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「いま」を謳歌して、素敵な思い出の1ページに【先生のための本棚-"文化祭"特集】

こんにちは!代ゼミ教育総研note、編集チームです。

秋はどの学校もイベント目白押しの季節ですが、中でも「文化祭」「学園祭」は特別なイベントの一つですよね。
今回の『先生のための本棚』では、そんな「文化祭」を特集。代ゼミきっての読書家Hさんに、「文化祭と言えば?」なオススメ本を紹介していただきました。


こんにちは。

涼やかな風が、街路樹の葉を1日ごとに秋色にぬりかえていくいい季節になりましたね。……とご挨拶したいところですが、年々夏の腰は重くなっているようです(この原稿を書いている今は、前日の最高気温をぬりかえていく猛暑真っ只中です)。

まもなく、多くの学校では文化祭が開催される時期ではないでしょうか。文化祭という言葉の響きには、いくつになってもわくわくさせる魔力がありますね。「〇〇祭」(〇〇には学校名とは異なる象徴的な言葉が入ることもあります)と銘打ったゲートに迎えられ、その学校のカラーに彩られた催しを見て歩く喜び。

ということで、今回ご紹介するのは、文化祭にちなんだ青春小説(アオハルではなく、せいしゅんと読んでほしい!)です。



『氷菓』米澤穂信(角川文庫)

〈古典部〉シリーズの文化祭三部作1作目にして著者のデビュー作です。

神山高校に入学した 折木 奉太郎(おれき ほうたろう)は、姉の勧め(命令?)で古典部に入ります。古典部は3年連続入部者なし、現在部員ゼロ。今年入部者がいなければ消滅します。姉は古典部のOG。「姉の青春の場、古典部を守りなさい」という手前勝手に義理を立てる必要はないのですが、奉太郎も特にやりたいことがあるわけではありません。省エネ人間の彼のモットーは、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」。籍を置くだけで活動する必要がないのなら、部室はプライベートスペースとなってほしいままにできる。
しかし、夕暮れ迫る地学講義室(古典部部室)のドアを開いた瞬間、そんな思惑は脆くも潰えます。「一身上の都合」で古典部に入部した隣のクラスの女子、千反田 える(ちたんだ える)がいたからです。
続けて、奉太郎とは腐れ縁の 福部 里志(ふくべ さとし)、小学校以来9年間同じクラスだった 伊原 摩耶花(いばら まやか)も古典部に入ることとなり、活動目的不明瞭なまま新生古典部はスタートします。

奉太郎とえるが初対面の時、奉太郎はいつの間にか密室になっていた教室の謎を解きます。その後も強烈な好奇心に突き動かされ現在を掘り下げようとするえるは、「わたし、気になります」と、奉太郎に日常に潜む謎の解明を迫ります。本来面倒くさがり屋の奉太郎ですが、えるの迫力に圧倒されて重い腰を上げ、たびたび謎を解き明かすことになります。

また、活動目的が不明だった古典部は、部長であるえるの提案で、10月の文化祭で販売する文集作成に動き出します。顧問の先生によれば古典部の文集は30年以上の伝統があるそうですが、かつてどのような文集が作られていたのか現部員の誰も知りません。そこでバックナンバーを探しに図書室に行きますが見当たりません。司書の先生に訊いてみても、古典部の文集はない、との答えです。

折しも、海外を放浪中の姉から奉太郎に手紙が届きます。
古典部は毎年文化祭で文集を出していたけど、作り方が分からないんじゃないかな。バックナンバーは図書室にはないから、部室の薬品金庫の中を探しなさい――。
タイムリーな情報です。奉太郎たちは数年前まで古典部の部室だった、現在は壁新聞部の部室となっている生物講義室に向かいます。壁新聞部の部長とひと悶着の末(ここでも奉太郎の観察眼の鋭さと推理が冴えます)、バックナンバーを手に入れます。
そして、ここからが本書のメインテーマ、核心に踏み込んでいきます。

折に触れ、奉太郎の推理力を目の当たりにしたえるは、長年心にわだかまっていたことの解明を奉太郎に頼んでいました。

えるには7年前から行方不明になっている伯父がいました。伯父はどんな質問にも必ず答えてくれる人でした。幼稚園児だったえるは、伯父が『コテンブ』だったと聞き、その話をいろいろしてもらっていました。
ある日、えるは『コテンブ』にまつわるなにかを伯父に尋ねましたが、いつもなんでもすぐに教えてくれる伯父が、その時だけは返事を嫌がりました。駄々をこねるえるに根負けした伯父は、散々渋ったうえで問いに答えてくれました。その答えを聞いたえるは大泣きしました。恐ろしかったのか悲しかったのか、その内容は憶えていません。大泣きする自分を伯父があやしてくれなかったことがショックだったからです。
中学生になる頃には、伯父はなぜ答えを渋ったのか、なぜあやしてくれなかったのか気になり出しました。そして、あの時なにを聞いたのか思い出したいと切実に思うようになりました。
それが、えるが古典部に入部した「一身上の都合」でした。

ようやく入手した文集のタイトルは『氷菓』。古典部の文集にしては奇妙な名称です。えるは気づきます。『氷菓 第二号』。あの日、えるはこれを伯父に見せ、これはなにかと尋ねたのです。序文には伯父のことが書いてあります。

「今年もまた文化祭がやってきた。関谷先輩(伯父:筆者注)が去ってからもう、一年になる。(中略)十年後、誰があの静かな闘士、優しい英雄のことを憶えているだろうか。最後の日、先輩が命名していったこの『氷菓』は残っているのだろうか」

33年前、伯父になにがあったのか。第二号に「去年のこと」と書いてあるので、伯父の身に起こったことが創刊号に記されているはずだ。ところが、バックナンバーには創刊号だけ欠けていました。
奉太郎たちはいろいろな資料を当たり、33年前になにがあったのか調べます。そして、なんらかの事実が判明したら、今年の古典部文集の記事として取り上げるという文化祭に向けた目標もできました。

果たして33年前の真実とは? 
『氷菓』に秘められた想いとは? 
あの日、えるは伯父からなにを聞いたのか?

この作品の時代設定は2000年代初頭なので、その33年前といえば、現在からすると半世紀前になります。当時の風潮といいますか、高校生気質といいますか、“時代”を感じることもできる小説です。
そして、文集に『氷菓』と名付けた伯父さんの想いは目頭をじんわりと熱くさせました。と同時に、エスプリがきいているね。こういう託し方、嫌いじゃありませんよ、伯父さん。と声をかけたくなりました。

 📕 ・ 📕 ・  📕

本編とは直接関係ありませんが、著者は「あとがき」の中で、あるエピソードを取り上げて謎かけをしています。その真相は文化祭三部作の3作目のストーリーにさりげなく書かれています。

あっ、あのネタの答えがこれか! と気づいて、思わずにやりとしてしまいます。こういう遊び心が楽しめるのも、シリーズものの醍醐味ですね。

 

『愚者のエンドロール』米澤穂信(角川文庫)

〈古典部〉シリーズの文化祭三部作2作目です。

夏休み終盤、古典部の折木奉太郎、千反田える、福部里志、伊原摩耶花は部室である地学講義室に集合していました。古典部の文集『氷菓』を文化祭に出品するにあたり、全体のデザイン等を相談するためです。打ち合わせが終わると、えるは文化祭に参加する2年F組制作のビデオ映画の試写会に部員を誘います。2年F組の先輩 入須 冬実(いりす ふゆみ)から、試写を観て感想を聞かせてほしいと頼まれていたのです。

 * * *

映画のジャンルはミステリー。タイトルは未定。2年F組の有志6名は、文化祭の展示のため、かつて鉱山のあった廃村を取材することにしました。山奥の廃村に到着した6人は、廃墟と化した劇場を手分けして調べます。しかし、いつまでたってもひとりの男子生徒が戻って来ません。5人で探しに行くと、舞台袖に彼の死体が! 殺人事件の発生です。現場の不可能状況に驚愕する生徒たち――。

 * * *

映像はここまででした。

冬実は撮影が途中までになった経緯と、古典部メンバーに試写を観てもらった理由を説明します。

技術を持たない者に役割を振ったひずみが致命傷になった。
2年F組の体育会系の生徒たちは文化祭に参加すべく、ミステリー映画を作ることに決めた。しかし、脚本を書ける者がいない。そこで、漫画を少し描いたことがあるということだけで、本郷 真由(ほんごう まゆ)に1時間のビデオ映画の脚本が託された。彼女はミステリーというジャンルに全く触れたことがない状態から途中まで脚本を書きあげた。だが、これから解決編を書くというところで力尽きて倒れた。神経性の胃炎。鬱状態。この先の無理強いはできない。一方、ロケ地が特殊なだけに、撮影は夏休みの間しかできないにもかかわらず、犯人はもとより、どんなトリックを使ったのか誰も真由から聞いていない。映画を完成させるためには真由がどんな解決編を用意していたのかを解き明かす探偵役が必要だ。古典部、特に奉太郎に期待したい。えるを通して、“『氷菓』事件”での奉太郎の冴えた活躍を聞いていたから――。

前のめりの古典部メンバーとは対照的に、奉太郎は2年F組のプロジェクトに責任を負うことを嫌い、安請け合いしません。すると冬実は折衷案を提示します。2年F組にも探偵役志願者がいる。彼らの話を聞いて採否に参考意見を述べるオブザーバーを務めてくれないかと。奉太郎は渋々引き受けます。

奉太郎たちは2年F組の映画制作に携わった3人に話を聞きに行きます。クセ強めのキャラに辟易しながらも、みんな映画を完成させたいという思いが本物であることは伝わってきます。それぞれ自分が推理するストーリー展開を披露しますが、トリックが成立しなかったり矛盾が生じたりして、真由の真意をついているとは思われません。

奉太郎がひとりのところに冬実が現れます。3人の案は全て採れないと奉太郎から聞いた冬実は、思った通りだと言います。彼らの誰にも期待していなかったと。そして改めて奉太郎を口説きます。あの映画の正解を見つけてほしい。それができるのは君をおいて他にいない。君の技術は特別だ。何の力もない普通人だという自己評価は誤っている――。それらの言葉が、奉太郎の心を揺さぶります。

自己肯定感を高めた奉太郎の導き出した答えは?

 🎬 ・ 🎬 ・ 🎬

どうして××××……なの? という不自然さ、不可解さが付きまとう筋運びなのですが、実はそのもやもやこそが核心に迫る鍵だったのかと、一本取られた感じです。

もう一段奥に隠された真相が明かされた時、快く騙された!というカタルシスを得られました。
この感じ、好きです。
ぜひ、読んで体感してください。

 

『クドリャフカの順番』米澤穂信(角川文庫)

〈古典部〉シリーズの文化祭三部作3作目です。

神山高校は文科系の部活動が活発で、その活動が頂点に達するのは文化祭です。準備に1日、実行に3日を使う高校はなかなかないでしょう。

古典部は文集の出品・販売で文化祭に参加します。文集の名称は『氷菓』。原稿は部員全員で書き、編集や印刷所とのやり取りは伊原摩耶花が引き受けました。そして『氷菓』は完成しました。ただ、素晴らしい出来栄えなのですが、大きな問題があります。事前打ち合わせでは30部を発行する予定だったのですが、手違いで200部刷り上がってきたのです。1部でも多く売り捌かねばなりません。目立つ所に新しく売り場を作ることと、古典部の名前を宣伝することが大前提です。

三部作の中で、本書は群像劇として最も際立っています。前2作では奉太郎の視点で物語が進行していましたが、本書は古典部4人それぞれの視点で書かれたパートが交互に出てきて、想いや悩みが詳しく語られます。

部長の千反田えるは、文化祭初日、総務委員長に売り場拡張の交渉をします。当然、古典部だけ特別扱いはできないと許可されません。そこで次の方法を考えます。文化祭期間中、2時間に1本号外を出す壁新聞部に注目し、『氷菓』を取り上げてもらおうとします。また、他の部活の売り場に『氷菓』を置かせてもらう委託販売の交渉に臨みます。

どんなことでも楽しんでしまう福部里志は、文化祭のあちこちで開催されるコンテストや競技会に古典部の名前で出場して好成績を収め、部の知名度を上げようと意気込みます。クイズ研究会主催のクイズトライアル、お料理研究会の料理バトルに参戦し、楽しみつつ古典部の文集をPRします。

漫画研究会にも籍を置く伊原摩耶花は、『氷菓』の部数手違いに責任を感じながらも、漫研の文集の売り子になっているために、『氷菓』の販売に専念できません。それどころか、漫画に対する考え方で先輩と衝突してしまいます。昨年、神山高校の文化祭で買った同人漫画を見せることで先輩を納得させられるはずと思った摩耶花は、明日、その漫画を持ってくると約束するのですが……。

折木奉太郎の生活信条は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」。特別棟の辺境地といてもいい古典部部室の地学講義室で『氷菓』の売り子としてのんびりしていたのですが、例によってえるの「わたし、気になります」の一言から事件に巻き込まれることになります。

 *

文化祭のさなか、奇妙な事件が進行していました。いくつかの部で盗難事件が起きていたのです。囲碁部では碁石、占い研究会では一枚のタロットカード、お料理研究会ではおたまがいつの間にかなくなっているといった具合です。そして現場に残された犯行声明めいたメモには『十文字』という署名が。

この情報を得たえるたちは、暇を持て余しているであろう奉太郎の待つ地学講義室に向かいます。そして里志は提案します。この連続盗難事件の犯人『十文字』の正体を奉太郎が暴き、それを壁新聞部と放送部に売り込んで古典部を宣伝する。その効果で『氷菓』も売れる、と。
渋る奉太郎ですが、結局は乗り出すことに。詳しい話を聞いた奉太郎は、ある法則性に気づきます。次のターゲットと考えられる部に張りこむ里志。『十文字』は果たして現れるのか……?

❓ ・ ❓ ・ ❓

本書は、前述したように古典部メンバーそれぞれの内面が主観的に描かれ、読み応えある作品になっています。えるが意外と心が強い一方、人への接し方の不器用さに苦悩していたり、一見お気楽そうな里志も他者への強い羨望と己への諦めの間で揺れ動いていたり、摩耶花の好きなものに抱く熱い想いだったり――。個性にスポットライトが当てられ、シリーズものならではの今後の広がりに期待をもたせる佳作でもあります。
 
三部作のうちでミステリー色の一番濃いのが本書です。『十文字』とは一体誰なのか。なぜ盗みを繰り返すのか。事件とは無関係のサイドストーリーのように見えて実は……これ以上は言えません!

また、わらしべ長者の話を彷彿とさせる壊れた万年筆から始まる“わらしべプロトコル”も……ストーリーの中に巧く機能させています、さすが、米澤先生! そして古典部最大の悩み、刷り過ぎた『氷菓』をどう売り捌くのかまでの流れは見事な着地です。

散りばめられた多くの要素がラストに向かって収斂されていく爽快感をお楽しみください。
 
3作品とも、現在の高校生なら「スマホを使えばいいじゃん」と言いたくなる場面も多々あるかと思いますが、2000年代初頭では、高校生の携帯電話(いわゆるガラケー)の所有率も高くはなかったかもしれません。それでもストーリーの展開に古さを感じさせないのは、時代を超えた“文化祭マジック” なのかもしれませんね。

『秋の花』北村薫(創元推理文庫)

文化祭つながりでもうひとつ取り上げたのが(ボーナストラック?)、北村薫先生の〈円紫さんと私〉シリーズ3作目にして初長編「秋の花」です。

主人公である女子大生〈私〉の出身高校で文化祭準備中に起きた女子高生の転落死。親友を喪った利恵は抜け殻のように憔悴していきます。ふたりの先輩である〈私〉のもとに舞い込んだ「政治経済」の教科書の不可解なコピー。後輩の死の謎を追う〈私〉に〈円紫さん〉が示した真相とは? 

著者の北村薫先生は、公立高校の教員時代に覆面作家としてデビューしました。デビュー作は〈円紫さんと私〉シリーズの第一短編集「空飛ぶ馬」です。〈私〉の周りで起きる「日常の謎」を、ひょんなことから知り合った噺家の〈円紫さん〉が解き明かしていく物語です。

北村薫先生は「日常の謎」(殺人事件が起きないミステリー)というジャンルのパイオニアです。「こういう推理小説も成立するんだ」と触発され、「日常の謎」を描く作家が次々と登場しました。
〈古典部〉シリーズの米澤穂信先生も、北村薫先生の作品に感化されて作家を目指すようになりました。

――今のくだりを読んで、おやっ、と思われた方いらっしゃいませんか。

【代ゼミと考える読解力#1】で触れた「読む」ということ。あのエッセイを思い出して、なるほどね、と肯いている方もいらっしゃるかもしれませんね。気になった方は、そちらもぜひご一読ください。


クラスや部活がひとつになって盛り上がる文化祭。
学生時代の1ページを彩る素敵な想い出。
その記憶が「たからもの」になっている方もいるかもしれませんね。
文化祭当日や後夜祭ももちろんですが、仲間と力を合わせて作り上げていく準備の過程が楽しかったりするものですよね。
ご紹介した作品を読んで、先生方には青春のあの日々の記憶にひと時浸っていただけたら、現役の生徒さんには彼らに負けないくらい「いま」を謳歌してもらえたらと願ってやみません。

機会があったらまたお会いしましょう。

 


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