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舞台 「夏の砂の上」 観劇レビュー 2022/01/22

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【写真引用元】
玉田企画Twitterアカウント
https://twitter.com/tamadakikaku/status/1483994725439119362/photo/1

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【写真引用元】
玉田企画Twitterアカウント
https://twitter.com/tamadakikaku/status/1483994725439119362/photo/2


公演タイトル:「夏の砂の上」
劇場:北千住・BUoY
劇団・企画:玉田企画
作:松田正隆
演出:玉田真也
出演:奥田洋平、坂倉奈津子、浅野千鶴、祷キララ、用松亮、山科圭太、岡部ひろき、西山真來
公演期間:1/13〜1/23(東京)
上演時間:約120分
作品キーワード:会話劇、家族、田舎、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★★★☆☆


映画「あの日々の話」や「僕の好きな女の子」の監督としても活躍している玉田真也さん主宰の玉田企画の公演を観劇。
玉田企画の公演は、2020年3月に再演された「今が、オールタイムベスト」に続いて2度目の観劇となる。
今回の公演は、玉田さんが初めて自分以外の脚本家が書いた戯曲を演出して上演するという試みで、1990年代の静かな演劇を代表する作品の一つである松田正隆さんの代表作「夏の砂の上」の上演である。
「夏の砂の上」は未読で今回初めて観劇する。

物語は1990年代の長崎のとある田舎にある一軒家を舞台としたもので、務めていた会社が倒産したことにより無職となってしまった小浦治(奥田洋平)の元に姪の川上優子(祷キララ)がやってきて、治の妹であり優子の母親である阿佐子(浅野千鶴)の仕事の都合で、優子を治が引き取って一緒に暮らすことになる。

北千住BUoYという地下洞のような劇場で上演された今作だが、静かな演劇と言われるだけあって舞台上で起こるほんの僅かな物音でさえも演劇の一つとして捉えられるくらい繊細な会話劇で、木造の廊下をバタバタと歩く物音、セミの鳴き声、「リリリリリ」と遠くで鳴るダイヤル式の電話、木造の引き戸が開閉する音、全てがノスタルジーを感じさせるような贅沢な観劇体験だった。
自分の生まれ育った故郷も長崎ではないものの昔ながらの旧家で木造建てだったので、本当に劇場に広がっている空間と音そのものが懐かしかった。

そしてこれは過去に玉田企画の公演を観劇した時にも感じたのだが、登場人物全てのバックグラウンドを妄想出来て楽しめる点が素晴らしい。
特に優子という少女は非常に変わり者なのだけれど、なぜそうなってしまったのか、そして周囲の人間からどう見られどう扱われてきたのかが、彼女の出で立ちと振る舞いで読める。
だからこそ彼女を観ていて辛く感じてくるし、物語の展開を追っていくうちに胸がギュッと締めつけられるシーンが多々ある。
それだけ、祷キララさんの役がハマっていて演技が素晴らしかったということなのだが。

優子だけでなく他の登場人物に関しても、彼らの様子や振る舞いから、この舞台上で起きていない出来事に関しても思い馳せることが出来て、だからこそより登場人物たちに感情移入して辛く感じてしまう。
誰かが悪いという訳ではないのだけれど。

120分間があっという間で、物語、演出、世界観、キャスト共に素晴らしく玉田企画の公演をより好きになることが出来た。
多くの人にオススメしたいが、特に田舎出身の方や邦画ヒューマンドラマのような家族の繊細な人間関係を描いた作品が好きな方にはオススメしたい。

そして、次回は9月に新作を上演するらしいのでこちらも楽しみにしたい。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/461798/1743580

↓戯曲『夏の砂の上』


【鑑賞動機】

2020年3月に玉田企画の代表作である「今が、オールタイムベスト」の再演を観劇して、非常に自分の好みに合った面白い会話劇だと思ったので、今後も玉田企画の公演を観劇していきたいと思っていた。
2021年5月上演の「サマー」は都合が付かず観劇出来なかったのだが、Twitter上での評判はとても良かったので、この劇団にハズレはないとみていた。そして、今回は玉田さんの脚本ではないものの、有名戯曲だし気になっていたので観劇することにした。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

1990年代の真夏、長崎のとある田舎の港町に位置する木造建ての古い一軒家。小浦治(奥田洋平)は海苔弁当をちゃぶ台で食べている。暑そうにうちわで仰ぎながら、白い下着一枚の姿で。
そこへ妻の小浦恵子(坂倉奈津子)がやってくる。彼女は、治が昼の1時に起きてきてご飯を食べ始める姿を見て心配する。
その時、玄関から人がやってくる。それは、治の妹の川上阿佐子(浅野千鶴)だった。突然のことだったので兄である治ですらもどうして尋ねてきたのか分からないと訝しげながら彼女を家の中に入れる。
阿佐子は、治の務めていた会社が倒産してしまったことに驚いており、電話をかけたら警備員が電話に出たそうだった。阿佐子は東京で暮らしており、今度福岡で憧れの仕事をすることが決まったため、娘である優子(祷キララ)を預かって欲しいという相談だった。優子は中学を卒業したばかりだという。優子は恐る恐る屋内に入ってきて、無表情で一言も喋らず立っていた。
阿佐子は治から借金をしていた。いつ返済するんだと彼女に尋ねると、今度の福岡で始める事業がきっと成功するからそしたら返すと約束する。
治と恵子が認めたわけでもないのに、まるで優子は今日から治の元で暮らすことが決定事項であるかのように、既に近くに掲示されていたアルバイトの募集に応募してきてしまっていた。そしてあとはよろしくと、優子を置いて阿佐子は出ていってしまう。ちょっと待てと治は阿佐子を追いかける。
恵子と優子は2人きりになる。ちゃぶ台には阿佐子が東京のお土産で買ってきた「ひよ子」が置かれていた。恵子はその「ひよ子」のお菓子を見ながら、明雄が「ひよ子」を食べるときにまるでひよこの体が真っ二つに割れてしまう様で可哀想と言っていたことを思い出すと言う。恵子は、以前明雄という息子がいたことを優子に語る。4歳で亡くなってしまったのだと。5歳の誕生日を迎える直前で。
優子は一人になる。そして窓から見える遠くの景色を見て何を思ったのか表情を変えるのだった。

暗転

夜になる。ちゃぶ台のある畳の居間で優子は一人横になっていた。そこへ酔っ払った男たちの大声が3人聞こえる。そして優子のいる居間へ上がりこんでくる。それは治と、治の倒産した会社の同僚の陣野(山科圭太)と持田(用松亮)だった。特に持田はかなり酔っ払っている様子で声がでかい。3人はちゃぶ台でまたビール瓶を開けて飲み直していた。
最初は3人とも酒に溺れて楽しそうに談笑していたが、やがて仕事の話になると彼らの会話の様子はやがてシリアスになっていった。持田は会社が倒産してからタクシー会社に転職したが、どうやら仕事が大変そうな様子だった。そして治は会社が倒産して無職になっても一向にハローワークなど職安に行こうとしないことを指摘され、治はお前たちと一緒にされたくないとまるで持田の職業を否定するかのような物言いとなってしまい場が凍りつく。
そこへ2階へ引っ込んでいた優子がやってくる。そろそろお開きだと言う治は、陣野のためにタクシーを呼ぶようにと優子へ電話させる。その間に持田は居間で眠ってしまった。
タクシーが来るまで治と陣野で会話をする。治と陣野の仲は冷え切っていた。なぜなら、恵子は密かに陣野と不倫しており冷蔵庫を譲り受けたりしていたからだ。治は厳しく陣野を追及した。
陣野は気まずくなってタクシーの音が聞こえたんじゃないかと、聞こえもしないことを言ってそそくさと治の家を立ち去る。
居間で眠ってしまった持田に声をかける治。治は彼に奥の部屋に布団が敷かれているからそちらで寝たら良いと言う。持田は寝ぼけながら先ほど見た恐ろしい夢の話をする。大きな鉄板のようなものに追いかけ回される夢。持田は奥の部屋へ入って再び眠り始める。
優子は水道の蛇口から水が出ないと言う。治はなぜ水が出ないのか訝しむ。持田がトイレで目覚めても、トイレの水が流れなかったと言って戻ってくる。
治は優子に明雄のことについて語る。明雄は4歳の時、大雨の中まさか外に出ているとは思わなくて、そしたら川に流されて死んでしまったのだと。

暗転

昼、優子は立山(岡部ひろき)という大学生を連れて治の家にやってくる。治はどうやらハローワークに行ったらしく夕方まで留守にするとのことだった。だから優子は立山を連れて2人きりで治の家にいた。
立山は優子のアルバイト先の同僚らしく、今はナナオという立山が異性として気になっている人が担当で、優子も今の時間担当らしいのだがサボっている様子だった。
優子は立山に対して、優子が東京で中学生時代を過ごした時のハナムラという友達についての話を始める。ハナムラは太っていて体も大きいのだが非常に優しい友達だったのだと。そして歌がうまくて彼女が歌を歌いだすととてつもなく喉が乾いて、その時に飲み干す水が凄く美味しいのだと言う。
優子と立山は2人で良い雰囲気になる。お互いを触れ合ったり。そして優子は奥の部屋へ行く。その部屋の様子を立山は外で眺めている。おそらく優子は奥の部屋で服を脱いでいたと思われる。そして服を着た状態で優子が出てくると今度は立山が奥の部屋へ入っていく。

その時、突然治がハローワークから帰宅する。優子は夕方帰ってくるものだと思いこんでいたので慌てる。そして治が突然奥の部屋の引き戸を開けるものだから上半身裸だった立山は大慌てする。そして治はその様子を見て、立山に厳しく接する。
どうやら持田が交通事故で亡くなってしまったらしく、その連絡をもらって急遽治は自宅へ帰って通夜へ向かう準備をするみたいだった。治は喪服に着替え始める。
そこへ陣野の妻である茂子(西山真來)がやってくる。茂子は腕と頭に包帯を巻いた状態で喪服を着ていた。茂子は泣き叫びながら治に陣野のことについて訴えてくる。茂子は持田の通夜に陣野と行った所、受付の人手がいなかったもので駆り出されていたが、自転車で転んで怪我をしたこの姿で受付をするのは見窄らしいと、陣野に家に帰ってろと追い出されてしまったのだそう。自分が自転車で転んで大怪我した姿を憐れむこともなくぞんざいに扱うことに対して怒り浸透だった。そしてその陣野が恵子と不倫していることに関しても怒っていた。
そんなタイミングで、恵子がやってきてしまう。その場が凍りつく。治は恵子に対して、なぜ今のタイミングでここにやってきたのかと問うと、恵子は持田の急な訃報を聞いて通夜の受付の人手が足りないから手伝うように招集され、喪服を取りに来たのだと言う。
茂子は恵子に対して、陣野からもらった冷蔵庫はよく冷えてますかねと嫌味を散々言い放った挙げ句、包帯などで恵子に対して怒りをぶつけて出ていく。
恵子は奥の部屋で喪服へ着替える支度を始める。治はその奥の部屋へ入っていって散々暴力を振るった後で家を出ていってしまう。
その様子を部屋の隅で小さくなって見ていた優子と立山は、そっと奥の部屋にいる恵子の様子を見に行って、「大丈夫?」と声をかける。恵子は優しい声で返答し、優子に首の後ろのファスナーを閉めてくれるように頼む。

ある日、また優子と立山は2人きりで治の家にいた。今日こそは治はハローワークで夕方まで帰ってこないだろうと優子は踏んで2人きりの時間を過ごしていた。優子はバイトをクビになったことを立山に伝える。きっと店長は自分が何を考えているかわからないからだろうと言う。
優子はガラスの破片のようなものを持っていて、それで二の腕を切ってしまったらしく出血していた。立山は治の家のことをよく知らないはずなのに救急箱を持ってきて手当する。優子は救急箱を探してこれる立山を尊敬する。長年住んでいる治でもそれが出来ないだろうからと。
そして優子は調子に乗ってガラスの破片を立山に投げてくる。危ないだろ!と立山はキレる。そして、今度はいきなり立山のほっぺたをつねってくる。そして痛いだろなんなんだよ!的なことを言って怒鳴りつける。
今度は、明雄が持っていた天体望遠鏡で立山の家をいつも覗いているんだと言う。明雄って誰?と立山は聞くと優子は秘密と答える。立山はますます訝しむ。立山の家には母が2人いると優子は言うが、立山は違うと答える。
そして、優子は窓の外の遠くを見つめながら、以前この町ってピカーってなったんだよね?のようなことを立山に聞く。立山は自分が生まれるずっと昔の話なと答える。どうやら優子の母阿佐子がその話をしていたらしく、それを鮮明に記憶していたらしい。
しかしあまりにも意味不明な言動を繰り返す優子に対して、立山はついていけなくなっていた。

ある日、治の元に突然どこかへ旅立つ格好をした陣野がやってきた。どうやら治は転職先が決まったらしく働き始めていた。治は陣野にどこへ行くのかと聞くと、福山で造船事業に携わる仕事に就職するらしく長崎を後にするとの挨拶だった。そして、恵子も一緒に連れて行くのだと。恵子も今一緒に来ているからと、恵子を家の中に引き入れ、陣野は玄関へと向かって治と恵子の2人の時間を作ってあげていた。陣野は随分と元気そうで嬉しそうだった。
優子が目に涙を浮かべながら家へ帰ってきた。治は立山となにかあったのか?と問うが、何も返事をしないまま2階へと行ってしまった。
治と恵子は2人で話し始める。恵子はこうやってお互い本音で語れるようになって物凄くスッキリしていると言う。今までずっと陣野のことが好きだったけれど、それを治に伝えることは出来なくて居心地が悪かったけれど、今はそれがなくて気持ちが楽になったのだと言う。
恵子は持っていた明雄の位牌を仏壇に戻す。そして線香を上げる。りんの音がする。
恵子は治の元を去って陣野と共に去っていく。電話が鳴り響く、どうやら立山からの電話だった優子に電話が来ている旨を伝えるが、居留守を使うようにと言うのでいないと立山に返事をしておく。それでもしつこく聞いてくる立山にしつこい!と怒鳴り電話を切る治。治は物思いに耽る様子だった。
治は片方の手の指を切ってしまっていた。鶏肉をまるでロボットのように捌く仕事をしていて、それで誤って切ってしまったのだと。

2階から降りてくる優子。そこへ雨音がする。
雨だとはしゃいだ優子は、急いで洗面器を持って外に出て水を貯め始める。治も同じことをする。そして洗面器に水が貯まると、優子はその水は全部飲み干してしまう。そして満足そうな表情をする。

暗転

治の家には阿佐子がやって来ていた。阿佐子はどうやら福岡での仕事もうまく行かなかったらしく上司の悪口を叩いていた。ケチで人使いが荒くて、そのくせマネージャークラス程度でハズレだったと。そして今度はカナダで仕事を始める機会が得られたからそちらで成功させると言う。お金はカナダで成功させたら治に返すと約束する。
優子は、初めて治の家にやってきた時と同じ服装で2階から降りてくる。そして阿佐子はしっかりと優子に治へお礼の挨拶をさせて家を出ていく。
しかし、少し立って優子は治の元に戻ってくる。そして麦わら帽子を治にかぶせる。そして、カナダは思った以上にずっとずっと遠くてずっとずっと寒い場所だと告げて再び去る。ここで物語は終了。

さすが1990年代の静かな演劇を代表する作品というだけあって、非常に良く出来た戯曲だと感じた。戯曲自体も未読でタイトルしか知らなかったので、どんな物語なのかと思っていたが、登場人物のキャラクター設定であったり、その関係性を活かした出来事とそこに地方が抱える日本の社会問題が内包されていて非常に考えさせられる戯曲だった。
地方の負を扱うという観点では、小松台東の作品に通じる部分があると思った。ただ、今作の方がよりシリアスで登場人物一人一人にしっかりとフォーカスされて、誰をとってもその人に物語を感じられて辛く感じさせる作品だなと思った。
田舎というのは人間関係が限られているからこその閉塞感と、人間関係が悪化した時の気まずさがある。それは今に始まった訳ではなく1990年代と言う時代からある普遍的なものなんだなというのを、当たり前かもしれないが改めて感じさせられた。
そして細かい、一見無意味とも思われる描写にもしっかり意味があったり、その後の展開の伏線になっている。例えば、持田が酔っ払って寝てしまったときに見た鉄板に追いかけられる夢は、きっとタクシー会社で重労働をしてつらい思いをしていた現れだと思うし、そういったシーンが後の治が手を仕事で怪我することにもつながっている気がする。
また、タイトルの「夏の砂の上」については考察パートでしっかりと触れたいと思う。ちょっと解釈としては自信はないけれど。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/461798/1743581


【世界観・演出】(※ネタバレあり)

舞台空間、音、照明、客席から五感で感じられるもの全てが作品だと感じ、これこそ演劇だと思った。本当に素晴らしかった。
舞台装置、衣装、照明、音響、その他演出についてみていく。

まずは舞台装置から。
8畳ほどの畳の居間が存在し、その四角形に対して隣接した2辺が客席となっているという変わった構造だった。そして客席に面していない一辺が8畳の居間と隣接する木造の廊下になっている。そしてその奥に木造の引き戸が用意されていて、そこに奥の部屋とされる空間があるという構造になっている。客入れ当初は、この廊下と木造の引き戸のあたりが舞台上になっていると思わなくて、てっきり8畳の畳の間で会話劇が繰り広げられると思いきや、開演してみると廊下と引き戸があったと照明が照らされたことによって気が付き、舞台上が一気に広がってまるで自分たち観客も、この治の家の中にいるのではないかという錯覚を感じさせてくれる面白い構造だった。
8畳の畳の間には、小さなちゃぶ台と扇風機、小さなタンスや無造作に広がった書物などが置かれ、昔ながらの家という雰囲気に惹かれた。
デハケは、奥の部屋へと通じる箇所で一箇所、廊下の端と端で一箇所ずつ、片方は玄関へ通じるデハケ、もう片方は2階へと通じるデハケである。
北千住BUoYというちょっと特殊な舞台空間を上手く活かして、まるで観客も治の家にいるような広がりを持った舞台空間を作り上げている点が非常に素晴らしい工夫だと思った。

次に衣装。
衣装は90年代の田舎という感じの昔ながらの衣装でどこか懐かしさを感じられて好きだった。治の白い下着姿とか非常に似合っていて田舎らしさと夏を感じられて好きだった。
特に注目したいのが、優子の服装。優子は最初に阿佐子に治の家へ連れられてきた時の服装と、最後に阿佐子に連れて行かれる時の服装が一致している。濃い緑色のワンピースに麦わら帽子といういかにも都会のお嬢さんといった格好である。これは、優子がずっと阿佐子という強烈な母親に虐げられて育ってきて、自己主張のしない暗く大人しい性格だったのが、長崎での生活を通じて少しは自由に優子らしく生きることは出来たけれど、結局は阿佐子の元に戻って元に戻ってしまうことを暗示するのかなと感じた。ただ、ラストで優子は麦わら帽子だけを治の家に置いていくので、もしかしたら優子が阿佐子の元へ戻っていっても、長崎に来る前とは少し違う、つまり長崎での生活を経験した分変われた部分もあって少しはマシな暮らしをおくることが出来るんじゃないかという希望を示しているとも捉えられるかもしれない。これは、「カナダはずっとずっと遠くてずっとずっと寒いところ」という最後の言葉をどう解釈するかにもかかっている気がするが。少なくともそう思って希望を感じたいなと思った。

次に舞台照明。今回の作品における照明は、吊り込みによるステージライトと、小道具が照明としての機能を持っているものの2パターンがある。
まず、小道具というか舞台装置の一部として照明にもなるものでいくと、8畳の居間に吊り下げられた昔ながらの照明と、その8畳の居間の外側に置かれた和風のガーデンライトのようなものが2つ。暗転する時は場転のときにも使われて凄く印象に残った。
あとは普通に吊り込まれた舞台照明だが、日中の照明と夜間のブルーな照明と夕方と思われる照明の3パターンくらいあったかなと記憶しているけれど、非常に昼夜がよく分かる演出になっていて良かった。特に日中の照明が好きだった。夏の強い日差しがセミの鳴き声と相まって感じさせられる。

そして一番今作の演出で注目したいのが舞台音響、というより生音、物音まで含めた音。
今回の作品は生音の使い方が絶妙に素晴らしい、これぞ生の芝居だからこその良さというか舞台から漏れる音まで演劇だよなと思わせてくれる演出がそこにはあって素晴らしすぎた。例えば、役者が木造の廊下を歩く時にする「ミシミシ」という物音。私の生まれ育った家も田舎の昔ながらの家だったので、廊下を歩くとあんな感じの音がする。それが本当に懐かしくてノスタルジーを非常に感じさせられる興奮ポイントだった。
そして木造の引き戸を開閉する生音も好き。あの昔ながらの引き戸特有の「スー」という音。あれが本当に良い味を出してくれていて素晴らしかった。
あとはスピーカーから流れる音だが、黒電話のようなダイヤル式の電話の「リリリリリリ」という音が絶妙な音量で廊下から響いてくるのが好き。それからセミの鳴き声の音量バランスもそうだが、物語終盤の雨音もシトシトする感じが好きだった。
また、これは音ではなくて声なのだけれど、物語序盤の治、陣野、持田の酔っ払った時の大声が玄関から8畳の居間まで届いてくる感じ、あの声のボリュームも絶妙で好きだった。そういう所で日常を感じられるし、ノスタルジーではないんだけれどなぜか凄く心に響くものを感じた。こういう音に敏感なのって自分だけなのだろうか。

最後にその他演出だが、台詞が全体的に長崎弁?になっていて、たまに何を言っているのか聞き取りづらい部分がある。これは小松台東の公演とも通じる所かもしれない。私は方言は詳しくないので博多弁との違いはよく分からないのだが、「〇〇だけん」とかが台詞としてよく出現していた気がする。そして一番聞き取りづらかったのは、序盤の恵子と優子が会話するときの台詞で、明雄のことについての会話は聞き取れたのだが、窓の外を眺めながら何か話していたのが聞き取れなかった。物語終盤になって、優子が窓の外を見ながら長崎の原爆が投下されたことを話していたからそれに付随する話だったのかなと思う。ちょっと分からなかった。
あとは2面舞台にすることによる、複数回観ても楽しめる工夫だろうか。この「夏の砂の上」を上演するときに玉田企画以外の団体もそのように2面舞台にして上演されるのかは不明だが、自分が今回着席した客席側でない方に座るとどう舞台が見えるのかと想像するのも面白い。大きく違うのは、廊下側のシーンのやり取りが見えにくくなるという点かなと思う。それもそれで音と会話だけ楽しむという点でありかもしれない。

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【写真引用元】
ステージナタリー
https://natalie.mu/stage/gallery/news/461798/1743582


【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

玉田企画おなじみのキャストから、会話劇主体の劇団である青年団所属のキャストなどバラエティ豊富ではあるが、非常に演技力の高い方ばかりで素晴らしかった。
特に注目したいキャストについて紹介していく。

まずは、主人公の小浦治役を演じた青年団所属の奥田洋平さん。奥田さんの演技を拝見するのは初めて。
奥田さん演じる治というキャラクター性は、ずっとこの町を支える造船会社に務めてきて、妻もいて、そして妹にお金を貸すくらいのある程度の余裕があった生活をしていた男だった。しかし、不運にも4歳で息子の明雄は亡くしてしまう、妹に貸した金は戻ってこない、務めていた造船会社は倒産してしまう、そして妻である恵子は元会社の同僚の陣野に取られてしまうというかなりアンラッキーな運勢をたどっている。そうなってしまったら、誰しも生きる気力を失ってしまっても仕方ないというか、昼頃に目覚めてハローワークにも行かず何もやる気しなくなってしまうことも分かる。
ただ、優子と出会ったことによって彼女を自分の子供のように愛して、そしてハローワークに行ったり仕事を見つけたりと少しずつ前進させる部分も垣間見られるあたりも、治らしいというか彼のキャラクター性を好きになれるポイントだったと思う。
それにしても本当に不運だなと感じる。人生何があるかわからない、本当に怖いなと思ってしまった。

次に、今回のキャストで一番注目したいのが川上優子役を演じた祷キララさんである。祷さんの演技を拝見するのは初めてだが、石橋夕帆さんが監督の映画「左様なら」で映像としては拝見していて知っていた。さらに、最近では映画「サマーフィルムにのって」など映像方面での露出も増えた女優である。
腹部のあたりくらいまである長い黒髪で、すらっと色白で細いキャストだが、表情からは正直何を考えているのかさっぱり掴めないミステリアスな印象が、今回の優子役には非常にハマっていた。
日常でもこの子何を考えているか分からない、ちょっと怖い存在だなと感じる女性がたまにいるが、まさにそんな感じの役をされていて、心情が読めないあたりにちょっぴり怖さを感じた。
しかし、なぜそのような性格になってしまったかはストーリーを追えばしっかりと理解出来る。本当に可哀想な子なのだ。母である阿佐子が自己主張が強く仕事での成功を夢見る我の強い女性であるため、そんな母に虐げられて育ったのだろうなということを感じる。だからあまり自分というものを出すのが苦手で、そういう何を考えているか分からない子に育ってしまったのだろう。
ただ、治の家で暮らし始めたことによって、少しずつ明るくなって感情を表に出しながら生活を送れるようになったという成長を観ていて感じられるから、その点が本当に素晴らしかった。そこを上手く演じられる祷さんの演技力が本当に良かった。

優子の母親の川上阿佐子役を演じた味わい堂々の浅野千鶴さんの演技も素晴らしかった。彼女の演技は「今が、オールタイムベスト」で一度観劇しているが、今作の演技のインパクトが強かった。
早口でペラペラと口うるさく喋って、全てが決定事項であるかのように自分の好き勝手で全てを決めて行動するおばさんって結構いそうだが、まさにそんな感じだった。これでは娘の優子はまともに育ちはしない。
そして、色々な職場を転々としてはその職場の悪口を言って次こそは成功出来ると言って留まるところを知らない。個人的には観ていて腹が立ってくるが、役者としては素晴らしかった。結構アドリブなところも多いんじゃないだろうか。

出番としては決して多くなかったが、持田役の用松亮さんの演技も素晴らしかった。
酔っぱらいの役だったが、あんな感じで面倒くさい感じで酔っ払って大声出す人っているなあと思って観ていた。凄くリアルで素晴らしかった。あのバカテンションな感じで大笑いしたり、いきなり歌を歌いだしたり、すぐ寝てしまったり。もう全ての演技が完璧だった。
個人的に好きだったのが、居間で寝てしまったところから目覚めて、大きな鉄板のようなものに追いかけられる夢を見たというところの話し方。「このくらいの」とか酔っ払って寝ぼけながら話す姿が非常に好きだった。


【舞台の考察】(※ネタバレあり)

玉田企画の舞台作品は、「今が、オールタイムベスト」を観劇したときにも感じたことなのだが、登場人物全てに物語があって、そしてキャラクターもしっかりと確立されているからこその、舞台上で起きていないことや設定にまで思いを馳せて楽しむことが出来る点かなと思っている。今回の作品も戯曲自体は玉田さんが書いたものではないが、そういった要素を存分に感じられたのでそちらについて考察していく。
今回のキャストの軸となるのが治と優子になると思うのだが、治、優子の順番で周囲の人間関係を考察していこうと思う。

まずは治だが、治は恵子と結婚して明雄という息子がいたが4歳で水害にあって亡くなっている。劇中の描写からすると、治、恵子夫婦は明雄のことを物凄く可愛がっていて、明雄を亡くした時の悲しみは計り知れなかっただろう。これは推測だが、おそらく明雄も大きくなっていれば優子と同じくらいの年齢だったんじゃないかと思う。そんなことを恵子あたりが言っていたような言っていなかったような。
そして明雄の死をきっかけに、治・恵子夫婦も上手くいかなくなってしまったのだろう。子供を亡くしたあとというのは夫婦仲が悪くなるというのは良く聞く話である。
ここで残酷なのが、恵子が正式に陣野の妻として福山へついていくと決意したときに、一番清々しい顔をしていたということである。勿論、ずっと陣野との中途半端な関係を続けていて、治に対して合わせる顔がなかったということもあるかもしれない、そこの人間関係をきっぱりと精算したという清々しさもあるだろう。
しかし、自分の子であった亡くなった明雄を忘却するという決意をしたことで、恵子自身が救われるんだと感じた時に残酷だと感じた。それまで恵子はずっと亡くなった明雄のことを引きずっていた。あの無気力な感じになってしまったのも最愛の息子を亡くしてしまったが故なのだろう。治とずっとこの家に住んでいては明雄のことが忘れられずずっと自分が苦しいだけである。陣野と一緒になって長崎を離れることによって、もう過去の苦しみに縛られず生きていこうという決意が出来たから清々しくなれたのだと思う。だからずっと恵子が抱えていた明雄の位牌は長崎に置いていって、おそらく最後になるであろう明雄の仏壇での線香立てを済ませて決別したのである。世界観・演出で書き忘れたが、この時舞台上に響いたおりんの音はなんとも心に響くものがあった。ジーンとなった。

次に、治、陣野、持田の倒産した会社の同僚に着目すると、皆職を失った者同士という共通点はあったものの、持田が先に転職先を見つけて働き始めたことで、少し考えがバラバラになりつつあるような印象だった。持田のタクシー会社での話を聞けば、転職することに対する怖さみたいなものは治も陣野も感じていただろう。結果的に陣野は造船会社へ再就職することになるし。
しかし持田は人当たりが良いからむしろ治と陣野の橋渡しになっていて、治と陣野の関係は冷え切っていた。それは持田が酔っ払って眠ってしまったことで如実に現れる。その原因は勿論、治の妻恵子が陣野に奪われたみたいな構造になったからだろう。
そして陣野も恵子同様、福山に恵子と向かうことになった時が一番清々しかった。この結果がきっと多くの人間が幸せになる最適解だったと分かるが如く。

次に優子の周囲の人間関係について見てみる。
優子の母の阿佐子はとにかく口うるさくて気が強くて自己主張の激しい女性。優子の家庭ではずっと阿佐子が権力を握っていて優子はずっと母の言うことを黙って従うしかなかったのだろう。この劇中ではたしか優子の父、つまり阿佐子の夫に関する描写は全くなかったと認識しているが、おそらく離婚しているのだろう。こんなに阿佐子の主張が激しいと夫もついていけなくなって出ていったのかもしれない。
そして、そんな自分の意見も言えない環境で育った優子は、周囲からは何を考えているか分からないキャラと見られてしまい、おそらく中学でもいじめられていた、もしくは友達が少なかったのだろうと類推される。しかし、劇中の会話に登場するハナムラという友達が出てくる。優子の話では太っていたとあるから、私の推測だとクラスで何を考えているか分からない優子と太っているハナムラはハブられていて、ハブられた者同士で仲良くしていたのかなと思う。

そして優子は長崎でアルバイトを始め、立山という男子大学生に出会う。立山は普通の男子大学生で、おそらく会話に登場するナナオという女性も普通の若い未婚の女性。だから普通の者同士で立山はナナオのことが好きだったのだろう。そして優子はアルバイト先でも上手く言っていなかった、クビにされた理由も店長から何を考えているか分からないと判断されたから。
優子が立山のことを最初どんな気持ちで治の家につれてきたかは分からないが、優子自身は立山のことが好きなのだけれどこれを恋だとちゃんと気づいていなかったんじゃないかと思う。立山と喧嘩別れしたあとに自然と涙を流していたから。
そして立山は、優子と2人だけの時間を長く過ごすうちに好きになっていくのだが、優子の言動があまりにも理解に苦しむ点で、物語終盤で距離が遠ざかっていく。特に優子が何の悪びれもなく明雄くんからもらった天体望遠鏡でとか言うから余計立山に怪しまれる。観客は明雄が治の4歳の息子で亡くなっていることを知っているから関係性を知っているが、立山にとっては優子のボーイフレンド的存在かと勘違いする。
だから結果的に立山は優子に見切りをつけてしまい、思いが行き違ってしまうのである。後で立山が電話した時にはもう遅かった。

こうやって、ほぼ全ての登場人物について考察出来るように舞台が仕上がっていること、そして舞台上で展開される事実から色々と憶測を働かせることが出来るのは凄く面白い所である。

ちょっと気になったのが、優子がずっと窓の外の景色を見て表情を変えるところである。おそらく長崎に落とされた原爆によって町が焼け野原になったことを阿佐子から聞かされて、それが彼女の脳裏で強く残っているのだろう。
これは私の勝手な想像だが、どうして治は阿佐子にお金を貸していたのだろうか。これはきっと、治と阿佐子の両親が既に亡くなっているからじゃないかと考えている。そしてそれが長崎に落とされた原爆でなんじゃないかと。だから阿佐子にとっては小さい頃の恐ろしい出来事として強く焼き付いていてそれを優子に聞かせていた。両親を亡くした治は幼いうちから地元の造船会社で働いて妹のために上京する金を出してあげて親代わりになっていたんじゃないかと(もし劇中にそのような描写があったら見逃してます)。
となると、治は本当に素晴らしい人間なのに全然報われずで非常に辛いと感じるが。

最後に、タイトルの「夏の砂の上」について考察して終えようと思う。
治の家は、途中から水道が出なくなってしまい、事実「夏の砂の上」のような状態になる。しかし、恵子が陣野と結ばれたことによって、今までずっと引きずっていた苦しさから恵子と陣野は開放される。
その直後に、恵みの雨が降ってくる。水道がでなくなった、カラカラの砂漠のような治の家に降り注ぐ恵みの雨。そして優子はその恵みの雨を飲み干して満足そうな笑みを浮かべる。これは何を表すのか。
これは、ずっと辛い状況を過去から引きずったままで砂のようにカラカラになってしまった感情に対して、人間関係を清算することによって潤いを与えて満たされることを意味するんじゃないかと思う。
優子は都内の中学で、ハナムラが歌を歌ったあとの水を飲み干す時が非常に満たされると話していた。カラカラに乾いた喉で水を飲む時に得られる満足感は、過去の辛さやこじれた人間関係を清算することによって払拭される清々しさを表すメタファーなんじゃないかと思った。

とても考察のやりがいのある舞台作品で非常に楽しませてもらえた。


↓玉田企画過去作品


↓地方・田舎を舞台とした会話劇


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