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マネジャーとプレイヤーの分離~マネジメントは誰が担うのか?

プレーイングマネジャー問題ってのがあると思います。
マネジメントを担う人間が、プレイヤーとしても優秀で、プレイヤーとしても活躍する。そうすると、本来、マネジメントに使うべき時間が取れなくなるという問題です。

前職でもその問題にぶち当たりました。
ベンチャーだったということもあり、創業期は社長も含めて全員がプレイヤーです。創業期なんてそもそも人数も少ないし、マネジャーなんか要らないわけです。
ところが、人が増えてきたり、対外的な仕事も今までのノリでは通用しないようなシビアなものが求められるようになったりしていくると、徐々に「組織づくり」が必要になってきます。それでそれまでプレイヤーとして活躍していたメンバーは、マネジメントの仕事も求められるようになってくるわけです。マネジャーを任命される人は、当然、その段階ではプレイヤーとして優秀な人間です。現場ではその人が抜けると大きな穴になってしまいます。なので大抵の場合その人はプレイヤーとマネジャーの二足の草鞋を履くことになります。
勿論、どっちも物凄くハイレベルでこなしてしまう凄い人も稀にはいます。でも、マネジャーとプレイヤーってなかなか両立しにくいところはあるんだと思います。

組織において、マネジャーが求められる役割、マネジメント業務というのは、多種多様です。それこそ現場の仕組みづくりなんかもそのうちの一つですね。自分がいないと判断できない、動けない組織ではなく、誰がやってもある一定レベルのパフォーマンスを発揮できるようにしていくとか、スタッフが多少入れ替わっても事業やサービスの継続に支障をきたさないようにするとか、そういうことも求められるわけです。でも、これを自分自身がその現場でプレイヤーとして動きながら、自分がいなくても回るような組織にしていくって、なかなかの難しさだと思います。
部下のモチベーション管理みたいなものも求められます。仕事へのやりがいや面白さを感じられない部下に如何に火をつけるか。映画「スクール・オブ・ロック」のデューイみたいなことを求められたりもします。(いや、絶対無理やろうという感じですが)
部下の評価や育成もマネジャーの重要な仕事です。仕組み作りと相まって、後進の育成をしなければなりません。且つ、部下のモチベーションも大事なので、納得感ある評価とフィードバック、目標設定などもマネジャーがカバーすべき役割ということになります。

書いてて少し気持ち悪くなりましたが、昔、自分がマネジャーに求めていたのは、こういうこと全てでした。むしろこれだけでは済まず、数字目標の達成もマネジャーの責任だし、チームの雰囲気や文化づくりもマネジャー、会社全体の目指す方向に対しての戦術面の組み立てもマネジャー。「現場の仕事」以外の領域は、ほぼマネジャーの仕事。そんな極端な考え方に陥ってました。

だから、マネジャーはプレイヤーとしての仕事を減らさないといけない。プレイヤーとしての時間を減らしていくこともマネジメントの仕事の一つ。マネジャーは何よりもマネジメントに時間を使わないといけない。そう思ってました。マネジャーが優秀でないと組織がうまく機能しない。マネジャーを強化しなければ、マネジメントをちゃんとやらないと。そんなことばかり考えてました。

でも、こうやってマネジャーとプレイヤーを分離して、マネジャーにマネジメントという仕事を専門的にやってもらう、というその構造に、そもそもの問題があるんじゃないかと思ったんですね。

マネジャーとプレイヤーを分ける、という考え方には、マネジメント業務とプレイヤーの業務は「異なる」「別のもの」という前提があります。これって、マネジャーという人が、組織のことや人のことやら「現場仕事」以外の諸々を設計したり管理する、現場の人は現場の仕事だけに勤しむ、ってことじゃないですか。プレイヤーは、その設計され管理されてる中で「動く人」って感じですよね。

マネジメントを強化する、マネジメントが重要だって、やればやるほど、プレイヤーには「現場」のことしかするな、出来ない、ってメッセージを伝えてることにならないかなと思うわけです。構造的に「そう」なっちゃいがちだなと。マネジメントは「管理」とは違う、ってのはよく言われることですが、マネジャーとプレイヤーが分かれて、マネジャーがマネジメントをやる、って構図には、どうしても「管理」というニュアンスが漂ってしまうなと思うんですね。そういう構図の中では「現場」も、マネジャーにマネジメントを求めてしまうようになります。適切な目標設定、仕組みづくり、評価とフィードバック、問題の調整、リーダーシップ、モチベーション管理… マネージャーに現場の仕事以外の全てを求めるようになっていってしまいがちです。

でもね。現場の仕組み作りは、プレイヤーには出来ないでしょうか。プレイヤーは自身でモチベーションコントロールできないでしょうか。数値や成果の達成も、マネジャーが何かしらの指示や管理をしないと難しいのでしょうか。

全然そんなことはないと思います。今だと分かるんですが、当時はそんなこと思いもしてませんでした。とにかく事業も組織もマネジャーが動かしていく、マネジメントが根幹だと思い込んでいたんです。

よくよく考えると、マネジメント業務もプレイヤーが分散して担うことは可能です。必ず、一人のマネジャーがマネジメント業務をしなくても、全員がちょっとずつ得意なことをやってカバーするとかも出来るはずです。マネジメントという業務を誰か一人のマネジャーが全部やる必要もないわけです。

現場の仕組み化なんて、現場の人が一番よく知っています。誰か旗振り役は必要かもしれないけど、その意味や意義を理解してくれたら、現場の人たちだけでプロジェクトを推進していくことは可能です。モチベーション管理だって、各自が自分で出来ると思うんですね。モチベーションについては、また別でも書くつもりですが、会社が社員のモチベーションを上げるとかは、僕は烏滸がましいと思うし、必要ないと思ってます。ただ、モチベーションがダダ下がりするようなことはしない方がいい。そんな風に思ってます。モチベーションがダダ下がりすることって何だろうと考えると、これは僕自身の経験からですが、「不条理なことを押し付けられた」時です。なので、会社としては社員に対して不条理なことを押し付けないようにしたい。意識しているのはここだけです。基本、自分の機嫌は自分で取れです。

1つ1つ見て行くと、プレイヤーが出来ないことなんてあんまりないんです。

僕はずっとマネジメントを、マネジメントの仕事をする専門スタッフ=マネジャーだと考えてきました。もちろん、そう考えるほうが自然なのかもしれないけど、そうじゃなくて、「マネジメント」という仕事があり、その仕事はちょっとづつ分担して皆でカバーしていけるんじゃないかってことです。

それをセルフマネジメントなんて言葉で表現されたりもしますね。セルフマネジメントなんて言うと、セルフマネジメントできる人材はそもそも凄く優秀な人だ、みたいに思ってる方もいるんじゃないかと思います。でも、僕はセルフマネジメントできるかどうかは、多分に会社の制度や環境、雰囲気、文化が大きいんじゃないかなと思うのです。そもそもの組織の構造やルールに「セルフマネジメントは駄目」ってメッセージが内在されてしまってるんじゃないかなと思うんです。

まだ自分の中ではちゃんと整理されているわけではないですが、マネジメント業務の多くはセルフマネジメントでカバーできるし、チームでは皆で分担して協力して色んなことに取り組める、ということです。カバーできないところも、マネジャーという固定化した存在が担うのではなく、「ソース」みたいな役割を自覚した人がいれば良いのではないかなと思ってます。(「ソース」ついては「ソース原理」から。ソースが何かは「ソース原理」を読んでもらえればと思います) マネジャーがマネジメントという仕事を全部引き受けないといけないって、思い込みだったんだろうなと思います。

マネジャーをソースに置き換えただけでは意味ないですが、僕の中では、マネジャーって言葉には良くも悪くも色んな意味が付与されすぎてて、手垢にまみれてしまってる感じがあるので。マネジャーではなく「ソース」のほうが違う視点をもたらしてくれそうだなと思ってるですね。

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