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47都道府県に彼氏を!~初恋のあおいくんどーこだっ~

脚本家の深月あかりです。私の目標はテレビ東京さんでドラマの脚本を担当することです。そのため、今回の創作大賞に応募させて頂きます。よろしくお願いいたします!

▼あらすじ

恋愛経験がゼロのライター佐藤結実(29)は、「47都道府県に彼氏を作る」という企画の恋愛エッセイを担当することになる。唯一の恋の記憶は5歳の初恋。そして初恋の相手の名前は“やまだあおい”くん。
編集長のアイディアで47都道府県にいる各地の“あおい”くんを彼氏にしよう!ということになり、結実は企画を通していろいろな“あおい”くんとデートをする。だが、どの恋もなかなか上手くいかずにいた。
そんな時、結実は自分の一番近くに本物の“やまだあおい”くんがいることを知り…。

▼本編



これから春がやってくるんだろうか。
肌寒いのに、どこか暖かく心地が温かい日、私は47都道府県に彼氏を作ることになった。

私には名前が2つある。
ひとつは親からもらった「結実」という名前。「結ぶ」に「実る」で結実。
この名前だったら、恋でも夢でもなんでも実りそうな気がするのに、今の私は正反対だ。それに苗字は「佐藤」という。
「佐藤結実」…いかにも平凡な名前だなと自分でもよく思う。
そして、もう一つの名前は「AOI」。私のペンネームである。
これはあの運命の日。あの会議で、編集長から完全なるノリで名付けられ、それ以降、私は「AOI」というペンネームで活動することになった。

そんな私にとって、人生の別れ道とも言えたあの日。
寒い冬なのに、とても暖かくて、いつも巻いているマフラーもいらないようなそんなポカポカとした日だった。
私は山崎編集長に呼ばれ、「江東マガジン編集部」の会議室に訪れた。

編集長「お、佐藤さん!調子はどう?絶好調?」
結実「普通、です」
編集長「そっかぁ。イイネ!」
結実「はい」
編集長「でね、今日は新連載の企画の相談なんだ」
結実「新連載…?」
編集長「おお、イイ感じだねぇ~」

そして一枚の企画書が渡された。

結実「…47都道府県に彼氏…?え、これ、どういうことですか…?」
編集長「ハハハ。おもしろいでしょ?!この企画」
結実「はぁ…」
編集長「うちもさ、こうガツンとした企画やりたくて。新入りの男の子が意見出してくれてさ、いいじゃん!おもしろい!って、みんなで盛り上がっちゃってさぁ。だけど、なんせやってくれる人がいなくて…。」
結実「はい…」
編集長「ほら、佐藤さん、前に恋愛系の記事書きたいって言ってたでしょ?」
私「それは言いましたけど…」
編集長「うちの社員もライターさんも、既婚者かもう結婚しますって人が多くて。ほら、佐藤さんの前に書いてくれた旅記事!あれもよかったし。それに連載だよ?47記事だよ?話題になると思うし、いいと思うんだけどなぁ」

これはつまり、私が彼氏が居ないと見越してのお願いなのか。
そんなのあんまりではないか。今日まで彼氏が居たことなくったって、帰りにナンパをされるかもしれないし、バッタリ初恋の人に再会して、明日には彼氏ができているかもしれないじゃないか。

編集長「お願いできないかな…?」
結実「大体これ、どういうことなんですか?各地方に彼氏作ってどうするんですか?」
編集長「ラブを育む!」
結実「いや、そうじゃなくて…」
編集長「でもね、この企画はね、ホントおもしろいと思うのよ!地方ごとの男性とかラブの特徴を記事にしてさ…。あ!47都道府県の男を制覇した女なんて日本初になるんじゃない?天下統一の女!どう?」
結実「んー……どうと言われると……なんというか……」
編集長「連載、やりたくない?」
結実「それはやりたいですけど」
編集長「じゃあ決まりだ。レッツラゴー!」
結実「いや、でも!…トラブルとかにもなり兼ねないというか…」
編集長「それは…そうか。あ、佐藤さん初恋の人の名前は?」
結実「え?」
編集長「初恋の人の名前」
結実「…………“あおい”です」
編集長「うっわ、おしゃれ~!やっぱ平成生まれの名前は違うね。じゃあ、今日からペンネーム!AOIで!」
結実「…え?」
編集長「ペンネームがあれば、トラブルもある程度避けれるっしょ」
結実「ある程度って…」
編集長「でもこの企画、ホントいいと思うんだけどなぁ。なんかさ、オイシイじゃん。どうなってもオイシイ。こんなオイシイofオイシイの仕事ある?」
結実「……どの辺がですか?」
編集長「ほら、ホントに彼氏もできるかもしれないしさ」
結実「……」
編集長「この企画で彼氏ができて、結婚!なんてことがあったら、もうその話だけで食べていけるんじゃない…どう?」
結実「それは……まぁ、確かにそうですけど」
編集長「じゃあ決まりね!よろしく!」
結実「…!!」

「江東マガジン編集部」は、六本木のオフィス街にある。
会議で呼ばれた後はいつも駅までの道の今川焼のカスタードを食べながら帰る。だけど、今日は全くそんな気になれない。
私は…47都道府県に彼氏を作るという、よく訳のわからない企画に「YES」と言ってしまったのだ。とはいえ、やるしかないこともわかってはいる。頭では理解もしている。だけど、人間と言うのはなかなか心と頭は一緒にならないものだ。

結実「彼氏かぁ…」

今日は暖かかったはずなのに、少し冷たい風ヒューッと頬を撫でる。

私は「恋愛エッセイ」が好きで、恋愛コラムや恋愛エッセイを書く人に憧れて、ライターになった。それなのに、最近は美容コスメ記事やおすすめグルメ記事とかそんなのばかりを執筆をしている。おすすめのマスカラ何選とか、下北でおすすめのプリンとか、そんなやつだ。
本当は恋愛エッセイとか、コラムとかが書きたい。そうは思っていたけれど、私にはそうなれない秘密があった。

私は“恋愛経験が皆無の29歳処女(内緒)”なのだ。

恋愛エッセイがばかり読んでいて、何故か実践を忘れてしまっていたのだ。自分で恋愛コラムやエッセイを書きたいのに、恋愛経験がないなんて…。
この企画はそういう意味で自分には合ってしまっていたのだ。ここで恋愛経験を積む、そして、それを記事にできる。それもライターみんなが憧れる“連載”。皮肉なことに今の自分の全ての欲望と合致している。「神様いじわる」というのは、こういう時の言葉ではないだろうか。

結実「ふぅ~…」

ふとため息を付くのと同時に鞄から振動が伝わる。
携帯電話には「編集長」と表示されている。
さっき話したばかりだというのにどうしたものだ。不思議に思いながらも電話に出ると、いつも通りの軽いノリと明るい声で話し出す編集長。

編集長「さっきはどうも!調子はどう?絶好調?」
優実「…普通です」
編集長「さっきのなんだけど」
結実「ああ、はい」
編集長「あおいって名前、めっちゃイイよね」
結実「……はぁ」
編集長「ペンネームAOIがさ、47都道府県のあおいくんを探して恋をするって物語どう?」
結実「は?」
編集長「佐藤さんの初恋の人にも会えるかもしれないし。ほら、初恋の人と再会して終わるってエンディングなんて最高っしょ」
結実「……えっと…」
編集長「じゃあまずはわかりやすく関西男子でどう?関西の“あおい”くんピックアップして送るから!デートして来てねよろしくぅ!」
結実「……切れた」

編集長が「どう?」っていう時は大体決まっている時だ。そして「どう?」の言い方はいつも「どぅ?」であり、発音にすれば「DO?」で、軽いノリすぎていつも心配になる。
しかし、何故だ。私は別に初恋の人なんて探してはいない。というか、探されても困る。こんな企画で再会しても100パーセントキモいと思われるに違いない。というか、初恋の人と再会してどうちゃらなんて、そんなのはドラマの世界だけの話だ。

――やまだあおい。

私の初恋の人の名前。
あれは幼稚園の頃だった。3月14日のホワイトデーの日、私はインフルエンザになり、寝込んでいた。そんな時、ママが「あおいくんから電話よ!」と言って、私は人生で初めてパパやおじいちゃん以外の男の人と電話をした。それが初恋の“あおいくん”だ。
あおいくんは電話で「ゆみちゃん、大丈夫?」と言ってくれ、どんなホワイトデーのお返しよりもすっごく嬉しかったことを今でもよーく覚えている。そんなイケてる5歳児だった、あおいくん。今は一体どんな風になっているのだろうか…。

その夜。私はなんとなく、アルバムを見返した。
するとそこにはあおいくんと自分の2ショットがあった。
私の恋のイイ思い出は、この5歳の初恋“やまだあおい”くんしかないのだ。

チロリンと携帯の通知音が鳴る。編集長からメールが届いている。

佐藤さん
早速X月XX日に大阪に取材お願いします。
大阪府に住んでいる「山田蒼生」くんです。
待ち合わせはUSJです。
頑張って彼女になってきてね!(笑)
山崎

結実「え…?やまだあおい……?」

何度も目をこするが、そこには「山田蒼生」と書かれている。そしてどう読んでも「やまだあおい」だ。いや、でも「山田」という苗字も「あおい」という名前も珍しくはない。だけど、こんな偶然ってあるのだろうか…?
まさかこの写真に一緒に写っている、私の初恋の相手「やまだあおい」だったりするのだろうか…。

ヤバい。これは楽しみになってきた。

山崎編集長
諸々、了解しました。
よろしくお願いいたします!
佐藤

連載の書き出しが頭に思い浮かぶ。
『“やまだあおい”。それは私の初恋の人の名前だ。今回から47都道府県に彼氏を作り、各地の男性の特徴をまとめた記事を連載していきます。第一回目は、大阪府に彼氏を作りに行きました。大阪府に住んでいる関西男子「山田蒼生」さんとのデート。こんな運命のようなことってあるだろうか?初恋の相手ならば、私はこの人の彼女になりたい』

もし、本当の本当にあの山田くんだったら…。
その日の夜はただただそれだけが頭を巡っていた。

****

やってきました、USJ。
初恋の「やまだあおい」くんかもしれない…。そう思うと、テーマパークなのにワンピースとブーツで来てしまっている自分がいる…。相手が本当に初恋の“やまだあおい”くんだったら、これは運命の恋の始まりだ。だったら、少しでも可愛い自分で居たい。昨日の夜は2回もパックをしてしまった。気合いはバッチリ…!だ。
でも、少し不安なのは、私はちゃんとしたデートが初めてということだ。

山田「アオイさんっすか?」

斜め後ろから声が聞こえ、振り返ると、身長が高くて肌が白いイケメンくんがそこには立っていた。

結実「山田…くん?ですか?」
山田「そやで。山田蒼生!」
結実「佐藤ゆ…あ、アオイです」
山田「同じ名前なんや~。今日はよろです!」

こんなイケメンくんが、初恋のあおいくんだったら、私が今まで恋をしてこなかったのは、きっとこの人と出会うためだったからだと思う。絶対にそうだ。

山田「ほな行くで~」
結実「はい」
山田「あ、俺を彼氏にしたいっちゅう話なんやろ?」
結実「あ…はい、一応そうなります」
山田「じゃあ、今日は一日彼氏だと思ってな!だから敬語はナシや!」
結実「…はい!あ、うん!!」

こんなに笑顔が眩しくて、イイ子がどうして来てくれたのか不思議でしょうがない。右だけにある八重歯に何だかキュンと来てしまう。

山田「ほな、まずはあそこ行くで」
結実「うん!!」

そうして連れて行かれたのは、お土産ショップ。
最初に何故お土産ショップ…?と謎で仕方がなかったが、「お揃いしようや~」と言って、エルモの被り物を買ってくれた。
ナニコレ、デートッテ、チョーサイコウジャナイデスカ。

山田「なんやって?」
結実「あ、ごめん、つい心の声が…」
山田「出してこ。出してこ」
結実「うん!!そうだね!!これ、可愛い!!あとありがとう!うれしい!!」
山田「お揃いってええよな。じゃあ…ワリカンやから、3800円」
結実「…え?」
山田「あ、消費税いくらやったっけ?3800円の消費税っていくらやろ?えっと…」
結実「380円?」
山田「じゃあ…あれいくらや?」
結実「4,180円…かな…?」
山田「計算、はやない?じゃあそれや」
結実「……うん」

……何だろう、この違和感は。そうか私は恋愛エッセイの読みすぎなんだ、リアルではワリカンなんて普通かもしれないじゃないか。
ただ…これが初恋の“やまだあおい”くんなのかもしれない、と思うと何だか心がモヤッとする…。

それから、蒼生くんの希望でジェットコースターを2回乗り、お化け屋敷にも行き、どちらも苦手な私はクタクタになってしまった。

結実「ちょっと休みませんか…?」
山田「もう疲れたん?おもろ」
結実「おもろ…?」
山田「ブーツやん。そら疲れるで」
結実「あははは…」
山田「こういうときはスニーカーがええで。あ、そこで休むか」
そう言って、ジェットコースターを指さす山田。
結実「え……」
山田「アハハハハハ!ギャグやん。ボケやん。マジにならんといて」
結実「はぁ…」
山田「先座っとき。飲み物買ってくるわ。あ、何がええ?」
結実「あー…じゃあカフェラテで」
山田「おっけー」

テラスの端の席に座ると、楽しそうに手を繋いでいるカップルがたくさんいる。こういう光景を見ると、私って本当に恋愛して来なかったんだなぁ…なんて思う。でも仕方がないじゃないか。ライターとして、フリーランスで働くには速さが大事で、とにかく数をこなすしかできることがない。そうこうしているうちに20代前半が終わり、20代後半ももう終わろうとしている。
仕事も恋愛も上手くいくなんて、そんなのあり得ないじゃないか。

山田「ほい。ホットでよかった?」
結実「うん。ありがとう」
山田「160円や」
結実「……払うね」

一瞬、何も言葉が思い浮かばなかったが、支払いたくないわけではない。
でもなんか、モヤッとするものがある。

山田「アオイちゃんは何で彼氏欲しいん?」
結実「あー…ちなみにどんな感じで聞いてる?」
山田「お見合いやな」
結実「え?まぁ、間違ってはない、かなぁ」
山田「結婚願望あるん?」
結実「うん…まぁ…普通かな。っていうか、まだ想像が付かないというか」
山田「そうなんや。でも女は黙って“結婚したい!”って言ってた方がええで」
結実「なんで?」
山田「なんかその方がかわええやん」
結実「可愛い…?」
山田「黙って付いてくる女の子って最高やん」
結実「……なるほどね」

なんかもう全て理解した。この男は、とにかく自分を立ててくれる女の子が好きなんだろう。だけど、恋とは自分が気持ちよくなるための娯楽なのだろうか…。

結実「蒼生くんって…昔東京に住んでたりした?」
山田「いや、ずっとここやで」
結実「そっか…歳は?いくつ?」
山田「25。アオイちゃんは?」
結実「29」
山田「アラサーやん」
結実「……そうだね」

同い年でもなく、東京にも住んだことがないということは、あの“やまだあおい”くんではない。いや、やまだあおいくんではあるけど、同一人物ではない。あれ程願っていたはずなのに、私は初恋の相手ではないことにホッとしていた。

山田「結構ええで、俺」
結実「え?」
山田「顔はそこそこイケメンやし」
結実「自分で言っちゃう?」
山田「だってそうやん。どう考えてもあそこらへんにいる男より俺と付き合った方が絶対イイ思いできるに決まってるやん」
結実「なんでそう思うの?」
山田「だって…ほら、あの男とかブスやん」
結実「……」
山田「俺結構モテるんやで。でも…アオイちゃんと付き合ってあげてもええで。年上と一回付き合ってみたいって思ってたし」
結実「……それってさっきと同じギャグ?」
山田「いや、これはマジやろ」
結実「……そうなんだ。私、あんまり関西のノリわかんないみたい」
山田「そうなん?」
結実「まぁ、でも関西とか以前に顔がかっこいいだけってよくないんだなって」
山田「は?」
結実「うん。いい記事書けそう、ありがとう」
山田「え、何?帰るん?」
結実「うん」
山田「ホテル行かんの?」
結実「そのギャグ、まじでセンスないよ」
山田「なんやそれ。こっちは付き合ってやったのに」
結実「デートって、一緒に楽しむものだと思うよ。あ、あとワリカンって女子からあんまりウケないよ。じゃあバイバイ、イケメンくん」

このバイバイはなんだか、初恋のやまだあおいくんを楽しみにしていた自分へのバイバイでもあった。

おもしろい記事は書ける気がする。だけど、この企画は彼氏を作るのがゴールなのに、どうしよう。47都道府県に彼氏作るのなんて、100年くらいかかりそうな気がする。いやでも、今回は相手が悪すぎやしないか…。あの上からワリカン男、絶対に付き合いたくない男NO.1ではないか。顔だけであんなにも中身がカラッポなことってあるのだろうか。

そして、何よりも“やまだあおい”くんとして楽しみにしていたあの時間を返して欲しい。

私はホテルに帰り、速攻、記事を書いて、編集長に送った。

――佐藤さん
原稿、早いね。
ダメだったか…。
山田蒼生くんは俺の親戚の知り合いのイケメンくんだったんだけど…。
次は彼氏になるといいね!
山崎

結実「親戚の知り合いだったんかい…!」

そんなことをツッコミながらも、でもまぁ、人生初めてのデートがイケメンとできたということでヨシとしよう。
そして、一瞬でも初恋の“やまだあおい”くんだと思ってしまったことを本物のやまだあおいくんに心の中で謝りたい。

****

あれから数週間。
今、私の目の前は真っ白だ。そう私は人生で初めて青森に来ていた。
こんな雪の中で彼氏を作りに来るなんて、どう考えても痛いアラサーに思えてきた。
今回は年上でお願いします。そして、できれば居酒屋などで美味しいものを食べながらゆっくり話したいです。と編集長に要望を伝えた。
やっぱり恋の始まりは相手の中身を知ることが大事だというのが、私の前回の反省点だ。

もちろん待ち合わせはお店だ。USJ待ち合わせよりも変な緊張はしない。まぁ、あの時の緊張は初恋の人だと思ったからというのも大きい。
今回の相手は「一ノ瀬碧」さん。32歳の男性だ。今回は“やまだあおい”くんとは全く関係がない。しっかり企画に集中できる。
大人の男性とのしっぽり居酒屋デート…。これは私の理想のデートでもあった。楽しみだ。

お店の扉を開けると…
ふんわりとアヒージョの香りが漂う。これは…大人のデートだ…!キャー!!恋愛初級者の私には、なんというか雰囲気のいいお店というだけでテンションが上がってしまう。

先に席に座っていた男性は、ラフな格好をしているシュッとしているスタイリッシュで仕事ができそうなインテリ系男性だった。

結実「初めまして。アオイです。今日は、ありがとうございます」
碧「一ノ瀬碧でず。どぞよろじぐおねがいじまず」
結実「…」
碧「ビールはおずぎでずが?」
結実「え?」
碧「ビール。ここぞのビールたげしゃっけくてさっぱす!たんげ、めぇ~?」
結実「……」

青森男子と東京女子が上手くいく確率、0%。
青森男子と東京女子が話が通じる瞬間、0秒。
青森男子と東京女子が付き合える可能性、0%。

結実「し、失礼します…!」

あんなに楽しみにしていたのに、いろんな意味でホラーすぎて、私は2分しか滞在できなかった…。でも、2分でも充分な記事はなりそうだ…。なんというインパクト…。見た目とのギャップがデカすぎる…。というか、編集長の人選、クセが強すぎないか…?
一体何なんだあの人は。「一ノ瀬碧」という名前以外何をしゃべっているのか全くわからなかった…。あれは通訳が必要なレベルだ…。

ここまでくると、この世に普通に話せる“あおい”くんはいないのだろうか…?という風に思ってしまう。私の初恋なんてもう24年も前なのに、何だかあの時の“やまだあおい”くんがとてもナイスガイだったように思える。

結実「とりあえず記事書こ。明日観光したら帰ろう」

その夜は温泉に入り、私は47都道府県に彼氏を作ると言いながら、結局お一人様を満喫してしまった。

結実「なんかデートって、疲れるかも…」

****

青森から帰ってきてから一週間。
私はまたしても「江東マガジン編集部」の会議室に呼ばれた。

もしかしたら怒られるのかもしれない…。
でもそりゃそうだ。47都道府県に彼氏を作るという企画なのに、2回とも彼氏どころか、イイ感じにすらなっていない。このままでは日本を一周しても彼氏ができる気がしない。
せっかく恋愛経験がなくても恋愛エッセイの連載が書けるようになったというのに、2回で打ち切りなんてそんなのはあんまりじゃないか。というか、編集長の人選がどうかと思う。言ってしまえば、中身からっぽイケメンくんと何を話しているのか解読不可能な津軽弁男。恋愛に片足すら突っ込めない。

荻野「あれ?あ、佐藤さん。お久しぶりです」
結実「あ、荻野さん。ご無沙汰しております」

営業部の荻野さん。二年ほど前にPR記事の依頼をしてくれ、そこから何度か仕事をしている。社内で会うことはなかなかないのだが、いつも優しそうなオーラに包まれており、彼との仕事はとても気持ちがいい。

荻野「読んでますよ。47都道府県彼氏連載。あれ、佐藤さんですよね?」
結実「え…ペンネームなのに何でわかったんですか?」
荻野「そりゃあ、何度か一緒に仕事してますから。ほら僕、佐藤さんの文章のファンなので」
結実「またまた…。でも…ありがとうございます」
荻野「またPR記事とか頼みますね」
結実「はい。こちらこそよろしくお願いします」

ああ…。こういう人がきっとモテるんだろうな。といつも思う。そして、こういう人が仕事できるんだろうな、営業できるんだろうな、とも思う。
感心していると、ステキな荻野さんと入れ替えにノリの軽い編集長がやってきた。

編集長「お、調子はどうー?絶好調?」
結実「…普通です」
編集長「いや、絶好調!」
結実「…?」
編集長「例の連載!」
結実「え、そうなんですか…?」
編集長「でもさ、次3回目でしょ?そろそろ…ねぇ?」
結実「…ですよね」
編集長「で、佐藤さんのタイプ?聞いておこうと思って」
結実「……普通の人、ですかね」
編集長「理想は高く持たないと~」
結実「とりあえず、方言がひどくない人で、イケメンだけど中身がないという人じゃなければ頑張れると思います」
編集長「ああ、そういうことね」
結実「というか、あの人選どうなってるんですか?」
編集長「ご不満?」
結実「いや、不満というか…クセが強くてだいぶ個性派揃いだなぁと思いまして」
編集長「俺の親戚の知り合いの知り合いの息子だったんだけど…」
結実「編集長の知り合いのつて、やめてみませんか」
編集長「…なるほど。イイネ!」
結実「…」

この人は本当にわかっているのだろうか。次の人は鼻毛がすごい出ている男とか天然パーマをこじらせた超ボンバー頭みたいな人とかではないだろうか。この人を本当に信じて大丈夫なのだろうか…。

編集長「テッテレー!日本地図!」
結実「はい?」
編集長「知らない?日本列島の旅?所ジョージの」
結実「はぁ…」
編集長「あれと同じ。今回は好きなとこ行って彼氏作ってみるっていうのはどう?それなら必然的な恋愛でしょ」
結実「まぁ…」

編集長は目を瞑り、日本地図を指を指す。

編集長「……ででん!ここだぁッ!」
結実「……沖縄!」
編集長「おぉ!沖縄!いいじゃん~いいじゃん~。バカンスが・て・ら」
結実「でも“あおい”って名前、沖縄に居なさそうじゃないですか?」
編集長「だから探せたら運命じゃないの~。ああいう地域は地元の繋がり凄いから、聞いたら案外見つかるかもよ」
結実「……わかりました」
編集長「あ!あと!ちんすこうとサーターアンダギーと海ぶどう!」
結実「え?」
編集長「お土産、よろしく~!」
結実「……わかりました」

次は沖縄…!修学旅行以来の沖縄だ……!

****

――数週間。

空港なのに空気がおいしく感じる。そして、空が青い。ここでなら“あおい”くんに出会えそうではないか。なーんて。
私は、最近、この企画のことばかり考えている。それだからか、何だか頭の中でポエムのように自分の心を綴ってしまう。これが職業病だ。
しかし沖縄…。仕事で沖縄なんて、最高だ……!空が…そして海が青い!!
そして私が探しているのは…あおい…。ああ、それはひとまず置いておこう。だって、せっかくの沖縄なのだから!

まずは御利益のありそうな首里城でも見に行こう。そうだ、回った観光地も番外編でレポートしよう。編集長に提案したら「イイネ~」とまたしても軽いノリでOKしてくれるはずだ。そんなことを考えながら、携帯で写真を撮り、次々と観光地を回っていく。
すると、外国人に「スイマセーン」と声をかけられ、カップルの2ショットの撮影をお願いされる。幸せそうな2人の笑顔。シャッターを押す私。あっち側とこっち側。これが現実だ。
もしかして私、彼氏欲しいと思い始めてる…?
これもこの変な企画に参加することになったせいだ。そのせいで私の隠れた欲望が剥き出しになってきてしまったのだ。そんなことを考えながら笑顔で携帯を外国人カップルに返す。

付き合うって、どうしたらいいんだろうか。
これは乙女の悩みでもなんでもなく、ただただ日本の大事な議題なのではないだろうか。

あれやこれやと観光地を回っていくともう夕方。
だけど、辺りはまだそんなに暗くない。そして、カラッとした気温と空でなんだが清々しい。

観光客ばかりで、あまり出会いとかなさそうだなぁ…。
そんなことを思いながら、沖縄料理屋に入る。
私はジーマーミ豆腐が好きだ。私にとって沖縄料理といえば「ジーマーミ豆腐」なのだ。大好きなジーマーミ豆腐を頬張りながらマッコイを飲む。至福の時だ。そうだ、私はジーマーミ豆腐と付き合おう。

店員「おいしいでしょう。それ自慢の自家製」
結実「はい、めちゃくちゃおいしいです!」
店員「お姉さん、東京から?」
結実「はい、仕事で」
店員「大変ね」
結実「あの…“あおい”って名前の人を探してるんですけど…」
店員「あら、探偵さんか何か?」
結実「あ、違います。しがない物書きです」
店員「あら!小説家さん!」
結実「あ…ちょっと違いますけど」
店員「あなた!あおいって子いたっけね?」
店員の夫「駅前のトンカツ屋の息子、あおいだべ」
店員「あ、地図書くわね」
結実「ありがとうございます」

私はその地図を握り閉めて、そのトンカツ屋に向かった。

――本日定休日。

なんということだ。だけど、今回はどうしたって恋がしたいと思ってしまっている自分がいる。あおいくんよ…出てきてくれ…!

すると赤ちゃんを抱いた女の人が話しかけてくる。

女「すみませんね。今日は定休日なんです」
結実「あ、いえ…」
女「明日はやってますから」
結実「はい。ありがとうございます」
女「お待ちしてますね」
結実「あの…」
女「?」
結実「ここにあおいくんっていう方がいると伺ったんですけど…」
女「はい。あおいはこの子です」

女の人に抱っこされている、可愛いくりんくりんの目をした赤ん坊が私を見つめていた。
あなたがあおいくんでしたか…。何かいろいろとすいません…。

結実「あおいくん…」
女「?」
結実「いい名前ですね。私の初恋の人も“あおい”って名前だったんです」
女「あら、そうなの。じゃあ…その人を探して?」
結実「まぁ…そんな感じです」
女「あなた…おいくつ…?」
結実「29ですけど…」
女「この裏にね、せまーいバーがあるの。そこのバー店さん、あおいくんっていうのよ。確かあなたと同じくらいだったはずよ」
結実「行ってみます!」
女「再会できるといいわね、初恋の人と」
結実「…はい。ありがとうございました」

何だろうこの気持ちは。確かに私はこの企画に参加してから“やまだあおい”くんに会ってみたいという気持ちが膨らんでいる。でもそれは恋とか好きとか、そういうのとは少し違う。この企画がただ私の初恋を思い出させただけだ。だけど、私が本当に本気で“やまだあおいくん”を探したら、また再会できるものなのだろうか…。
旅行に行くと地域によって、心から言葉をくれる人というのがいるように思う。あの女の人は心から話してくれた。あの人の「再会できるといいわね、初恋の人と」というのは何だか心にゴーンと響くものがあった。

何はともあれ仕事は仕事。
今は狭いバー店のあおいくんに会いに行くのが先決だ。

――カランコロン。

扉を開けると、少し和風なのにお洒落という、何とも言えない雰囲気の薄暗い店内。カウンターの中にいる、男性。あれが“あおいくん”なのだろうか…?恐る恐る入ると「どうぞ。今から開店なんですけど大丈夫ですか?」と丁寧に聞いてくれたのに、どうして私はあんなことを言ってしまったのだろうか。

結実「あの…あおいくん、ですか?」
バーテンの男(青井)「はい、青井ですけど…どうして僕の名前…」
結実「付き合ってください…!」
青井「…え?」
結実「え?…あ、すいません!ビール!いや、ハイボール!超濃いめで!!」
青井「は、はい」

ハイボールが置かれると、グイッと飲み、お代わりをする。
これは飲まないとやっていられない。気まずい。気まずすぎる…!何より、話しかけるのも出るのも気まずい。勢いで出た言葉が「付き合ってください」って、あまりにもキモいではないか。自分で自分にドン引きだ。今日の私はきっとどうかしている。

青井「あの、どこかでお会いしたことありましたっけ…?」
結実「ないです。あ、あるかもしれないです」
青井「…どっちですか?」
結実「やまだあおいくんじゃなければ、会ったことはないです」
青井「あおいゆうとです」
結実「じゃあ、初めましてです……すいません」
青井「別に謝るようなことは」
結実「私…ライターやってまして。“あおい”っていう名前の人に取材してるんです」
青井「へぇ~…ライターさん!かっこいいですね。で、どんな取材なんですか?」
結実「……恋愛?ですかね」
青井「……なるほど。じゃあ僕はあまり参考にならないかもです」
結実「え?」
青井「バーテンってよくチャラいとか言われるじゃないですか。でも…。その…本当にお恥ずかしい限りなんですが…僕はあまりそういった経験がないもので」
結実「え…そうなんですか?」
青井「なので、さっきの」
結実「?」
青井「人生初めての告白になります」
結実「……!!すいません!!本当にごめんなさい…!!」
青井「いえ。でも、やっぱりなんか嬉しいものですね。女の人からああいうこと言われるの。あ、変な意味じゃないです。その…ちょっと酔っぱらっていた…?みたいなのもわかるので」
結実「……」

何だこの人は。天然なのか。天然でこんなに人をイイ気持ちにさせる言葉をくれるのか…?それとも商売か…?どこからどこまでが本当の言葉なんだ…。
こんな人、モテないわけがないじゃないか。

結実「もう一杯ください」
青井「かしこまりました」

そして、数分後。どうぞ。と言われて出されたカクテルはとても可愛くておしゃれなものだった。

結実「かわいい…」
青井「僕なりのお客様のイメージです」
結実「え…?」
青井「あ、すいません」

少し照れくさそうにしている姿についキュンとしてしまった。きっとこれが本物のキュンだ。少女漫画でよくある“キュン”。そして、USJでのイケメンくんにも、津軽弁ボーイにも芽生えなかった“キュン”だ。

結実「おいしい…!」
青井「よかったです!」

青井くんの笑顔はくしゃっとなる笑顔で。何だかいろんなことを考えた今日の出来事が全て吹き飛んだ。

そこからは沖縄のおいしいお店やおすすめのスポットをこの青井くんにたくさん教えてもらった。そして、ただただ楽しくお酒を飲みながらいろんな話をした。私がやっている企画のことも、何故かこの人には包み隠さず話せてしまった。

結実「あ、もうこんな時間…」
青井「…もう一杯だけ飲みませんか?これは二人で」
結実「え?」
青井「あ、もちろんお代はいりません。店閉めるので。僕のわがままなので」
結実「それは嬉しいですけど…」
青井「じゃあ…閉めてきますね」

何だこの感じは。どこかにいる“やまだあおい”くんも、こんな人だったらいいのになぁ…なんて思う。
店を閉め、戻ってくる青井くんの笑顔が眩しい。ダメだ、これはきっとお酒のせいだ。そう言い聞かせよう。

青井「じゃあ、乾杯」
結実「乾杯」

カウンター越しではなく、カウンターで隣同士で飲むとなるとこんなにも緊張するものか。

青井「あの…いつ帰られるんですか?東京?」
結実「一応、明日には」
青井「一泊ですか?短いですね」
結実「はい…」
青井「あの…」
結実「?」
青井「また来てくれますか?」
結実「え?」
青井「僕、まだしゃべりたいなって…。あの、なんていうか……やっぱダメですね。こういう時経験がないと。何て言っていいかよくわからない」
結実「…私も同じです」
青井「え?」
結実「経験がないのも、何て言ったらいいのかわからないのも、同じです。でも、また会いたいって思ってます」
青井「…僕も同じこと思ってます」

恥ずかしさを隠すようにグラスに入っているハイボールを飲む。
コロンと氷が動く音にすら何だかドキッとしてしまう…。
ああ、これが恋の始まりというやつなのだろうか…。

青井「明日、何時ですか?飛行機」
結実「えっと…14時半くらいですけど…」
青井「行ってもいいですか?お見送り」
結実「え?」
青井「そしたらまた会えるじゃないですか」
結実「…!!」
青井「それと…」
結実「?」
青井「最初に行ってくれた言葉、取っておいてもいいですか?」
結実「…」
青井「ほら、何か今はまだ違うじゃないですか、たぶん。でも僕たち似た者同士だし、いつか僕から、返事?ちゃんとできたらいいなっていう。だからそれまで最初の告白は預からせてください」
結実「え…いいんですか?」
青井「いや、逆にいいんですか…?」
結実「はい。いいです」

外に出ると星がとても光っていた。これはきっとそういうことなのだろう。何となく運命の出会いなんじゃないか、私の中でそんな匂いがした。
そんな匂いとともに私は、青井くんが初恋の“やまだあおい”くんだったらいいのに。そう何度も思った。

****

沖縄に行ってから一週間後。
原稿を出した直後に、編集長からまたしても呼び出しがかかった。
何というか、今回の記事はよかったんじゃないかと思う。ただ、思い出を自分だけのものにしたい気持ちとの戦いがあり、いつもよりも書くのに時間がかかってしまった。
ただ、今日も青井くんとはLINEをしている。

結実「うふふふふ…」

次に沖縄に行ったら、ちゃんとしたデートできるのかと思うと何だかニヤけてしまう。というか、あんなイイ雰囲気で、空港まで見送ってくれたりして、毎日にようにLINEなんて…もはや付き合っていると同じじゃないか。彼氏彼女ではないか。そう思うと、何だかニヤけてしまう自分がいるのだ。

チロリン。とLINEの通知音が鳴る。青井くんだろうか?LINEを見る瞬間までのこのドキドキワクワク感って本当にたまらない。

牛乳買ってきて。あと、弥生の荷物届いてる

結実「え…?何これ…?」

再びチロリン。とLINEが鳴る。

ごめん。間違えた

オーマイガー!!!!!!!マジカヨ。あの男、結局ただのたらしだったのか…。経験がないなんて大ウソじゃないか。あっさり信じた私がバカだった…。

編集長「おつ~!調子はどう?絶好調?」
結実「…絶不調です」
編集長「おお、その通り!」
結実「…え?」
編集長「沖縄の記事、やり直しでぇす!」
結実「え、何でですか?」
編集長「何でもよ。彼氏にもなってないし、前みたいなダメ男でもないし、面白味ゼロ!」
結実「それは今解決しました」
編集長「え…?」
結実「大ウソつき野郎だったので、書き直しますね!!」
編集長「…?」
結実「たぶん今日中に書けると思います」
編集長「佐藤さんってダメんずウォーカーってやつ?」
結実「違います」
編集長「まぁ、今回は大丈夫だよ。佐藤さんも気兼ねなくデートできる東京男子だから」
結実「…え、誰ですか?そんな人いませんけど」
編集長「まぁ、お楽しみに!」
結実「……普通の人でお願いします」

****

佐藤さんへ
X月XX日。
東京の〇〇レストランにて待ち合わせ。
今回は上手くいくといいね。というか、たぶん大丈夫。
イイ感じに楽しんできて!よろしく!
山崎

私が気兼ねなく話せる相手とは一体…。
まさか…編集長が来るのではないだろうか。いや、それは困る…。
そんなことを思いながら待ち合わせ場所に向かってくると荻野と遭遇する。

荻野「佐藤さん」
結実「荻野さん…?」
荻野「今日はよろしくお願いします」
結実「……え?……えー?!まさか今日の相手って…」

レストランで荻野と向かい合っている結実。

結実「なんか…すみません。編集長が無理やり言ったとかですか?」
荻野「いやいやそういう訳ではないですよ。実は…僕の下の名前、蒼なんです」
結実「え、そうだったんですか?」
荻野「はい。だからあの連載もつい見てしまって…。それに気持ちもわかるんです。初恋の子の名前ってずっと覚えてるもんですから。もちろん、佐藤さんと一回ちゃんと話してみたいっていうのもあったんですけど」
結実「え…またまた~」
荻野「知ってますか?佐藤さんと僕って同い年なんですよ?」
結実「えっ…知らなかったです」
荻野「ですよね」

シャキッとした制服を着た店員がワインを運んでくる。

荻野「乾杯」
結実「乾杯」

いつもキチッとしているのにどこか爽やかで、THE営業マン!みたいな荻野さん。何だか同い年だと思うと…普通の男の人に見えてくる。そう、私が編集長に頼んでいた、普通の…男…。そういうことか…。

結実「荻野さんって…彼女さんいらっしゃらないんですか?」
荻野「(むせて)ゲホゲホ…!いない、いないですよ」
結実「でもかなりおモテになるんじゃないですか」
萩野「まぁ、そうだったらいいんですけどね。特に好きな人には」
結実「え…」
荻野「あの。食べたらどっかにデートしに行きませんか?」
結実「え…」
荻野「あ、もちろん。嫌じゃなければ」
結実「嫌じゃないですよ」
荻野「よかったです」

これが大人のデート。
ワインとおいしいお肉。そして、紳士な男性…。ステキだ…素敵すぎる。

****

食事の後、やって来たのはバッティングセンターだった。
普通の女の子なら「何でバッティングセンター?」と思うと思うが、私にとってこのチョイスはとても嬉しかった。
いつの日か、荻野さんに『ストレス解消法はバッティングセンターなんです』という話をしたことがある。この人はきっとその時話したことを覚えてくれていたんだろう。そう、この人は、そういう人だ。

荻野「よーし!」

荻野が腕をめくり、気合いを入れて準備体操を始める。
ついクスッとしてしまうが、この人は何というかいつも自然体だ。仕事をしても、食事をしても何だか心地がいい。それは沖縄の青井くんの時とは少し違う。荻野さんに対しては“キュン”とは少し違う何かがある。
この気持ちってなんなんだろうな…。

荻野「佐藤さんもちゃんと準備体操しないとですよ」
結実「ふふふ」
荻野「笑うとこじゃないですよ!」
結実「ふふふふ」

こうして私たちは準備体操をして、バッティングセンターで球を打った。

結実「すごーい!!」

荻野さんの球は気持ちのいいくらいスコーンと高々を飛んでいく。
私はストレス解消にくるものの、しっかりと打てることはなかなかない。

荻野「僕、元々野球部だったんですよ」
結実「あ~そんな感じします」
荻野「え、そうですか?」
結実「はい。もうオーラから元野球部って感じです。それにはモテる野球部っていうのも入ってます」
荻野「何ですか、それ。僕なんかホント全然ですよ。恋になると強気に行けないというか…特に仕事関係の人だと誘うと悪いかなとか考えてしまって…」
結実「そこまで考えなくてもいいんじゃないですか」
荻野「え?」
結実「ほら、打席に立たないとホームランは打てませんから」
荻野「ははは。確かに。じゃあ俺、ちゃんと打席に立つんで聞いてくれますか?」
結実「?」

すると数人の団体が入ってくる。

男「あれ?」
荻野「!!」
結実「?」
荻野「お!!久しぶり~」
男「何?彼女?」
荻野「おい」
男「違うのかよ…」
荻野「えっと…今は」
結実「…?!」

何だこれは。荻野さんは冗談とか言うタイプではないはずだ…。
せっかくの編集長のセッティングだけど、荻野さんと私なんて、鶴とアリくらい生体が違うというか、荻野さんのような人はすごく美人で仕事ができる人と付き合うべきだ。

男「じゃあな!山田!たまには連絡しろよ!」
結実「やまだ…?」
荻野「おう!」

ひらひらと同級生に笑顔で手を振り、申し訳なさそうにこちらに振り返る荻野。

荻野「ごめんなさい!さっきのは…」
結実「いえ…あの、山田って…?」
荻野「ああ~…高校までは山田だったんです。苗字」
結実「え………」
荻野「で、えっと……」
結実「やまだあおい…」

いや、そんなはずはない。だって、大阪の中身からっぽイケメンも山田蒼生だったじゃないか。同姓同名はなさそうだけど、あるんだ。大体、この企画は“あおい”という名前の人なわけで、山田って苗字なんていくらでもあるじゃないか…。でも、何だか…何だこの感情は。なんというか本能がこの人が“やまだあおい”くんだと言っている気がするのだ。

荻野「佐藤さん」
結実「はい…」
荻野「俺、佐藤さんの記事、というか、仕事、すごく応援してます。でもそれだけじゃないです。俺、佐藤さんの初恋も応援したいです。で、佐藤さんには俺の初恋も応援して欲しい」
結実「…」
荻野「5歳のホワイトデー。俺、お返しできないまま引っ越しちゃって」
結実「え…」
荻野「佐藤さんと仕事した時、本人なわけないって思ってたんですけど、連載が始まって、あの時の“ゆみちゃん”だってわかって」
結実「やまだあおいくん…」
荻野「はい」
結実「ウソ…」
荻野「ウソじゃないです」

こんな奇跡あるのだろうか。こんなに素敵な人がやまだあおいくん。
私が会ってみたいと思っていた、やまだあおいくん。

荻野「まだ…彼氏、できてないですよね?」
結実「…」
荻野「俺、なりたいです。結実ちゃんの彼氏」
結実「……」

あの時編集長が言っていた「初恋の人と再会して終わるってエンディングなんて最高っしょ」という言葉が頭を過る。でも、何というか、やまだあおいくんとは荻野さんとかこういう企画とかではなくて向き合いたい。

結実「すいません、時間を頂けませんか?」
荻野「もちろんです」
結実「えっと…」
荻野「あ、でも、今日はもう少し一緒に居てくれませんか?」
結実「…」
荻野「ダメ?」
結実「…ダメじゃないです」

そうして私たちはバッティングセンターのベンチに腰を掛け、人々が球を打つのをボーッと見た。ただそれだけだった。
なのに、隣にいるのが初恋の相手というだけで、何だかドキドキして、あの“やまだあおい”くんが隣にいることが何だか不思議で。あれから私は荻野さんの顔を一秒もまともに見ることができなかった。

その後、荻野さん改め蒼くんは私を家まで送ってくれた。
振り返ると、少し照れくさそうに手を振ってくれ、きっとあの人は私が見えなくなるまで私のことを見ててくれたんじゃないかと思う。荻野さんは、蒼くんは、そういう人だ。

結実「恋……」

前に見ていた幼稚園のアルバムが目に入る。
荻野さんの言った通り、私の初恋はあのホワイトデーの思い出が最後だった。蒼くんが引っ越してしまったからだ。それから小学校に入っても、何だか好きな人ができなかった。それは中学に入っても、高校に入っても。そうこうしているうちに私は恋愛の仕方を忘れてしまったのだ。

家に帰り、いつも通りパソコンに向かう。だけど、今日は何も書く気になれない。というか、何と書けばいいのだろうか。
遂に?いや、第4回目にして初恋の“やまだあおい”くんに出会えましたって…。それとも、もう出会ってました…?って、そんなクサい記事、誰が読むのだろうか。ドラマでしかあり得ないと思っていたことが起きると、どうしていいかわからないものだ。今までこういうことともそういうこととも無縁な人生だった。だけど、“やまだあおい”くんという存在が自分の中で、今までの人生で引っかかっていたことは確かである。

パソコンの画面をボーッと見ていると荻野さんの笑顔が浮かぶ。
やまだあおいくん。荻野さん。
人の話したことをちゃんと覚えてくれる人。優しい気遣いができる人。私のことを応援してくれる人。真っすぐな目で話して、真剣に伝えてくれる人。そして、私の初恋の人。

この恋は決着を付けないときっと今回の原稿を完成することはできない。
と言っても、どうする…?私は何に迷っているんだろうか。

ふと携帯を見ると、荻野さんからメールが来ていた。

今日はありがとうございました!楽しかったです。
来週の水曜日、お会いできませんか?
返事とかそういうのではなく、普通に。

荻野さんとは仕事のやり取りしかしたことがなかった。だから荻野さんは私のLINEを知らない。しかし、バイバイをした後にわざわざメールをくれるのは如何にも荻野さんらしい。内容も、とても荻野さんらしい。
そしてそれは…

結実「あおいくん…」

とにかく水曜日だ。この決戦が終わってから、私は記事を書こう。

こちらこそ、ありがとうございました。
水曜日、大丈夫です。

****

―――水曜日。

まだ肌寒いのに少し暖かい、気持ちのいい日。春がそろそろやって来そうな風の匂い。何だか心地のいい天気だ。

とはいえ、仕事が終わったら、荻野さんと会う。
そう考えると何だか、なかなか執筆に集中できずにいた。

18時になる頃、荻野さんからメールが届いた。

少し早いですが、先に駅に着いてしまいました。カフェに居ますね。

駅前のカフェ…。きっとあそこだ。ケーキと紅茶がおいしいお店。ガラス張りの少しおしゃれで、だけど落ち着く雰囲気の店内。私もたまに仕事をするお気に入りのカフェだった。荻野さんもきっと好きな雰囲気だろう。何故か、何でだかそんな気がするのだ。

店の前から萩野さんを見つける。
萩野さんもパソコンを開き、作業をしている。
あの人が、私の初恋の相手なんだよなぁ…。と思うと不思議でしょうがない。

結実「お待たせしました」
荻野「あ、どうも」
荻野・結実「早いですね」

荻野さんとは、こんな風に何故だかハモってしまうということが今までにも何回もあった。今は何だかそれが照れくさい。

結実「ここ、紅茶とケーキが美味しいんです」
荻野「ケーキ?」
結実「甘いものお好きですか?」
荻野「大好きです」
結実「一緒に食べませんか?」
荻野「はい」

私は紅茶のキャロットケーキ。荻野さんはチーズケーキを選んだ。
ケーキのショウウィンドウを真剣に見つめて、ケーキを選ぶ姿には何だかグッと来てしまうものがある。

荻野「いただきます」

そう言ってひと口頬張ると、嬉しそうな顔をする人。私の初恋の蒼くん。
「好きな男性のタイプは?」と聞かれたら「“いただきます”と“ごちそうさま”をちゃんと言える人」と私は答えるだろう。これからも、ずっと。
荻野さんが美味しそうにケーキを食べる姿はいつまでだって見つめていられそうだ。

結実「荻野さん」
荻野「はい」
結実「こないだ、荻野さんが蒼くんだって知って、本当にびっくりしました」
荻野「…そうですよね」
結実「あと、記事が書けなくなりました」
荻野「え?」
結実「私、実は今まで恋愛経験が全くなくて。でも、それは…“やまだあおい”くんのことがずっと引っかかてて」
荻野「……」
結実「荻野さんが蒼くんだったことは、純粋に嬉しかったです」
荻野「ありがとうございます」
結実「でも、私は今、ライターとして仕事をしています。ずっと夢だった恋愛エッセイで、連載で、あなたのことを書くと、私の仕事はこれで終わってしまうんです」
荻野「…」
結実「私は…」
荻野「もう僕と会う気はないんですね」
結実「ごめんなさい…」
荻野「いや、謝らないでください。再会できたってだけで凄いんですから。それにほら、僕は佐藤さんのファンですから。僕のことは初恋の相手を名乗る男として面白おかしく書いて下さい」
結実「……はい。…じゃあ、行きますね」

店を出ると少し寒くなっている。
人生、そうなんでもかんでも上手くいくものじゃない。仕方ないじゃないか。恋をしながら仕事をしたこともなければ、仕事をしながら恋をしたこともない。それに私はそんなに器用ではない。どうしたらいいのかわからなかった、というのが私の本音だ。
今まで大事にしてきた仕事。やっと手に入った連載。そして恋愛エッセイ枠。今まで恋をして来なかった分、私は恋に走るのがとても怖い。初恋なんて、ただの初恋に過ぎないのだから。

ふと街を見ると、男の人が店に並んでいる。
店の前には「3.14 ホワイトデー」と書かれている。

結実「今日もホワイトデーか…」

蒼くんが初めて私に電話をくれた日。そして、引っ越しをしていなくなった日。それから…初恋の人の告白を断った日。

こういう時、人間は自然と下を向いてしまうものだ。そうだ上を向こう。無理やりにでも上を向こう。そうすれば、気持ちもきっと変わるはずだ。

――荻野「佐藤さん」

空耳が聞こえる程、私は彼のことを好きになっていたのか。
初恋の人は特別というけれど、それは一番大好きだったということなのではないだろうか?いや、きっとそうなんだと思う。

荻野「佐藤さん!」
結実「…?!」
荻野「待ってください!」
結実「…?」
荻野「これ。あの時のバレンタインデーのお返しです」
結実「え…」
荻野「佐藤さんが今日決着を付けに来てくれたので、僕にも初恋の決着を付けさせてください」

小さな小箱のチョコレートを差し出す荻野。

荻野「俺も。好きでした、ずっと」
結実「……」
荻野「あなたが初恋の人だと知る前から」
結実「…何ですかそれ。…反則じゃないですか、そんなの」
荻野「え?」
結実「…好きです、私も」
荻野「はい。わかってます」
結実「でも…」
荻野「わかってます。連載終わるまで、俺待ってます。この話はやっぱりラストに相応しいですから。だから、連載は続けてください。僕も読みますから」
結実「……蒼くん」
荻野「はい」
結実「山田蒼くん」
荻野「はい」
結実「ありがとう」
荻野「はい」

こうして私の苦いホワイトデーは幕を閉じた。

ーーニ年後。
私は今、あの時の話をパソコンに向かって書いている。
原稿は「47都道府県彼氏」連載の最終回。この記事を書き終わったら、私は蒼くんに会いに行くのだ。そう、バレンタインのチョコを持って。

(おわり)

▼ひとこと

私の今の目標はテレビドラマで脚本を担当することです。その中でも、テレビ東京さんでドラマを書いたみたいという目標があり、今回応募させて頂きました!
ドラマ化や映像化するとなったら、もっといろんな都道府県に行った恋模様なども描けたらおもしろいなと思っております。

今回の応募をきっかけに何かご縁になれば嬉しいと心より思っております。どうぞ、お見知りおき、よろしくお願いいたします。

▼深月あかりの過去作品

▼連絡先

MAIL:akari.3zuki@gmail.com

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