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蚊の音も聞こえない夏

 夏が楽しくなかったのは多分、はじめてのことで、それに気づきはじめた8月の終わりはうまく眠れなかった。
朝方や夜中の空気が段々と透き通ってきて、フォローしている古着屋の投稿ではスウェットやニットの入荷情報を載せて、曖昧なこの季節を知らせていた。

 この夏は、花火も見たしフェスにも行った。初体験もいくつかしたし、アルバイトもそこそこに頑張った。
どの思い出にも、私と誰かが居て、その誰かと感想や気持ちを共有したはずだ。
楽しい、を何度も声に乗せて伝えたはずだ。
それなのに、どの思い出も鮮明に思い出せない。誰かの、楽しかったんだろうなと思わせてくる表情が光って浮かぶだけで、風景や空気の色、輪郭でさえも思い出せない。

 少しだけ、私は私を傷つけた。
気づかないうちに。
9月、こんな曖昧な季節になって気づいた。
もう少し、私の気持ちも大切にしてあげれば良かったなと思う。
自分の表情や感情がどんな色をしていたか、まったく思い出せないくらいに心と体をすり減らしていた。うまく眠れないのも当然か。

 思い出はうまく思い出せないけど、この夏に食べた美味しいものはうまく思い出せる。桃のパウンドケーキの甘さとか、海ぶどうの楽しくなる食感とか。それは、とても素敵なことだと思って嬉しくなった。
食欲の秋、もうそんな気持ちになってきて、この夏の「嫌い」や「悲しい」のネガティブから思ったよりもスムーズに切り替えられそうだ。

 減りすぎた体重とすり減らしすぎた心は、美味しいもので取り戻したい。
思い出せない色は、美味しいものを食べたときの気持ちと笑顔で補いたい。
そうやって3ヶ月、終わりよければすべてよし、今年の締めくくりに臨みたいと思う。

2022年夏、私の知らない夏を、ありがとう。

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