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脳卒中後遺症を抱えた僕が42.195kmを「歩く」(後編)

脳動静脈奇形の破裂が原因となり、31歳で脳出血を発症した僕が、後遺症の左片麻痺が残存した状態でフルマラソンの距離を「歩く」という挑戦をすることについて書くシリーズ後編。
前編では、取り組むにあたっての理由と目的、内容の説明について書いた。後編では実施後の振り返りを書いていく。
僕自身はスポーツ選手などでもなければ、健康や医療に関わる人間でもないのだが、決して意味のない取組みではなかった。このチャレンジから今後の人生に活かすことがあるとすれば、具体的なテクニックというよりも、考え方や捉え方などの概念的なものだろう。でも、そういう抽象的なものによってポータブルスキルやスタンスが養われるとも思っているし、この経験は間違いなく今後の人生に活きる。ということで、これを思い出した。

結果について

完歩した。これで首都直下地震が来ても、最悪オフィスまでは歩いて来れるということになる。そう思うと昔の人ってすごい。
当初は埼玉県さいたま市大宮区の自宅から神奈川県川崎市の武蔵小杉駅を目指していたけれど、蛇行しすぎたのか30km通過時点で大幅な距離超過が確定した。身体のコンディションも踏まえて、終着点を渋谷スクランブルスクエアに変更して無事にゴールした。

ちなみに渋谷スクランブルスクエアは上層階5フロアにWeworkが入っており、僕が在籍するベルフェイス株式会社もこちらにオフィスがある。お休み中の今はWeworkのカードも持っていないので、17階のエントランスロビーまで行って、ん...まあ公共交通機関が止まるような状態でオフィスまで来る必要ないよな。と渋谷の街を見下ろしてシミジミしてすぐに帰った。(本当に疲れていた)

サマリー
こういうのを分かりやすく表現したい時、倒れる前の仕事ならSalesforceでダッシュボードでもレポートでも作れたのに、ツールがあるってのはとても恵まれているなと。まあ今はないのでiPhoneをスクショしてせこせこ頑張る。
目標にしていた42.195kmの歩行距離は101%で達成(なんかこの表現は違和感あるけど)。タイムは目標よりも100分近く縮まり112%達成。平均歩行速度も想定より1km/h以上速く136%達成。ということで、数値だけ見れば完璧だった。

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個別データ
消費カロリー・連続歩行距離・歩数・Apple Watchのアクティビティ(特にムーヴとエクササイズ)の数値が、11:00〜12:00を境に下降傾向にあった。10:00〜11:00の間は休憩を取っていたので、休憩終了後1時間経過以降に運動効率が下がったことになる。ちなみに僕がApple Watchに設定している1日あたりの運動プログラムがあるのだが、この日だけでそれを11回程度クリアしていた。

その他

・全体歩数:52415歩
 ※出発前の346歩/2hを除く
・消費カロリー:2073kcal
 ※成人男性の1日に摂取すべきカロリーは2200±200kcal

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スケジュール
割とこまめに休憩を取った。これを見ても後半は明らかに連続歩行時間が低下している。

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アクティブな運動は装具を外す必要がある

現在の僕は、オルトップという簡易装具を身につけて歩行している。屋内では裸足だが、外出時にはこれが必須とされている。せめてもの抵抗としてカラーを黒にしているが。何と言ってもダサい。でもまあ、これを身につけていても市販の靴を履くことができるし、救急搬送直後と比較すればQOLはだいぶ向上した。

今回のウォーキングでは、これだと運動量が超過して変な癖がつきそうだったので、以前使っていた金属支柱のしっかりしたやつを使用した。※なぜか見つけられなかったので、似たようなやつを載せる。

僕が持っているモノもこれと同じようにシューインタイプになっており、専用のワイズが広いシューズなら、これを身につけても履くことができる。ただ、当然だが長時間の運動を想定して作られたものではないので、ソールは平らで脚の疲労が溜まりやすい。やはり運動にはランニングシューズである必要があるし、そのためには装具が必要ない身体である必要がある。つまり、「走る」という目標のにはまだまだリハビリが必要な身体状態だということが分かった。
歩き終えて靴を見ると、金属支柱の金具が靴に当たって、ボディが完全に破損していた。僕の身体よりも先にシューズが壊れて、何となく勝った気分にはなった。

オンライン経由でも届く声援

休憩地点に到着する度にツイートした。この記事の前編をTwitterへ放ったツイートスレッドとして、ゴールするまで繰り返している。

何が良かったかって、あまりにも僕のツイートがしつこいからか、周囲がいろんなチャネルから応援メッセージをくれた。無観客でのスポーツ試合が開催されることには賛否あるけれど、個人的にはオンラインでも十二分に声援を受け取ることができるたし、その感情動向はギャラリーに包まれてスポーツをする、それそのものだった。まあ、僕とプロスポーツ選手では存在価値的に明らかな違いがあるし、当然状況は異なるのだけれど、改革難易度の高いジャンルほど手を加えるべきだと思うし、全ての関係者と当事者は最も変わる努力を要するよなと感じた。スポーツに関するTechもガンガン伸びて欲しいな〜という気持ち。

このチャレンジを通して得られた示唆と確信

①いつでもチャレンジできる
②諦めない
③苦痛の解像度を上げる
④行動が先でも良い
⑤言い訳できない根拠を持つ
⑥誰かのために頑張る
⑦成功を積み上げる

①いつでもチャレンジできる

プロスポーツの世界にいなくて良かったと思う。自己成長により新しいことに挑戦できるというのも正しい。けれど、今のままの自分でも、もっとエキサイティングなことに挑戦できる。チャレンジは万全の準備をしてからでなくても良い。負けても良い。でもあとでなぜ負けたのかは徹底的に追究する。対象は目の前にある。だから今すぐ挑戦する。

②諦めない

そんなこと当たり前だと思われるだろうが、これは本当に難しいことだ。特に圧倒的な脅威を前にした時。仮に苦しい状況に陥ったとしても、必ず復活するのだと信じて諦めない。これは自分を騙す作業になるかもしれない。他人を欺くのが上手い人は自分を欺くのも上手い。ランナーズハイという言葉があるが、これは一般的に苦痛がトリガーになると言われている。だとすれば、これはランナーズハイの入り口なのだと理解して自分を奮い立たせられる。
余談だが、病前の僕は走ることが趣味で、自身のランナーズハイを制御できることがちょっとした特技だった。そのコアな部分だけを転用して、仕事や私生活にも応用していた。これについてはまた別の機会に書いてみる。

③苦痛の解像度を上げる

諦めるなと言われたところで、そのためには具体的かつ現実的なプランが必要だ。いま自分は何と戦えば良いのかを正しく理解するためには、なぜ自分が苦しいのか、どうなれば良いのか、どうあるべきなのか、何から始めるべきか、現状分析は当然のように必須となる。苦しいのは呼吸か、脚が痛いのか、脚ならば具体的にどこなのか、など阻害因子を明らかにして改善を試みる

④行動が先でも良い

ランニングだと、ペースが落ちる時には効率の悪いフォームになっている可能性が高い。そして皮肉にも、これはペースを上げることにより解決する場合がある。ペースを上げることで姿勢が矯正され、フォームが改善した結果、身体的負担が軽減されて今度は無理なく速度が上がるという状態らしい。前述した内容と真逆のことを書くようだが、考えるよりも先にDoしろということなのかもしれない。

⑤言い訳できない根拠を持つ

目標を達成できない理由を数えればいくらでも出てくる。当然ながらその度に気持ちはネガティブな方向に進む。とても無意味だと思う。この堤防として、予め目標達成を信じられる根拠をインプットしておくことで、苦しくなった時に「できないはずがない」と自分を戒める。

⑥誰かのために頑張る

自分が大切に思う人や、自分を支えてくれる人、応援してくれる人のことを考える。可能な限りギャラリーの声援を取り込む。調子が悪くなった時には、周囲の応援に大きな声で応える。そうすれば更に大きな声援が自分へ返って来る。そのキャッチボールが続くほどに精神は前を向く。

⑦成功を積み上げる

それは小さくてもいい。次の角までこのペースで行こうとか、あの人との距離をこのまま保とうとか。今すぐに取り組めることで良いので、小さな目標を間髪入れずにクリアして小さな成功を積み上げていく。大きな目標を一つ達成することと同じく、いつも何かを超えていることもまた、真似し難いことだと思う。そしてそんな自分を山ほど褒める。

反省

①一人でやることの生産性の低さ
②装備品
③プロモーション
④前後の食事とケア
⑤再び救急搬送のサイレン

①一人でやることの生産性の低さ

何度も道順を確認した。僕は左片麻痺なので文字通り左半身が動かしづらいのだが、車や通行人に注意しながら、右手に持った杖を支持しつつ、ポケットからiPhoneを取り出す。5km分くらいGoogle mapで見た道を暗記してまた歩き出す。いや面倒くさいわ!とiPhoneを投げそうになった。
これでだいぶタイムロスしているだろうし、これによる苛立ちで運動効率も下がっていそう。サングラスの内側にマップが表示される時代はよこい。
これを解決するには、フルマラソンが大好きで異常なほど暇を持て余したITに明るいパートナーが必要なのだが、そんなものはない。そんなことを考えながらふと思ったのだが、会社員が仕事で組織を作るのって、自分以外リソースや誰かが作った制度に則って進められるし、のすごく恵まれていてやりやすい環境なんだよなと。起業する人ってすごいな。

②装備品のチョイス

片麻痺かつ頻繁なコース確認で手袋を外すので、5本指よりもミトンが楽そうな気がした。いつも利用しているパートナーストレッチ専門店のスタッフさんに、アンダーアーマーをお勧めしてもらって身につけた。これはとても良かったけど、アウターをもう少し吟味すれば良かった。ブレーカーで寒さは凌げたけれど、後半は動かしづらさに意識を持っていかれた。

③プロモーション

実はInstagramでは試験的に3日間だけ広告を貼ってみたのだが、割と反響があって驚いている。もっと具体的な内容で期間を延ばしてやればそれなりの成果が望めそうだ。あとは前編でも書いた通り、やはり当日も何かしらのパフォーマンスをすべきだった。「脳卒中発症から8ヶ月」「左半身麻痺」「フルマラソンの距離歩いてます」とか、どのSNSも当日にフォロワーが増加したので、TwitterのQRコードでも大きく印字してプラカードにすれば良かった。オリジナルTシャツとかウェアを制作できるサービスとかで背中にプリントしてもいいな。

④前後の食事とケア

我が家は魚と野菜で食事の7割が構成されてる超健康家庭なのだが、この日は鶏胸肉を食えば良かった。筋破壊が起こっていたと思うし、いつも通りではなくて何か工夫しておけば良かった。これは歩行中の食事も同様。

⑤再び救急車のサイレン

無事にゴールして渋谷から自宅に帰る。入浴して食事を摂り、22:00には布団に入った。その瞬間に、脱水と疲労などのストレスからか、突然の悪寒と震えとともに強烈な痙攣を引き起こした。昨年の脳出血による救急搬送時と異なり、意識はあったので不安はなくなんとなく冷静だったが、こわかった。とりあえずすぐに救急車を手配して大事には至らなかった。
歩行中は当然水分補給をしていたけれど、帰宅直後の入浴が効いたのかな。恐らく電解質異常を起こしていたのだろうとの採血結果だった。点滴中に左足がビクンビクン飛び跳ねて伸展しようとしているのをボーッと眺めながら、眠気と戦っていた。翌日には問題なく腹も減っていたので、やはり脱水やストレスもそれなりにあったのだろう。家族には再び心配をかけて申し訳なかったけれど、チャレンジを讃えてくれて心から感謝しているし、これからも無理を続けたいと思う。

最後に

取り組み前、前編では「やってみて振り返る」くらいに考えていたけれど、やり始めると絶対にぶっ倒すという気持ちでやっていた。最後10kmはもはや苦痛の塊だったけれど、当然やって良かったと思っている。怪我はしたし、搬送されたし、数日経過した今も筋肉痛が残っている。散々だったけれど、挑戦しているのだから当然だ。一人で自転車に乗れるようになるまでには、多くの人が転んで怪我もするはずだ。失敗しては立て直し、またチャレンジする。今までやったことのないことをやろうとしているのなら負傷も当然だろう。僕はそれをできるまで続けるし、いつか必ずまた走れるようになる。できるまでやれば、不可能でも可能になる。あれこれ考えなくても物事はシンプルだ。常に実行者でありたいと願う。

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