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第64回岸田國士戯曲賞受賞作①『バッコスの信女ーホルスタインの雌』を読む!

演劇ソムリエのいとうゆうかです。

今回は第64回(2020年)岸田國士戯曲賞受賞作のひとつ、『バッコスの信女ーホルスタインの雌』を読んだので、紹介させていただきます。

以下、同一の内容で作成したYouTubeの動画の概要に加え、周辺知識も盛り込んでいるので動画と併せて見てみてください。


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岸田國士戯曲賞とは

◇岸田國士戯曲賞
新人劇作家の奨励と育成を目的に1955年に設置。
⇒「演劇界の芥川賞

◇第64回(2020)受賞作品
・市原佐都子『バッコスの信女―ホルスタインの雌』
・谷賢一『福島三部作(「1961年:夜に昇る太陽」「1986年:メビウスの輪」「2011年:語られたがる言葉たち」)』


市原佐都子『バッコスの信女―ホルスタインの雌』

◇公演概要
2019年10月11日~10月14日(愛知県芸術劇場小ホール)上演
※あいちトリエンナーレ参加作品

◇作者・市原佐都子
・2011年よりソロユニット劇団Qを主宰。
・岸田國士戯曲賞最終候補回数は2回目。
人間の行動や身体にまつわる生理とその違和感を独自の言語センスと身体感覚で捉える。
・女性の視点から、性や、異種間の交尾・交配などをフラットに描く。
・物理的に観客に働きかけるような言葉の切れ味
社会の通念的な倫理観や道徳観念の根本を疑う鋭い視線。

◇審査員からのコメント
一人の主婦を凝視し、その性をコロスを使った古代ギリシャ劇の形式を用いて表現した。すべての言葉、人物、小道具が演劇の面白さを伝えて、圧倒的な傑作である。(岩松了)

内容
ギリシャ悲劇『バッコスの信女』(エウリピデス作)のテーマや構造を下敷きにしたファンタジー。

エウリピデス『バッコスの信女』を予習

エウリピデスとは?
・ギリシャ悲劇の三大悲劇詩人の一人。
・題材を写実的に扱い、男女の人物のこまやかな心理、とりわけ女性の心の動きや感情を描いた

◇『バッコスの信女』(『バッカイ』とも)
※バッコス=ディオニューソスとも呼ばれ、人間に葡萄から酒を造ることを教えた神。(酒・酩酊の神)神ゼウスと人間セメレーとの間に出来た半神。

バッコス関係図

◇あらすじ
神ゼウスの浮気相手であったセメレーは、ゼウスの妻ヘーラーの悪だくみによって死んでしまう。
セメレーの死後、その姉妹たち(アガウエー、アウトノーエー、イーノー)は、「セメレーがゼウスに愛されたと嘘をついたために罰を受けて死んだのだ」と主張した。
そのことに怒ったディオニューソスは、自分の信者の女たちを率いてテーバイに現れ、町中の女達を狂気に陥らせてキタイローン山中にて生活させる。
アガウエーの息子でテーバイ王のペンテウスは、ディオニューソスの祭儀を淫らでいかがわしいものと決め付けて、更にディオニューソスの怒りを買う。
ディオニューソスは信女を率いる人間の指導者として姿を現し、ペンテウスに捕縛される。問答を続けるうち、ペンテウスは山の女達の様子を見に行きたいという衝動を抑えきれなくなり、ディオニューソスに言われるがまま、信女の格好をし、キタイローン山に訪れる。
高い樹の上から女達を覗き見ているところで、ディオニューソスが女達に、覗き見している者がいることを告げる。
ディオニューソスによって狂気の状態にあるアガウエーたちはペンテウスを獣だと思い込み、八つ裂きにして殺害する。
アガウエーは自らが狩り取った「獲物」であるペンテウスの首を手に意気揚々とテーバイの町に戻る。
しかし、徐々にディオニューソスによる狂気が解け、自分が殺したのが息子であることを自覚し、悲嘆にくれる。
そして、最後にアガウエーと姉妹達は町から追放される。

「ホルスタインの雌」ではどのように脚色されたか

◇登場人物
・一見普通の主婦
・そのペットのパピヨン
・人工授精で生まれたウシと人間のハーフ
・12匹の雌のホルスタインの霊魂たちによるコロス(合唱隊)

◇あらすじ
雌のホルスタインに液体窒素で凍らせた雄の精液を注入して人工授精させる家畜人工授精師だった主婦のモノローグから始まる。
ハプニングバーで経験した女性同士のセックスに感激したこと。子供をつくろうと思い、精子バンクので日本人の精子を10万で買ったことなどが語られる。

ある日、主婦の家に半獣が訪ねてくる。聞くと、半獣は山奥の牧場で女たちだけでバターマッサージをして暮らしているという。実はこの正体は主婦が購入した日本人精子を雌のホルスタインに注入して生まれた人間と牛のハーフであった。しかも、上半身は人間の女で下半身は牛で男性器が付いた両性具有である。

 主婦は半獣が3歳のときに育児放棄をし、それなりの暮らしのために好きでもない男と結婚していた。捨てられた半獣は両性具有の肉体を売って生き延びてきた。母を求める半獣は、主婦を究極の癒しだというバターマッサージに誘う。主婦は欲望から出かけていく。

牧場に着いた主婦はバターマッサージを受けていると半獣に性器を挿入されそうになるも、それを引きちぎり、肉片を持って逃げ帰ってくる。半獣は「正直私はペニスをとられて少し肩の荷が下りたような気がするのです(中略)私はこれで救われたのでしょうか 教えてくださいお母さま」と言い、昇天する。その後、主婦はそのペニスを焼肉にして、笑いながらその肉を食べる。

どんな人におすすめ?

・ヒトと動物の境界線を今一度見直し、固定観念を壊してくれるような戯曲。
・男性や人間が中心的な性そのものや行為に疑問を呈することで本質を見抜こうとする意志を感じる。

⇒「ジェンダーやセクシュアリティなどの常識に囚われることに疑問を持っている人」「人間の本質をじっくり考えたい人」に薦めたい!

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まとめ

「これからどんな劇作家が来るのか」「今どんな演劇が評価されているのか」を知るには年に一度決まる岸田賞を参考にすると包括的に見ることが出来るし、普段なら触れない作風の作品にも触れる機会にもなって世界が広がるのでチェックするのをおすすめします!
(私も毎年チェックしてる訳ではないので勉強になりました!)


〈補足〉

2020年9月に城崎国際アートセンターと神奈川芸術劇場で再演されることが決定しています。2020年9月6日現在、全公演ソールドアウトで私もチケットが手に入らず観に行けないのですが、観に行かれる方は感染症対策を万全にしていってらっしゃいませ!観劇レポート書いた方は読ませていただきたいので教えてください!!


〈LINKS〉

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〈後記〉(めちゃくちゃ私事な近況報告)

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