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ゆべしちゃん
2019年1月20日 06:38
「月の引力で浮かんでくるのさ」 そう言って父は、揺れる小舟の上で注意して立ちあがり、竹竿を構えた。「だから満月の夜にはこうやって押し戻さねばならん」 水面にぷかりと浮いてきたのは死んだ魚の腹のように白い女の顔だ。 父はその頭を竹竿で突き、海中へ押しやった。 女の黒髪が水中でふうわりと舞い、みなもに花開くように広がった。 海面から手だけを出し、むなしく空をかく女を眺める。私
2018年11月30日 22:30
イヴォカ、君の右目は焼け、爆ぜ、鞣したようなピンクの肉芽。 ぼくはずっとそこに触れたかった。君はそこ以外なら何処でも触らせてくれたのにね。 ああ、イヴォカ。ぼくが君に殺されてから99年たつ。 ここは冬の海の底のように暗く、静かで、冷たい。いつも前髪に霜がおりて、鼻の先には氷柱が垂れ下がる。 時々何かの力がぼくの魂を上へ引こうとする。優しい光とぬくもり。そこに行ったらぼくはもう決してイ
2018年9月9日 02:40
潮騒に混じる呼び声で目が覚めた。「旦那さま、旦那さま…」まだ夜が明けぬ暗闇の中、目を凝らして声の主を見極めると、一ヶ月前から行方がわからなくなっていた飼い猫のハルが枕元にいた。「起きてくださいまし」そのハルが口を利いている。私は一瞬、行方のしれぬ老猫を心配し続けたせいでおかしな夢を見ているのかと思った。しかし肌を切るようなニ月の寒さはまさしく現実のものであるように感じられた。
2018年8月2日 00:24
白い雪に刺さる黒い棘めいた森を走る。必死で進むうちに幹を掴み雪をかき分ける手は殆ど這いつくばるようになり俺は四つ足の獣となった。目指すのは魔女の閨だ。名は何といったか。どうせ獣に名など意味はない。黒い髪と目の女だ。赤い唇の。魔女は鳥の足が生えた家に住んでいる。足が殆ど凍りつく頃、俺は木々のあいまに目指す鳥の足を見た。鱗の生えた節くれだった、鉤爪鋭い足を見た。鳥の足は苔むし
2018年8月2日 01:19
狂女は誰にでも肌を許して金をもらった。それが彼女の生業だった。その女は時折、神がかったことを言っては客を楽しませた。そうなると女は、もの狂いめいた普段の様子から一転して厳かな声と口調へ変わる。「お主の失せ物は何処其処にある」「何月何日何処其処に行くと事故に遭うから用心せい」等々、予言や千里眼めいた言葉を吐くのだ。 そしてそれは不気味なほどよく当たった。そんな女に毎