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「速読するコツはありますか?」

▼毎年必ず,生徒さんから次のような質問を受けます。

「どうすれば速読できるようになりますか?」
「速読するコツはありますか?」

▼私はそれに対してこう返答しています。

「逆に,なぜ速く読めないのか,その原因を分析したことがありますか?」

▼私の感触では,このような質問をする生徒さんは英語が苦手な場合が多く,どうして良いのかわからず藁にも縋る思いなのかもしれませんが,ひょっとしたら「予備校の先生はきっと何か凄い速読テクニックを持っていて,それを教えてくれるのかもしれない」という幻想を抱いているのかもしれません。その場合,「残念ながら,そんなものは存在しない」というところから懇々と説いてその幻想を打ち破るところから始めねばなりません。だいたいにおいて,誰もが一律に可能になる「速読のコツ」などというものが存在するのであれば,とっくの昔に私たちは誰も苦労せずにすらすらと読めているはずです。ですから,「速読のコツがどこかにある」なんて考えるのは〈甘え〉ですから,「その幻想を捨てて,なぜ速く読めないのか,その妨げとなっているものを分析するところから始めてください」と言うしかないのです。

「速読」を妨げる3つの要素

▼速く読むことを考える以前に,まずは正確に読むことを考えねばなりません。というのも,正確に読めず,つっかえたり考え込んだり,何度も読み返したりしているために,速く読むことが阻害されてしまうからです。そうした「阻害要因」は大きく分けて3つに分類できるでしょう。

① 語彙力の不足
② 文法的に正しく読めていない
③ 英文の内容が理解できない

阻害要因①:語彙力の不足

▼そもそも単語や熟語の知識が不足していれば,英文は読めません。一説によれば,英文全体の95%以上(物語文では98%以上)の単語を知っていなければその英文の内容が理解できない,とも言われています。語彙の知識が不足している人は,まずその知識を蓄えることから始めねばなりません。

阻害要因②:文法的に正しく読めていない

▼外国語の文章を読む以上,文法的に正しく処理しなければ内容を把握することはできません。簡単な例をあげると,"He found the book easy." と "He found the easy book." と "He found the book easily." とでは意味が全く異なります。文法的に正しく品詞の役割を考え,文構造を考えることが必要です。

阻害要因③:英文の内容が理解できない

▼実は,この3つ目の阻害要因がかなりの曲者です。たとえば,次の英文は2020年度東京理科大学理工学部[2月3日実施]で出題された英文の原文の冒頭です(※出題時は took another shot が made another attempt と書き換えられていました)が,これはいったい何を言おうとしているのでしょうか。"flat-earth conspiracies" とは何のことで, fell flat とはどういうことなのでしょうか(ちなみに,出題時は fell flat に下線が引かれ,その言い換えを選ぶ問題が出題されていました)。

A believer in flat-Earth conspiracies took another shot at shooting himself toward the stratosphere in a homemade rocket.  Once again, it fell flat.
(https://www.livescience.com/61655-flat-earth-conspiracy-theory.html)

▼あえて訳せば「平らな地球陰謀説を信じているある人が,自作のロケットで成層圏に向けて自分自身の打ち上げを再度試みた。またもや失敗した」となるのでしょうが,flat-Earth conspiracies とは何のことでしょうか?これは実は,これに続く段落を読むと次のように言い換えられていることがわかります。

"Mad Mike" Hughes, a self-proclaimed daredevil who rejects the fact that the Earth is round, posted a video on his Facebook page about two weeks ago saying that he planned to launch himself from private property to an altitude of 1,800 feet (550 meters) on Saturday, Feb. 3.
(https://www.livescience.com/61655-flat-earth-conspiracy-theory.html)
「マッドマイク」ヒューは,地球が丸いという事実を拒絶する,自称命知らずだが,およそ2週間前に自分のフェイスブックにあるビデオを投稿し,2月3日の土曜日に,自分の私有地から高度1,800フィート(550メートル)まで自分を打ち上げる計画を立てていると語った。

▼「地球が丸いという事実を拒絶する」と書かれていることから,flat-Earth conspiracies とは「地球は平面であるという説を信じている人」のことではないか,と推測できます。こうした説を唱える人を「地球平面論者」と呼ぶようです。

▼しかし,冒頭の段落だけを読んでそのことが理解できたでしょうか。おそらく大半の受験生は「flat-Earth conspiraciesって何だ?」と考え込んでしまったのではないでしょうか。もし,(訳し方はさておき)地球平面論者の話だ,と気がついていたら「ああ,地球平面論者がまた何かやらかした,っていうニュースだね」とさらりと受け流したでしょう。また,仮にそこに気づかなくとも,「つながり」を考えて呼んだ受験生は次の段落の内容から「地球平面論者」の話だ,と理解できたはずです。

▼内容を理解するには,これまで「〈つながり〉を読み解く英文読解」で説明してきたような文と文,段落と段落の「つながり」を読み取る力が必要です。また,背景知識も必要になります。自分にとってなじみのある内容であれば比較的すんなり読めますが,自分にとって未知の世界の話は理解するのに時間がかかり,それだけ読むのが遅くなるのです

「速読」って何?

▼ところで,そもそも「速読」とは何でしょうか。いったいどれくらいの速さで読めれば「速読」になるのでしょうか。

▼大学入試の長文読解問題で1990年代半ばごろまで頻繁に出題された出典となる本がありました。その名も "Read Better, Read Faster: The essential guide to greater reading efficiency" という速読のための本です。

▼これは英語の母語話者向けのもので,さまざまな分野の文章が集められたアンソロジーのかたちになっています。その中に,英文を読む速さについて次のような表があります。

Scale of Speeds in Words Per Minute
170-200  Very slow
200-230  Slow
230-250  Average
250-300  Above average
300-350  Medium-fast
350-450  Fast
450-550  Very fast
550-650  Exceptionally fast
(Read Better, Read Faster, p.28)

▼これは1分間当たりの語数で,230-250語が「平均」となっています。たとえば2020年度の慶應義塾大学文学部の入試問題は1,800語程度でしたから,この速さだと,純粋に「読むだけ」ならば,7~8分ほどで読み終える,ということになるはずです。もちろん,これはあくまでも母語話者の話であって,外国語として英語を学ぶ私たちにとってはその速さでもかなりのものだと言わざるを得ません。読むことと聞くこととでは条件は異なりますが,センター試験のリスニングが1分あたり140-150語程度の速さですから,それよりおよそ1.5倍速く読み上げられている英文を頭の中で解釈することに近いと言えるでしょう。なお,wpmを無料で測定できるサイト(PCから)もありますので,興味があれば試してみてください。

▼なお,読む速さは,読む文章の種類や難易度によっても異なります。先に述べたように,語彙や文構造,内容理解など,それぞれの英文について速く読むことを妨げる阻害要因を分析し,一つずつ克服していく必要があります。

▼また,最も注意しなければならないことは,「速さ」に気をとられて内容を把握することをおろそかにしないようにする,ということです。特に大学入試の場合,与えられた設問に解答することが目標ですから,仮に速く読み終えられたとしても,設問に正解できなければ意味がありません。また,試験という状況では,緊張し,焦ってしまってパニック状態になり,英文の内容が頭に入ってこないという可能性もありますから,速さを多少犠牲にしても,正確に内容を把握して設問に解答するために「落ち着いて読む」ことが大切です。

▼大学入試の英文の場合,wpmが150あれば十分おつりが来ます。単純計算ですが,この速さならば,1,800語の慶應義塾大学文学部の問題も試験時間120分のうち12分程度で読み終える計算になります。ただし,記述する分量も多く,解答に要する時間の方が長くかかる可能性があるため,時間配分に気を付けないと時間切れに終わる可能性がありますし,そもそも決して易しい英文・易しい問題ではありませんから,すんなりと12分で読み終えられる,ということもまず不可能ですが…。

「読み飛ばせばいい?」

▼時折,「英語の長文は,最初の段落と最後の段落だけ読んで,あとの段落は最初の1文だけを読めばいいという受験テクニックがある」という「都市伝説」(?)を耳にします。

▼ひょっとしたら,中にはそれで通用する英文・問題もごくまれにあるのかもしれませんし,とても特殊な能力を持った人がそういう英文を読んで「読めた!解けた!」という経験をしたことがあるのかもしれませんが,残念ながら一般的な入試問題はそれで読める・解けるような安易な作り方はなされていません。「読み飛ばす」ことを考えず,多少時間がかかっても構いませんから,一読で理解するように心がけて,落ち着いて最初から最後まで通読すれば良いのです。

基礎知識を蓄えることの重要性

▼ところで,外務省の元官僚で,現在は作家の佐藤優氏が書いた『読書の技法』という本があります。

▼この中で佐藤氏は次のように述べています。

 まず正しい道,すなわちすでに確立されている伝統に即して本を読むことが重要だ。その意味で,読書術は基本的に保守的なのである。本書で,筆者が高校教科書レベルの基礎知識をつけておくことを強調しているのも,それが知の伝統を押さえるために最も確実で効率的だからだ。
 「受験勉強が現実の社会生活の役に立たない」という認識は間違っている。社会人が大学受験のレベルで必要とされる知識を消化できていないため,記憶に定着していないことが問題なのであって,受験勉強の内容は,いずれも社会人になってからも役に立つものだ。
(佐藤優『読書の技法』,p.8)

▼この本は七章構成で,そのうち,第一章が「多読の技法」,第二章が「熟読の技法」,そして第三章が「速読の技法」となっていて,第二章の熟読の技法までを習得したことを前提として,第三章では「1冊5分の超速読」と「1冊30分の普通の速読」の方法が書かれています。

▼「え!1冊5分?それは凄い!」とつい惹かれてしまいますが,この「超速読」はあくまでも「本の概要」を把握して仕分け作業をすることが目的なので,「全頁の内容を超高速で全て頭に入れる」という類のものではありませんし,そもそもの大前提として,仕分け作業ができるだけの前提知識が必要ですから,これをそっくりそのまま誰もが真似できるというわけではないでしょう。学生時代から,そして官僚時代の間も,膨大な量の書物や書類と格闘してきた博覧強記の佐藤氏ならではなのです。

▼しかし,先ほど述べたように,自分にとって未知の世界の話は理解するのに時間がかかり,それだけ読むのが遅くなるということを経験的に理解している人は,佐藤氏のこの話からも,速読における基礎知識の重要性がよくわかるのではないか,と思います。

▼もちろん,文章の細かいところまで問われる大学入試では「超速読」は意味がありませんが,英文を速く読んで理解することを阻害する要因の一つとして,基礎知識の不足が考えられる以上,単語,熟語,文法・構文といった英語の知識に加えて,佐藤氏が言うような「高校教科書レベルの基礎知識」を身に着けておくことは重要だと言えます。

▼ちなみに,この本の第五章は「教科書と学習参考書を使いこなす」となっていて,主に社会人が読書法を身に着けるために必要な基礎知識の習得方法として,高校の教科書や学習参考書を使うことについて説明がなされています。

まとめ

▼今日お話しした内容のまとめです。

① 誰もが一律に可能になる「速読のコツ」はない。
② 速く読めないのはなぜなのか,その阻害要因を分析し,克服することが大切。
③ 大学入試ではネイティブ並みの「速読」は不要。wpm=150あれば十分だが,速さにとらわれて内容理解がおろそかになってはいけない。
④ 高校教科書レベルの基礎知識を持つことが速く正確に読むために重要。


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