(詩) 「ヴァレンシア」
薄い初秋の陽光を
銀の流砂があらい
水平線が途絶えた
群れ飛ぶ鷗が光を纏って
空中に三角をつくり
巨大な落日 沸き立つ雲
海岸線をおごそかに
縫い止めながら
消滅した
潮風と波間のずれに
ハーディガーディが軋み
飛沫をあげてゆらめく
ふたつの男女の影が
折り重なっては
やがて沈んだ
1960年代の記憶
古典と退廃
色彩と幻覚
戦争と漂泊
弦楽器の通奏低音
散りゆく波紋の内側に
失くした扉の鍵を探す
持っていたもの
閉じてきたもの
隠し続けたもの
棄て去ったもの
今ふとそれに気づいたように
後ろめたさを打ち消しながら
平和の祈願 戦争の悲惨
文化の暗礁 漂泊の想念
揺りかごのように揺曳しては
また滲む
ただ幼い記憶であったように
ただ儚い夢想であったように
旋律は海辺の砂粒になり
時代の断層の隙間で
風に晒され
照り翳る
悔恨の苦い余韻をそこに封じて
風のあわいに今も揺曳している
揺りかごのように