14.「煮込みハンバーグ」


「煮込みハンバーグ」

1年間の浪人時代を経て、
わたしはようやく大学進学をした。

同時にお兄ちゃんと2人暮らしを始めた。
場所は吉祥寺。サンロード商店街を抜けた住宅街。
築35年。家賃9万円の2DK。
この部屋に、わたしとお兄ちゃんは2人で住んでいる。
早いことにもう、わたしは大学2年になった。
同時に、お兄ちゃんと暮らし始めて1年とちょっとが経とうとしている。

それより、聞いてほしい。うちのお兄ちゃんは本当に信じられない。
トイレ掃除をしたばかりなのにうんちをするのだ。
だけどまあ、お兄ちゃんがうんちをする時間は、お兄ちゃんが自分でコントロールできるわけではないし、とりあえず「靴下を脱ぎっぱなしにしないで」とか「飲んだビールの缶は流しに置いておいて」っていうのは守ってくれるから良いかなとは思っている。

お兄ちゃんとわたしは、基本的には一緒に食事をとらない。
なぜなら、お兄ちゃんには彼女がいるから。
彼女の家でごはんを食べてきたり、彼女と外食をしたりがほとんどなのだ。

お兄ちゃんは27歳。
わたしとは6つも歳が離れている。
お兄ちゃんに彼女ができたのはつい最近で、5年ぶりらしい。
彼女の名前はみさちゃん。29歳で、お兄ちゃんより2つ年上だ。
三鷹の高校で英語の先生をやっているらしい。
わたしも英文科だから、話は合わなくもない。

この2DKの部屋は、元々はお兄ちゃんが前の彼女と住んでいた部屋だった。
かなり束縛の激しい彼女だったのに、新しい好きな人ができたと言ってお兄ちゃんを捨てた。
まあ、その時のお兄ちゃんは就職活動もせず大学時代からやっていたアルバイトをなんとなくやっているだけだったから、それも1つの大きな原因だったのかもしれないけど。
そうは言っても、お兄ちゃんを捨てるなんてちょっとセンスがないんじゃないか。
お兄ちゃんはわたしのすきな大きな苺が乗った苺大福をわざわざ仕事帰りに買ってきてくれるし、心配性の田舎のお母さんのLINEには毎日律儀に返信をしているし、潔癖症のわたしに合わせて、帰宅後の手洗いウガイを徹底してくれるし。
……すごくすごくいいやつなのだ。

今のお兄ちゃんは幸せそうだ。
みさちゃんもたまに遊びに来ては、わたしとお兄ちゃんに手料理を振る舞ってくれる。
お兄ちゃんの大好物のハンバーグも、わたしより美味しく作る。
わたしも、お兄ちゃんと2人暮らしを始めたばかりの頃はよくチーズの入った煮込みハンバーグを作ってあげてたっけ。
火が通ったかが心配だから、わたしは煮込みハンバーグしか作れない。
みさちゃんはどうやっているかは分からないけど、煮込まなくてもいい感じの焼け具合のハンバーグを作ることができる。

みさちゃんは29歳。
お兄ちゃんは付き合うときにみさちゃんに約束をさせられたらしい。
「付き合うなら、必ず結婚する」ということを。
「付き合うなら絶対に結婚してほしい。」
お兄ちゃんはみさちゃんにゾッコンだから、
告白してそう言われたとき迷わず、
「当たり前だよ。」
と、答えたらしい。
律儀で優しいお兄ちゃんらしいや。
お兄ちゃんはみさちゃんに出会ってから、すごく幸せそうだ。
しかも、お兄ちゃんはみさちゃんと付き合って、いつかは結婚をするために、だらだらと先延ばしにしていた就職活動をして、正社員になった。


「ねえ、お兄ちゃん。久しぶりにハンバーグ、作ってあげようか。」
リビングで映画を観ているお兄ちゃんに後ろから声をかけた。
「どうしたの?久しぶりじゃん。りかがごはん作るなんて。」
振り向いたお兄ちゃんは寝癖がぴょんっと跳ねていて、休みの日なのにみさちゃんとのデートが無かったから、少しヒゲがのびていた。
「ちょっと気が向いただけ。」
お兄ちゃんはふーんという顔をして、
「なんか、手伝おうか?」
そう言って微笑んだ。
キッチンに2人で立つわたしとお兄ちゃん。
何年ぶりだろう。
この部屋にわたしが越してきてからは2人一緒にっていうことは、無かったから。
わたしが小学生3年生のときに、「ひとりでできるもん!」というテレビ番組に触発され、母の日にカレーを作るのに、お兄ちゃんを誘ったあの日以来かもしれない。
お兄ちゃん、手際良くなったな。
当たり前だ。お兄ちゃんはわたしより先に一人暮らしを始めて、彼女と同棲をしたり、別れたり、新しい彼女と付き合ったり。
わたしが知らない人生をわたしより先に歩んできたのだから。
中学3年生でサッカー少年だったお兄ちゃんは、もう立派な27歳なのだから。
出来上がったハンバーグを、真っ白いお皿にいれて、ニンジンとブロッコリーまできちんと添えた。
もちろん、煮込みハンバーグにした。
さすがのお兄ちゃんも、まだ煮込まないハンバーグは作れない。
テレビの前のローテーブルにハンバーグの乗ったお皿を2つ並べて、2人で並んでソファーに座った。
「あ、そうだ。りかが好きなドラマ、オレもまだ最新話観てないんだよね。一緒に観ようよ。」
そう言ってお兄ちゃんは、わたしと料理をし始めるまで自分が観ていて、一時停止をしていた大好きなシリーズ物のゾンビ映画から、わたしの好きなドラマに画面を変えた。
「ねえ、お兄ちゃん。」
ハンバーグを頬ばりながら話しかけた。
「ん?」
同様にハンバーグを頬ばるお兄ちゃんがドラマを観ながら、こちらを見ずに返事をする。

「わたしそろそろ、一人暮らしでもしよっかな。」
びっくりした顔のお兄ちゃんがこっちを見て、
「そっか。あんなに小さかったのに、もう21だもんね。」


そう言って笑った。

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