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こうの史代著『夕凪の街 桜の国』を読んで

『この世界の片隅に』で有名になった漫画家、こうの史代(ふみよ)先生が広島を描いたもう1つの代表作、『夕凪の街 桜の国』を取り上げます。核兵器問題への関心が高まる今日こそ、読み返したい1冊です。

この作品に出会ったきっかけ

私が『夕凪の街 桜の国』に出会ったのは、今から15年ほど前のことでした。たまたま書店で見つけたこの本を手にしたとき、描写の美しさに引き込まれました。

当時、こうの史代先生の知名度は高くありませんでしたが、これまで経験したことのない漫画作品への感覚から、作者のたぐいまれな才能を確信しました。

それから幾年が経ち、こうの史代先生は、映画『この世界の片隅に』の大ヒットにより、広く称賛される存在になりました。ただ、『夕凪の街 桜の国』は、『この世界の片隅に』に並ぶ代表作にもかかわらず、あまり知られていません。

ぜひ、1人でも多くの方に『夕凪の街 桜の国』のことを知っていただければと思い、noteにしたためることにしました。

「夕凪の街」

舞台は昭和30年の広島市。主人公の平野皆実(みなみ)は、何気ない日常の中で、恋愛をし、穏やかな時間を過ごしています。しかし、10年前の原爆体験が、心を、そして、体を蝕んでいき、そして・・・。

『この世界の片隅に』をご存知の方はご理解いただけるかと思いますが、「夕凪の街」も、1人の女性のほのぼのとした日常から始まります。その日常が、少しずつ、壊され、蝕まれていく姿に、原爆への恐怖をありありと感じる作品です。

この作品に出会い、原爆に対して大切な視点を忘れていたことに気づかされました。それは、「被爆を体験した方の心境」です。「きのこ雲」「黒い雨」「原爆ドーム」という言葉は、だれもが知っています。しかし、このような言葉を知っているだけでは、被爆者の気持ちを理解し、「原爆の本当の恐ろしさ」を知ることはできない。長い年月をかけて、それまで(私たちと全く同じように)何げない日常を過ごしていた人の心と体を蝕んでいく原爆のおぞましさを、この作品は教えてくれました。

この作品は、皆実の心と体が少しずつ蝕まれていく様を、1コマ1コマ丁寧に描写しています。絶妙な間の取り方が、読者の心を惹きつけ、皆実の心境を追体験させます。

「桜の国」

『夕凪の街 桜の国』は、昭和30年の広島市を描いた「夕凪の街」と、平成の東京が舞台の「桜の国」の2部構成作品です。

「桜の国」は、原爆のことをほとんど知らない現代の女性、石川七波(ななみ)の日常から始まります。ある理由で友人と広島市を訪れることになった七波は、旅の道中、亡くなった母親や祖母の記憶とともに、現代に脈々と息づく原爆の恐怖を少しずつ知ることになります。

「桜の国」は、「夕凪の街」のように、原爆の恐怖を伝える直截的な描写はありません。しかし、遠い過去に投下された原爆の影響が"今なお"息づいていることが明らかになる描写は、私たち読者に、「原爆の真の恐ろしさ」を印象づけます。

「桜の国」は、読み進めていくうちに、「夕凪の街」とのつながりが少しずつ明らかになっていきます。昭和30年の「夕凪の街」(広島)から現代の「桜の国」(日本)へとつながっていくストーリーに、"かつての被爆体験を日本全体で共有していくこと"の大切さを訴えるメッセージ性を感じます。

私たちが決して忘れてはならないこと

2021年、黒い雨による被ばくを訴えていた住民84名が被爆者として認定される判決がありました。いわゆる「『黒い雨』訴訟判決」です。原爆投下という一瞬の出来事が、まもなく80年の月日が経とうとする今でも、広島市民、長崎市民の心を苦しめ続けていることを、決して忘れてはなりません。

2022年、世界情勢は大きく悪化し、「核のボタンが押される恐怖」がよみがえりました。国内でも、「核共有」をめぐる議論が話題を呼びました。

私たちは、唯一の被爆国として、核の恐ろしさを、そして、核兵器廃絶の必要性を、世界に訴えていかなければなりません。

この作品は、次のような一節で始まります。

広島のある日本のあるこの世界を
愛するすべての人へ

こうの史代著『夕凪の街 桜の国』(初版・2004年・双葉社)冒頭より引用

世界が核の不安にさらされる今こそ、手に取って読みたい1冊です。

『夕凪の街 桜の国』の出版社紹介ページはこちら

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