アメリカン自作自演SHOW:ジュシー・スモレット編
フェイク・ザ・ヘイト
ヘイトクライムという言葉をよく目にするようになった。黒人への歴史的・構造的差別は言うに及ばず、コロナが原因とされるアジア系蔑視やLGBTへの嫌悪など、米国にはヘイトが蔓延しており、マイノリティは日常的に脅迫行為や直接的な暴力に怯えているのだと大手リベラルメディアは力説する。
しかしヘイト・クライム研究の第一人者であるケンタッキー大学のウィルフレッド・ライリー(Wilfred Reilly)教授は懐疑的だ。教授は、メディアを賑わせた憎悪犯罪の殆どがフェイクであり、俗に言われる「増加説」は2017年のFBIによる報告書が原因と主張する。
このレポートによれば2016年と比べ2017年にはヘイトクライムの件数が15%上昇したとあり、メディアやリベラルはそのシナリオに飛びついた。けれどもこの数字の裏には、2017年にヘイトクライムを管轄の警察署がFBIに報告することが奨励され、結果として約千ヶ所の警察機関が申告したという経緯があるため、ライリー教授は「かなり不誠実な数字だ」とする。
また教授は2019年に出版した名著”Hate Crime Hoax” 執筆に際し、過去5年間にメディアの注目を集めた409件のヘイトクライムを調査したのだが、「主要な事件はほぼ全てが虚偽・自作自演であった」という。「デマと判明した憎悪犯罪の数は、実際のところ有罪と認定された数を上回っている。世間の関心を引いたヘイトクライムの大半は起こっていないのだ。」
ジュシー・スモレットによる自作自演騒動は、そんなアメリカのフェイク・クライムの中でも一際目立つ。米人気ドラマ「Empire 成功の代償」に出演中の黒人俳優でありゲイを公表していたジュシー・スモレットが、憎悪犯罪の被害をでっち上げた容疑で逮捕されたのは2019年2月21日のこと。保釈金を支払い、一貫して無実を主張してきたスモレットだったが、つい最近、2021年12月9日に有罪評決を受けた。
MAGA白人がゲイの黒人俳優をリンチ…?
事の起こりは2019年1月29日のシカゴ。米人気ドラマ「Empire 成功の代償」の撮影に訪れていたスモレットは、午前2時ごろ、ダウンタウンで2人の男に襲われる。
彼らはスモレットに黒人の蔑称であるNワードやゲイへの侮蔑語Fワードを投げつけ、得体の知れない液体を浴びせ、さらにはスモレットの首に紐をかけた。男たちはまた、「ここはMAGAの国だ!」とトランプ支持者を匂わせるようなことも口走ったという。
さらには事件の1週間前、1月22日には「Empire 成功の代償」製作会社であるFOXスタジオに脅迫状も届いていた。
ジュシー・スモレット宛のそのレターには、崩し字で「MAGA」、「YOU WILL DIE BLACK F[A]G」と綴られた雑誌の切り抜き文字と、首に縄をかけられた棒人形にピストルの銃口が向けられたイラストが添えられていた。
このおぞましく野蛮極まりないニュースは瞬く間に全米を駆け巡った。
アリアナ・グランデやジョン・レジェンド、そしてジョージ・タケイなどのスターたちは口々にスモレットへの賛同を示し、彼の容態を気遣った。「虫唾が走る!なんて世の中なの!」とアリアナは憤慨し、ヴィオラ・ディヴィスは「これだからLGBTQの存在が認められるよう戦い続け、ヘイトから守ってあげなければ!」と嘆いた。
またMSNBCのジョイ・リードらリベラルメディア関係者、そしてジョー・バイデン、カマラ・ハリス、バーニー・サンダース、AOCなど民主党議員らも続々声明を発表した。
ジョイ・リードは「首吊り紐は未だに使われる象徴」と指摘し、ハリスやコリー・ブッカー民主党議員も「黒人リンチの現代版」と憤った。
ちなみに当時大統領であったドナルド・トランプは事件から2日後に記者から質問を受け、「言えるのは酷い、ってことだ。そうあるもんじゃない(That I can tell you is horrible. It doesn't get worse)」と答えており、ニュアンスに慎重さが窺える。
数々の疑問点
しかしスモレットに対する同情と社会への怒りを叫ぶリベラル達を余所に、当初からスモレットのストーリーに対し懐疑的な声は多かった。
事件のあった1月29日早朝から捜査を開始していたシカゴ警察は、翌30日に「ダウンタウンを歩くスモレットの映像含め数百時間分の監視カメラ映像を確認したが暴行の現場は見つけられていない。また参考人として聴取したい2名の人物がいる」と発表している。
そして事件からわずか2日後の1月31日までにはネットのあちこちで疑問の声が噴き上がっていた。不審な点はいくつもあった;
これだけ不審な点を指摘されれば、当初はスモレットに同情した人たちも少しは冷静になると思いきや、そうではない。事件は彼の自作自演ということが後に決定的になるわけだが、彼を擁護したリベラル勢はもう引き返せないのである。
「白人至上主義が蔓延するアメリカではMAGA帽子を被った保守派のレイシストが首吊り紐を片手に悠然と通りを闊歩、手当たり次第に善良な黒人を見つけてはリンチする。黒人ゲイのジュシー・スモレット暴行事件が何よりの証拠である」というナラティヴはもう形を作っており、これを叩き壊すことは社会正義に反するのだ。
したがって彼らは一丸となりストーリーに肉付け作業を始める。
悲劇のヒーロー
ここからスモレットの逮捕に至るまでひと月足らずなのだが、その経緯を駆け足で辿ってみよう。
事件後すぐの2月2日、スモレットはウェストハリウッドでのコンサートで声を震わせながらスピーチをしている。
「まだ完全に立ち直れてはいないが、あいつらを勝たせるわけにはいかないので出演を決行した」と気丈に振る舞い、駆けつけた群衆は割れんばかりの拍手でスモレットを励ました。
また2月13日に公開されたABCのインタビューでは、事件の一部始終を改めて説明し、涙ながらに15分以上に渡って憎悪犯罪への怒りをあらわにした。
自分は反撃し、暴行犯を追い払ったとスモレットは述べた。そして「一部」で疑いの声が上がっていることへの苛立ちはあるが、それでも戦い続けると力強く語った。「自分を襲撃した犯人が非白人なら、ここまで疑いの目を向けられることもなかっただろう」と暗に大衆が人種バイアスを持ち、白人特権に加担していると非難もしている。
彼の独白に真実味を感じたかどうかは個人差があるだろうが、インタビュアーは特に彼を詰問することもなかったし、スタジオ内は彼を擁護した。スモレットの心情に寄り添い、ナラティヴを壊すような質問は極力避けた。
これは他の多くのメディア媒体にも言えることである。ちなみに自作自演が確定した現在、このインタビュー動画は「スモレットのキャリアで最高の演技」と揶揄されている。
ともかく、あのヘイトクライムの夜以降、B級スターの知名度は爆発的に上がり、メディア露出も増え、各界の著名人や政治家などの後ろ盾も得たわけである。スティーヴ・ハーヴィからエリオット・ペイジまで、TVスターたちは次々「悲劇の英雄スモレット」について語った。
しかし2月15日、事件は新たな展開を見せる。
逮捕された2人組はスモレットと懇意の、しかも1人は性的関係すらあったナイジェリア人兄弟であり、さらに「Empire 成功の代償」にエキストラとして出演していた。
兄弟が警察に提出した携帯記録によれば、事件が起きる前までスモレットと彼らの間には頻繁な通話記録があった。また、兄弟は事件前に行った襲撃のリハーサルや協力の報酬についても供述。
ただし実際にスモレットに怪我はさせておらず、スモレットの頬についたかすり傷については関与を否定した。兄弟は起訴陪審に出廷、2月20日にスモレット自身も治安びん乱罪で起訴され、翌21日に出頭、逮捕、保釈となったのである。
真の特権階級は誰だ?
さて2月21日に事件からひと月足らずで逮捕・保釈されたスモレットがその後どうなったか、引き続き時系列を追う。
特筆すべきなのは事件からおよそ2ヶ月後、2019年3月26日にキム・フォックス検事長及びクック郡検事局が、スモレットが社会奉仕活動を行うことと引き換えに、すべての起訴を取り下げると決定したことだ。スモレットの狂言に対する証拠は山ほどあり、共犯の兄弟の証言も得られていたにもかかわらずである。
背景にあるのは恵まれた家の出身であり、芸能人でもあるスモレットの身分だ。
彼のキャリアは子役としてスタートし、複数いる兄弟姉妹も俳優である。
市民権活動家の母親に影響を受け、若い頃からリベラルな政治運動にも熱心で、地元の政治家であるカマラ・ハリスやマキシン・ウォータースと懇意であった他、バラック・オバマ一家とも深い親交があった。オバマが大統領であったときにも幾度となくホワイトハウスを訪れている上に、大学イベントでミシェル・オバマとセッションを披露するなどしている。
スモレットの不起訴処分は、彼の自作自演騒動に多額の捜査費用と大勢の捜査員を費やしたシカゴ警察を激怒させ、当時のシカゴ市長ラーム・エマニュエルも「正義の白紙化だ」と厳しく批判した。
キム・フォックス検事長とスモレット家の繋がりは当初から取り沙汰されており、2月19日の時点で彼女は直接の関与を避けるとしていた。しかしこの不適切なスモレットへの寛大措置を追及するために任命された特別捜査官ダン・ウェブにより、その内情が明らかにされる。
特別捜査官ダン・ウェブの報告書によると、スモレット家と懇意であったミシェル・オバマ元大統領夫人の元補佐官であるティナ・テンチェンがキム・フォックス検事長に口添えをするという、裁量権の濫用があった。しかしながら彼女らや検事局関係者が刑事責任を問われるには至らなかった。
そうして不起訴となったスモレットと弁護団は「無実が認められた」と勝鬨をあげたが、シカゴ警察は正義への執念を貫き、2020年2月11日、再びスモレットの起訴に漕ぎ着ける。事件から一年が経っていた。
ちなみにキム・フォックスもジョージ・ソロスの多額資金援助を受けて当選した革新派極左検事のひとりである。凶悪犯罪者をリベラルな恩赦で街に放ち、サンフランシスコの治安を壊滅的にしたとしてリコールが叫ばれているチェサ・ブディーン地方検事のシカゴ版と考えてよい。
2020年のシカゴトリビューン紙によると、フォックスは前任者よりも高い確率で、殺人などの重犯罪の告発を含む重罪事件を取り下げている。フォックスがクック郡検事長に就任してからの3年間で、彼女の局は29.9%の重罪被告人の告発をすべて取り下げた。前任者のアニータ・アルバレスは19.4%だった。
そして2021年現在、現シカゴ市長の革新派極左ローリー・ライトフットの統治下で、シカゴの治安はかつてないほど悪化している。彼女もまたジョージ・ソロスと思想を同じくし、彼のオープン・ソサエティ財団による巨額の資金をシカゴに流入させている。このあたりの話はまた別の機会に。
それにしてもスモレットのように「白人は特権階級・黒人は搾取される被害者」と図式化し、構造的差別の存在を訴えるリベラル勢には、どうしてこうもアッパークラスの有色人種が多いのか。
オバマ夫妻、カマラ・ハリス、ティナ・テンチェン、キム・フォックス、そして彼の家族と彼自身…スモレットを取り巻く人々は、「アメリカで有色人種が不当に差別されることなく成功している」何よりの証拠である。スモレットはその地位のおかげで、一時的とはいえ不起訴処分すら勝ち得たのだ。
そして有罪評決へ
現在に至るまで一貫して(有罪評決後も!)自身の無罪を主張してきたジュシー・スモレット。起訴取り下げ・特別捜査・再起訴のゴタゴタに加えコロナウィルスの影響もあり、裁判の日が設定されたのは2021年11月29日。事件から2年近くが経っていた。
事件当初の話題性はすっかり消えていた。スモレットの支持者たちはともかく、普通の人にとって彼の自作自演はずっと以前から明らかだったので、さっさと結審してくれという空気がネットにはあった。
さらに米国民は1週間ほど前までカイル・リッテンハウス裁判に夢中だったし、なにより1年以上続いた全米暴動の結果、大衆はBLMら活動家やメディアが連呼する「可哀想な黒人」ストーリーに少し猜疑心を持ち始めていて、そして疲弊していた。既にジュシー・スモレットは、無数にあるミームのひとつになってしまったのだ。
11月29日、冒頭陳述でスモレットの弁護団は改めて被告の無罪を強調した。「彼は被害者である」と。そして12月6日にスモレットは証言台に立った。
被告人が自己弁護のために証言台に立つことは稀で、戦術としては諸刃の剣と言われる。
カイル・リッテンハウスが証言台に立ったときも世間はどよめき固唾を飲んで見守ったが、彼の場合は「ありのままの自分を晒すことで、メディアによって悪魔化されたイメージを払拭する」という明確な目的があり、結果的に功を奏した。
スモレットは、兄弟に手渡した小切手は「トレーニング代」と用途欄に記入してあったとおりで、事件とは無関係とした。また警察への連絡や捜査協力を躊躇ったのは、プライバシーの問題や役者としてのイメージを気にしたためと主張した。また彼が負った怪我は本物であると主張した。
そして12月4日、クック郡の陪審員は9時間の審議の後で、スモレットに対する虚偽申告罪など6件の重罪不法行為のうち5件に有罪評決を下した。それぞれの罪状には最高3年の懲役が科せられるが、重罪の前科がないことから保護観察処分になる可能性が高いと見られている。
自作自演の終幕
不思議なことに、著名な黒人が裁かれる場に必ずやってくるアル・シャープトンの姿はどこにもなく、同じく黒人人権活動家のジェシー・ジャクソンのコメントは聞かれず、あれだけスモレットを擁護していたMSNBCのジョイ・リードは自番組で評決結果に触れもしなかった。
元サンフランシスコ検事でカリフォルニア司法長官も務めた経験があり、スモレットと懇意のカマラ・ハリスは、「現代の黒人リンチ」と自ら評していた事件の裁判結果について記者に尋ねられ、しどろもどろになった。有罪評決が出ているにも関わらず「あはは…事実はまだ出揃ってるところだから…」とトンチンカンな返答。
今でもスモレットを公に支持しているのはBlack Lives Matterくらいだろう。恥ずかしいほど単純な思考だが、彼らの中では黒人は絶対的に正しく警察は徹底的に悪なので、スモレットは不当裁判の被害者であり警察は証拠をでっち上げる嘘つきなのである。
保守派論客のベン・シャピーロは、評決を待ってましたとばかりに風刺ジョークを投稿、ネット中の笑いを誘った。「今夜ジュシー・スモレットはようやく安心して眠りにつける。彼を襲撃した奴は裁かれたのだから。」
「誰が何を言ったか、メディアはどう報道したか」をつぶさに観察、あらゆる情報を精査しまとめる「スレッド神」ことドリュー・ホールデンは、早速スレッドを投下し、スモレットに踊らされた人物や忖度したメディアを晒した。「彼らを笑い飛ばすのは簡単だが、人々がメディアや民主党の手先を信用しない理由はここにある。」
穏健な正統派リベラル、元民主党の良心とも呼ばれるタルシ・ギャバードも厳しい批判を寄せた。「人種のせいで暴行されたと嘘を付くのは、実際の差別偏見の被害者に唾を吐きかける行為。スモレットは米国民に謝罪すべきだし、これから同じような真似をする輩が出てこないようにきっちり司法に裁かれて欲しい。」
中でも保守派論客のマット・ウォルシュは極めて核心を突いた。「ジュシー・スモレットの自作自演は白人に対するヘイトクライムとして、相応の罪で裁かれるべきだ。彼は意図的に白人への憎悪や敵意を巻き起こしたんだから。」
ウォルシュの意見はもっともである。スモレットのしでかしたことは、現実に存在する差別や憎悪犯罪の被害者をコケにする愚行であり、同時に白人に対しての風評被害であった。そして公民権運動の血と汗と涙の末に今のよりひらけた社会を築いてくれた偉大なる先人への冒涜でもある。
有罪判決の日、ウィルフレッド・ライリー教授はバリ・ウェイス(Bari Weiss)のポッドキャスト「Honestly」に出演し、ジュシー・スモレットをはじめとする幾多のでっちあげヘイトクライムについて対談していた。
そこでバリが、こういった自作自演が増えると実際にある差別問題や憎悪犯罪が矮小化される懸念があるが、と教授に意見を求めた。
すると教授は、「ぶっちゃけた言い方だけど」と前置きした上で、「数の上ではだいぶ少なくなった人種差別に基づく犯罪行為よりも、架空のヘイトストーリーを演出してまで人種間の分断を煽ろうとする空気の方が、はるかに深刻な社会問題だと思う」と述べた。
長年スモレットが関わってきた現代リベラル的な政治活動やウォーク(woke)な運動の数々、そしてトランプへの罵詈雑言や保守への嫌悪で埋まった彼自身のデジタル履歴。
ステレオタイプな「白人至上主義者が無辜の黒人をリンチ」というナラティヴを彼は演出した。あの凍てつく深夜2時のシカゴで、彼は富も地位も自由もあるバイレイシャルのゲイ俳優ジュシー・スモレット本人ではなく、「差別を受け、抑圧され、レイシストに狙われ、恐怖に怯える可哀想な黒人」の役になりきった。そして今もなお「憎悪犯罪が蔓延する野蛮な国アメリカで、不当な判決に負けずに無実を訴え続ける勇敢な黒人」を演じている。
ここで止めることはできない。今になって脚本を変更するのは社会正義の書き換え行為だ。彼の周囲も許してはくれないだろう。The show MUST go on.
まだ幕は下ろせない。
2022年3月11日追記:
3月10日、ジュシー・スモレットに禁錮150日と約14万5千ドルの罰金が言い渡された。
(Encore) アメリカの自作自演ヘイトクライムは興味深い事件が多いので、これからもシリーズ化して紹介していければと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。
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