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どんな人でも内側に持っている『語り』の尊さ〜「断片的なものの社会学」ブックレビュー


「 あの人、どうしてるかな・・・」

 わたしたちは人生の中で出会った人々に、ふと思いを馳せる瞬間がある。

 この広い世界には、世界でただ1つだけの、かけがえのない人生が、無数に存在している。

 この本は、社会学者の著者がインタビューや人生の中で体験してきた、様々な人達の何気ない日常の語りのワンシーンを、ただ淡々と紹介している。

 インタビューの語り手は、路上のギター弾き、シングルマザーのキャバ嬢、パブで働く外国人女性、タクシーの運転手のおっちゃん、ゲイの男性、偶然出会った一期一会の人々・・・ 


 それらの人々の話に、いいも悪いも結論付けることもなく、そのエピソードに寄せて、著者が考えることを淡々と綴ったりしているのだが、その著者の意見さえも、よいも悪いも結論を出していない。

 どんな人でもいろいろな「語り」をその内側に持っていてその平凡さや普通さ、その何事もなさに触れるだけで、胸をかきむしられるような気持ちになる。
 私の手のひらに乗っていたあの小石は、それぞれかけがえのない、世界にひとつしかないものだった。そしてその世界にひとつしかないものが、世界中の路上に無数に転がっているのである。
 分析も一般化もできないような、これらの「小さなものたち」に、こちらの側から過剰な意味を勝手に与えることはできないけれど、それでもそれらには独特の輝きがあり、そこから新たな想像がはじまり、また別の物語が紡がれていく。

 この本に出てくるエピソードの人たちは、もちろん会ったこともないけれど、
読んだ後に、その人はその後どうなったのだろうか、今も元気で過ごしているのだろうか、できれば幸せであってほしいな、とか考えてしまう。

 誰か知らない人の人生のカケラに、ほんの少し文面で触れただけなのに、1人ひとりの人生はこんなに尊いものなのかと思いを馳せる。

 一度読んだだけでは消化しきれない。
なんともこの本について説明するのが難しく、もう一度読み返したい気持ちになった。
 いや、一度と言わず何回も読み返してみたいと、素直に思えた本だった。

■人生の窓

 この本を私が読みたいと思ったのは、本書を紹介する他の方のブックレビューを見て、きっとこの本から、いろいろな人々の価値観に触れることができると思ったからだ。

 私は自分の狭い世の中の見方を、広げることをしたいと思っていたところで、この本に出会った。

 本に出てくる人達のエピソードだけでも、いろんな人生があるのだなと改めて思ったけれど、

 社会学研究に日々携わる著者ならではの、何気ないが鋭い気付き、ありきたりな日常の中にも存在する世の中の矛盾と、それを考える視点に触れることで、自分の世界が広がるきっかけになったように感じる。

 これは本の中の一部分だが、私は大きく頷いてしまった。

 誰にでも、思わぬところに「外にむかって開いている窓」があるのだ。私の場合は本だった。同じような人は多いだろう。

 四角い紙の本はそれがそのまま外の世界に向かって開いている四角い窓だ。だからみんな、本さえ読めれば、実際に自分の家や街しか知らなくても、ここではないどこかに「外」というものがあって、私たちは自由に扉を開けてどこにでも行くことができるのだ。という感覚を得ることができる。そして私たちは、時が来れば本当に窓や扉を開けて、自分の好きなところに出かけていくのである。
 ある時は本が窓になったり、人が窓になったりする。音楽というものも、多くの人々にとってそうだろう。それは時に、思いもしなかった場所で、半ば強引に私たちを連れて行く

 わたしたちの人生は、窓を探す、もしくは窓や扉に出会う旅をしている、ということなのかもしれない。どんな窓に出会い、どこに出掛けるのか。正に人の数だけ、選択と物語があるのだろう。

 そして、この本も、私たちにたくさんの窓を与えてくれる。

■著者 岸政彦 が本書にこめた、ささやかな願い

 著者が感じているこの世の中の矛盾点。

 それは、人権と多様性を重視する風潮が高まっている時代のはずなのに、その一方、分断が加速し、他者に対しての関心が希薄になってきていたり、寛容さや多様性が失われている、と感じるといいます。

 選択肢が限られているのに、失敗は許されず、自己責任の名のもとに切迫した状況に追いやられる人々、ひとを尊重するという理由で他人と距離をおく人々・・・

 その一方で、ひとを理解するということはとても難しいのもまた事実。

 私たちは、本来的にとても孤独な存在なのだけど、だからこそ、もう少し面と向かって話しをしてもよいのではないか、そんなことを考えてこの本を書いたそうです。

 捉えどころも答えさえも、著者自身ぼんやりしたものではあるけれど、

 現代社会が失ないつつあるかもしれない、人と人との温かい繋がりとは本来どういうものなのか。

 本書は、そんなことを著者と一緒に考える機会を、私たちに与えてくれる一冊だと思います。

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