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セールスフォースの調査報道は当初「日本の発達障害支援にも変化」という方向性だった

セールスフォースの調査報道に向けた取材は、障害者雇用訴訟が起きるより前、ひとりの人物と出会ったことから始まった。

その人物は、発達障害があり、不登校になるほどのいじめ、何社も解雇、アトピーやうつに苦しんだりしながら、ビジネスと社会貢献の両立で優れたイメージを築いた巨大IT企業である同社に定着でき、「障害者も専門部署で職域開拓し、健常者と同じ給与水準に」と障害者採用に名乗りを上げた。

筆者は2017年頃から、障害者雇用で応募したり、インターネットで調べていくうちに、「発達障害の人が働く環境として外資系企業にはメリットが多く、こうした企業が積極的に発達障害者の活用を進めていくことは、日本の発達障害支援や障害者雇用にも変化を起こすのでは」と考えるようになった。そんな筆者とちょうど同じことを考えていた人物がいたのを知った。それがその関係者だった。

障害者の雇用となると、義務感で動かされ、士気が低くなる人物が少なくない。そうしたなか、この関係者には発達障害やその二次障害から這い上がってきたという強烈な原体験があり、「発達障害者のキャリア支援のために何かしたい」という思いで行動していた。同社の平等や社会貢献の方針にも共感し、ITスキルのある発達障害人材を育成する就労支援事業立ち上げに携わったり、同社で障害をテーマにした従業員リソースグループを立ち上げたりしていた。そして2019年2月から、障害者採用に携わるようになっていた。

この関係者のキャリアストーリーを、商業媒体で実現させるため、2020年9月に同社に提案したことから、調査報道は始まった。

つまり、障害者差別問題の追及をするというような方向性とは、全く異なるものだった。

この時には、「コロナ以降のリモートワーク化のなかでの新たな障害者雇用を模索中」という理由(この時の回答も第一報の記事に使うことになった)で、取材は実現しなかったが、実現させるタイミングを待つことにした。

この関係者が名乗りを上げたことは、日本の発達障害支援にも変化を起こしていく―そう信じられるものだった。

しかし2021年7月20日、別の発達障害の元社員Aさんの提訴のニュースを見て、「何だこれは」。同社が外向きに発信してきたことと、ニュースに出ていることは、全く異なるではないか。

こちらの深層に踏み込むかどうか。その判断材料となったのは、同社の13年間の雇用率データ(2017年を除いて法定未達)、そして2020年の障害者雇用数のデータがなかったというところだった。

2020年8月31日までに行われることになっていた、この年の雇用状況報告のデータがない時期は、Aさんが退職勧奨されたと主張する時期と重なっている。それを「変だな」と。

データがないのはなぜか。まさか同社の障害者雇用責任者が雇用状況報告を行っていなかったため…? そこで東京労働局に電話。その時の「提出はされていなかった」という担当係員の言葉を聞いた時には、気の遠くなるような感覚になった。

雇用状況報告は障害者雇用促進法で定められている基本的なことだ。30万円以下の罰金とそれほど重くはないが、罰則規定もある。それすらもされていなかった実態だったのか…。この会社は一線を越えてしまった。

海外では既に「ダイバーシティの取り組み実態を数字で示すべき」とする流れがある。それで筆者は、同社の13年間の雇用実績データを見ることにしたのだ。そして、同社で障害者雇用が十分に進められてこなかったことを示す結果が出てきた。「これは…!」となった。

データがなかったことから発展して、人事関係者の発言をインターネット記事やSNSで収集し、法律の知識を駆使して、13年間のデータの裏にあるものを読み解いていった。冒頭の関係者は2012年11月から入社していたのだが、障害者採用に携わるようになったのは2019年2月。3500人体制に向けての増員計画が発表されたのは2019年4月。つまり増員計画が本格化するタイミングでの就任だった。

13年間の障害者雇用状況の表4.4修正

日本でも、ダイバーシティの取り組みは華やかな広告よりも、数字によるデータで人的資本開示すべきとする流れが間違いなく来ると信じている。それを、第一報の最後に書いた、「華やかな広告よりも、具体的なデータを。」という文で示した。

同時並行して、いずれも半年~2年という短期間で契約満了(うちBさん以外は不本意な契約満了)となったAさん、Bさん、Cさんの話をまとめていった。「社内の理解が不十分なまま採用(Aさん)」「私も合理的配慮が守られておらず、1日待機状態だった(Bさん)」などという声が上がってきた。企業側から見てどうだったか、細かい事実関係は別にして、これらはまさに、障害者雇用で前々からあったと言われてきた問題。

筆者は「障害者採用に障害当事者が就けば変わる」と見ていた。企業の責任者としても、障害者採用に当事者を据えたことで、「働く発達・精神障害者の声を吸い上げる体制はできている」と考えていた可能性があることは想像できる。

だが、雇用定着のための組織としてのガバナンスが効くことが大切だと思う。

なかでも、原告であるAさんの上司だった人物が、訴状と一字一句同じ発言をしていたとまで断言はできなくても、「平等」カルチャーにそぐわない、障害者雇用への反対姿勢を起こしていたことは推察される。こうした言動の動機が、裁判を通して解明されるのか。筆者は個人的には、上司だった人物に、「社名公表リスクが迫っていることが否定できないなか、採用ありきで原告の採用が進められることへの不満があったのか」を聞いてみたいと思っている。そして周囲がそれを止めることができなかった事情や、組織としての処分に踏み込むことにならなかった事情もあったはず、それは何だったのか。

これらを見ていると、セールスフォース日本法人は、組織としてのガバナンスが効いていたのか疑問がある。判決次第では、米国のESG投資家からも厳しい視線で見られる可能性がありえる。(雇用率については2022年5月30日に関係者のリンクトインプロフィールが「雇用率を達成した」と修正されていたが)

それにしても、出発点は「ビジネスで社会問題解決を目指す企業が、日本の発達障害支援にも変化」という方向性だったのが、結果的には「ビジネスで社会問題解決を目指す企業が、日本の発達障害者の社会問題を引き起こしている」というトーンになったことへのもやもやがある。

きょう7月11日、東京地裁で障害者雇用訴訟の第六回口頭弁論が行われた。企業側から原告の産業医面談の記録が提出された。この日は、障害者団体のDPI日本会議の関係者も傍聴した。

次回は9月1日に第七回口頭弁論が行われる。

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※7月19日追記 おかげさまで、noteの #SDGsへの向き合い方 ハッシュタグ付き記事のなかでもよく読まれています。


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