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【短編小説】塩むすび

1,526文字/目安3分


「塩って『えん』とも読むでしょ。だからえんむすび。つくってあげるから、あんたんち貸してよ」

 そんな言葉から、俺はおにぎりをつくってもらうことになった。塩むすびを少し変えて縁結び。バカみたいだけど、まぁいいか、と思った。

 話の流れで好きな人に好きな人の相談することになってしまった。
 たまたま話すタイミングがあって、そこからなぜかお互いの好きな人の話になって、本当はいないで通すはずだったのに、名前を伏せたまま教えていくという展開。かなり気まずい。
 俺のことを一番よく知っている。一番理解してくれている。男友達のような気楽さ。夫婦のような安心感。「あんたにもそんな人がいたんだね」なんてのんきに言うが、お前だよ。

 俺の好きな人、お前なんだよ。

 ずっと前から気持ちはあるんだけど、向こうはそんな気がなさそうでさ。けっこう分かりやすく態度に出てると思うのに、全然気づかなくて。はぐらかされるじゃないけど、肝心なところで進展していかないんだよね。好きなところか……。ノリの良さと、笑った顔と、たまに見せる女の子らしい部分……かな。

 じゃないんだよ。聞いてる方が恥ずかしそうにすんなよ。お前だってこと以外は全部言っちゃってるんだよ。うんうん、なんて聞いてんじゃないよ。

 俺に幼なじみの女の子がいることに、周りは羨ましがるというか、もはや妬まれる勢いだが、結局は長年片思いしているしょうもない男っていうだけである。一ついい点があるとすれば、小さな頃からお互いの家を行き来していたから、異性とはいえ家に入るのも入れるのもあまり抵抗がないことか。

「てかさ、告白しないの?」
 炊けた米に塩を振りながら、そんなことを聞いてきた。
「しないよ」
「なんで?」
「なんでって言われても」
「そこまでの関係だったら、相手も待ってるかもしれないよ」

 そんなことを言われると、お前が俺の気持ちに気づいているんじゃないかと思ってしまう。

「あんたにそこまで思ってもらえて、その子も幸せだろうな」

 もう狙って言ってるだろこれ。まさか。いや、そんなわけない。そんなわけがない。あっても絶対ない。こちとら片思い十年以上のベテランだぞ。同時に十年以上こいつを近くで見ている。気持ちがどっちに向いているかなんてすぐに分かる。

「おにぎりつくるのはいいけど、これその後どうすんの?」
「え、食べたらいいんじゃないの?」
「そんなのでいいのか」
 まぁ、塩むすびと縁結びをかけて満足している様子だし、ピークはつくり始めだったのかもしれない。
「そしたら、食べてもらったらいいんじゃないかな」
「相手に?」
「そう。自分がつくったおにぎりを好きな人に食べてもらえたら、結ばれそうじゃない?」
 俺が好きな人と結ばれるように塩むすびをつくってくれる話だったけど、完全に忘れているようである。少し考えて、俺は言った。

「じゃあ、このおにぎり食べてよ」
 頭に「?」が浮かぶ。
「食べてよって、これあんたがつくったやつじゃん」
「そうだよ。だから食べて」
「好きな人に食べてもらう話は?」
「知ってるよ」
「じゃあなんで?」
 はっきり言ってやった。
「だって俺の好きな人って、お前だし」
「ふえぇ?」

 そんなすっとんきょうな声を上げて、すっかり固まってしまった。分かりやすいくらいに顔を真っ赤にしている。こうなったら何を言っても反応しない。

 ほらね。
 
 ここまで伝えているのに伝わらない。伝わっているのかもしれないけど、何も進まない。鈍感超えてノーカン、むしろリセット。もはや病気か何かである。
 固まったまま動かない幼なじみの傍らで、せめてつくってくれた塩むすびだけは乾いて固まらないように、手に取って一口食べた。

 俺らが結ばれるのはいつになるやら。



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