる?(2)

「自分だけ目立とうとして、全体のバランスを考えられないことです 唯が歌いづらい事など分っていませんよね」
「そんなの合わせられないのがダメなんじゃないか だから女のボーカルはダメなんだ 迫力もないし」
「唯を侮辱するのはやめて下さい 唯のボーカルを活かすように演奏するのがこのバンドの主旨の一つなんです 涼先輩も 渚先輩も それを理解した上で入っていただきました 初めから女性ボーカルのバンドだと分っていましたよね」
「女のボーカルはハードロックに向かないことがよく分ったよ それを補おうとしてやったのに」
「いま言ってる問題はボーカルじゃありません そちらの問題です」

問題をそらしにかかっています。
梨紗ちゃんの理詰めに対抗できる人は、そうそう居ません。
矛先を唯ちゃんに向けたのです。
唯ちゃんはそう言われても特に気にしませんが、梨紗ちゃんは違います。
唯ちゃんのことを、不条理に悪く言われることに耐えられないのです。
眼差しはかなり鋭くなっています。
しかし、言葉遣いが荒くなることはないのです。
その様なときは、逆に丁寧でゆっくと聞き取りやすくなります。
但し、丁寧な中にも辛辣な言葉が入ってきます。
今回は、それ程でもないのですが、本気になると丁寧なのに、言っていることをよく考えると、クソミソに言っている場合もあるのです。
もちろん滅多にないのですが、唯ちゃんがらみで何度かあったそうです。
梨紗ちゃんは語彙力がずば抜けているのです。

梨紗ちゃんキレる?(3)

「初めから入る気はなかったよ」
「そうですか 分りました」
「つまらんバンドだ 渚も涼もよくこんなのに入ったな 落ちたもんだ」
「涼先輩と渚先輩を侮辱するのもやめて下さい 大切なメンバーですから そちらとはもう関係がないはずです」
「お前が一番つまらんよ 型にはまったことばかり言いやがって」
「そうですか そう思うのはそちらの自由ですから 何なりとおっしゃっていただいて結構です 最後に一つ言わせてもらうと ギターを大切に扱って下さい まずは基本的なことから始めたらどうでしょうか」

と言うわけで、ギターの人は梨紗ちゃんの最後の一言に何も言えなくなって、機材を大急ぎで片づけて帰って行きました。
皆さんも楽器は大切に扱いましょう、でないと梨紗ちゃんに怒られますよ。

ギターリスト探し始動

「涼先輩 渚先輩 すみませんでした せっかく連れてきて頂いたのに こんなことになってしまって 本当にすみませんでした」
「梨紗ちゃん・・・・・唯はそれでよかったと思ってるんだよ」
「でも 唯・・・・・」
「おい 梨紗 謝る必要ないぞ 梨紗がキレなかったら 俺がキレれて蹴飛ばして追出していたからな」
「い いえ 私は何も切れたわけでは・・・・・」
「アハハ キレてたキレてた なあ涼」
「あっ・・・・・・うん・・・・あっ」(渚さんにしか聞こえていません)
「キレていません!!! あっ ごめんなさい でも どうしましょう また募集かけましょうか」
「まあ 俺たちが変なの連れてきたから 悪かったと思ってるよ 前はあんなんじゃなかったんだけどな だからギタリストは俺たちで探すよ いろいろ伝手もあるから 任せてくれよ なあ涼」
「あっ・・・・・・うん・・・・うん」(渚さんにしか聞こえていません)
「それでは よろしくお願いします ご足労掛けます」
「お願いだよ 渚先輩 涼先輩」

なかなか上手く行かないものですが、まあこんなもんです、世の中は。
涼さんと渚さんの、ギタリスト探しが始まりました。
早く見つけてほしいものですが、どうなることやらです。
では、また次回に、お会いしましょう。

幼馴染みの想いで話(唯と梨紗ちゃん)
【索引】 【登場人物】

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