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19.思わず笑った放課後。

チャイムが鳴る。
本日最後の授業、5時間目が終わった。
そのまま席に座って、ふり返りジャーナルを書く。
子どもたちの4月から続く日課だ。

時間は10分間。
書きたいことを書きたいだけ書く。
テーマは、「今日1日をふり返って」。
書くことがなくても、10分間の間は、ノートに向かい合って書こうとする。

教室の電気を消して、少し暗くするのが、ジャーナルを書くときのスイッチ。
そして、うっすらとアコースティック・チルのプレイリストをスピーカーから流す。
ノートと鉛筆のこすれる音だけが響き渡る時間。
にぎやか(やかましいともいう 笑)なうちのクラスで唯一と言ってもいい静かな時間。

やがて10分が終わる。
めいめいにジャーナルを提出しにくる子どもたち。
提出が済むと、さっきまでの静けさがうそのように、また騒がしくなる。
タイマーをセットしてテレビに映し、子どもたちの用意が整うのを待つ。
整ったところで、終わりの会をし、連絡を済ませ、さよならのあいさつをする。
それぞれに帰っていく子どもたち。

子どもたちを見送り、最後まで残って、全く帰る気配を見せない女子たちに声をかけ、後ろから追い立てる。
全員が帰り、静かになった教室の整理をして、職員室へ向かう。

職員室の人影はまばらだ。
みんな出張だったり、まだ教室にいたりしているのだろう。

自分の席につき、集めたジャーナルノートを机に置く。
一つずつに赤のボールペンで手短にコメントを入れていく。
この一年で一体何本赤のボールペンを使い切っただろう。
赤ペン先生といい勝負をするんじゃないだろうか。(自惚れるな)

コメント書きも後1人のところまできた。
最後の1人のノートを開く。
Aくんのノートだった。

Aくんは、4月に出会ったとき、クラスで1番目つきが鋭かった。
大人を値踏みしているような、いつでも退避できるように十分に安全な距離を取って相手を観察しているような、そんな目つきだった。
ぼくの言葉に「うす。」と短く答えることがほとんどだった。
警戒心丸出しの「うす。」

「お前はどんな奴なんだ?お前の本心はどこにあるんだ?」
そんなことをいつも問いかけているような目だった。

ジャーナルを開く。
ぎりぎり判読できるかどうか、くらいの乱雑な字がびっしり書かれてあった。
その字は4ページにわたって書かれていた。

「書く」となると、「ええ、だるいって。めんど!」というのが口癖。
でも、不思議とジャーナルだけは文句も言わずにせっせと書き続けた。

「先生、俺のこの字読めてんの?はっはー、まあ、きょうも読まれへん字で書いたるわ。しゃあなしやぞ。」

「しゃあなしやぞ。」の使い方がおかしい。
ぼくが汚い字を読めていることに少し驚きつつ、どこか嬉しそうな、「どこまでこれる?」と試すような雰囲気。
いつものAくん。

でも人一倍に気にしぃで、思いやりがあって、周りのことを気にかけているAくん。
書くことにつまったら、とりあえず「フォー!」でつなぐ癖 笑。
なんやねん、それ。
レイザーラモンHGのブームの時生まれてたっけ?
それとも、全然関係ないんか?

他愛もない内容が続く。
2ページ目が終わった。

3ページ目に入った。

「先生って、俺らが卒業したら泣く?」

ははは。
そんなんわからんわ。
思いっきり笑って送り出してやる。
てか、やっぱ気にしぃやん。

「まあ、ほんまに泣いたらおもろいけど、俺らがおらんくなったらさびしいか?」

さびしいやろ、そら。
どうしたってさびしいわ。
さびしいって思うぐらいは関係つくってきたつもりやで。

ジャーナルの最後は、いつも決まって、ぼくへのあいさつ。

「ほな。」

新喜劇の世界から飛び出してきたみたいやな。

ツッコミ強めのコメントを書き終えて、ジャーナルを閉じた。
気がつくと、自然と笑っていた。
机の横を他の先生が通ってたら、「にょん先生、何笑ってるんですか?」って訝しまれてたかもしれない。
よかった、誰も通らなくて。

明日、どんな顔してジャーナル渡したろかな。
このコメントどんな顔して読むんかな。
明日も朝から「よお!」とか変なテンションで絡んでくるねんやろな。


これを幸せと言わずして何と言う。
いい放課後のひとときやった。

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