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白庭ヨウと

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今の私を作った素敵な人々事々について書きました。かなり私的な記事なので気になった方のみご覧ください。
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気をつけて帰れな。ん。

気をつけて帰れな。ん。

前置き 実家から家に帰るとき、祖父が言う。あぐらを組んで背中をまん丸にして、ちょっと微笑んで。

「気をつけて帰れな。ん」

 セリフはいつも同じ。それに私が応えて何か言ったってもうほとんど聞こえていない。私の声が通らなくって小さいからというのもあるけれど。でもそれでいい。私も祖父からそれ以上の返事は期待していない。一言で、伝えたいことは十分私の中に響いてくるから。

生き抜いてきた人 祖父はちょ

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そのレスキューは再出動が織り込み済み

そのレスキューは再出動が織り込み済み

前置き 山や海で遭難した人々は一度救出されれば二度と同じ失敗は繰り返さない。死にかける経験なんてほとんどの人はまっぴらごめんだ。
 だが、心は違うらしい。そのレスキューは一度の救出で出番を終えることがほとんどない。再出動、再々出動、それ以上だって当然のように必要だ。破片まで拾えないからなのか、レスキュー隊に恋をしてしまうからなのか、落ちた瞬間に閃く快感のせいなのか、それともそれ以外か。
 私が落ち

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井の中の蛙大海へ

井の中の蛙大海へ

前置き どう生きていくのか、それは数え切れぬほどたくさんあるけれど、私はそのほとんどを知らなかった。今もその無知から完全に抜け出しきれていないが、無知だと知れたことは私の人生の大きな転換点だと言って間違いない。ソクラテスの問答は今なお有効に外、そして内への扉を開いてくれる。

天才 彼のことは蔵氏と呼ぼう。彼は自らを「天才」と呼んではばからない。そしてそれは嘘ではなくましてや強がりでもない。一種お

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愛はそこにあるのかもしれない

愛はそこにあるのかもしれない

前置き 生きていくうえで大切な繋がりというものがあると思う。家族、恋人、親友、同僚、同じ趣味を持つ仲間……。私にとってその繋がりの一つに家族以外の人間がいることはかけがえのないことである。その一人を紹介したい。

R・H 彼はたぶん頭があまり良くない。しばしば彼とメッセージアプリで言葉をやり取りするのだが誤字脱字は当たり前、たまには何を書いているのかこちらから質問しなくてはならない。非常に手間がか

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嘘から出た真

嘘から出た真

前置き つい数日前の3月31日、私の恩師の一人であるT先生が定年退職した。教員として働いた年月は30年を超えるという。私が生まれる前から一つの仕事に取り組んできたということに驚き感心してしまう。しかも教育という最も変化と多彩な世界の中で、である。その月日と関わってきた数多くの生徒のうちほんの一人に過ぎない私、僭越ながら感謝しお疲れさまでしたと申し上げたい。

T先生 女性としては高身長で、大きな目

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等式をこぼれるもの

等式をこぼれるもの

前置き SNSに友人と楽しそうに写る彼女を見て、楽しそうだなと思うときと私は彼女にいろいろと背負わせてしまったのかもしれないなと思うときがある。大抵前者は私自身が好調なとき、後者は不調を感じているときである気がする。

 つまり私は自分の不調を彼女に対する負い目へと変換することで補足可能な問題へ落とし込み、そして「妹を慮る」善良な存在として再起を図ろうとしているのである、と今更ながら気づいた。そこ

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恩送り

恩送り

 父のいない私にはそれを補うように大人の人々との関わりが多かった。私はだから自分の人生を語るとき、家族だけを取り上げるのでは到底足りず、もっと先へ手を広げ網を手繰らなければならない。今日は私の恩師の一人を紹介したい。ここでは彼の名を“高山”と呼ぶことにする。

高山さん 高山さんは私が小学校、中学校に通っていたときのランニングクラブのコーチである。当時中学校には陸上部がなかったので部活終了後に近く

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“アダチさん”はいつも

“アダチさん”はいつも

まえがき 直近の二回を私の両親の紹介に費やしたので、今回は少し私と距離を置いて書いていこうと思う。これは私の職場で名物となっているお客さんのある一日の記録である。

“アダチさん” 通称“アダチさん”(本名は当然知らない)は70に入ったかどうかという年齢の男性である。薄緑色をした作業服にフード付きの上着をいつも着ている。上着は羽毛入りをうたったふんわりしたタイプではなく、薄いポリ生地の間に綿を詰め

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バケモノの“母”

バケモノの“母”

 私の町で私の母のことを知らない人間は少ない(と思う)。母は誰かと尋ねられ私が答えると大抵「ああ、〇〇ちゃんの」と笑いかけてくれることが多いからだ。(もちろんこれはオウム返しが可能で、そうでも言わないと気まずくなるからかもしれない。田舎で気まずい雰囲気を作るのはご法度だ。狭いコミュニティで暮らしていくには角を立てないことが肝要なのだ)

 特段偉業を成し遂げたわけでもない母が少しばかり有名なのは恐

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元父が遺したもの

元父が遺したもの

前置き アーティストと呼ばれる人々は一般的にミステリアスであった方が良いと言われる。私もそれには賛成で、彼らには私たちと違う世界で生きていてほしい。炊事洗濯は魔法的に、行きつけのバーとかがあったりして「ぐるなび」で検索なんてもってのほか、病院に行って医者の指示をぺこぺこ頭下げながら聞いているなんて考えたくもない。
 (かなり個人的な要望が多かったが)ともかくアーティストは謎めいていることでその非現

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