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第一章 empathy with harmony 本文

 七月上旬のある夕方、晴れ渡った西の空で輝くオレンジ色の太陽が、熱気を帯びた直射日光を容赦無く地上に浴びせていた。梅雨も終盤に入り数日雨が続いていたので、久しぶりの晴天は人々を喜ばせた。しかしその熱気は今まで大地に降り注いだ雨を一気に蒸発させ、湿度と不快指数をぐんぐん上昇させていた。
 神戸の中心地である三宮のターミナル駅では、帰宅ラッシュで混雑する電車が続々とプラットホームに到着しては人波を吐き出していた。多くは仕事帰りの大人だが、制服姿の学生もちらほらと見受けられる。
 そんな中、大きなリュックを背負った女子生徒が勢いよく電車から降りて来た。彼女は、胸ポケットに校章の刺繍が入った純白の半袖ブラウスと落ち着いたチェック柄の膝丈スカートを涼しげに身に纏っていた。それが山の手にある有名進学校の夏服であることは、沿線住民には一目瞭然である。髪は肩にかかるくらいで揃えられており、アンダーリムのメガネと左の手首につけている碧いシュシュが特徴的であった。
 年の頃は高校一年生くらいで、まだまだ「可愛い」という言葉がふさわしい。しかし彼女の愛らしく整った顔立ちとバランスの取れた健康的なスタイルは、間もなく魅力溢れる女性として開花することを期待させるものであった。
 しかし、その女子高校生は麗しい姿と正反対のうんざりした表情を浮かべて飲料の自動販売機の前に立つと、ポケットからおもむろにカードケースを取り出した。そしてお気に入りの飲料のボタンを押し、機械にカードケースをかざす。するとピッと音がすると同時に、瑞々しい水滴に包まれたペットボトルがゴトゴトと勢いよく転がり落ちてきた。
 女子高校生は無言でそれを掴み出すと、すぐさまキャップを開けてごくごくと小気味よく喉を鳴らし始めた。一気に三分の二以上を飲み干してボトルから口を離すと、彼女の瞳に生気がよみがえった。キラキラという字を書いて吹き出しを付けたくなるほどである。
「ぷっはーっ! 生き返るぅー! やっぱ、これに限るわー」
 右手でボトルを握り、左手を腰に当てながら爛々と目を輝かせつつ堂々とそういう台詞を放つ姿は、華の女子高校生としては大いに疑問符が付くだろう。しかし彼女自身は何も気にしていないようであった。
「ほんと、やっと晴れたと思ったらなんでこんなに蒸し暑いのかなぁ。いつになったら梅雨明けするのよ? これ以上暑くなったら、溶けて無くなっちゃうよ」
 彼女は一人で悪態をつくと残りをあっさり飲み干し、空になったボトルを自販機横のごみ箱に入れた。そして人混みの流れに混じり改札口へと向かって行った。

 彼女は人混みから抜け出し駅の外に出ると、高架下に並ぶ店舗の壁際にリュックを下ろした。そして携帯電話を取り出し、慣れた手つきで指を画面に這わせると耳に当てた。
「もしもし?」
 彼女は電話の向こうに居るはずの相手を呼ぶが、何か物音が聞こえるだけで返答がない。
「もしもし? もしもーし!」
 声をやや大きめにしてさらに呼ぶと、何か物がぶつかる音に続いて誰かの声が聞こえてきた。しかし声が遠く、何を喋っているのか判然としない。
「ちょっと! あんた、またスマホ上下逆さまに持ってるでしょ?」
 電話の向こうから悲鳴に似た声がした後、ようやく明瞭な声で返答があった。
「きゃ! ごめん、もしもし姉さん?」
 彼女は軽く溜め息をつき、諦めた風の声で電話の相手に話しかける。
「あのさ、泉水? 着信画面に『さえこ』って出てたでしょ? そこからわざわざ逆さまに持ち替えて通話するなんて、むしろ器用よね?」

 すると電話の向こうから抗議の声が上がった。
「だってこんなの、ただの四角い板じゃない! あぷり? とかも分かんないし! 社務所のファックス電話の子機だったら上下も間違えないしボタンもあるし、ちゃんと出られるよ!」
「だーかーらー、神社の代表番号にかけたら涼子とか社務所の巫女さんが出ちゃうでしょ? それじゃ仕事の邪魔になるから個人的に電話できるようにって、祐子おばちゃんに何度も粘ったのよ? それでやっとバイト代で買っていいって言われた、あの話題のスマホじゃん? お願いだから慣れようよ」

 彼女たちは双子の姉妹である。十六歳の高校一年生だが、電話の向こうにいる妹の三上泉水は神戸の西の郊外にある御坂神社をその若さで継承し、第九十二代神社筆頭三上家の当主の座に就いている。電話をかけたのは姉の三上佐枝子。神社重代の氷槍『霧叢』を継承し泉水を補佐している。
 二人とも見た目は年相応の、普通の女子高校生である。しかし彼女らはこの令和の時代において、科学で説明できない摩訶不思議な術を縦横無尽に行使する高位の術者である。そして現代社会の裏側で、日本書紀や古事記に記された神話の時代から代々受け継いだ歴史的な使命を全うすべく、日々研鑽を積み重ねている。
 つい二ヶ月前、双子は大きな事件に遭遇していた。西から訪れて来た男に神社を焼かれ、御神体を奪取されたのである。神社や御神体と霊的な結びつきが深い泉水は生命力を失い瀕死の危機に遭うが、佐枝子は自らの命の半分を妹に分け与え、辛うじて泉水の命を繋ぎ止めた。そして佐枝子は御神体を奪還すべく男の本拠に乗り込んだが、全く力及ばなかった。しかし止めを刺される寸前、神社の数百年前の文書に名を残す春見沙耶が突如佐枝子の前に現れ、彼女に力を貸した。沙耶の助力を得た佐枝子は辛うじて男に勝利し、御神体を取り戻し泉水を救うことが出来た。

 佐枝子は泉水との通話を終えると、手に携帯電話を持ったまま再びリュックを背負った。
「泉水は今日も書類の山、か。燃えちゃった神社の再建に寄付をしてくれた人達へのお礼やら何やらで超忙しいところに、役所に助成金も申請するとか言ってたっけ。そういえばあの子の部屋、最近夜中まで明かりがついてるし」
 そしてリュックを軽く揺すり、背中にフィットさせた。
「そんで日曜は、神社で働いてる全員分の昼ごはんを一人で作るのよね。あの子、あれから二ヶ月間ずっと祐子おばちゃんにつきっきりで料理を仕込まれてたからなぁ。
『三上家ご当主ならば、客人には自ら手料理を振る舞い舌鼓を打たせるのです』
とか言われてさ」
 そう言いながら彼女は自宅の最寄り駅への路線に乗り換える為、幅の広い横断歩道を渡った。
「泉水もいろいろ大変だから、私が助けないと。私は神社のことはあまり役に立てないけど、泉水が当主に相応しくなる為の修練に集中出来るよう守るんだ。あの子はよく頑張ってる。そこはちゃんと褒めてあげないと、ね」
 そして再び携帯電話の画面を操作して、別の所に電話をかけた。
「あ、お世話になってまーす。すいません、日曜のバイト、ちょっと遅れます。はい、真夜中スタートになると思うんですけど、朝日が昇るまでにはちゃんと片付けておきますんで」
 彼女は軽くバイトと言うが、それは悪霊退治のことである。報酬は破格だが難易度もリスクも非常に高く、生命の危険すらある。しかし千五百年にわたる三上家直系の血を受け継ぎ、多彩な氷の術と古今無双の霊槍を振るう彼女にとっては、庭掃除程度のことに過ぎない。
 満面の笑みで「おかえり」を言ってくれる優しい泉水の姿を心に思い浮かべながら、佐枝子は地下駅に通じるエスカレーターを降りていった。

 双子の生まれた「三上家」は、摂津国と播磨国の境に建つ御坂神社の筆頭家として御神体を代々継承し、迫り来る西の脅威から何度も畿内※と都を守護し続けている。神社を創建したのは、聖徳太子よりさらに昔の五世紀末頃、古墳時代末期の朝廷に仕えた春見珠洲という女性である。
 当時大泊瀬若武大王(第二十一代雄略天皇)は中央集権化を推し進めて国を束ね、積極的に外交を進めた。彼の名は中国の史書に「倭王武」と記録されている。また都から遠く離れた九州や関東の古墳からもその名を刻んだ鉄剣が出土している。
 しかし崩御の後、後継者を巡り混乱の時代を迎える。珠洲は阿波国から畿内に渡り、播磨国に隠遁していた王位継承資格を持つ兄弟を探し出して朝廷に迎え、王統を繋いだ(第二十四代仁賢天皇・第二十三代顕宗天皇)。
 珠洲は両大王が隠遁していた地にごく近い摂津国と播磨国の国境に移住し、現地の地脈を整えて霊的な要となり得る場所を定めて神殿を建て、二つの御神体を安置した。一つは、両大王の姉である飯豊王女から珠洲に下賜された『八葉鏡』。もう一つは故郷である阿波国の霊峰剣山が彼女に与えた氷槍『霧叢』である。そして珠洲は確かな素養を認めた三人の姉弟にそれぞれ「三上」「大代」「立崎」の姓を名乗らせ、剣山と並ぶ畿内守護の要「御坂神社」として後世に受け継がせた。
 佐枝子を助けた春見沙耶、御坂神社を創建した春見珠洲を輩出した春見家は三上家にとって本家筋にあたる。その当主は無双の氷術と霊槍を継承して『槍の鞘』と呼ばれ、剣山山頂の仙界にある『天叢雲剣』を守護する。西から脅威が迫る際には人として生を受け戦う使命を持つ、特別な一族である。
『天叢雲剣』とは神代から存在する神器かつ至高の神剣であり、畿内と都を虎視眈々と狙う西方の一族と対峙し続けている。その由来について、尾張国の熱田神宮に奉納されている三種の神器の一つ『草薙剣』と同一のものであるとか、はたまた別々に鍛造されたものであるとか様々な伝承が存在するが、確実なことは現代には何一つ伝わっていない。
 ただし剣山山頂に近い木屋平村にあって春見家を代々補佐し続ける神社には、過去に降臨した四人の『槍の鞘』についての記録が厳重に保管されている。

 泉水は佐枝子との通話を終えると、携帯電話を脇に置いた。彼女の私室は神社の奥の間にあり、美しい玉砂利が敷き詰められた庭に面している。
 泉水は佐枝子とは別の学校に在籍している。そして今は下校して公務の時間であり、制服では無く着物を纏っていた。それは藍色を基調にして雪の結晶を随所にあしらった涼やかなもので、氷の術において比類無き力を有する者にのみ許されている。そしてこの初夏の蒸し暑い中でも場の空気を引き締めていた。
 泉水はややうつむくと、自身の心拍を確かめるかのように右手を胸に当てた。彼女は困惑の表情を浮かべていた。
「なんだろう、この感じ。これは私の感情じゃない。『八葉鏡』から伝わってきたのかしら……」
 彼女は小さな手鏡程の大きさの『八葉鏡』を絹の袋に入れ、その胸元に片時も離すこと無く大事に仕舞い込んでいる。『八葉鏡』は生命力の象徴であり、三上家当主としての泉水を支え続けている。
 彼女は姉の佐枝子と話していた最中、鏡から彼女の胸に感情のさざ波のようなものが伝わるのを感じ取っていた。
「悲しさ? いえ、これはそんなに強い感情じゃない。遠い昔を振り返り、嬉しかったことや辛かったこと、その時々にあった全ての喜怒哀楽を懐かしむように、優しく包み込む気持ち」
 そう思いながら、泉水はほんの少しだけその手に力を入れた。
「生きてた頃のお母さんを思い出す。お母さんはいっぱい辛い目に遭ってたけど、何一つ私達双子に愚痴を言う事は無かった。ただ、私達をじっと見つめる優しい瞳の奥に、泣きたくなるような悲しみを湛えていた。その時子供心に『私がお母さんを、いつか絶対に助けるから』と思った。きっと姉さんも一緒。でもそれは叶わなかった」
 彼女はさらに左手を右手の上に添えた。
「お母さんは亡くなっちゃったけど、今私は沢山の人達に助けられてこの神社を継ぐことが出来た。姉さんもいつも一緒にいて守ってくれる。だから、大丈夫。きっと大丈夫」
 泉水は着物の上から優しく鏡をさすった。すると『八葉鏡』から伝わる感情のさざ波は緩やかに消えていった。絹に包まれた鏡は特に暖かくも冷たくも無く、振動していたわけでも無かった。しかし泉水は確かに鏡が安堵したのを感じ取っていた。
「よかった。あなたには私も姉さんもついてるから、安心してね」
 泉水はふと部屋の外に人の気配を感じ、顔を上げた。すると年若の娘が自分を呼ぶ声がした。双子の側近として仕える立崎家の娘、涼子である。涼子は双子より年下の中学生だが、神社では巫女装束を纏い、大人も一目置く程の凜とした雰囲気を放つ。
 泉水が胸に置いた両手を離して「お入りなさい」と声をかけると、涼子は音も無く襖を開け、姿を現した。
「泉水様、自治会長様の奥様からお電話です」
 涼子はコードレス電話の子機を持っていた。ボタンが点滅しているところからすると、保留にしているのだろう。
「多分、神社再建の助成金申請のお話ね。書類を用意します。お待たせしては申し訳無いから、準備が出来次第すぐにこちらから折り返しお電話を差し上げます、とお伝えして。それから子機は社務所に戻しておいて。私がそちらに向かいます」
 涼子は一礼して退出した。彼女は祖母の裕子から主家に仕える為の礼儀を厳しく叩き込まれており、泉水の面前で他人と電話をするようなことはしない。
 泉水は簡単に身だしなみを整えると、すっと立ち上がった。その落ち着いた様子は、先程佐枝子からの電話で携帯電話を逆さに持って悪戦苦闘していた時とはまるで別人である。
「一度焼けてしまった神社を再建するのはいろいろ大変だけど、目の前のことから一つ一つ確実にこなしていくしかないわね。頑張らなきゃ」
 泉水は私室を出ると襖を閉め、社務所に向かった。彼女も、神社公式の用件で電話をする際はその都度社務所に隣接する事務室に出向き、神社代表のファックス兼用固定電話を使う分別を持っている。私室で私物の携帯電話を使ったりはしない。それを教え込んだのは同じく裕子であった。彼女は双子の亡き母からの遺言で、二人の教育係を託されていたのである。
 太陽はまだ西の地平線に沈みきっておらず、十八時になろうとするのになお明るい。梅雨明け前の七月上旬の夕方は長いのだ。
 そろそろ佐枝子も電車を乗り継いで神社に帰ってくる頃だろう。泉水は、今日一日のとりとめも無い話を早く佐枝子に聞いてもらいたかった。初めて大勢に振る舞うことになる日曜のお昼の段取りも相談したかった。時には厳しいツッコミが入る事もあるが、自分の全てを受け入れ肯定し後押ししてくれる佐枝子は、泉水にとって唯一無二の存在である。最愛の姉と今夜も食卓を共に出来る喜びで胸を膨らませながら、彼女は手早く用件を済ますべく足早に去って行った。

「やれやれ、敏感な子ね。まさか私の感情を『八葉鏡』を通じて感じ取るなんて」
 一人の女が、草原の中にぽつんと転がる岩に腰掛けていた。辺りを囲む若草は雪解け後程なくして生えてきたように背が低く細々としており、小さな花びらがところどころに見受けられた。遠くには木々に覆われた山々が幾重にも連なり、その上には緩やかに流れる白い雲を浮かべる澄み渡った青い空が広がっていた
 先程佐枝子と泉水が過ごしていたのは初夏の蒸し暑い夕方、それも都市部のはずだが、彼女を取り巻く風景はどう見ても初春、それも街から遠く離れた高山の山頂辺りのものである。そしてここでは太陽は西の地平線では無く真南にあって、白くさんさんと輝いている。
「私は肉体を離れて思念体となり、位相の異なるこの仙界に住んでいる。その私の感情を、俗世に生きる地上の人間が知覚する事なんて出来ないはずだけど……。これじゃ本来の鏡の持ち主の飯豊王女様も、今頃角刺宮※で驚いてるかも知れないわね」
 緩やかな風が女の着物の袖を微かに揺らした。それは双子の妹、泉水のものと同じ色柄であったが、女は襟や裾を大きく広げて胸元や脚を惜しみなく晒し、上半身をゆったりと覆う幅広の羽衣をつけていた。
 女の年の頃は双子よりかなり上のようで、成人女性の落ち着いた気品を漂わせると同時に、真冬の厳しい寒さを連想させる鋭い眼光を兼ね備えていた。髪は、前を左目に下ろし、頭上では丸く纏めて結っている。後ろは長く伸ばし、先端が腰掛けた岩に掛かっている。足は優雅に組んで太ももから先を裾から出し、そのしなやかな曲線を露わにしていた。
「私の力を直接受け継いでいる子、だからかしら。九十二代、千五百年以上経っても確かに縁は繋がっているのね」
 女は手のひらを広げて眺める。
「私が遠い昔に果たした役割は、決して無駄では無かった。こうして代々受け継いでくれる子達がいる。私の出番はとっくの昔に終わっているけど、地上で今を懸命に生きる子達を遠く仙界から支え導き続けるのが、この春見珠洲の使命」

 岩に座す女、春見珠洲はそう言いながら心持ち顔を上げた。遠くを望む眼差しが何を捉えているのかはよく分からない。もしかしたら眼前の空間では無く、時間を遡って過去を回想しているのかも知れない。
 しばらく無言の時が続いた。辺りは緩やかな風がゆったりと流れるのみで、若草が微かに揺れる以外は何の変化も無かった。
 さらに四半刻※は経っただろうか。珠洲は思い出したように頭上に手を伸ばし、挿していたかんざしを抜いた。頭頂で結っていた髪がするりとほどけ、黒曜石のように輝く彼女の黒髪が左右に広がった。もしそれを見る者がいたとしたら、息を呑む程の美しさで胸を打たれたであろう。
 彼女はかんざしを手に取ると、表情を緩めて慈しむように視線を落とす。
「御姉様、私はきちんと責務を果たせているでしょうか」
 珠洲はかんざしに話しかけるが、それが返事を返すことは、当然無い。しかし彼女はかけがえのない最愛の人物に悩みを打ち明けるような、哀しくも切ない表情を浮かべていた。
「御姉様とお揃いのかんざし。御姉様の手で初めて髪に付けて頂いた時、私はまだ子供だった。御姉様の微笑みがあったからこそ、厳しい修練にも耐えてこられた。もう少し御姉様と年が近ければ、早く修練を積んでいれば、あの時きっとお役に立てていたのに……」
 珠洲は遥か千五百年以上前、彼女が俗世を生きていた時代を振り返っていた。そこには彼女にとって決して忘れることの出来ない過去が今も重々しく横たわっている。
「そう、あの時も御姉様はこのかんざしを髪に挿していた。それが、今もなお噴煙を吐く阿蘇の火口の奥深くに埋められていると思うと、あの辛い瞬間が目の前にありありと甦ってくる」


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