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2023年版:有斐閣の編集者が新社会人におすすめする本:ビジネス書+α

こんにちは、有斐閣書籍編集第二部です。
3年前に出したシリーズ記事「有斐閣の編集者が新入生におすすめする本」が長く好評をいただいていました。ずいぶん時間も経ったので、今回はあの続きを分野ごとにあらためて聞いています。

今回は新社会人に向けたビジネス書+α編ということで、この春から社会人になった方々におすすめしたい本について、編集部のフジサワシカマに話を聞いていきます。

いま、新入生におすすめする1冊目

——前回(2020年)の記事から時間が経ちましたけど、いまあらためて社会人になったばかりの人たちや初学者に「1冊目におすすめ」できる本はありますか?

フジサワ:ありますよ! じつは、ある書店のフェアで紹介したこともあるんですが、それくらい新社会人や若い人におすすめできると思っています。

――そうなんですね! どんな本を紹介してもらえるんでしょう?

フジサワファスト教養――10分で答えが欲しい人たち(レジー著、集英社新書)です。

――なるほど。……でも、ちょっと待ってください。この本って、「ファスト教養」という、いってみれば「若者文化」について、私たち大人世代に紹介するような本に見えるんです。それを、新社会人たちにオススメするんですか…?

フジサワ:それが違うんですよ。私はむしろ真逆の感じで捉えていて、まさに若手のビジネスパーソンにこそ、刺さる内容が書かれていると思っています。

――どういうことでしょう?

フジサワ:今年、新社会人になった方たちは、たとえば2000年生まれくらいの人も多いわけです。つまり、小さい頃から身近なところにYouTubeがあってインフルエンサーという存在も身近で、SNSによっていろんなものが数字で可視化されてこれにより比較すること・されることに慣れ親しんだ世代なわけです。

——なるほど。

フジサワ:そうした背景を考慮すると、ともするとなるべく手っ取り早く目に見える成果をあげてビジネスシーンのライバルと差をつけたいと考えて当然ではないかと思うんですね。

――たしかに、「タイパ」が流行語になるような時代ですし。

フジサワ:はい。だとすると、「自分の価値」をすぐにあげてくれるのに役立ちそうな「教養」を手っ取り早く仕入れるためのコンテンツである「ファスト教養」と、彼ら・彼女らはすごく親和性が高いんじゃないかと思うんです。
この本は、なぜ「ファスト教養」がここまで日本を覆い尽くしているのかについて21世紀初頭からの経済的・文化的な背景について語りながら、ファスト教養に欠けている視点や、現実問題として(まったく無意味というわけでもない)ファスト教養との折り合いをいかにつけてこれからも生きていくかというところまで踏み込んで書かれています。ですから、若手のビジネスパーソンが自分のことを振り返ったり、生き苦しさの原因の一つに気がついて学び方を考え直すきっかけになりうるんじゃないか、と。

こんな本が出ています

——ありがとうございます。たしかに「ファスト教養」と近しい読者にこそ手に取ってほしい本ですね。それでは、「1冊目」にかぎらず、「ビジネス書を読みたい」「これから何か勉強してみたい」という人に、何かおすすめしてもらえますか?

フジサワ:今度は趣向を変えて、マーケティングの初学者向けに書かれた入門書を紹介しましょう。はじめてのマーケティング[新版]です。

――定番のストゥディアシリーズからですね。どうしてこの本を新社会人に?

フジサワ:この本は、学部ではじめてマーケティングを学ぶ人にくわえて、会社のマーケティング部門以外の人たち(つまりほとんどの新社会人のみなさん)に向けても書かれたテキストとなっています。そのため、内容としては、流行の用語や細かな手法の解説を行うのではなく、「マーケティングの全体像をしっかりと把握すること」「マーケティングの骨格を学ぶこと」に重点を置いたものとなっています。マーケティングに限らず入門書によくある「そういうものだから覚えてください」とするスタンスではなく、「なぜそうなのか」について筋道を立てて論じるスタンスも、この本の特徴の1つとなっています。

――なるほど! むしろ会社で働きはじめてからとか、働くなかで考える必要が生じたときにこそ読んでほしい、というわけですね。

フジサワ:私がこの本で気に入っているフレーズがあります。

マーケティングとは、顧客のニーズを与えられたものと考え、ただそれに合わせるのではなく、彼らに積極的にはたらきかけることで、新しい需要を生み出していくことなのです。

『はじめてのマーケティング 新版』28-29ページ

自分が漠然と抱いていた思い込みが揺さぶられて、マーケティングがダイナミックなものであることを再実感するとともに、自分がいま携わっている本作りの仕事でも念頭に置いておく必要があると感じました。
マーケティングのおもしろさや魅力に気づいてもらうこともこの本の狙いですが、それだけでなく、日々の仕事の向き合い方にも影響を与えてくれる本だと思います。

番外:「アート」の本にふれてみる

——ありがとうございました! そのほかに「これは!」というオススメはありますか?

シカマ:今度は私からオススメを挙げたいと思います。先ほどの「ファスト教養」とのつき合い方と通じるかもしれませんが、働き出して慣れてくると、向上心のある人とか、いわゆる真面目な人ほど、壁にぶつかると思うんですね。

——そうですね。壁は、多い、ですね……

シカマ:まあ、そんな深刻な感じじゃなくてもいいんですけども、とにかく壁にぶつかる、と。そうしたときに、やっぱり「隣にいる人と違う発想をしなければならない」と考えると思うんです。あるいは「今までの自分とは違うアイデアがほしい」とか。

――わかりますね。編集者も、なかなか企画が立てられなかったり。

シカマ:そうですよね。ビジネス書は、そういう要望にも応えようとしている分野なんだと思うんですが、いろいろとトレンドがあるみたいで、とくに5~6年前くらいからでしょうか、書店のビジネス書の棚で「アート」が目につくようになっています。アートを活かすとか、アートをヒントにして考えるとか、そのものずばり『アート思考』(秋元雄史著、プレジデント社)という本もありました。

――ビジネス書で、アートですか…?

シカマ:はい。たぶん理由があるんですね。というのも、アートというと美術館で鑑賞する絵画とか彫刻とか、どうしても視覚的な作品を連想すると思いますけど、いわゆる現代アートはもっと多様で、むしろテーマ性を重視する傾向にあります。たとえばジェンダーセクシュアリティ民族といったマイノリティについての問題とか、あるいは技術近代性の問題に焦点が当たったりもしますし、論点は私がおもに担当する社会学の議論とも近しいわけです。

――アート、たしかにいろいろな作品があるみたいですね。私のように、よくわからない、と思っている人も多いと思いますが。

シカマ:私も偉そうに言えたものではないんですが、ここでは棚に上げますけども、現代アートがよくわからないのは、つまり社会とか社会問題がよくわからないから、あるいはよく知らないから、だと思うんです。

――なるほど。

シカマ:アナロジーになりますけど、企業で働く人たちも、ひと昔前まであまり考える必要のなかった社会課題を考える必要が出てきたわけですが、それがどのような問題なのかは、実際に自分たちで考えてみないと(というか、変化の必要に応じて勉強しないと)わからない。でも、どうにかしてそうした「未知」に思える問題を引き受けなきゃならない。いま、多くの企業人もそんな要請にさらされていると思います。

――CSR企業の社会的責任)とか、ステークホルダーへのアカウンタビリティとかって、普通にいわれますよね。

シカマ:そうそう。なので、もちろん状況によって別の動機はあると思いますけど、たぶん一つには、そういう文脈や問題意識が背景にあって、企業人が「アート」に注目しているんですね。編集部から出た本でいうと、『アート・イン・ビジネス』は、企業の中でアートを援用してアクションを起こす社員とか、アートの居場所を企業の中に作ることの効用などについてまとめています。

ほかに、直近で担当した『アートプレイスとパブリック・リレーションズ』の議論は、少し別の切り口で、企業がアートを支援する(アートの支援したり、構築したりする)ことで得られる効用についてまとめています。

――アートとビジネス、ですか。どっちもおもしろそうです。けど、「新社会人へのおすすめ」からは、ちょっと逸れていませんか?(笑)

シカマ:あれ? そうかもしれませんね(笑)
でも、若手のころから会社の外に目を向けたり社内や業界の常識に疑問を持つとか、いろいろな問題について考えるのは望ましいことだし、いわゆる社会人にとって必要なことだと思っています。その意味で、きっかけとしてアートに触れてみるのもおもしろいんじゃないかな、と思っていて。せっかく、アーティストがいろいろ先に考えてくれているわけで。

――じゃあ、アートに触れるのをサポートしてくれる本ってありませんか?

シカマ:正直な話、ほかの学問と同じで、現代アートの文脈について1冊で理解するのは難しくて、どの本でもよいのでざっくり目を通したら、美術館とかギャラリーに足を運びつつ、慣れてから読み直す、読んだらまたどこかに行く、を繰り返すとよいと思います。その世界に慣れる作業のなかに、読書を位置づける、というか。

――その世界に慣れるための読書、ですか。

シカマ:そう、そんな感じです。それを前提におすすめするなら、『現代美術史』(山本浩貴著、中公新書)か、みんなの現代アート(グレイソン・ペリー著/ミヤギフトシ訳、フィルムアート社)、『現代アートはすごい』(布施英利著、ポプラ新書)はどうでしょう。いずれもここ数年で出た新しい本ですけど、かなり性格が違うので、書店で手に取って比べて、自分に合いそうなものを読んでほしいと思います。

あと、美術館とかで絵を目の前にしたとき、どうやってそれを観ればわからないと思う人もいると思うんですが、そこで悩める才能のある人には『絵を見る技術』(秋田麻早子、朝日出版社)が抜群におすすめです。この手の本でよくある背景(世界史や美術史)を参照する方法以外にも、方法として見るという「技術」があることに感動できますし、絵を観賞するのが楽しくなりますよ!


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