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安心していただける日々のご飯が身体を守ることを伝えたい ー料理教室主宰 五味幹子さん【お仕事インタビュー #1】

好きなことを仕事にして個人でがんばる方々に、そのお仕事と今日までの歩み、そして未来について聞きます。1回目の今回は、お料理教室の先生にインタビュー。

「私の教室は生徒さんみんなで作っているんです。それが本当に好きで」。周りを包み込むような笑顔で話すのは、料理教室『ハレとケ』を主宰する五味幹子さん。「通ってくださる皆さんに家でも楽しく料理をしてほしいんです。家に帰ってからもできるように、レッスンではみんなで一緒に手を動かします。皆さんが後日談を聞かせてくださるのがとても嬉しいです」。

『ハレとケ』は幹子さんが自宅で開催する家庭料理の教室。「鯵三昧」「初夏のスペイン料理」「スパイス飯」など毎月1つのテーマを決め、4~6種類のレシピを考案。定員の5名で作るレッスンを月に8回ほど開いている。「よっぽど作ることが好きじゃない限り、料理って億劫じゃないですか」。だからこそ、幹子さんが教えるのは、簡単で美味しい家庭料理。そして体に優しいことも大切なポイントだ。「そうじゃないと続かないですよね」。

自宅でも作ってほしい、簡単・美味しい・体に優しい料理

幹子さんは30歳ころから長期間にわたり婦人科系の病気に悩まされていた。それまで食べものにはあまり気を遣ってこなかったが、病気をきっかけに、毎日の食事に意識を向け、体を整えることが大切だと思うようになったという。二度とあんな思いはしたくないし、誰にも経験してほしくない。その経験がもとになり、レッスンでは日本の季節の食材を使った、化学調味料に頼らない、体に優しいレシピを提案する。食べるものの体への影響を追究し、塩こうじなど自家製の発酵調味料を積極的に取り入れる。

さらに幹子さんは「生徒さんが家でもその料理を作れること」に徹底的にこだわる。キッチン設備や使う道具は人それぞれ。レッスンを楽しんで終わりではなく、その後生徒さんが家でも上手に作れるように丁寧にフォローする。例えばレッスンでスペアリブをオーブンで焼くとき。家にオーブンがない人には、「フライパンでゆっくり蒸し焼きに」など、できるだけ代替策を伝える。レシピの再現性を高めるには、生徒さんが失敗する原因を探しておくのが有効なのだそうだ。失敗する原因とそれを回避する方法を想定して伝えておく。

家で作ってほしいからこそ、生徒さんの後日談を聞けるのは嬉しいし貴重だ。「美味しくできました!」「家族が喜んでくれました!」という写真付きの報告メールは何より嬉しい。一方で、「上手くできなかったという連絡には申し訳ない気持ちになるけれど、失敗談からいろんなことを教えてもらっています」。成功したなら、何が良かったのか。失敗したなら、どんな道具でどのように作ったのかを聞き、解決策を考えて皆さんにシェアする。だから「私の教室はみんなで作っている」のだという。自分の知識や経験、生徒さんの体験談をフル活用して、誰かが困っていることを解決でき、喜んでもらえるのがこの仕事の醍醐味だ。

思いがけず歩み始めた先生の道

料理を教える仕事との出会いは偶然だった。約20年前、幹子さんは飲食店で調理の仕事をしていたが、手の腱鞘炎のため、その仕事を続けられなくなってしまった。その時たまたま目に入った料理講師募集の案内。自分が先生になるなど想像したこともなかったけれど、料理に関わる仕事を続けるためにと始めてみた。やってみるととても楽しく、より分かりやすい伝え方の工夫を常に考えるようになった。講師業の他にも、料理家のアシスタント、テレビ番組内の料理コーナーの調理スタッフ、企業向けのレシピ開発など、様々な面から料理に携わり経験を積んだ。その間に、自分の教室をもち自分が思う料理を伝えたい、そうすることで人の役に立ちたいという思いが募った。10年以上を経て、2014年3月、いよいよ『ハレとケ』を立ち上げることになる。

初月のメイン料理は「お箸で切れちゃうロールキャベツ」。化学調味料を一切使わず、コトコトと煮るだけで美味しくできるこのレシピは、自分が伝えたいことがつまっていると感じて選んだそうだ。初日、定員の4名(当時)で11時にレッスンはスタートした。必死だったのか、途中の様子はほとんど覚えていない。当日に備えて事前に繰り返し練習したのが功を奏し、大きなハプニングはなかった。それでも予定より20-30分長引いてしまった。調理が終わって試食の時間。生徒さんと一緒にテーブルを囲む。「みんなが美味しい!と言ってくれたのは良く覚えています」。4人を見送った後は、また来てくれるだろうかと不安を感じつつも、「もう全身脱力。終わった……って。すごい充実感と満足感」に包まれた。

人から人へとつながる美味しい幸せ

その日から9年半が経つ。初めのうちこそ4人の定員に対して1人しか申し込みのない日もあったが、今では申し込みは絶えず、キャンセル待ちも出るようになった。立ち上げ当初から通い続けるリピーターさん、これまでの仕事を通じて知り合った人、ウェブサイトやSNSで見つけて来る人。幹子さんの料理と想いに引き寄せられる人たちが、方々から集まってくる。友達を紹介してくれる人、親子で来る人もいる。人が人を呼び、『ハレとケ』は大きくなっていく。

「くり返し来ていた人が突然来なくなると寂しいし不安になることもあります。どうしてだろうと考えるけど分からない。それでも不思議と新しい方が来てくれるんです。ごまんとある料理教室からうちを選んでくれて。ありがたいです、本当に」。このインタビュー中、何度となく繰り返す「ありがたい」という言葉。通ってくる人たちだけでなく、関わってきた多くの人への感謝を忘れることはない。「ひとりで運営する教室だけど、私ひとりではできなかったんです。支えてくれる夫にもありがたいなって。試作段階の料理を何度も食べさせられ、感想を言わされて(笑)。でも協力してくれています」。

『ハレとケ』は来年10周年をむかえる。ハードな仕事ではあるが、体が動く限りは続けていたいと笑う。「だって、食べて美味しくて、元気でいられたら幸せだもんね」。

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五味幹子さん
東京都生まれ。横浜の自宅にて家庭料理教室『ハレとケ』を主宰。
高校卒業後、小笠原村父島にて約8年間スキューバダイビングのインストラクターを務める。その後料理の世界に入り、料理教室『ABC クッキングスタジオ』での講師兼講師トレーナー、調理器具ブランド『ル・クルーゼ』でのアドバイザー、料理研究家植松良枝氏のアシスタントなど、料理を軸に様々な仕事に従事。NHK『きょうの料理』へのレシピ採用経験あり。食生活アドバイザー、発酵食エキスパート、オイリスト等、取得資格は多数。

ウェブサイト https://www.haretoke53.com/
Instagram https://www.instagram.com/haretoke53/?hl=ja


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