YMOのおかげでオカンと久しぶりに話せた
・ごあいさつ
こんにちは!よよと申します。
関西在住、30代共働きパパです。
暇つぶしにぜひ〜(´∀`*)
・YMO
大学のとき、20歳頃かなぁ。。。
彼女の家にいたり、友達の家にいたり、実家にいたり、大学にいたり、コンビニのレジに立ってたり、実家にいたり、サークルでサッカーしてたり、木屋町で飲んでたり、実家にいたり。。。
とにかく生活がてんやわんやしてた。
*
実家にいても、家族との会話はあまりなかった。
というか、家族から距離を置かれていた。
我ながらアホな大学生やった。
今この瞬間、20年前にタイムスリップして、その時の自分に会って「大学時代、もっと勉強もしとけ。深夜のアルバイトはやめとけ。ちゃんと就活せえ。そして、何より彼女や友達、家族、周りの人をもっと大事にしとけ」と今のボクが必死で説教しても、当時のアホポンタンなボクは聞く耳を持たないだろう。
*
そんな時分のお話。
日付が変わるか変わらないかの時間に実家のリビングでライブ映像を見ていた。
YMOのライブ。
テレビで。
WOWOWで。
YMOは、ほぼ初見だった。「Rydeen」だけかろうじて聞いたことがあったが、他の曲は知らない。
この時期の僕は、ピコピコした音楽にハマっていた。MP3の小さなディスプレイには、中田ヤスタカのCAPSULEがよく表示された。中田ヤスタカの源流は、YMOらしい。Wikipediaがそう言っていた。
*
ビールを飲みながら、ソファでダラダラとライブを見ていると後ろからオカン登場。オカンは、深夜まで針仕事をしていた。「あんたなにしてんの?早よ寝えや」とチクッと言われるのかと思ったが、違った。
「なに見てんの?えー!YMOやん〜!懐かし〜!」ときた。
「・・・え、なに。おかん好きなん?」
「昔、好きやったー。20から25くらいの頃〜。エレクトーンで練習したな〜。多分、YMOの楽譜あるで。ちょ待っとき」
そういうとオカンは、リビングから少し離脱。
再登場のオカンの手にはYMOの楽譜。
ペラペラとページを捲りながら、思い出にふけっていた。
「ほら!ん!」
「ほんまや。これ弾いてたんや」
「難しかったけど、練習したわ〜」
「ふ〜ん。。。」
その後、2、3曲、一緒に見た。
曲は「BEHIND THE MASK」「千のナイフ」だったような気がする。
・・・なんやろう。
久しぶりにおかんと喋った気がした。
YMOのおかげでちょっとした家族の時間過ごせた。
オカンがYMO好きってことも嬉しかった。
***
昨日、寝る前。
ぱっと見たyahooニュース。
そこで訃報を知りました。
思わず「えっ?!」と驚きが漏れた。
深夜にもかかわらず、オカンにLINEを入れる。
すぐに既読がついた。
すぐに返事がきた。
「71歳なんやな」とだけ書かれていた。
・こぼれ話 〜で、今朝〜
ボクの仕事場(会社)は、実家なのでオカンとは毎日のように会う。今朝、オカンに「YMOの楽譜持ってたよな〜」と話を振ってみた。するとYMOの「BEHIND THE MASK」を口ずさみながら、ご陽気に踊り始めた。そして、初めて聞く昔話をしてくれた。
オカンが社会人になりたての頃、仲間内でバンドを組んで大会に出たこと。優勝して、本選に出たこと。ピラピラの派手な衣装を着て目立ったことを楽しそうに話してくれた。
オカンとは、普段からよく喋る。けど、最近は、娘や仕事の話が大半。そういう意味で、今日みたいに無邪気な話は、久々にしたような気がした。
・最後にYMOたくさん
ライブで聴いた曲だけ。
全部好き。
*
最後に坂本龍一の言葉を。
「芸術は長く、人生は短し」
ご冥福をお祈りします。
これからも音楽聴きます。
・おわりのことば
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