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「この中から、好きな仕事を選んで下さい」


僕は呆気に取られていた。

理由は、目の前にある求人票の内容だ。


そもそも、何故僕はこんなものを持っているんだっけ?
あまりの衝撃に記憶が飛びかけた僕は、慌ててここまでの経緯を思い返した。

そうだ、会社の帰り道に見慣れない看板を見つけて、ちょっと寄ったのだ。

看板には「転職相談実施中!※無料です※

と可愛らしいフォントで描かれており、興味を惹きつけられたのだった。

普段ならこんな怪しい場所に足を踏み入れたりは絶対しないのだが、今日はどうにも魔がさしてしまった。

僕は今、転職を考えているのだ。

給料は悪く無いが、残業が常態化していて、その半分くらいはサービスだ。おまけに昨今は業績が低迷しており、会社の将来性に疑問を感じるようになった。

なにより、拘束時間の長さが家族との時間を奪ってる感覚に捉われ、大きなストレスになっている。
僕は去年、子供が生まれたばかりなのだ。

さらに今日は、いつも態度のデカイ僕の直属の上司に仕事のミスについてネチネチと嫌味を言われ、苛立っていたのだ。

そんな思いを知っているかのように、怪しい看板を掲げているこの建物は、突然僕の前に現れたように感じられた。恐らく、目についていないだけで前からあったのだろう。

最近はスマホ1つで転職活動は進められる。そのため、どこかに出向いて相談をするというのは考えられないことだったが、逆に新鮮味があり、無料であるという看板の内容も相まって、少しだけ話を聞いてみることにしたのだった。


おそるおそる中に入ると、「いらっしゃいませ」と声がした。その店の奥で、机をひとつ挟んで女性が座っており、こちらに向かって頭を下げている。

店の中は狭く、内装は駄菓子屋さんを居抜きしたかのような造りとなっており、壁という壁には本棚が置いてある。そこには所狭しと何かしらの書類が詰まっていて、何をする場所なのかは一目では分からない。

「ご相談ですね?」
その声の主は、恰幅の良い老婆であった。白い髪の毛をてっぺんで結い、鼻の上には何の意味があるのか分からないほど小さなメガネが乗っかっていた。

店の雰囲気と妖しい老婆のセットを目の当たりにした僕は思わず「あ、間違えました」といって帰ろうかと思ったが、老婆の声からは妙な力強さを感じ、言葉に詰まってしまった。

「ご相談ですね?」
「は、はい。そうです」
繰り返された質問に思わず答えてしまい、手のひらでこちらに座るよう優しく指示され、気づいた時には机の前に一脚だけ置かれた古臭いパイプ椅子に座っていた。

「ようこそいらっしゃいました…」
老婆は再び深々と頭を下げた。

「い、いえ…。あ、あの、このお店は」
「どんなお仕事をお探しで?」

老婆は僕の言葉を遮るように言ってきた。

「あ、えっと、時期はまだ決まって無いんですが、最近現職に対して少し不満が」
「どんなお仕事をお探しで?」

また被せてきた。糸のように細い目は僕のことをじっと見ている。質問の答え以外には一切の興味が無いかのような態度だ。

一呼吸し、少し自分を落ち着かせた。こうなったら答えてやろうじゃないかと、少しヤケクソ気味に答えてやった。

「そうですね、給料が良くて、残業はゼロ。まぁたまにならいいですけどね。通勤時間はもったいないですから片道30分以内でお願いします。人間関係も良好なところが良いですし、仕事もやりがいのある内容を希望します。ああ、それから将来性も大切ですね。変化に対応できる企業じゃないとこの先生き残れないでしょうから。テレワークなんかも積極的に取り入れていれば尚良いですね。そんな仕事を探しているのですが、どうでしょうか?」

僕は心の中でドヤった。

無いだろ、こんな仕事。絶対無い。話を被せてくる失礼な婆さんもお手上げだ。この話はここで終わりになるだろう。

そんで帰ろう。時間の無駄ではあったけど面白い話のネタが出来た。
明日、仲の良い同僚に話をしてやろう。

そんなことを思っていた時だった。

「分かりました。ちょっとお待ち下さいね」
そういって婆さんは奥に引っ込んだ。

「えっ」
意外な反応に、思わず声が漏れた。帰る気マンマンだったため、微妙に浮かした尻は行き場を無くし、仕方なく硬いパイプ椅子にもう一度降ろした。

あるの?あんな欲望の固まりで構成された求人がこの世にあるの?


いや、無いだろ。
きっと婆さんの戯言だ。どうせそれっぽい求人でも持ってきて話を引き伸ばして終わりだろう。
やっぱり、時間の無駄だった。

早く帰りたかったが、婆さんが来るまでは流石に帰りづらい。
そう思っていたら、婆さんが何枚かの紙を持って戻ってきた。

椅子に座り、明らかに必要の無い鼻の上に乗っている小指の爪サイズの眼鏡をクイっと上げて、僕にこう言った。
「この中から好きな仕事を選んで下さい」

そういって僕の前に、3枚の求人票を置いた。

「どこも人手が欲しいそうで、即採用も可能だそうですよ」
と、婆さんは続けた。
さっき目の高さくらいまであげた眼鏡は、もう鼻の上に戻っている。

「ただ」
婆さんは少し語気を強めて言った。

「先ほどの要望を全て同時に満たす求人はありませんでした」
眉毛をハの字にし、申し訳無さそうに続けた。

「近いものをご用意したので、是非目を通してみて下さい」
僕の眼前まで迫りながら、今度はニッコリ笑って言ってきた。眼鏡はもう鼻の穴に入りそうなほどずり落ちている。そして近い。

「は、はぁ」
思った通り、無いじゃないか。
やっぱり時間の無駄だったな。もうさっさと見て適当なこと言って、帰ろう。
腕時計にチラッと視線を落とすと、いつもなら既に帰宅してる時間となっていた。
帰って早く子どもをお風呂に入れてあげないとな…。
そう思いながら何気なく手に取った1枚目の求人を見て、僕は呆気に取られた。
求人の内容は以下の通りだった。

▫️就業時間 
10:00〜15:00(実働5時間)
▫️休日
週休3日制・夏季、冬季休暇・年末年始休暇等
(年間休日約150日)
▫️給料
初年度年収約600万
(昇給年2回)

※年齢不問、資格不要、未経験大歓迎!

「な、何ですかコレ、ほ、本当にある求人ですか?」
上から順に見ていって、最初の3項目で既に慌てた。
ありえないでしょ。少なくとも今の会社と比べたら、全てが上だ。
こんな会社が人手不足で即採用?どんなカラクリがあってこんな求人が…。

興奮気味になっていた僕は、4項目目の「仕事内容」を見て、今度は混乱することとなった。

▫️仕事内容
ペットボトルに入った水を、別の空のペットボトルに移す、簡単なお仕事です。

「…」
ここまで読んで、察した。
嘘だろ、コレ。こんな求人あるわけ無い。

「お婆さん、ちょっとコレ」
「テンです」
「え?」
「テンと申します。テンちゃんと呼んで下さい」
「…」
急に馴れ馴れしくなった。しかし、今はそのツッコミは横に置いておいた。

「じゃあテンちゃん、この求人、絶対ウソですよね?」
僕はテンちゃんを睨むようにして言った。

「どうしてそう思うのですか?」
テンちゃんは首を傾げながら聞いた。少し試すような口ぶりに、僕は少しトゲのある言い方をした。

「だってありえないでしょ。こんな求人、今までいろんな求人を見てきたけどこんな条件の会社見たことないですよ。そもそも、なんて名前の会社ですか?」
求人票には、会社名が書いてなかった。

「少しお待ちくださいね」
そういうとテンちゃんは、机の下からゴソゴソとノートパソコンを取り出して電源を入れた。
なにやら手慣れた手つきでキーボードを叩くと、画面を僕の方に向けた。

「その求人の会社です」
どうぞお使いくださいとマウスを手渡してきた。僕は訝しげにマウスを操作し、その会社と思わしきホームページを隅々までチェックした。

そして震えた。この会社のホームページに嘘は見当たらず、[採用ページ]と書かれたタブの先には目の前の求人票通りの内容が書かれていた。
本当なんだ!こんな条件の会社が世の中にあったなんて…。

「それで、いかがですか?この求人は」
テンちゃんに促され、僕は動揺した。
この求人が本物だとしよう。こんな条件で働けるなら最高なんじゃないだろうか。年収も上がるし帰宅時間も早い。迷うことは、無いのではないか。

「担当者へ連絡しましょうか?」
テンちゃんの声には反応せず、僕は求人票を改めてまじまじと見つめた。
見ている箇所は、仕事内容だ。
ペットボトルの水を移す…?それだけ?いや、確かに楽かもしれないけど、この作業を毎日続けるのか?軽く想像してみたが、5時間という異様なほどの短さである就業時間が、逆に恐ろしく長く感じた。

「破格条件の求人ですが…何か気になることでもおありですか?」
「いや、あの…」
その時、プルルル!と携帯電話の着信音が聞こえた。僕のものでは無い。

「ちょっとお待ちくださいね」
そういってテンちゃんはポケットから携帯を取り出して話し始めた。はい、はい、そうですか、分かりました。お世話様です〜と言いながら、虚空に向かってお辞儀をしている。
携帯をゴソゴソとしまうと、体を僕の正面に向き直し、悲しそうな声で告げた。

「申し訳ありませんお客様。今ご覧になっているこの求人、採用が決まってしまったそうです」
「え!?」
椅子をガタンと音を立てながら、僕は思わず立ち上がって叫んだ。

「な、何でですか!?」
「ですから、別の方で採用が決まったようです。人気の求人ですから、埋まるのも早いのですよ」
「そ、そんな、何とかなりませんか?」
申し訳ありません、と言いながら深々と頭を下げたあと、極小眼鏡をクイっと上げて僕を真っ直ぐに見た。

「でもお客様、迷われていましたよね?」
「えっ…」
確かにその通りだった。迷いの原因は、言うまでもなく仕事内容だった。

「私がご紹介する求人は、とても人気がありすぐに埋まってしまうものばかりなんですよ。でも不思議なことに、ご紹介しても悩まれる方が多くて、お客様みたいにチャンスを逃す方が多いんですよ」
何でですかね〜と言いながらテンちゃんはニコニコしている。

大きいチャンスを逃してしまったような喪失感を感じながらも、何故だかホッとしたような気持ちにもなった。あのまま悩んでいたら、テンちゃんに紹介をお願いしていたかもしれない。そのまま採用となっていたら、僕はどうしただろうか。あの仕事内容であと何十年も働くと考えたら…。ペットボトルの水を移すだけ。辛いのだろうか?それとも他の条件が良ければ耐えられるものなのだろうか…。

「お客様、他の求人も埋まってしまうかもしれませんよ」
テンちゃんに言われて、ハッとなった僕は慌てて2枚目の求人の確認を始めた。
そうだ、1枚目はかなり特殊な内容だっただけで、他の求人は僕の願望を全て満たすものかもしれない。1枚目の求人が流れてしまったことに僅かな後悔を感じながら、僕は2枚目の求人に目を通した。

▫️仕事内容
あなたの好きなことをレポートにまとめてください!内容はどんなことでもオッケー!(最低1日原稿100枚)
▫️給料
完全報酬型(1日達成ごとに10万円)
▫️就業時間
フルフレックス制(コアタイム無し)
お好きな時間で働けます!

「おお…」
また声が漏れた。ペラペラした紙とは正反対に、その内容は気合に満ち溢れているかのような内容だった。

「こちらはどうでしょうか?」
テンちゃんに言われ、顔を上げることなくじっくりと考えた。

今思ったことだが、さっきの求人に足りない要素を挙げるとしたら、「やりがい」なんだと思う。だが、今回はどうだ。
自分の好きなことに時間を捧げることができることを考えれば、やりがいは充分すぎるほどあるかもしれない。僕はゲームが好きだから、それについて書けば良いのだろうか。
しかし、この原稿にまとめるという作業があまりにもハードだ。おそらく最初のうちは気合いと情熱で乗り越えられるかもしれないが、そのうちポッキリと心が折れてしまうかもしれない。
しかも就業時間は定められておらず、自分でコントロール可能である一方で、プライベートと仕事の境界線が曖昧になりそうな危うさもある。
つまり今回の求人には、「労働時間」の条件が欠けている。さっきは「やりがい」だ。
最初にテンちゃんが言った通り、全てを満たしていないが、近しいものであるのかもしれない。
僕は顔を上げて、テンちゃんに言った。

「これは、僕には合いません」
「おや?どうしてですか?とてもやりがいのある、人気の求人ですよ?」
「どうにもこうにも、労働時間が定められておらず、仕事内容がハードで、8時間かけても終わる気がしません」
僕はキッパリと言い切り、さらに続けた。

「それと、最初の求人では仕事内容、つまりやりがいの面で悩んでいました。他の条件はむしろ最高だったのですが、長く続けていくって考えた時に、自信が持てませんでした」

テンちゃんはうんうんと頷きながら僕の話を聞き、嬉しそうにこう言った。

「ではお客様は、それなりにやりがいがあり長く続けられる仕事で、就業時間や休日などの労働条件が優れているものをお探し、ということですね?」

「えっと…はい、そうですね…」
僕は少し戸惑った。その内容は、最初に僕がテンちゃんに向かってドヤ顔で突き付けた内容だったが、今テンちゃんから言われた内容には、くっきりとした輪郭を持っているように感じられた。
僕は、テンちゃんに自分の願望を丸裸にされていくような不気味な感覚を味わいながらも、仕事というものに対して、自分が本当に求めているものが何なのか、ぼんやりと見えてくるようなワクワクも感じていた。

「それでは、これは無かったことに」
テンちゃんはすっと求人票を下げたが、今回は特に後悔を感じなかった。
そして僕はすぐさま3枚目の紙に手を伸ばした。今までの内容からすると、次の求人もどこかが突き抜けて良く、そして何かが大きく欠けているのだろう。僕はどんな求人か予想しながら、最後の内容に目を通した。

▫️仕事内容
新しい携帯アプリゲーム開発のアイデア考案
▫️就業時間
10:00〜15:00
※フルリモート勤務です!お好きな場所で働けます!
▫️給料
初年度年収150万〜(賞与無し)

※副業禁止です

やっぱりか。
僕はニヤリとした。仕事内容や就業時間には一切の不満が無い。しかもフルリモート勤務なら自宅仕事ができるため、家族との時間もより多く確保できる。
しかし、問題は給料だ。正直、これでは我が家の家計は相当厳しいものになる。ご丁寧に、副業も禁止されている。

「こちらはどうでしょうか?」
ニヤついていた僕の表情を前向きに捉えたのか、テンちゃんは更にニヤついた顔をして聞いてきた。

「すいません、これも、ちょっと難しいですね」
「おや?どうしてですか?」
ニコリとした表情を崩さず、テンちゃんは質問を重ねてきた。
「この給料では、生活が厳しくなります」
僕はキッパリと言った。
テンちゃんは、そうですか、と言って3枚目の求人の紙も、手元に引き寄せた。

「ご紹介できる求人は以上となります。お力になれず、申し訳ありません」
最初にこの店に入ってきた時と同じように、テンちゃんは深々と頭を下げて言った。

僕は、いえいえそんな、と言いながらこれまでの求人について思い返しながら、そもそも僕はなぜ転職をしようとしているのか、もう一度考えてみた。

現職には、確かに不満は多い。残業は多いし、その割には給料は高くない。なんならサービス残業の時もあるし、上司は憎たらしい。
それに比べれば今までの求人は一部欠けているところがあっても、それを凌駕するほどの魅力的な強みを持っていたはずだ。
それなのになぜ、僕は踏み切れなかったのだろうか。

そもそも僕は、何のために働いているのだ?

「働くっていうのはね」
無言でじっと考えていた僕に、テンちゃんが優しい口調で話し始めた。
「目的じゃなくて、手段だと思うのですよ」
「手段?」
言葉の意味が瞬時に理解できず、思わず聞き返した。

「お客様は、夢はお持ちですか?」
また唐突な質問が飛んできた。うっすらと微笑みながら、語りかけるようなその声に、僕は妙な安心感を持ち始めていた。
夢と言えるほどのものでは無いが、家族とずっと仲良く、幸せに暮らしていきたいとは思っている。趣味のゲームも続けていきたいし、歳を取ったら年に数回の旅行でも楽しみにしながら、ゆったりとした生活を送りたい。
そんな夢とも言えないような内容をそのまま伝えたら、テンちゃんは更に笑顔になり、こう言った。

「それは立派な夢ですよ。さっきご紹介した求人では、その夢を叶えることが出来ない内容だったのですね。ご家族の幸せも願いながら、ご自身も成長できる環境に身を置きたいと考えていらっしゃる。お客様の夢を叶えるためには、それだけ多くのことが必要なんですね」
欲張りさんなんですねぇと言いながら、テンちゃんは楽しそうに笑い出した。

テンちゃんの言っていた、仕事は手段であるという意味が、少し分かった気がした。
自分がなりたい姿を想像し、それに何が必要か考える。そして多くの人が、その手段のひとつとして仕事をしているのだろう。
確かにお金をもらえないことには最低限の生活もままならないが、その先にある理想の自分を想像し、その達成にはどんな仕事が最適なのかを考え、働く。
一見当たり前のように思えるが、角度を変えると別の価値観が生まれたように感じられた。

「大切なことは」
今までで最も優しい口調で、テンちゃんは話し始めた。
「やっぱり、夢を持つことだと私は思うんですよ。デッカくなくて良いんです。どんなに小さな夢だっていいんです。夢を待つことが、何より大切なんですよ」
僕は背筋をしっかりと伸ばしながら、テンちゃんの話に耳を傾けていた。
「そうすれば、どんな仕事をすれば良いのか、自然と見つかると思いますよ」

正直、そんな簡単なものではないだろうなと思った。夢から逆算して仕事を選ぶなど、考えたことも無かったからだ。
ただ、テンちゃんの話を聞いていると不思議と難しくないようにも感じられた。
そんな事を考えていたら、僕は何故だか妙にワクワクしてきた。
今までぼんやりと描いていた未来予想図を、妻と話合って具体的なものにしてみたいと思ったからだ。

「もっと大事な事がありましてね」
ニヤニヤしながら妄想を開始していた僕に、唐突に話かけてきた。次はテンちゃんからどんな話が聞けるのかと、僕は興奮して前のめりになった。

「奥さんに怒られないよう、早く帰ってあげた方が良いと思いますよ」
最上級の笑顔をこちらに向けて、テンちゃんは言った。その言葉に少し拍子抜けな思いを抱きながら、僕は何気なく腕時計に目を落とした。

「うわー!もうこんな時間!?」
ぶったまげた。さっき時計を見た時はもう家に着いている頃じゃないか、なんて思っていたら、今の時刻は子どもはとっくに寝ている時間だ。今日は、僕が子どもをお風呂に入れる予定だったのに…。
慌てて携帯を取り出すと、妻から「今日は遅いの?」とメッセージが1件、着信が2件入っていた。集中していたのか、全然気が付かなかった。

「本日はありがとうございました」
深々と頭を下げたテンちゃんだったが、むしろお礼を言いたいのは僕の方だった。
「僕の方こそ、本当にありがとうございました。テンちゃんの話が聞けて、なんだかよく分からないんですが、スッキリとした気持ちになりました。家に帰ったら、妻と色々話し合ってみます」
怒ってなかったらですけどね、と言うと、テンちゃんはケラケラと笑い出した。

「またいつでもお越しくださいね」
出口まできて、また深々と頭を下げてくれた。僕はそれ以上に低い角度で頭を下げ、また来ますと言ってすぐさま走り出した。

走りながら僕は、本当にいろいろな事を考えた。子どものこと、妻のこと、将来のこと、やりたいこと、趣味のゲームのことなど、妄想を膨らませ、自分の夢や理想を無邪気な子どものように想像した。

自分のなりたい姿を、まずは見つけてみよう。
それが見つかったら今度は、その達成には何が必要なのかを考えよう。
その過程で仕事を変える必要があれば、変えればいいだけの話だ。

今の僕にとって働くこととは、夢を叶えるための手段の1つでしかないのだから。

#私にとってはたらくとは

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