ライフルと少年〜カイル・リッテンハウス事件の全て〜(2):ジェイコブ・ブレイク
カイル・リッテンハウスの運命を大きく狂わせたケノーシャ暴動のきっかけはジェイコブ・ブレイク銃撃事件だった。ジョージ・フロイド事件や、次いで6月に起きアトランタでの大規模暴動に繋がったレイシャード・ブルックス銃撃事件と同様に、「黒人男性が白人警官からの職務質問に抵抗し制圧され…」というもので、掘り起こすと長い前科が出てくるところも彼らと共通している。幸い、ジェイコブ・ブレイクは下半身麻痺の後遺症は残ったものの一命を取り留めた。
2021年10月10日付でアップデートされたThe Wall Street Journal紙による記事を参照すると;ジェイコブ・ブレイクの事件は2020年8月23日午後5時過ぎ、ブレイクの元恋人である女性から「子供達の父親である男(ブレイク)が、わたしのレンタカーの鍵を奪った。支離滅裂な言動をしている。接近禁止令が出ているのにここにやって来た」という通報を受け、警察官達が現場に急行したことから始まった。駆けつけた警官達がブレイクの令状を調べたところ、銃刀法違反や警察官への抵抗や暴力などの前科に加え、不法侵入、同女性への性的暴行、その他2件の暴行容疑があった。ケノーシャ郡地方検事のマイケル・グレイブリー氏によると、重罪の令状があるため警察官はブレイク氏を逮捕せざるを得なかったという。
検察官によれば、現場に到着した警官達はブレイクと簡単に話をしたが、ブレイクは躱すように立ち去ろうとした。彼らは逃げ出したブレイクと揉み合いになり、取り押えをすり抜けようとしたブレイクにスタンガンを試みるも効き目がなかった。
そして続くショッキングなシーンが収められた傍観者による動画(下)がネットで大きく拡散され、既に各地で燃えていた全米暴動の炎はケノーシャの街を包むことになる。
動画では、ジェイコブ・ブレイクが車の後ろで警察官達と格闘した後、銃を構えた彼らに追われながら正面に回り込む。警察官がブレイクに「ナイフを捨てろ」と何度も命令しているのが聞こえるが、ブレイクが刃物を持っているかどうかは映像でははっきりしない。その後、ブレイクが運転席のドアを開けて車に乗り込もうとすると、白人警官のラステン・シェスキー巡査がジェイコブ・ブレイクのタンクトップを掴み、背中に向けて複数回発砲する様子が映っている。
映像は一気に拡散され、メディアもセンセーショナルな報道を開始した。すぐに地元ケノーシャではBLMやANTIFAら極左集団が蜂起。大勢の市民も集まり、ブレイクに発砲した警官の逮捕を求めて抗議の声を上げた。こうしてケノーシャ暴動が始まったのである。緊急事態による夜間外出禁止令にも関わらず23日の夜には暴徒が街を破壊し、24日の昼には平和なデモが半壊した通りを闊歩、そして日が沈めば再び暴動と略奪。当初は政治的な空気を考慮して及び腰であり、暴徒の制圧に際し「過度の暴力的な鎮圧は避けるよう」警察に指示していたトニー・エバーズ州知事(民主党)も、様変りした街並みを見てケノーシャに州兵を派遣した。そして8月25日の夜には若干17歳のカイル・リッテンハウスの事件が起こる。
ジョージ・フロイドやレイシャード・ブルックスの事件から既に集団ヒステリーを起こしていた群衆は、マタドールのマントに突進する牛のような勢いでウィスコンシンへと向かった。当時を振り返ると、暴徒達もネットの向こうで暴動を眺める見物客も、メディアという闘牛士がひらりひらりと操るショッキングなヘッドラインに異様なほど興奮していた。トランプ政権下でかつてないほどセンセーショナリズムに傾倒した米国メディアだが、完全にジャーナリズムの精神を捨てたのはこの全米暴動の時ではないかと思う。大手マスコミや著名人達が口裏を合わせたように「白人至上主義」「黒人虐殺」などと繰り返し、民主党議員達も「ストリートを占拠せよ」「沈黙は暴力」と暴徒達を煽った。誤報や歪曲報道が乱れ飛び、それらはどれも事実以上に人々の怒りを増長させる内容に仕立てられていた。
この不自然さ、違和感については、"Media, politicians got key facts of Jacob Blake shooting wrong — helped cause riots(メディアと政治家はジェイコブ・ブレイク襲撃事件の重要な事実を取り違えた—そして結果的に暴動を助長した)"と当時の様子を総括した2021年1月21日付のNew York Post紙を翻訳して引用する:
全くこの通りである。まず動画がTwitter、Instagram、Facebookなどで拡散されるやいなや、下の画像のような投稿がそこかしこで注目を集めた。
人気俳優のアイシャ・タイラーによるドラマチックなツイートだが、完全な誤情報。「ジェイコブ・ブレイクは喧嘩の仲裁をしていた。丸腰だった。警察が到着したので後は彼らに任せようと、安心して子供達の待つ車に戻って帰宅しようとしただけ」とあるが、この「喧嘩の仲裁」というのは現場に居合わせたという隣人がでっち上げたものだったし、ブレイクは過去の性的暴行や不法侵入のかどで接近禁止令が出ていたにも関わらず元恋人の敷地に現れ、彼女のレンタカーの鍵を奪った。そして彼自身が認めているようにナイフを所持していた。また警察の職務質問に抵抗し逃走を試みていた。BLMのナラティヴが描く「無防備で善良な黒人ブレイク」とはかけ離れている。これらのデマ投稿の多くは今でも削除されることなく検索結果の上位を維持している。
またブレイクがナイフを所持していたという事実は、ウィスコンシン州司法省の公式声明をもとに8月26日の時点でNew York Post紙など保守系メディアが報道しているのだが、大手メディアは不可解な姿勢を見せる。例えばPolitiFact。
なぜか「ジェイコブ・ブレイクは銃が車内にあるので取りに行くと宣言すると、ナイフを振りまわした」という支離滅裂なFacebookの一投稿をわざわざ取り上げ、「誤りである」とファクトチェック。長々とした説明の中にひっそりと「車内にナイフはあったものの」との一文を紛れ込ませている。しかし記事執筆時には既に州司法省がナイフ所持の事実を発表していた。さっとヘッドラインを読んだだけで情報の正誤を判断するユーザーであれば、このPolitiFactの記事をチラ見して「ああ、武器は持っていなかったんだ」と誤認するかもしれない。ちなみにこのファクトチェックに追記がなされたのは翌年2021年の1月5日。ケノーシャ郡地方検事がブレイクを撃ったラステン・シェスキー巡査を起訴しないと発表した際、記者会見でブレイクが手にしているナイフを拡大した映像を見せた。その形状は車の床にあったレーザーナイフの形状と一致。ブレイクもこのナイフを所持し、ドアを開けるために左手から右手に持ち替えたことを認めている。しかしPolitiFactは、「ファクトチェックはその当時あった情報をもとにしているため」として「誤り」のレーティングを変えないという。こんなファクトチェックがなんの役に立つのだろうか。
地元紙のMilwaukee Journal Sentinelも酷い。8月26日付で「ジェイコブ・ブレイクは車の中にナイフを持っていたが、『その点を除けば』丸腰だった」とトンデモな見出し。これはTwitter上で保守派に散々揶揄されたようで、その後訂正している。
さらにはThe Washington Post紙。なんと翌年の1月5日まで「ジェイコブ・ブレイクは丸腰だった」というストーリーを貫いていた。その理由は「ブレイクの家族が彼は武装していなかったと言っていたため」。こんなジャーナリズムがあるだろうか。事件直後からビデオに映ったナイフらしきものは議論されていたし、2日後に州の司法省がナイフの所持については説明をしている。
再びNYPost紙の記事に戻る:
こうして事実は置き去りのまま、メディアとネットで怒りのドーピングを注入した群衆は「ジェイコブ・ブレイクに正義を!」と拳を突き上げケノーシャの街へ繰り出した。23日の夜には既に暴徒が暴れ回り、翌日の昼間は平和的なデモ行進が荒れた街を背景にデモ行進、その夜には再び暴力と破壊の無法地帯となった。
今記事でも辿ったように、大手リベラルメディアは特定のナラティヴありきで、己のイデオロギーを堂々と紙面に反映させ、偏向報道やデマの流布もいとわない。センセーショナルな見出しでクリックを稼ぎ、事実確認などは二の次、大衆を扇動しては次々生み出される不幸に目を輝かせている。この下劣な報道姿勢はカイル・リッテンハウス事件で一層酷いものとなった。
次章では事件当日の流れ、現地を取材していたジャーナリストによる第一報から大手メディアのヘッドライン、人々の反応を振り返る。
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