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信頼できる香水の処方とは:異なるツールと一つの理想 [NEZ 2022年3月14日]

NEZ Magazineのウェブ版を翻訳しています。

「香水産業と持続可能な開発:メッセージの背後にあるもの」というテーマで特集が組まれた全7回の記事で、今日は第4回目です。

  1.  サステナブルな香水って可能なの?(翻訳済)

  2.  天然香料 - 植物とエッセンスと人々(翻訳済)

  3.  高潔な合成香料を目指すとは?(翻訳済)

  4.  信頼できる香水の処方とは:異なるツールと一つの理想(今回)

  5.  ラボの内側:配給ではなく合理化を!

  6.  パッケージがグリーンになるとき

  7.  香りの循環:香水のライフサイクル

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信頼できる香水の処方とは:異なるツールと一つの理想

By Sarah Bouasse
2022年3月14日

コンポジションの持続性を判断するにはどうしたらよいだろうか。どのような基準を使えばいいだろうか。製品の客観的な評価を行い、クライアントのさまざまな要望に応えるため、フレグランスハウスは調香師が使用する調合ツールにサステナブルな要素を取り入れている。それぞれ、独自の方法で。

香水産業が毎日世界中から何千もの原材料を大量に集めていることを考えると、サステナビリティの問題が非常に大きな特徴であることは明らかだ。大手メゾンでは10年以上前から環境保全に向けた取り組みが始まっている。この記事のために連絡を取った企業のほとんどが、この分野のパイオニアまたはリーダーであると主張しているが、私たちが見たところ、彼らは皆同じようなアプローチに従っている。持続可能な開発はグローバル戦略の中核であると同時に、原料や香りのクリエーションにおけるマーケティング上の重要な主張でもあるのだ。

マーケットを支配している香料会社は、各製品にこの取り組みを反映させたいと考えている。そのために彼らは自分たちの活動の重要な部分であるフォーミュレーションツールにそれを組み込んでいる。各社専用のこのソフトウェアは、すべての調香師が処方を考案するために使用し、在庫の有無、キロ当たりの現在の市場価格、規制による制限の可能性など、特定の原料に関するあらゆるデータにリアルタイムでアクセスできるほか、その持続可能性に関するさまざまな指標も表示される。

IFFのクリエーション、デザイン、イノベーション担当副社長であるヴァレリー・クロードは、次のように説明する。「以前から当社のツールには、調香師が調香しやすいように、グリーンケミストリー、アップサイクル、再生可能、生分解性など、サステナビリティを含むすべてのパラメーターの概要を示している。」フィルメニッヒも同じアプローチで取り組んでいる。2011年から2018年にかけてQuantisコンサルタント会社と共同開発したEcoScent Compassツールは、「主要業績評価指標を含む3つの詳細分野の基準に基づいて、当社の調香師によって作られたサステナビリティ・フットプリントをを総合的に評価するものである。その指標は、フレグランスに含まれる成分の性質と循環性(再生可能性、生分解性、グリーンケミストリー、Eファクター[1])、環境フットプリント(気候変動、水資源の枯渇、電子毒性)、社会的影響(従業員とサプライヤーの労働条件、責任ある調達)である」と、 フィルメニッヒのグローバル戦略ビジネス開発副社長の Michal Benmayor は述べている。このツールの改善として、「リサイクルや回収された炭素など、さまざまな再生可能な炭素源を含めること、代替価値の更新[2]、パッシブウォーター利用を含めること[3]」が近々行われる予定だ。この基準のリストは少しめまいがするほどで、非常に多くの異なる角度からアプローチすることができ、そのすべてが関連しているこのテーマの複雑さを物語っている。香料会社は通常、一人または複数の独立した専門家の権威に依存しているが、持続可能な開発の定義と適用には、それぞれ異なるアプローチを取っている。

サステナビリティのさまざまな顔

これは香水ブランドがフレグランスのサステナビリティやナチュラルに関する主張にも当てはまる。今やどこでも使われるようになったこの言葉の裏には、実にさまざまなビジョン、アプローチ、そしてその結果としてのコンポジションの要件がある。再生可能な原料の比率が高いことだろうか。原材料の分野での社会的影響だろうか。それとも、天然香料を多く含むことだろうか。このような多様な要求に応えるため、フォーミュレーションツールにはクライアントが優先する基準を調香師が選択し、その基準に基づいて最終的にプラスのスコアを目指すことができるように設計されているものもある。シムライズ社の調香師、Aliénor Massenetは、新しいプロジェクトを立ち上げるとき、プロダクトサステナビリティ・スコアカードのスライダーを調整する。このツールは再生可能性、生分解性、生物多様性や土壌への影響など、10の基準に従って各原料を評価するもので、同社が8年前に特許を取得したものだ。

課題はそれぞれのクライアントの仕様に合わせることである。例えば、「J.U.S.がアップサイクルを中心としたコンセプトで私たちに会いに来たとき、再生可能な炭素から合成された成分の比率が高い香水を作ることは理にかなっていると思った。(コンポジションには95%の炭素が含まれている)一方にサステナブルな原料、もう一方にサステナブルでない原料があるわけではなく、全ては原料を評価する基準によって決まる」と指摘する。「生分解性はあっても、炭素再生性がないものもある。また人体への影響という点では優れているが、環境面では劣っているものもある。オールラウンドに高い評価を得ることは不可能だ。もしクライアントが、全て100点満点のコンポジションを求めてきたら...一杯の水を差し出すだろう!」

インタビューに答えてくださった方々の中にも、彼女のフォーミュレーションツールに対する熱意を共有している方がいる。先入観をなくし単純化されがちなテーマにニュアンスを与えることで、ブランドとの知的なディスカッションを可能にするのだ。例えばグリーンとナチュラルは同義ではないこと、天然成分の方が合成成分よりも二酸化炭素排出量が多いことなどが、数値で証明できれば説明しやすくなる。

サステナビリティには様々な顔があるが、クライアントの要求とは別に、固定されたパラメーターに照らして評価することを選んだ企業もある。3年前に発表されたジボダンのNaturality Indexは全成分の評価に基づいており、専門家チームが社内で設定した基準を用いて、各香水の処方を評価することができる。このインデックスは、調香師が責任ある方法で調合するために使用する基準(カーボンフットプリント、生分解性、調達)の妥当性に対するジボダンの見解を表しているため変更はできない」と、ナチュラルイノベーションパフューマーのMarypierre Julienは説明する。グラースを拠点とするMane社はグリーンケミストリーに信頼を置いている。

このコンセプトは、1990年代にアメリカで、従来の化学に関連する汚染を制限したいという願いに応えるために生まれ、持続可能な開発の原則を化学の世界に適用するための枠組みを提供するものだ。11年前、Paul AnastasとJohn Warner が提示した12の原則をもとに、グリーンモーション・アルゴリズムが開発され、同じ基準でMane社のすべての成分とコンポジションを体系的に評価するようになった。0点から100点まで評価され、100点が最高で、問い合わせたクライアントにはその結果が伝えられる。

「私たちのツールがどのように、そしてなぜ設計されたのかをブランドに理解してもらうためには、時間をかけて知識を共有する必要があるが、彼らはそれが事実に基づく科学的データという非常に具体的な要素に基づいていることを理解している。大企業は今、私たちの発言に細心の注意を払っている。私たちは大企業がグリーン問題を広い意味で理解し、適切な判断を下し、より明確に語れるよう支援している」と、Véronique Nybergは語る。Mane社のファインフレグランス担当副社長である彼女は、最近コンポジションを依頼されたイタリアのクライアントの例を挙げた。「彼らは、環境に配慮したデザインのフレグランスを市場に送り出したいと考えていたが、メッセージを正しく伝えたいと考えていた。そこでこのテーマを理解し、消費者に伝える手助けをするよう依頼された。」パッケージのQRコードからManeのWebサイトにリンクするこの香水はヒットし、ブランドはすでにVéronique Nybergに次の香水の制作を依頼している。

クリエーションへのインパクト

これらのツールは、調香師が現在の主要なマーケット動向にできるだけ簡単に対応できるように設計されており、日常業務をより円滑に進めるために役立つ。「もしツールがなかったら、彼らにとって悪夢となるだろう。フォーミュレーションソフトを終了して外部のリソースから必要な情報を探さなければならず、プロジェクトの納期を考えると不可能に近いからだ。」と、Michal Benmayorは言う。しかしツールは彼らのクリエイティビティに直接影響を与える。サステナブルフレグランスの理想を追求することは、その言葉の定義がどうであれ原料の選択に影響を与えることで、最初からコンセプトを形成することになる。EcoScent Compassは人工知能を利用して、配合に悪影響を及ぼす可能性のある各成分の代替案を調香師に提供する。

Véronique Nybergは、Mane社では原材料の評価にGreen Motionを使うことに満足している。「例えばウッディノートを配合する場合、さまざまな選択肢のスコアを見る。30点程度のBacdanolではなく、50点程度のSantamanolを選ぶだろう。」多くのブランドが「より高いスコア」を求めているため、環境負荷の大きい特定の成分、例えば連続した化学反応によって生成される合成ムスクの大半や、ウッディ系分子の使用はもちろん減少していると彼女は説明する。現代のフレグランスでは、グリーンオーラを損なうことなくこれらのキーノートを保持するために、ブランドは低濃度での作業を選択し、コンセントレートを構成する成分をアルコールや水で大きく希釈して、最終製品に占める割合が低くなるようにしている。しかしフレグランスのシリーズが低スコアの成分に依存している場合など、回避が困難な制限もある。「今のところ、抽象的な花の香りを扱うのはとても複雑だ」と、Aliénor Massenetは残念そうに語る。「でももしかしたら変わるかもしれない!」

フレグランスのYukaアプリ

確かにそう願っていい。Yukaのアプリは農業食品業界に衝撃を与えた。消費者が情報にアクセスしやすくなり、それに基づいて行動できるようになったため、食品ブランドは対応せざるを得なくなったのだ。多くのブランドがカタログを一新し、顧客のニーズに合った商品群を開発し、レシピに手を加え調達先を変更し、新製品を開発して時には既存製品の救済が不可能な場合は廃棄した。フレグランスの世界では、処方を秘密にする必要があるため、比較ツールは使えない。レシピが生産者にしか分からないのであれば、マーケットに出ている香水を客観的に評価することは不可能だ。

しかしこれらの線引きが変化することは想像に難くない。例えば、J.U.S、Versatile、Bastille、Lush、J'emmeなど少数のブランドは、すでに飛躍を遂げ、処方(または少なくともその一部)を明らかにしており、通常の不可解さとは対照的に透明性の証明となっている。このアプローチは、業界大手の注目も集めている。ロレアルのウェブサイトによると、同社のさまざまなブランドの処方について、「香りに含まれる成分の少なくとも95%(重量比)」へのオンラインアクセスを近々提供する予定だという。誰かが香水のためのYukaを開発するまでは、香水の開発プロセスに評価ツールが遍在することは必然的に香水とその含有成分に影響を与えることになる。

香料会社はコンポジションをつくるだけでなく原料メーカーでもあるため、この新しい評価システムを使って、良いスコアを獲得する原料を開発するだけでなく、既存の原料の改良も試みている。既存のフレグランスを見直すケースも少なくない。「クライアントの中には、これまで生産してきたすべての処方を分析し、そのスコアを向上させるよう依頼してくることもある。またある香水を環境に配慮したものにしたいと考え、その処方を依頼されることもある。」と、Véronique Nybergは説明する。

未来に向けた一つのツール?

持続可能な開発に関するさまざまなビジョンと、それを実現するためのツールを前にして、疑問が湧いてくる。業界のリーダーたちは、なぜ誰もが共有できる単一の評価ツールに合意しないのだろうか。Mane社はこのようなアプローチの総合的な利点を確信している企業のひとつで、2013年にGreen Motionへの無料オンラインアクセスを提供し、誰でもそれを使って特定の成分や組成物のスコアを計算できるようにした。Michal Benmayorの見解では、フィルメニッヒのEcoScent Compassは、「欧州委員会の製品環境フットプリント(PEF)に関する研究、持続可能な香りに関するIFRAガイドライン、World Business Council for Sustainable Developmentの化学製品の社会影響評価など国際的に認められた測定基準とガイドラインに基づいており、業界のさまざまな関係者によって提供される持続可能性の度合いを測定する標準化と複製可能なアプローチを提供する最初のツールである。」

そして次のように結論づけている。「香水業界のすべての企業やブランドは、香水のナチュラルでサステナブルな特性を評価し、改善するために使用できるツールを利用するべきだと考えている。グリーンな香りやサステナブルな香りを使いたいと考えている消費者は、様々な企業の製品を効果的に比較するために使える一つのツールができれば必ず喜ぶだろう。しかし香水マーケットを支配する企業が共通の理想を掲げ、互いに競い合う熾烈な競争原理を捨て、自分たちを際立たせるためのツールを手放すことを果たして想像できるだろうか。それぞれの企業がいかに誠実で高潔であろうとも、持続可能な発展は、見過ごすには愚かなセールストークである。


脚注
[1] 1991年に考案された概念で、化学工業において製品の質量に対する廃棄物の質量の比率を算出するために用いられる。
[2] 香りの品質を損なうことなく、ワンクリックで香りの環境配慮評価を向上させることができるソフトウェア機能。
[3] 最近、同社が特許を取得したマイクロ波による抽出プロセスでは、原料にすでに含まれている水だけが使用される。

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原文はこちら
https://mag.bynez.com/en/reports/perfumery-and-sustainable-development-behind-the-messaging/responsible-formulation-different-tools-one-ideal/

画像:NEZ Magazine


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