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転職自己分析 こだわり癖の影響

前回の続き。

わかりやすい“買い物”から、衣食住に対してのこだわりがかなり強くあるらしいことは、わかった。
金額じゃない軸だ。
あと、こだわりがないシーンのもの、「急ぎどうしても必要」とかだと処分前提(メルカリなど含む)で最低限の用途を満たしたらOK、とにかくシンプルで!の極端さもある。

住まい、家具、寝具、食器、スキンケア、「ここぞ」の服(着物)、食べ物な。食べ物。
比較検討は「確かめる」となったら、数年リサーチしたり、何件も何件も確認にまわる。
最近だと、食パンブームのおかげで生食パンを30軒以上食べ比べてる。
18軒の時点で、「これだな」という理想の味のところを見つけて、基本はそこをリピートしまくりつつ、新しい店を見かけたら合間に試してみてる。


これまでの仕事で、この特性がどう影響してたか?
①事前リサーチの密度

これが必ず成果につながっていたか?はわからない。
ただ、企画書にしても、提案にしても、対面の場面でも、有利に作用することの方が多かった。
業界的に「あそこはこれ、絶対やらない方針だから無駄」と言われてた提案も、
「ここまでうちのことを知って、考えてくれてるなんて!!」
ってひっくり返し取りとかのパターンが勝ちパターンのひとつでした。

無職になって、つなぎにフリーランス案件もちまちまやってるんだけど、大きめの案件の公募を見かけて、初めて縁故がない新規の方と発注検討面接から取り組む機会があった。
応募時点で、先方の課題感は公表されている。
そもそも、参画させてもらえるかなー?と先方に興味を持ってるので、リサーチは趣味活動。

面接で、リサーチ踏まえて「できること」「得意なこと」「進め方の可能性」と、「リスクと、自分の不得手」のお話をした。
1回目の検討面談の際に聞いたことやご要望について、リサーチしてみて、2回目の条件詳細面談に挑んだわけだが……
発注いただいて「面接時点でこんなに準備してもらって、具体的なプランまで含めてお話しできたのは本野さんだけだったから、ぜひお願いしようと決めてました」とフィードバックをもらって、「あ。やりすぎだったか」と感じた。
今回はご発注いただいたので、成果につながった良い事に結果的になってるけど……成約獲得のため、でなく、自分では単なるリサーチレベルのことだった。
“こんなに準備”ったって、企画書や提案資料作ったわけでもないし、所要時間もさほどでない。
自動処理化された表面的リサーチは、そこそこの密度があるらしい。

②“思い入れ”エネルギー
これは、諸刃の剣。
外的な要素よりも、内的な部分にこの「こだわり」センサーは過敏反応すると感じてる。
衣食住のこだりが強い……って、「服」は外からどう見えるか?になりそうだけど、これ、ちょっと違う。
わたしは「他人からどう見えるか?」のファッションでなくて、着心地・肌触りの質感にこだわる。
スキンケアや化粧品も、肌がどう感じるか?のが重要。

これまでの仕事、クライアント知名度がどうか?とか、総額が大きいか?では、まったくエネルギー源にはならなかった。
いや、知名度あるクライアントは予算も潤沢だから、“やりたいこと”が予算的にはなんでもやりやすくて、それはそれで好きでしたけどね。
結局、どことなにをやるでも、「やるならとことん」なんで、あんまり深く振り返ったことなかったけど、「案件獲得前」のリサーチコストも、提案資料の熱量も、知名度や規模や、予算額じゃなかった。
広く浅くリサーチかけて、「なぜこれなの?」って部分が刺さった時だった。
さらには、先方担当者の、信念とか価値観みたいなところ。初めは軽い関心だったものが、ビィーン……ッと共鳴するような。
こうなると、俄然、馬鹿力が。
120%以上の結果出しますモード、スイッチオン。

必ず、クライアントに「想定以上・期待以上」と喜ばれたい。

③潔癖すぎる弱点
②が諸刃の剣なのは……この、信念や価値観が……関わる相手、スタッフでもクライアントでも、社内身内でも“軽い”とか“薄い”だと、激萎えする。
自分と違っても、真摯である姿勢や、本質的に向き合ってる、と感じられると、胸アツになるから、たぶん、関わる相手の熱量とかスタンスでなにか勝手に思うことがあるんだと思う。

やるならとことん

が裏目に出る感じがある。

割り当てられた獲得済み案件なら、そうであっても、求められる成果は最低限出すけれども……頑張れない。
最低限やるのみ。で、二度と受けない。
発注相談で断る or 受注後に「キャンセルされてもいい」ので、あんまりにもテキトーな要望、仕事対応だと「ウチのスタッフ使うなら、それはできません」のライン死守を厭わないというか、譲らないというか、譲れないというか。
ダメなサラリーマンむき出し。
※自分がやればいいだけのことは、折れられるけど、惚れ込んでるスキルやセンスのスタッフを使うプロジェクトだと、これホント譲れなくて悩みのひとつだった。

不正とか、虚飾、虚勢、謎の権威主義も萎える。
本質じゃないことも、萎える。
超短期視点で、かえって長期的にデメリットが大きすぎるようなのも、萎える。
(戦略として、損して得取れ構成になってるなら、平気なのに……)

成果主義であることは、ビジネスだから当たり前だと思う。
だからこそ、「ヒトとして」みたいなところに過敏なのか。
自分だって、未熟者で、たいしたもんじゃないことはわかってる。ただ、その上で、「真剣にやろう」って向き合う姿勢……なのか。

クライアントでも、消費者でも、札で頬を叩くような態度や意識の相手は、お客様と思えない。
クライアントが、単なるお客様でなくパートナー関係にある業種だったからなのかなぁ。……違うか。

これは前から自覚してたから、
わたしがどうかじゃない、役割として、ビジネスとして、責務を果たそう
と、抑制して呑み込むことを意識的に取り組んできたし、自分で言うのも何だけど社会人8年目くらいからはかなり丸くなったと思うんです……。

でも。
呑み込めるようになったのと、なにも感じなくなったわけじゃない。
そう、ストレスにはなるんだね。

仮説
企業理念はもちろん
上司や経営トップのポリシー(世界観や価値観)をしっかり確認すること。

自分と完全一致なんかはあり得ない。
代わりに「これは耐えられない!」ってポイントの感覚が近いかどうかを確認する。

たぶんこれは、尊厳の領域の問題。

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