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おれの一座【戯曲/脚本】


「君にはこういう作品を書いてほしくない」
それがこの☝作品。
初めてそう言われた後、冷静になって書き直したのがこちらの作品です。
かなり星新一さんの作品をそのまま吸収して吐き出しているだけの作品。
恩師はこういうのを求めていたようです。
この時、人に依頼されたものを書くことの難しさを覚えました。



人物座長 
       
団員い
団員ろ(女)
団員は
団員に(リエ)
その他団員たち(ダンサー含む)



幕が上がると、舞台は暗いまま。何人もの団員が各々動いている。
遊覧船の乗客に扮した団員たちは着飾った衣装を纏っている。煌びやかな雰囲気と和やかな雰囲気が織り交ざっている。否、織り交ざってなくてはいけない。

徐々に照明が少しだけ明るくなり、舞台上がギリギリ見えるくらいの明るさになる。
絶えず動いている団員たちは言葉などは一切発しない。無音の世界。ただ己の身体だけで思うままに芝居を作っている。
そこに革靴の音が響く。上手から座長が登場。舞台の面を通って登場する彼に合わせて、舞台の面だけ明るくなる。
舞台下手面まで行ったところで彼は立ち止まる。その瞬間、後ろで芝居をしていた団員たちの動きが止まる。


座長   観客が席についたのをみきわめ、おれは今日の出演者たちに合図をした。幕が上がり、照明がしだいにはっきりしてくる。
     今日の第一幕は田園風景。簡単に風景を説明するとこうだ。遠くに雪の残る山脈、白い雲の浮いた空。近くには、そうだな、果樹園や畑。農家、花、澄んだ小川にそった道。
     都会生活をしている観客にとってたまにはこんな情景もいいだろう。
     どれもこれもおれが神経をすみずみまで行き渡らせ、細部に至るまで点検したものだ。
     …そんなにまでしたって、観客の方は観終わって1時間…いや30分もすればこの苦心の成果もすっかり忘れてしまうだろう…。


座長、下手から再び面を通って上手にむかう。動きながら自分の想いを吐露する。


座長   しかし、だからといって、いいかげんな演出は許されない。凝り性であるという、おれの性格のためなのだ。時々、なにもそうまでしなくてもと、自分でも思う。しかし、やはりいい加減なことをする気にはなれない。
     また、この一座をひきい、脚本を作り、演出者でもあるということが、おれをそうさせるのかもしれない。


そこまで言って、再び下手に移動し始める。


座長   第二景は眺めのいい山の上。
     第三景はがらりと変わって海の上の遊覧船。ちゃちなものではなく、大きくて美しい船だ。甲板の上には着飾った乗客に扮した役者たちを大ぜい並べ、料理や酒もそろえた。楽しさに溢れた空気を作る。それから船長に扮した役者があいさつに回る…


座長が台詞を言い終わるか終らないかのタイミングで突然汽笛の音。その音と同時に動き出す団員達、同時に薄暗かった舞台上すべてに明かりがつく。

座長、驚きあわてたように正面(観客側)を見上げる。


座長   待っ…!!

座長、客を引き留めようと手を伸ばすが、既に観客は帰ってしまった様子。
怒りや虚しさが溢れ、その場で少しの間立ちつくす。しかしその怒りのベクトルはすぐさま団員たちに向けられる。

座長   誰だ!?汽笛を鳴らしやがったやつは…こんなこと…台本にはない…
団員い  はい…申し訳ありません…

団員たちはお互いの顔を見合わせたり、俯いたりしてる。少しの間、沈黙。
おどおどと前に出てくる気の弱そうな団員が一人。
座長は団員いを殴り、怒鳴りつける。

座長   こんのうすのろめ…!!貴様はとんでもないことをしてくれた。せっかくここまで無事に進行したっていうのに…おれの無念さを考えてみろ…!
団員い  お許しください…!自分でもなぜあんなことをしてしまったのか…
座長   謝ってすむと思っているのか!?


    座長、団員いを含む団員たちに当たり散らす。何人かの団員は座長から逃げるように舞台奥にはけていく。

座長    しかし…観客も観客だ。たかが汽笛ぐらいで帰るなんて…。
      もう少しいてくれれば面白い展開になったというのに。遊覧船のそばに原子力潜水艦が突然、かつ自然に浮上するはずだったんだ。せっかくのそれらの用意が無駄になってしまった。

座長が指を鳴らすと舞台下手奥の照明が消える。


座長    …よし。明日は最初からどぎつくやるぞ。今日の方針は観客のお気に召さなかったようだ。
昼間の精神的疲労を察して静かな部分を導入したことが、汽笛の失敗を大きくしてしまったと言えるだろう。
明日は、うんと刺激的にしてやるぞ…!
団員い   …といいますと…?
座長    そうだな…。
      まず、殺人の場面を出そう。そうだ、殺される役はお前がやれ。
団員い   え…!
座長    なんだ。不満でもあるのか。
団員    い…いえ…
座長    座長である俺の命令は
団員たち  絶対。
座長    それがいやなら
団員たち  出ていけ。


団員たち団員いを取り囲む。その恐怖からか、凄みからか、団員いは何度もうなずいて床に座り込む。
団員たち、各々舞台奥に走り去る。取り残される団員い。
照明薄暗くなる。


座長   おれがこの一座を作ってから、さぁ、一体どれくらいになるだろうか。三十年ちょっとぐらいだろうか。
…回想すると、最初の頃は楽なものだった。


座長、舞台上をゆっくりと歩きはじめる。


座長   狼や兎といった程度のモノを出して、適当に動かしておけばそれでなんとかなった。そして観客も喜んでくれた。
だが…そんな調子でずっと通用するわけはない。観客だって目が肥えてくる。観客の好みがわかるにつれて、小道具のひとつひとつまで、そいつの好みに統一しなければならなくなった…。
それに一座の人員は増える一方なのだ。おれにとってはにがにがしい傾向なのだが、拒否することもできない。みなにまんべんなく出演の機会を与えなければならないのだ……


舞台上手ツラに辿りついた座長は一度ゆっくり深呼吸をして感情を抑えようとする。
が、抑えることのできないモノが彼の身体を震わし、そして纏わりつく。


座長   …なぜ…なぜ、こうも熱心にやらねばならぬのか…。この疑問が周期的におれを襲ってくる。
     しかし、考えたところでいつも結論は出ないのだ。
     …これが宿命というものなのだろう。


座長、上手から舞台上に座り込んでいる団員いにむかって走る。そしてその胸倉を掴みあげる。


座長   おれは時々、我慢しきれなくなり、席まで飛び出して観客をぶっ殺してやりたくなる…!
     しかし、もちろんそんなことは出来ない…。そうなったらおれたちだって生きてはいられないからだ。
     おのれを無にして、あくまで観客に尽くすのが、おれ達一座の者のつとめなのだ…。
     …さあ、お前の出番だ。


座長が団員いを舞台のセンターに押し出すと、その瞬間暗転。
少しの間。
静かに靴音。観客が席に着いたようだ。
それから徐々に明転。青が基調の薄暗い雰囲気の舞台上。
団員いが舞台センターツラに膝立ちをしている。
その後ろから団員ろ(女)がゆっくりと迫る。彼女の姿は美しく、ツーピースの服を着ている。気品が溢れる彼女は、バイオリンのケースを持っている。
舞台下手ツラに座長が静かに登場。


座長   うすのろはきがつかぬ素振りで、ぼんやりと歩いて行った。そこへ女が静かに迫る…不安と緊張に満ちた音楽でも流した方がいいんじゃないかと思う人があるかもしれない。しかし、おれはそんなことはしない。音楽を使わないのがおれの方針なのだ。
     音楽どころか、台詞すら使わない・言葉なしで、すべての意志が通じる。それこそ演技の最高ではないか。
     …しかしまぁ、そんなことはどうでもいい。自作を褒めるなどというのは、いいことではないのだ。


座長、正面を見上げる。
女はバイオリンケースの中からナイフを取り出し、団員いを後ろから刺す。
刃は深く突き刺さる。団員いは無言で倒れる。
観客の呻き声がわずかに聞こえる。
満足そうな座長。満面の笑みを浮かべる。

女は後ろから何度も団員いを突き刺し、少しだけ笑う。へんに凄みのある安っぽい笑いでも、スリラー・コメディのような面白がる笑いでもない。
抽象的であり、かつ、実感のある笑いではくてならない。


座長   よし…よし…いいぞ…!


女はそのまま立ち上がり、服のボタンに手をかける。


座長   舞台の空白に時間をかけすぎてはいけない。今日はスピーディな展開が大事なのだ。
     変な筋だと思う人があるかもしれない。そういわれればそうなのだが、ストーリーより迫真さというのが、おれの一座の主義なのだ。
     (女の方をむいて)恥ずかしそうな態度を少しでも出してはいけない。これもおれの演出だ。安っぽいヌードショーとはちがうのだ。色っぽさとか、いやらしさを絶対に出すな。抽象的で、しかも実感ある女体を出現させるのだ。


座長の言葉通り、抽象的な女体を演じる団員ろ。そのまま舞台ツラまで歩み寄り、観客の方に手を伸ばす。

座長   美しい女、優雅な曲線、気品のある動作…さすがおれの一座のスター。
     これでお客もお気に召してもらえるだろう…


そう言った瞬間、舞台上のあかりが一気に変わる。
驚いたように声をあげる団員ろ。


団員ろ  どうゆうことよ!!!(服を元に戻しながら)
     観客が帰っていったわ!!なんて勝手なのよ!!
座長   …どこが、どこが気に入らなかったっていうんだ…。(頭を抱えながら)
団員ろ  (団員いの死体をひきづりながらはけていく)信じられないわ…!!
座長   …。(観客席を呆然と見つめながら)今日こそは…今日こそはと意気込み、刺激と美の交錯の上に、自信をもってここまで進行してきたというのに…。
     おれたち一座はあなたの専属なのだ。観客はいつも貴方ひとり。貴方ひとりの専属なのだ。三十代の男であるあなたのために、幼いころからずっとつきっきりだった…。他の人に演じて見せたことなど、一回もない。一回もだ。これからだってそのつもりでいるというのに。
     …あなたはいつもそうだ。これからクライマックスだというのに、予告も無く、目を醒まして帰って行ってしまうとは…


座長、舞台上を歩きだす。


座長   もっとも、おれ自身も反省しなくてはいけない。さっきの殺人場面がいけなかったのかもしれない。観客の彼はその恐怖で呻き声をあげてくれた。そこまではいいのだが、その声が大きすぎた、といえないこともない。
     …演出の至らなさだ。呻き声を上げない限度に、恐怖を抑えるべきなのだろう…


再び照明が薄暗くなる。早歩きの靴音が響く。


座長   …どうやら彼が戻ってきたらしい。(観客席をみつめて)…あたりをきょろきょろ見回している。さっき魅力的な場面の途中で目が覚めたので、その続きを観たいらしい感じだ。
     …しかし、そうものごと、うまくゆくものではない。(指を鳴らす。舞台上手のツラが完全に暗くなる)
     さっきの女優はもう休ませてしまったし、今更出てくれとも言いづらい。おれだって気分をそがれて、命令する気にもならない。舞台装置だって片づけてしまった。
     (座り込む)…さて、どうしたものか。
団員は  もしもし。
座長   誰だ。


舞台上手ツラ、暗闇から団員は が登場。
老人だがしっかりとした足取りで座長のそばまで行く。


団員は  私は五年前に死んだあいつの父親です。
座長   …仕方ない。すまないが、あなた、適当にやってくれないか。
団員は  私が、ですか?
座長   さっきのつづきとしてはそぐわないが…ほかに手がないんだ。まぁ、頼むよ。
団員は  はあ…まぁ、座長さんの命令となれば…

団員は、再び闇の中に消えていく。
少しの間の後、舞台上は均一に、薄暗い雰囲気になる。何人かの団員たちが下手から現れ、舞台上にちらばり下を向いたままストップモーション。


座長  おれの一座のなかには、たくさんの座員がいる。(止まっている団員のひとりに近づき頭を持ち上げる。団員はされるがまま。座長の手が離されると再び下を向く)彼の学生時代の友人たちもいるし、(同じように他の団員の頭をつかんで持ち上げる)先生もいる。
    インディアンもいれば、騎兵隊も。それから彼の初恋の女性も。
    彼の嫌っている上役も。頭の上がらない知人も。有名な映画スターだって何人もいるのだ。それらをまんべんなく登場させる。このほうに頭を使うから、台本のほうに手が回せないのかもしれないな…
    はぁ…何もかも、うまくいかないものだ…もしかして…(観客席のほうを見上げ)おれは演出家にむいていないのかも、しれないな……
……ん…?


座長、一人の団員の前で足を止める。他の団員は静かに上手、下手に分かれてはけていく。


座長   君はさっきの…
団員は  はい、あいつの
座長   五年前に死んだという父親だったな。先ほどは助かった。ありがとう。
団員は  いえ。これが私の仕事ですからね。
     いやぁしかし、五年も経つといろいろと変わるものですね。
座長   …というと?
団員は  いやなに、大したことではありませんから(他の者に続き奥にはけようとする)
座長   (その腕を掴み)なんだ、気になるじゃないか。
団員は  いやいや。忙しい座長さんのお邪魔をしてはいけませんから(腕をやんわりほどこうとする)
座長   (団員はをセンターまで引っ張っていく)いや、構わない。
     ちょうど話し相手がほしかったところだ。最近どうもうまくいかない。きっと己の中に鬱憤を溜めこみすぎなのかもしれない。どうだ、少し話をしないか。
団員は  (観念したように)はぁ、まぁ私でよければ、…お力になるとは思えませんがね

二人は舞台中央に座りこむ。


座長   さっき言っていたろう。
団員は  はい?
座長   五年も経てばどう、とか…
団員は  ああ、はい。(笑う)
     こんなこと言うのも恥ずかしいのですが、我が息子ながら立派に成長してくれたなと…なんだかしみじみしてしまいましてね。
座長   ほぅ…。
団員は  昔、あいつがまだ小さかったときなんて、いつも母親の後ろに隠れているような、そんなやつでね。母親から引き離されるとわんわんわんわん泣くんですよ。近所でも有名な泣き虫坊主でね。
     それから何年も、何十年も経って…立派な会社に就職するんだ、なんて意気込んでいながらも、なかなかチャンスに巡り合わず苦労していた時期がありましたよ。そんな姿をいつも見てました。何度も挫折を繰り返してきましたが、でも、ようやく自分が望んでいた結果を得られたらしい。
     いまじゃ立派な二児の父親ですからね…いやすみませんね、いつの間にあんなに逞しくなったのか…(笑う)
座長   (つられて少しだけ笑う)おれは、見落としていたのかもしれない。客が本当に望んでいることを…これじゃ本当に、この一座の座長失格だな。
     すまないが、もう少しだけあの人について教えてはくれないか?今後のおれたちの演劇のために、何か役に立つことがあるかもしれない。
団員は  そう、だなぁ…(考える)
座長   (期待のまなざし)
団員は   うーん…
座長    どんな些細なことでも構わないんだが…
団員は   ううーん…
座長    何が好きだったか、とか、何をしたら喜んでいたか、とか、そんなことで構わない!
団員は   ……あぁ、そういえば、昔から汽車が好きだったな…!
座長    汽車?
団員は   はい。汽車、というか鉄道関係のものに夢中でしてね。よく一緒に汽車を見に出かけたものですよ。小さい頃に買ってやった汽車の模型を今でも…今でもと言っても私が最後に見たのは五年前ですがね(笑う)大事そうに部屋に置いていましたよ。
座長    汽車か…!そうか、海に浮かぶ遊覧船やそんな類のものより山の中を颯爽と駆け抜ける古びた汽車のが好みだったんだな…

座長が指を鳴らすと照明が切りかわり、明るい雰囲気に。
その合図とともに、快活な団員たち、最初のシーンで遊覧船の乗客に扮した団員たちが登場する。彼らは煌びやかな衣装を脱ぎ捨て、地味だが落ち着いた衣装へと変わる。彼らもどこか楽しそうに舞台上を動き回り始める。


座長   (満足げに)それから…?
団員は   そうですね…旅行も好きでしたね。もちろん汽車でのね…!
      幼いころ、大きな荷物を背負って、遠い親戚の家に一人で汽車に乗って出掛けていくのが好きだった。今でも…今でもと言っても、…(笑う)
      一人で旅行するのが好きらしく、よく田舎の駅に遊びに行った写真を送ってきたっけなぁ…
      舞台上手から駅員(車掌)に扮した団員が登場。その後ろからも旅行者を装った団員たちが数名登場。


座長   (思わず喜びで動きや声が大きくなる。彼自身は気づいていない)
     そうか・・・、そうか!!あぁ、どうしてもっとはやくあなたに助けを求めなかったのか…!!今までの鬱憤が嘘のようだ!!身体が、心が軽いぞ…!!
団員は  (笑う。それから舞台奥にはけていく)
座長    よし…今日こそ、今日こそ……
      …いや、でもまだ。まだ何か足りない…。


座長、動き回っていた団員の中に若い女性を見つけ、声をかける。女性は白いブラウスに赤いスカート。 長い黒髪が印象的な清楚そうな雰囲気が漂っている。


座長   見ない顔だ…
     そこのきみ、いつきた。名前は何だ。
団員に  私、リエっていうの。はじめまして、座長さん。
座長   きみは(観客席のほうを見上げ)彼とどんな関係が?
団員に  私はあの人とはじめてお付き合いした、大学の同級生よ。
座長   完璧だ!彼ははじめての恋人と大好きな汽車に乗ってどこまでも遠くに出掛けて行く…田舎の静かな風景を楽しみながら、どこまでも…どこまでも…これこそおれが望んでいた、最高の舞台だ!
団員に  私が出演していいの?
座長   もちろんだ!今晩の主役は君だ!
団員に  主役!嬉しいわ!こんなことって…まるで、(笑う)夢、みたいだわ
座長   はははははははっ!!)夢か、夢、そうだな…夢…。(観客席を見上げ笑う)
     おれは、これからもずっと演出を続けていくぞ…!


照明、徐々に暗くなっていく


座長   まもなく彼がやってきそうだ。ひとつ腕によりをかけて、ロマンに溢れた、リアルな旅行記を見せてあげるとしようか…―


暗転

                               ー幕ー





参考
星新一「おれの一座」
劇中台詞お借りしました。







素敵なサムネイル画像、お借りしました。
https://www.pixiv.net/artworks/51026556




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