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舞台 「奇跡を待つ人々」 観劇レビュー 2021/07/31

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【写真引用元】
劇団東京夜光Twitter
https://twitter.com/tokyoyako/status/1403524777138999299/photo/1


公演タイトル:「奇跡を待つ人々」
劇場:こまばアゴラ劇場
劇団:劇団東京夜光
作・演出:川名幸宏
出演:丸山港都、草野峻平、笹本志穂、本田椋
公演期間:7/15〜7/18(宮城)、7/24〜8/4(東京)
上演時間:約110分
作品キーワード:SF、AI、考えさせられる
個人満足度:★★★★★★★☆☆☆


2021年3月に扉座の横内謙介さんの戯曲「いとしの儚」を上演した川名幸宏さんが主宰する東京夜光が劇団化されてから初となる新作公演を観劇。
東京夜光の作品としては「いとしの儚」に続き2度目の観劇で、川名さん脚本の作品は初観劇。

物語は、遠い未来を生きる女性ノンの部屋に、過去を生きる人間とAIがタイムトラベルに成功して乗り込んでくるという設定。
少しずつ明らかになっていく未来世界と、過去と未来の人間のぶつかり合い、AIの暴走、人間とAIの境界線、全てがよくあるSF作品で描かれそうな内容だが、コロナ禍による自粛生活を意識したSF作品という観点では凄く新鮮で、特にラストのメッセージ性には心に響くものがあった。

どんなにテクノロジーが発達しても、人間はずっと弱いままで、むしろどんどん弱い存在になっていって、不安や危険を徹底的に排除しようとしてしまう。
しかし、その行き過ぎは人間らしさを失ってしまうもはや自滅のようなもので、不安や危険としっかり向き合う強さこそが求められる。
そんな主張が、凄くコロナに怯える今の人間社会に刺さる内容だと思った点に素晴らしさを感じたのと、まさに今上演する価値のある作品にも感じられた。

そして4人のキャスト全員が各々の持ち味を発揮していて素晴らしかった。
序盤の緊迫感の張り詰めた演技、徐々に砕けていく演技、そしてラストへ向かうに連れて不安を募らせていく演技、全てが違和感なくハマっていて素晴らしかった。

たしかに難解なSF作品は好き嫌いが大きく分かれやすいので万人におすすめは出来ないかもしれないが、哲学的で抽象度の高い作品を好む自分にとっては大満足の作品だった。
観に行って良かったと思えた作品、SF好きな人には観て欲しい。

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【写真引用元】
劇団東京夜光Twitter
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【鑑賞動機】

2018年に旗揚げされた東京夜光の作品は、3年目の2020年には舞台「BLACK OUT」で「MITAKA "Next" Selection 21th」に選出されている新鋭の演劇集団で個人的にはずっと注目していて、2021年3月の「いとしの儚」で東京夜光の作品を初観劇したときに、川名さんの演出の上手さを非常に感じたので、川名さんが脚本を務める作品も観たいと思い観劇した。


【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)

舞台は一人の女性ノン(笹本志穂)が住む遠い未来の一室。ベッドで眠っていたノンは目を覚まして起きる。そこへ、過去からタイムトラベルしてきた人間のイチ(丸山港都)とAIのレイ(本田椋)が現れる。イチとレイは恐る恐る辺りを見回し、ベッドの上に女性がいることに気づき驚く。しかし、女性はビクともしないし喋らない。
そこへ一瞬男性が横切っていくのを目撃する二人。再び男性が現れると、彼はエグジ(草野峻平)という未来からやってきた見物人であることを名乗る。イチとレイは度重なる地殻変動から人類を守るために、未来へタイムトラベルして「地殻変動抑止装置」を取りにやってきたのだと説明すると、エグジは未来では時間を必要としなくなったため「時間」という概念や「歴史」という概念が存在せず、存在するのは「今」という事実のみなのだと言う。

イチとレイは、ノンが手にしていた「地殻変動抑止装置」を取ってすぐにこの部屋を出ていこうとするが、出口がどこにもないことに気が付き焦り始めるが、中央にある扉のようなものが出口にあたるんじゃないかとそこを開けようとするが、ノンに止められる。
ノンは、突然小難しいことを語り始める。中央の扉は「シャットダウン」の扉であり、今ここに広がる世界はノンが作り出したヴァーチャル空間なので、扉を出てシャットダウンしてしまうと実態としてヴァーチャル空間に潜入しているイチとレイの体が消えてしまうとても危険な行為だということ。そして、過去に人間が経験してきた地殻変動は、その「地殻変動抑止装置」ではどうにもならず、ありとあらゆる天変地異から人類を守るためには、地球という現実空間そのものを消して、選ばれし人類だけが安心安全なヴァーチャル空間に閉じこもって暮らすしか方法がなかったと語る。
仕方なくイチとレイは、このノンの作り出したヴァーチャル空間で過ごすことになる。

レイはノンと大人しくノンの部屋で過ごしている間に、イチとエグジはビーチへ行って沢山の女性と楽しい時間を過ごしていた様子であり、イチはすっかりこのヴァーチャル空間が気に入ってずっとここで暮らしたいと思うようになっていた。
ノンは徐々に彼らと打ち解けていっているような感じで、レイとセックスをしたいと言い出す。レイは過去の世界に家族がいるのでそれは出来ないと頑なにノンとのセックスを拒絶するが、ノンは執拗にレイに迫って服を脱がせようとする。
イチはAIであるレイのその優しさに嫉妬するかのように、レイを悪く言い始める。過去の世界では、AIに生き物を殺せなくするようにプログラムされていた。AIが誤って人間を殺してしまうという事故があったためだ。その結果レイは生物を殺すことが出来ず、食用の豚や鶏を殺す仕事はイチのような人間がやっていて、レイの仕事は食用の肉を加工することだった。それがあってか、人間よりもAIの方が感受性豊かで人間らしく振る舞うようになっていた。
しかし、ノンの話では後世の社会においてAIの持つ感情というものは取っ払われた。それはAIについての研究で0.1%だけどうしても解明出来ない事があったためであると。

ノンのお腹がいきなり膨らみ始める。赤子が授かったのだと、勿論ヴァーチャル空間での話なのでノンの作り出したものである。だがノンは、ノンとレイの間に出来た子供だと言う。そして赤子が産まれる。その正体はエグジがパンツ一丁になった状態にしか見えないのだが、パパと言ってレイに飛びついてくる。
レイはその赤子をいきなり引っ叩き始める。皆驚く。AIは暴力を振るわないようにプログラムされているはずなのに暴力を振るったことについて。レイ自身も自分がやったことに驚いている。レイはそのまま赤子に暴力を振るい続け、終いには赤子を刃物で殺してしまう。
刃物を持って血だらけになったレイを見て、ノンとイチはレイに対して不安を感じ始める。そして彼らは取っ組み合いを始める。レイは誤ってノンを刺してしまうが、ノンはヴァーチャル空間のノンであったため刃物で刺しても痛みを感じなかった。
しかしその後、ノンが誤ってレイを刃物で刺してしまう。レイはノンと違ってヴァーチャル空間の体ではなく本物の体であったため、そのまま崩れ落ちてしまう。

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レイはベッドで眠りながら治療を受けていた。イチはレイがどうか死なないようにと祈っていた。AIと言えどずっと行動を共にしていた仲間、イチにはレイに対して同情心が生まれ彼の回復を心から祈っていた。
そこへ未来人のエグジがやってくる。彼の話によると、どうやら未来はノンがレイを刺したことで僅かに変わってしまい、このままレイはこの場で死んでしまうと告げる。
そんな未来を受け入れられないイチは、過去にタイムトラベルしてレイを救い出し、再び未来を変えるようにエグジに命じるがどうやっても過去を変えてくることは出来なかった。
イチは苛立ちノンやエグジたちと口論するが、ノンが不安を取り除く的な言葉を口にした時、なぜか時間が僅かに逆戻りする現象が起きることをイチは気づく。そこからイチは、このヴァーチャル空間を支配している存在が別にいて、その支配人がヴァーチャル空間内で不安を察知した時にそれを排除するようにプログラムされているのではいかと判断する。
その時、レイの体に付けられていた医療器具から心肺停止音が聞こえた。レイは死んでしまった。
イチは強行に出る。ノンに彼女自身がレイを殺したんだとレイの死と面と向かって実感させて彼女の不安を煽ることで、このヴァーチャル空間の時間が逆戻りすることを期待した。
ノンは叫び続け、まるで機械が壊れたかのようにノンの叫び声だけがループしていた。

どれくらい時間が流れたのだろうか。イチとレイは同時にベッドから目覚める。そこへ未来人のエグジがやってくる。「お久しぶりです!」と陽気に語り始めるエグジだったが、落ち着いたトーンで未来の現状について語り始める。
未来を生きる人間は肉体を失って脳だけとなりチップのように小さくなってしまっていると言う。そして皆カプセルの中に存在するヴァーチャル空間で暮らしているのだと。そのチップのように小さくなった人間は、ある時突然消えてなくなってしまうと言う。跡形もなく。これが人間の最期なのだろうと。エグジは退出する。
イチの話によると、どうやらヴァーチャル空間を外で監視している支配人のような存在はなく、この空間を制御しているのはノン自身であるのだと。エグジの話にもあるように、ずっとヴァーチャル空間の中に閉じこもっていてもいつかは死を迎えるのである。ならば外に出て、不安というものに打ち勝ちながら「奇跡」を待たないかとイチはノンに提案する。ノンはその提案を受け入れ、イチとノン二人でこのヴァーチャル空間を脱出するために、中央の扉に向かって進み、扉を開くことによって「シャットダウン」するのだった。ここで物語は終了。

観劇し終わった直後は凄く難解な作品で整理出来るか自信がなかったが、上のようにストーリーを起こし直してみたら非常に作品のメッセージ性が一貫して伝わってきて、よく出来ている戯曲だと感じた。
この作品の主張は、不安というネガティブな感情を受け入れるという強さを持つこと。今まで人類は究極まで完璧を突き詰めようとしてきた。天変地異から逃れるために地球を捨てた、たった0.1%解明できない箇所があるという理由でAIを捨てた、その結果人間はカプセルに閉じ籠もりっぱなしの弱い存在になってしまった。それでも死というものはいずれやってくる。だからこそ、不安と共存しながら生きて奇跡を待とうという強さに至る過程が非常に描き方として上手いと思うし、コロナ禍でこのヴァーチャル空間と自粛生活が非常にリンクしていて凄く刺さる内容だった。
詳しいことは考察パートで記載するが、個人的には非常に良く出来た戯曲だと思っている。

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【世界観・演出】(※ネタバレあり)

SF作品だから舞台美術など凄く豪華なのかと思われるかもしれないが至ってシンプルだった。だが音響照明はがっつりSFっぽさ満載の演出。
舞台装置、照明、音響、その他演出の順番で見ていく。

まずは舞台装置から。ステージ全体がノンの部屋となっており、舞台中央手前にはノンの眠る、そして終盤でレイが治療を受ける白いベッドが置かれており、その奥には「シャットダウン」の扉が置かれている。扉は灰色で汚したような色合いになっており、開閉できる仕組みになっている。その両サイドにはデハケが存在する。
他に舞台装置は存在せずシンプルな作りだが、このシンプルさが逆に未来の空虚感を表現しているな感じがする。SFっぽさ繋がりで思い出されるのは、本筋とは関係ないがスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」の終盤のシーンで登場するシンプルな部屋であったり、クリストファー・ノーラン監督の「インターステラー」の終盤に登場する部屋であったり、人間が最終的に行きつく場所のような感覚がある。それらを想起させる作りになっている点が個人的には好きだった。

次に照明。印象に残っている照明演出は2箇所。
1箇所目は、中盤のシーンあたりでノンが明るい話(内容は忘れてしまった)をし始めた時、その会話内容に合わせて白色の照明が強く彼女に当てられていたシーンが好きだった。希望とも捉えられるような白だったので印象に残っているのだが、会話内容が思い出せない。
もう1箇所が、ノンが不安を感じているような発言をするたびに時間が巻き戻って同じ会話を繰り返すというシーンの緑色の照明。緑色の照明って個人的には物凄く2000年以前の古いSFを想起させる印象。そして非常に「危険」なオーラを漂わせてくれる。そういう意味では斬新ではあるもののシチュエーションとマッチした照明演出だったと思うし、凄く印象に残った。

そして音響、音響はSFっぽくて自分の好みにマッチしていた。
特に印象的だったのは、まずは開演する際の「ゴー」という地鳴りのような音。あれが徐々に聞こえてくる感じが上手く観客の期待感と興奮を煽っているような感じがして印象に残っている。
それと、途中の暗転時に使用された「ツーッツツー」というまるで宇宙空間にいるような音楽もSFらしくて好きだった。
一番印象に残ったのは、終盤のノンの叫び声が繰り返し流されていた効果音のような音だろうか。ヴァーチャル空間が制御不能になってしまった感じ。よい緊迫感が味わえた。

最後にその他の演出箇所について印象に残ったものを上げておく。
まずはエグジのキャラクターとしての使い方が非常に上手いと思った。あんなガタイがよくて厳ついおっさんなのに、ノンと同じ白いスリップを着て登場したり、パンツ一丁になって「パパ」と言ってレイに飛びついたり、ギャップを見せる演技が非常に面白かった。
それとエグジの持ち物で気になったのがポラロイドカメラ。未来人なのになんてレトロなアイテムを持っているんだと思ってしまうが、映画「ブレードランナー」でもそんなようなカメラが存在するので違和感は特になかった。むしろ時間を切り取るという象徴的な意味合いがそこにはあって、今作品のキーワードである「時間」という概念に対して良い味を出していたと思う。
レイが上手奥の客席からは見えない箇所で赤子を刺殺している音だけが聞こえてくるシーンが良い意味で怖かった。聴覚だけを使って想像を掻き立てる演出はベタだけど効果的で好き。

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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)

本当に今作に出演されている4人のキャスト全員演技のレベルが高くて素晴らしかった。4人が全員異なるキャラクター性を持っているキャストなので、その個性を活かした配役になっていたと思う。
4人全員に着目して見ていく。

まずは過去の人間イチを演じた劇団東京夜光所属の丸山港都さん。丸山さんの演技は、先述した「いとしの儚」以来2度目の演技拝見となる。「いとしの儚」では青鬼という人間ではない役だったので、あまり演技という観点では細かい部分は覚えていないのだが、今作を拝見して非常に不良っぽいやんちゃな役が似合う俳優さんなのだなと思った。
ちょっと顔つきが怖い印象を良い意味で与えていたと思うのだが、イチというキャラクターの背景設定として、AIには出来ない生き物を殺す仕事をしていたというが、その感じもなんとなく伝わってきた。
そして繊細で心の優しいAIレイとの対比が素晴らしくよくて良い人間とAIのコンビを醸し出していた。中盤こそはAIをバカだのと下に見下す感じだったが、終盤ではそのAI(レイ)を仲間として捉えて死に際には同情心を抱く姿は非常に心動かされた。

次に、未来からの見学者エグジ役を演じた劇団東京夜光の草野峻平さん。彼の演技も「いとしの儚」で観劇した以来の2回目の演技拝見となる。
容姿に加え陽気なキャラクター性を存分に発揮した役で非常に好演だったと思う。全然未来人ぽさを感じさせない所が良い。そして良い意味でこの4人の中で浮いていて好きだった。
世界観・演出でも書いたが、白いスリップを着て女装したり、パンツ一丁で赤子を演じたりと体を張った演技も非常に見応えがあった。劇中で唯一の笑いを授けてくれる存在、有り難かった。

そして個人的に今作のキャストの中で一番推したいと思ったのが、部屋の住人のノン役を演じた劇団東京夜光の笹本志穂さん。4人の中で一番アンドロイドっぽく人間離れしているように感じられるが実は人間。そういった役作りも、人間とAIの境界線の薄れというテーマを上手く再現したものとなっていて良かった。
凄く瞳が虚ろな感じも、髪型を極端にショートにしている感じも、白い服を身にまとっている感じも凄くアンドロイドっぽくて未来人らしさを感じる。序盤はなにやら小難しい話をペラペラとするなという印象だったが、イチやレイと打ち解けあってくると徐々に人間らしさを取り戻していく変わりようが上手く演技で表現されていて素晴らしかった。そこには、安全安心を求めすぎてずっとヴァーチャル空間に閉じ籠もり、外的刺激のない世界で暮らしてしまったが故の干からびた感情が、イチやレイという外的刺激を受けることによって人間らしさを取り戻して行く過程が上手く反映されている感じがして非常に好きだった。そこを肌で感じ取っただけでも非常に興奮できたくらい。
そして、最後に生き物を殺してしまったという恐怖の感情と不安が襲いかかってきて叫び始める。まさに人間らしさを取り戻していくような過程に見えてきて、不安や恐怖を感じることが絶対的に悪いことなのではなく、むしろ人間を構成するうちの要素の一つなのだと提示されているように感じられて好きだった。

最後に、過去のAIレイ役を務めた劇団短距離男道ミサイル所属の本田椋さん。誰もが4人の中で一番彼に愛着を抱くんじゃないかと思うのだがAI、そこがまた今作品のテーマとマッチしていて興味深い。
凄く優しそうで家族思いで誠実で、だからこそノンにセックスを求められて逃げ回るシーンには凄く可愛げと滑稽さを感じさせられる。
そして工作員姿が非常に似合う、イチとの対照的な性格とのコンビとしても非常にバランスが良くて、イチに若干従っている感じも人間とAIの力関係を暗に表現しているような感じがして良かった。

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【舞台の考察】(※ネタバレあり)

公演のリーフレットに記載されている川名さんのメッセージにもある通り、この作品はコロナ禍を通じて誕生したSF作品である。私自身はこの作品を観劇して、コロナ禍を題材として扱っていく上でSFというジャンルは凄く親和性が高いということを再認識出来た気がする。
考えてみれば当然かもしれない。世界中にウイルスが蔓延して、感染を防ぐために自粛生活を要請されるなんて2019年以前の僕らが考えたらディストピアでしかない。家に閉じこもって生活をする、そんな非日常的な生活はもはやSFの世界に近い。

自粛期間というものを体験して多くの人々が感じたことは、「時間の停滞」と「感情の枯渇」ではないだろうか。ずっと家に閉じ籠もっているとまるで生きた心地を失ったかのような感覚に陥ると同時に、外的刺激がないが故に時間が進んでいないような、というよりかはあっという間に時間が過ぎ去っていた感覚に自分自身は陥った。そして、そういった感覚がおそらく今作品のエッセンスとなっていると感じた。
先日拝見した劇団しあわせ学級崩壊の「終息点」も脚本家が自粛期間に感じた「時間の停滞」を題材にして作品作りをしている。今作でも、エグジによれば人間は皆カプセルの中で絶対的な安心・安全な空間で生活を始めてしまった結果、時間という概念がなくなったと言っていた。それは「時間の停滞」から発展して「時間の消滅」が起こっている。
このカプセルに閉じこもることによる時間概念の消滅は、コロナ禍によって僕らが自粛生活を経験したからこそ現実味の帯びてくるSF的描写で、リアリティと非リアリティを上手く繋げてくれる架け橋のようになっていて素晴らしい設定だと感じた。

↓しあわせ学級崩壊「終息点」


もう一つの「感情の枯渇」に関しては、園子温監督が手掛けたAmazon Prime Videoで配信中の「緊急事態宣言」の中の1エピソードである「孤独な19時」でも似たような描写が描かれている。
この作品もコロナ禍を意識したSF作品で、外出自粛が何十年も続くディストピアにおいて外の世界や人間を知らない一人の男性が、家の中で決まった時間に髭を剃って、決まった時間に同じご飯を食べるというAIのようなルーティン生活を送っているのだが、数十日に1回とか外出が許されるというルールがあって外に出て、その時に出会った女性に恋をしてからそのルーティンが狂ってしまい、次の外出許可日が待ちきれなくなってしまうという話である。
この作品には、自粛生活による「感情の枯渇」と、人と触れ合うことによる「感情の湧出」という、コロナ禍の自粛生活によって僕らが実際に体験した感情の動かされ方をベースにSF化することによって、リアリティと非リアリティの架け橋を作ってくれている。
そして今作品にもノンという人物を軸として、バーチャル空間という閉塞空間からくる「感情の枯渇」と、イチとレイと触れ合うことによる「感情の湧出」を組み込むことによって、SFを作品に現実味を持たせている気がしている。

↓Amazon Prime Video  園子温監督「孤独な19時」


そして一番今作において素晴らしいと感じた箇所は、そのようなコロナ禍で経験した「時間の停滞」と「感情の枯渇」というネガティブなエッセンスの解決策として、不安と立ち向かう強さが大事であると主張している点である。これは、ラストシーンのバーチャル空間を「シャットダウン」して外に出ることによって「奇跡」を待つということに対応する。
でもこの行動は、決してアフターコロナが訪れることはなく、コロナと共存するウィズコロナの中を生き続けなければいけない人類にとって必要不可欠なことなんじゃないかと思う。

人間は弱い生き物で、どうしても完璧を求めようとしてしまう。コロナを駆逐しようとロックダウンしたり緊急事態宣言を出すという行動も、その完璧さ、安心・安全を求めるあまり行った行動である。それは行き過ぎてしまえば、天変地異をなくすために地球を消してしまおう、シンギュラリティを越えてしまわないようにAIから感情を剥奪しようという流れに行きつくのかもしれない。
劇中で登場するAIと人間の辿る未来図が、この人間の完璧主義の行き過ぎを上手く体現していてよく出来ていると感じた。AIのことについてたった0.1%だけ解明出来ないことがあったというのがポイントである。その僅かな不明点によって、AIは人間の手によって駆逐されてしまった。そして不運にも、安全・安心であったバーチャル空間が、突然のAIの暴走、つまり人殺しをするはずがないAIのレイによる人殺しによって滅びてしまう。

不安を完璧に取り除くことなんて出来ない、取り除こうとした所で人間らしさを失って朽ち果てていくだけである。そうなるくらいなら、不安と共存するような外に向いた生き方をしようじゃないか、もしかしたらhappyなこと、即ち「奇跡」が起こるかもしれないよ。ウィズコロナを生きていかなければならない僕らにとって、こんなに響くメッセージ性はないと思う。
そんなメッセージをSF作品に載せて描ける川名さんは素晴らしい劇作家だと思うし、少なくとも私個人としては素晴らしい作品だったと思っている。

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【写真引用元】
劇団東京夜光Twitter
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↓東京夜光過去作品


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