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片言日記

中くらいのマンションのような建物が目の前に見えるのだけど、それが景色の一部かと言われるとちょっと違う気がする。長くここに住んでるいるけど、このマンションのような建物が話題にあがったことがない。


僕が小学生の時も、中学生の時も、大学生の時だって変わらずそれはあったけど、思い出の背景にも何かの匂いと関連してることもない。


初めてその建物を見上げてみるとそれはやっぱりマンションだった。たぶんマンションだと昔からうっすらとは思っていたけど、そもそもそれをマンションだと決めている自分を認めたことはなかった。


見上げて部屋の窓のひとつを見た。すると、昼間の空いてる電車の正面に座る他人のような人がそこにもいるのだろうと想像できた。いや、そこには必ず誰かいるのだ。マンションなのだから昔から誰かが住んでいたのだろうし今だって住んでいるのだろう。


前の住人は四人家族だった。三年ほど住んでまた他の街に引越しをしていった。上の子は小学生だったからクラスの友達と別れるのは辛くて引越しをする前まではずいぶんと部屋で泣いていた。妹はそんな兄を慰めていた。慰めながらべランドから電車が通っていく気配を感じていた。通過していく音がそのことを伝えていた。


立ち止まって入口に書かれている決まりごとや紹介文のようなものを読んだ。これまでにたくさんの人に読まれてきた威厳のようなものがこびりついていた。その文字を読んで建物を見上げると、マンションの名刺か説明文のようにも読むことができた。

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