結局、人は人に救われる
窓を叩きつける風
横殴りの雨
霧に包まれた朝
風と雨で木から剥がれ落ち、茶色くなった葉っぱを踏む
毎年雨のハロウィン
だけど、今年は晴れ46年ぶりの満月
ピローケースをバッグ代わりに5kg分のキャンディーを集めた息子は、特大チョコバーがいくつ入っていたかを友達と競い合う。
その横で娘はお菓子の山の中から高級チョコレートを探し出し、口に頬張る。
この日、私と夫がハロウィンにもらったのは、キャンディーではなく、大家からの立ち退き要求だった。期限は12月31日。
クリスマス、年末年始、コロナ第二波、ラニーニャの冬、おそらく雪
そして、引っ越し。
子供に隠れてお菓子の山から高級チョコレートを探し出し、口に放り込む。
おいしいはずなのに、味がしない。
それから4日経ち、ボディーブローとはこういうことだろうか。
じわりじわりと、悲しさがこみ上げる。
この夏、ようやく家族にとってベストな家を見つけられた!と喜んだ。
歩いていける距離になった学校に、毎日楽しそうに通う子供達。
コーヒーを片手に子供を見送り、自転車で仕事に行く。
5年間ほとんど毎日往復30kmx2回、時に3回。運転からの解放。
なんてことのない日常をようやく掴んだ幸せ。
だけど...
そこにあるはずなのに、霧のごとく、さっと消える。
私の辞書には引っ越しはワクワクするものだと書いてある。
だから望まない引っ越しが悲しいのもある。
その上、引っ越しには最悪のタイミングだとわかっているはずなのに、急に立ち退き要求をしてきた大家にはもっと悲しい。
なんにしても契約は4月までだったから、数ヶ月待ってさえくれればよいだけなのに。私が大家なら、そんなことはしない!
だからといって戦うくらいなら、新しい道を切り開いたほうが労力が少ない。
諦めるのではない。切り開くだけだ。
大人なのに、こんなことで泣いちゃいけない。
ときおり、喉が震えてぐうっと涙が出そうになるのをこらえる。
同時に、窮地に立たされた私達に手を差し伸べてくれる人達がいる。
助けてくれる人
怒ってくれる人
同情してくれる人
新しい大家に私達の素性を説明してくれる仕事繋がりの人
「空いている家があるよ!」
「法律の抜け道があるか調べてあげる!」
「せっかく近くに越してきたのに悲しい」
「引っ越し手伝うから声かけて!」
感情が揺れて、悲しさとは逆の方にも振り子が振れる。
親身になって声をかけてくれる周りの人達。
彼らとそれなりの年月の中で築き上げた関係。
一緒に遊んだ思い出、人の笑顔、ハグした時のぬくもり。
そんなこんなが溢れ出し、心の琴線に触れて、涙となって出る。
日本人として移民して、言葉だってままらないところもある。だけれどこうしてカナダという国で生きていけてるのは、人は見た目や話す言葉や文化背景ではなくて、結局はハートとハートで通じあえることを学んだから。
今もそう。窮地に陥るとそのことにより気づく。
そんなことを思うとまた泣けてくる。
大人だけど、その涙なら流してもいいと、自分に許そう。
ああ、風呂敷を少し広げすぎたかもしれない。
そうだった、引越し引越し。
考えると気分は凹むけれど、うん、なんとかなる。
明日はまだ強風。
多分たまに雨。
でも、雲の合間から光が見えたら、私はきっと空を見上げる。
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