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この気持ちが溶けてなくなるまで

君の名は 苗字にさんをつけて呼ぶ
ほのかな想い 悟られぬよう  麻


どんなことがあっても気付かれてはならない恋がある。心の中だけに秘めて絶対に外には出さないよう、気持ちと言葉を厳しく管理し、顔色にでないようにして、態度にでないようにして日常を生きる。

どれだけ親しくなろうとも、呼び名を変えてはならない。どんなことがあっても、この距離を変えてはならない。一気に堰が切れて、気持ちがあふれてしまうから。


中年だってまるで中学生のような恋に落ちることはある。経験が増えた分、これが何かは分かっている。あの頃と変わらない心のざわつきがこの気持ちが何なのかを教えてくれる。その手触りを忘れてはいないが守るべきものが増えた分、より純情が増したとさえ言える。


そうだ。普通のおじさんには守らなければならないものが、簡単には捨てることができない大切なものがあるのだ。一部の芸能人や政治家(だけじゃないようですが)みたいにほいほいと家庭があるくせに新しい恋などできはしない。身勝手な行いが、相手を含めて自分を取り巻くたくさんの人を傷つけてしまうことを知っているから。後で謝ればいいと思っているのか、その代償を理解できないのか分からないが、家族とともに真剣に生きるおじさんにはそんな自由な恋愛はできないのである。

それでも恋には落ちる。絶対に実らせてはならない果実と分かっていても花は咲く。そして不意に訪れた気持ちに戸惑い、うろたえる。いい歳をしてと笑われそうだがそんなものだ。だから想いを秘める練習は何度も繰り返してきた。密かな恋情は毛布にくるむようにして温め続ける。温度を逃がさぬよう、声が漏れぬよう、幾重にもくるんで。

いつかこの気持ちが溶けてなくなってしまうまで。

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