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13億人の障害者市場に向けて、巨大企業500社が始動 コロナ後は誰も取り残さない世界へ

世界各地においてコロナ禍で混迷し、孤立や分断がますます広がるようになっても、誰も取り残さない世界への道を止めまいとする動きがある。その一つが、2019年から世界の企業に広がる障害者運動、The Valuable 500。

障害のある人々はそうでない人に比べ、コロナが来る前から、失業や貧困の状態に置かれたり、差別やいじめを受けたり、家から出られないなどして孤立していたことが多かった。コロナ拡大後、障害者はそうでない人に比べて高い感染リスクにさらされ、福祉サービスを止められることが出てきた。障害のある女性は障害のない女性に比べ、急増する家庭内暴力の危険に一層さらされている。さらに、これまで健康だった人にも精神に支障をきたす人が急増している。

一方で、リモート化が一気に進み、障害者も働いたり人とのつながりを持ったりするチャンスが増えた。

The Valuable 500は、パンデミックを変革のチャンスと捉え、世界のビジネスリーダーに対し、障害者の雇用やユニバーサルデザイン、アクセシビリティ、サプライチェーンにトップダウンで取り組むことを呼びかける。

その運動が2021年5月18日、大きな節目を迎えた。参加企業が目標であった500社に達したことだ。

視覚障害の社会起業家が立ち上げ

The Valuable 500は、2019年1月のスイス・ダボスでの世界経済フォーラム年次総会で発足した運動。創始者はアイルランド出身の社会起業家キャロライン・ケーシー氏。元ユニリーバCEOのポール・ポールマン氏、米アクセンチュアのジュリー・スウィートCEOなどが支援する。

障害者は世界で人口の20%の13億人。障害者とその友人・家族による購買力は世界で8兆ドル。リモコンが視覚障害者のために、副音声が聴覚障害者のためにそれぞれ開発されたように、障害者はイノベーターになりえる。

しかし、障害児の90%が普通学校に通えない。障害者の50%が貧困を経験し、50%が失業している。世界のグローバル企業の90%がダイバーシティを掲げながら、障害者への取り組みが伴っているのは4%だった。

ケーシー氏は世界各地を訪問し、パンデミック以後はオンラインで、こうした厳しい現実を訴える。

日本でも、2020年の従業員数1000人以上の企業の法定雇用率(2.2%)達成状況は60.0%だった(厚労省)。

The Valuable 500はこうした社会課題を、慈善活動や政府による支出だけでなく、ビジネスで解決していくことを目指して始まった。

それ以来、アクセンチュア、ブルームバーグ、P&G、ユニリーバ、マイクロソフトといった世界的企業が参加してきた。最後の500社目に参加したのはアップルだった。

日本企業も、ソニー、ソフトバンク、ファーストリテイリングなど50社が参加した。これは参加企業の1割を占める。2021年2月には、日本企業の参加を後押しする日本財団が、グローバル・インパクト・パートナーとしてThe Valuable 500と連携し、2021年から2023年までの3年間で500万ドル(約5.2億円)の支援を行うことになった。

参加企業には、英国の上場企業FTSE100のうちの36社、米国の優良企業Fortune 500のうちの46社、日本の上場企業28社が含まれる。参加企業で合わせると、総収益は8兆ドル以上、36カ国に及び、抱える従業員数は2000万人以上。

加盟企業は、以下を宣言した。

・取締役会等の役員レベルの会議(board meeting)において障害者インクルージョンに触れる
・障害者インクルージョンに関するアクションを一つ実施する
・上記アクションについて社内外に向けて発信する

障害者インクルージョンとは、障害者にオープンな雇用やユニバーサルデザイン、アクセシビリティ、サプライチェーンなどを指す。

目覚ましい取り組みをしている企業を称えると同時に、これから取り組みを強化しようという意思のある企業を応援する。企業規模は従業員1000人以上。

2019年1月に始まったこの運動は、コロナ禍も影響して当初の予定より幾度か期限延長を重ねたこともあった。しかし2021年5月18日、目標の500社達成が発表された。

The Valuable 500による発表(原文)

The Valuable 500による発表(日本語版)

日本財団による発表。

The Valuable 500創始者のキャロライン・ケーシー氏は、目標を達成した喜びを語った。

ケーシー氏は、17歳まで視野狭窄を知らされずに育ち、アクセンチュアのコンサルタントを経て社会起業家となり、インドを象で旅して白内障治療の募金活動をするなど、ユニークな経歴を持つ。

各国メディアの報道

5月18日、BBCの朝のニュースで、The Valuable 500が目標を達成したことが報じられた。

英国の大手紙ガーディアンも報じた。ケーシー氏はガーディアンに、「ビジネスリーダーの間で『リーダーが障害について沈黙していたこと』が破られた」と語った。

5月18日のフィナンシャルタイムズに、目標達成を伝える広告が掲載された。

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ケーシー氏は5月20日、米ブルームバーグTVのインタビューで、目標達成を伝えるとともに、米テスラCEOのイーロン・マスク氏がアスペルガー症候群を公表したことを歓迎した。The Valuable 500とTortoise Mediaの調査によると、英国の上場企業FTSE100において障害をオープンにしている経営幹部やシニアマネージャーはゼロだった。

日本メディアでは、参加企業である読売新聞オンラインが報じた。

同じく参加企業である朝日新聞デジタルは、この目標達成前の5月14日、「福祉の観点ではなく、障害者雇用の経済性を強調している点が画期的。世界の大企業500社が同じプラットフォームで活動することは、これまでにない取り組み」「マジョリティーが変わらなければ、ソーシャル・イノベーションは起きない。世界のビジネスリーダーたちが参加することで、マジョリティーが変わり、社会の仕組みが変革するゲームチェンジャーになり得る」という日本財団の樺沢一郎常務理事の言葉を伝えた。

リンクトインでの反響

リンクトインでも参加企業からの発信があった。

マイクロソフト英国法人のデジタルインクルージョンリード、Michael Vermeersch氏は、「今はゼロ。始まったばかり。10年目の国際アクセシビリティ啓発デーを祝い、変革を始めていこう」と投稿した。毎年5月20日は国際アクセシビリティ啓発デー。

米ヒューレット・パッカード・エンタープライズのチーフ・ダイバーシティ・オフィサー、Michael Lopez氏は、国際アクセシビリティ啓発デーを祝い、「当社はThe Valuable 500のメンバーであることを誇りに思う。当社のエイブル・プログラムは、チームメンバーがグローバルに配慮を求め、官僚体質を打破するための、ワンストップの局地的なリソースである。当社は障害者を包摂するという野望のために、理解すべきことが多くある。専門家とパートナーシップを組んで、前進を続けていく」と投稿した。

NPO法人インフォメーションギャップバスター理事長で自身も聴覚障害のある伊藤芳浩氏は、2020年3月8日に勤務先の日立製作所がThe Valuable 500に参加したことを投稿し、「障がい者当事者として、この加盟は大変嬉しく思います。今後、ダイバーシティ(特に障がい者対応)の動きが加速することを願っています」と述べた。

兆単位の損失

グローバル企業がダイバーシティな人材活用を掲げるのは、今やお馴染みの光景だ。しかし、その「ダイバーシティ」とは多くが、国籍を超えた人材獲得であり、女性の登用であり、不遇な社会的立場に置かれてきた身体や精神の障害者が成長し何らかの価値を生み出していくのを意味することは、想像されるほど多くはなかった。

だが、アクセンチュア・チーフ・コンプライアンス・オフィサー(当時)のChad Jerdee氏が2018年に発表したレポートでは、障害平等チャンピオン企業は競合に比べ、収益が28%、営業利益が2倍、収益性が30%それぞれ高くなっている。ダイバーシティは社会貢献の域を超えた成長戦略とする見方は受け入れられつつある。

BBC電子版は、「障害のある消費者を拒むことは『兆単位の損失』」という見出しで報じた。

次のフェーズへ

The Valuable 500は、500社の参加という目標を達成した後、次のフェーズに移るという。次のフェーズでは、参加企業のうち、「象徴的リーダー」13社が、各々の業界経験を活用し、参加企業のコミュニティの進歩を促進するため、プログラムとソリューションに共同で資金提供し、それらを共同で構築し、共同で検証する。象徴的リーダーとは、アリアンツ、BBC、デロイト、アーンスト・アンド・ヤング(EY)、グーグル、マヒンドラ・グループ、ロンドン証券取引所、オムニコム、P&G、セールスフォース・ドットコム、ソニー、スカイ、ベライゾンの13社。

具体的なプログラムとソリューションは以下の通り。

グーグル、デロイト 2社共同でその影響力を活かし、このコミットメントを可能にする内部調査をする戦略を行う。組織内のインクルージョンのため、職場における障害と現在あるバリアを把握する。

セールスフォース、マヒンドラ 障害当事者の手によってオンライン求人窓口を構築し、一層の機会へのアクセスや多様性ある職場を保障する。

P&G、オムニコム この運動のブランド監査を運営し、参加企業に障害のある消費者からの洞察を加え、イノベーション機会を牽引する。

EY、スカイ 障害者5000人によるグローバルなリサーチパネルの構築をサポートし、500社の取り組みについて直接的な洞察を与える。

アリアンツ、ロンドン証券取引所 企業の障害者活躍に関する指数に影響を与えるために、インクルーシブな指数作りに貢献する。

ソニー 映画の出演者・裏方の両方において、障害者の存在を増やすことをサポートする。

ベライゾン インクルーシブなテクノロジーに大きく焦点を置き、アクセシビリティに関したスキルのある次世代人材のパイプラインを備える。

BBC 参加企業がアイデアを共有できるように「Valuableバーチャル」をサポートする。

上の13社に加えて、アップルは「インクルーシブデザインのための象徴的パートナー」となり、参加企業内外で最高水準のインクルーシブデザイン推進を支援する。

参加した主なグローバル企業(アルファベット順)

アクセンチュア、アデコグループ、アドビ、AIG、Airbnb、アリアンツ、アメリカン・エキスプレス、アップル、アラムコ、アストン・マーティン、アウディ、アクサ、ベーカー&マッケンジー、バンク・オブ・アメリカ、イングランド銀行、アイルランド銀行、バークレイズ、BASF、バイエル、BBC、ブルームバーグ、BMW、BNYメロン銀行、ボーイング、ボストン・コンサルティング・グループ、ブリティッシュ・エアウェイズ、バーバリー、バズフィード、カルバン・クライン、キャップジェミニ、シスコ、シティグループ、ザ・コカ・コーラ・カンパニー、コグニザント、コムキャストNBCユニバーサル、クレディ・スイス、ダイムラー、ダンスケ銀行、デロイト、ドイツ銀行、ダウ・ケミカル、デュポン、エクスペディア・グループ、EY、フィデリティ、フィナンシャル・タイムズ、グーグル、グラントソントン、グラクソ・スミスクライン、H&M、ヒースロー空港、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ、ヒルトン、HSBC、IBM、インテル・コーポレーション、ジャガー・ランドローバー、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ジョンソン・コントロールズ、カンター、KPMG、ロンドン証券取引所、ロレアル、レノボ、イーライリリー、マヒンドラ・グループ、マンパワーグループ、マスターカード、マイクロソフト、ネスレ、オムニコム・グループ、P&G、フィリップ・モリス・インターナショナル、フィリップス、プラダ・グループ、PWC、ランスタッド、リフィニティブ、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド、セールスフォース、サノフィ、SAP、シェル、シーメンス、スカイ、スタンダード・チャータード、ステート・ストリート、TikTok、トミーヒルフィガー、ツイッター、タイソン・フーズ、ユニリーバ、ベライゾン、バージン・グループ、ボーダフォン、Wipro、WPP、チューリッヒ

各社のコミットメント内容は、The Valuable 500のサイトに公開されている。

参加した日本企業(50音順)

株式会社アーバンリサーチ、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社、株式会社朝日新聞社、ENEOSホールディングス株式会社、NEC(日本電気株式会社)、株式会社荏原製作所、オムロン株式会社、花王株式会社、川田テクノロジーズ株式会社、KNT-CTホールディングス、株式会社京王プラザホテル、株式会社山陰合同銀行、参天製薬株式会社、サントリーホールディングス株式会社、塩野義製薬株式会社、株式会社静岡銀行、清水建設株式会社、昭和電工株式会社、新生銀行グループ、住友生命保険相互会社、セイコーホールディングス株式会社、西武グループ、セガサミーホールディングス株式会社、積水ハウス株式会社、全日本空輸株式会社、ソニー株式会社、ソニー生命保険株式会社、ソフトバンク株式会社、SOMPOホールディングス株式会社、大成建設株式会社、大日本印刷株式会社、大和ハウス工業株式会社、合同会社DMM.com、株式会社電通、TOTO株式会社、日本航空株式会社、日本電信電話株式会社、株式会社ノーリツ、日立グループ、株式会社ファーストリテイリング、株式会社ブリヂストン、株式会社ベネッセホールディングス、マツダ株式会社、マネックスグループ、丸井グループ、三井化学株式会社、三井住友フィナンシャルグループ、三菱ケミカル株式会社、ユニ・チャーム株式会社、読売新聞東京本社

The Valuable 500に参加する日本企業へのインタビューは日本財団ジャーナルに掲載されており、東京都大田区で活動する団体「精神障害当事者会ポルケ」が記事制作を行っている。

まとめ

次のフェーズで、象徴的リーダー13社が、世界の障害者インクルージョンをどう牽引していくか。

セールスフォース、マヒンドラによる、オンライン求人窓口など求人プロセスに障害当事者が関わる取り組みは画期的。殆どの企業では、障害者採用は障害のない者のみで行っているが、当事者目線が入ることにより、求人サイトのアクセシビリティ対応が向上したり、健常者には想像しにくい障害の困難さに共感して先回りしたフォローができ、採用の精度が上がることが期待できる。

象徴的リーダーには日本企業からもソニーが入った。ソニーは1970年代から障害者の雇用を進め、常に法定雇用率を上回って雇用している。2020年にはソニー米国支社が米国の障害者平等指数で、日系企業で唯一100点満点を獲得した。ソニーは事業の一つである映画において、出演者・裏方共に障害者の比率を高めるために取り組むという。近年、米国のハリウッド映画界には、出演者・裏方に人種・ジェンダー・障害の有無の多様性を高めようという動きがある。

The Valuable 500の始動を機に、「障害とビジネス」をめぐっての国をまたいだ情報交換がますます活発化しそうだ。

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