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人の心に、虹を架ける.

起きてくる現象はすべて、内面の生き写しだと思えた。
そんな2日間だった。

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一日目は、身体を診てもらった。余計なものを抜き、組織を整え、知識を与えてくれ、心を観てくれた。余計な囚われから自由になり、心と身体と魂がドクンと、躍動し始めた。
いつもの先生の、いつもの施術。

二日目は、物事の捉え方、目に見えない世界への入り口の話を聞きに行った。様々な角度から、物質ではない世界への誘い。といっても、とても綿密で、科学的で、だからおもしろく。
論理と感性と、両方にふかくふかく、届いた。

物事を達観している人はいつも、こどものような感性で、ユーモアがあり、軽い。余計なものを背負っておらず、浮いているようで、ここにいて、楽しませてくれる。

そして、その移動の最中。2日連続でみれた、大きな大きな虹。いつも使う新幹線を使わずに行ったから、みれたのだと思う。
久しぶりだった、こんなに大きなものを視れたのは。

大きな虹の後ろにもまた、2重になって二つ目がうっすら表れていた。

目にみえるもの、みえないもの。人の身体を診るとき、とても重要なことだ。その2つが完全に備わっているのが肉体であり、切っても切り離せない。どう繋げてみていくかが、大切であって。

虹は、目に見える。が、見えないときもある。

でもきっと、いつだって虹は存在している。元々は光だから。そんな美しくて彩りを含めた何かは、誰の心にも、物にも、必ず存在するのだ。

そんなものを、見つけ出す、照らし出す。
ここにあるよ、と伝える。

そんなことが、できたらいいな、と思う。

その人の魅力、生命力、思いやり、愛情...

身体や心が不調なため、それを感じ取れないのであれば、そっと伝えたい。光らせたい。

そんなお手伝いができる仕事。それが今の仕事だ、と感じた。
というか、それがしたくて、生きているんだ、私は。

久しぶりにみた虹は、最初は一部分だけだった。移動するにつれて、徐々に繋がり、見えるようになった。そしてやがて、消えて行った。

私が虹に心奪われている間、どれだけの人がスマホに目を落としたままだっただろう。

気づかない人にはその時間、虹は存在しなかったことになる。

感じられないものは、ないも等しい。
でも、世界にはすべてが常に、存在している。
受け手の感性次第なのだろう。

美しいものを、みよう。

虹を、架けよう。

見つけ出そう。

うんと性能のいい、虹色メガネを掛けて。

誰にでもあって、誰にでも、みれるものだから。

そんなお手伝いを、していきたい。

もちろんまずは、自分から。

世にも美しい、仕事だと思う。

*monica*

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