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小説『犬も歩けば時代を超える』(10話目)

10話 犬千代、あなたの楽しみは何ですか?

チワワという犬種で生まれ変わった私・犬千代だが、「お母様と再会する」という目的のために生まれ変わったので、前世の記憶がとても濃い。
おそらく幼少の頃などは大抵の生物が前世の記憶を持っているのだろうが、気がつくと全く忘れてしまうのが通常だ。
そして思い出せないようになっている。
その生物としての一生を、全くその生物として全力で生きるには、前世の違う生物の記憶など邪魔なだけなのだ。

しかし私の犬千代としての記憶は濃い。
いつかお母様に私の愚かさから死に別れてしまったことをお詫びしたいという目的を達成しない限り、きっと犬千代の記憶はそのままなのだろう。

ある日お母様がパソコンの画面を真剣に見つめて言った。

「ねぇ、ゼット。ドックランって知っている?」

私の現代名は、お母様の現代のご長男の好きなロボットの名前だ。
でもドックランってなんだ?美味しいものか?

「犬がリードを外して思いっきり走れるスペースらしいよ。土だったり芝生だったりするみたいだけど、きっとアスファルトの道を散歩するより気持ちいいに違いないわよ!」

お母様が私に話しかけている。
お母様は、普通の犬に話すみたいに「お座り」「お手」という単語をつらねたコマンド方式は使わず、まるで私が人間であるような会話をする。
おかげで私はその言葉全てはわからないが、イントネーションや話す雰囲気を察して結構な会話を理解することができる。

「この辺りにはドックランは少ないけど、ネット検索して見つけたわ。ちょっと行ってみましょうか?」

お母様は私を初めてのドックランへ連れていくべく仕度をし始めた。
私はちょっと伸び上がってパソコンを見てみたが、まぁ囲いのある遊び場的なところだろう。
問題は、お母様は気づいていないみたいだが、
「犬嫌いのお母様が、どのくらい現在解消しているのか。」
ではないかと思うのだ。

ドックランには当然色々な犬が来るだろう。小型犬だけではないかもしれない。
私は楽しみというより、お母様が心配でならない。

「ねぇ、お洒落していきましょうか。あなたも可愛い服を・・・あ、でも泥だらけになっちゃうから、着替えも持たないとね。あと、注射の証明書も要るんですって。」

お母様のウキウキな気分に水をさすつもりはないが、走るだけというのも芸がない気がするのだ。
戦国時代の時みたいに剣術などすれば話は別だが・・・・・。

お母様と車に乗って、外の景色を眺めながらドックランを目指した。
お母様は私の好きなモーツァルトという人物の曲を流してくれた。
お母様と、こういう過ごし方もいいなぁと思う。
戦国時代からは全く想像しなかった過ごし方だ。
ドックランまであと少しというところで、お母様の車のナビがこう言った。

「目的地付近まで着ました。ナビを終了します。」

私は思わず伸び上がって外を見たが、それらしきものは見えない。
「お母様?もしかして道を間違えていませんか?まさか、お母様方向音痴では?」
考えてみれば、戦国時代のお母様は城の奥深くで過ごすばかりで、たまに花を見に出かけるときは周囲にたくさんの人がいて補佐してきた。
基本的に自ら足を向ける思考回路ではないはずだ。
生まれ変わっても、努力しない限りそういうところは変わらないのかもしれない。

さて、楽に到着するはずと思ったドックランから、さらに探すこと30分、お母様はクタクタになりながら到着。

「さぁ、やっと到着したわ。受付もしたし、リードを外して思いっきり走っていいのよ!」
私からリードが取り外された。

「さぁ、さぁ。」
と言いながら、私をドックランの中央へ押しやろうとする。私がどうしたものかと思っていると、

「もう、こうやって走るのよ!」
と、お母様が走り出したので、私も後を追いかけてみた。一緒に走るのは確かに楽しい。

「ちょっと、これじゃドックランじゃなくて、人間ランだわよ!」
お母様は息を切らしてベンチに座りこんだ。
どうやらお母様は私に見本を見せたいらしい。
でも実際、ただ走るだけ?という感想である。

その様子を見て、モコモコの毛をした小型犬が近寄ってきた。
「君、ドックラン初めてでしょ。分かるんだ様子で。一緒に走ろうよ!スカッとするぜぃ!」
私は釣られて走りだした。
「私はゼット、君の名前は?」
と私が走りながら叫ぶと、
「僕は内蔵助だ。古風だろう?私の飼い主が赤穂浪士が好きでさ、大石内蔵助からとったらしい。」

内蔵助君は笑いながら走っていた。私も続いた。ある程度走るとやはり飽きてきた。
「さて、アジリティをやろうぜ。あっちだ。」

内蔵助君は、おかしな形をした人間の子供が遊ぶような遊具に近づいた。
飼い主がやってきて、付き添ってあげている。
板を上ったり、滑り台のようなものを滑ったり、全く器用だ。
その横にいつの間にかお母様も来ている。
どうやら、私が走っている間、内蔵助君のお母さんと話をしていたようだ。

「ゼット、あなたも乗ってみなさいよ。ほら、最初は支えてあげるから。」

お母様は私をアジリティというものに乗せると、内蔵助君同様遊べると思っているらしい。
だが、どうも私は高いところが苦手で、遊ぶどころではない。
高いといえば、戦国時代は馬に乗ったりもしたが、それとはまた違う感じで怖い。
私が不覚にも震えていると、お母様は不思議そうな顔をした。

「面白いね。ゼットはアジリティで遊ばないし、ボールを追いかけたりもしない。一人になるとドックランでも走らないね。」
内蔵助君が帰ってしまうと、私はずっとお母様の横で座っていた。走る理由がない。
「まぁ、いいかもしれないね。だって、犬も色々いていいじゃない?」

お母様は私を抱き上げて、車に行こうとドックランの柵を出ようとした。
すると、見慣れない大型犬が3頭もやってきた。
私は瞬時にその犬たちの目をみたが、穏やかでお母様に危害は加えそうにない。
だが、出入り口まで来て、お母様は足がすくんでしまって動けなくなってしまった。
やはりお母様は、全ての犬種が大丈夫とか、犬好きになったとかいうわけではないのだ。

「どうしよう・・・・。」

お母様は私を強く抱きしめたまま立ち尽くした。
立つと大人の背ほどもある大型犬が3頭。
人懐こいらしくてお母様に飛びつきたいらしい。私は囲んでいる3頭に話しかけた。

「すまぬ。私のお母様は大きい犬が苦手のようだ。そこを通してはくれないか。」

すると、少し顔を見合わせていた3頭はドックランの奥へ走っていってしまった。
お母様はここぞとばかりにランの外へ走り出た。

「助かった・・・。」
お母様が言った。
「ちょっと怖かった・・。」

私もブルブルっとなった。
実は、私も見知らぬ大型犬など怖かったのだ。ちょっと強がってみせただけだ。

家に帰ると、お母様はまた縁側にクッションを出して寝転んで、私を横に置いた。
「ねぇ、おうちが一番だね。」
すると、また隣家からモーツァルトが聞こえてきた。
その次はショパンという人間の曲だった。

「私はショパンが好きだな。」
お母様が言う。

私は歌いやすいモーツァルトが好きかもしれない。私が歌い始めるとお母様が言った。
「ゼットは、好きだねーモーツァルト。もしかして、前世はオペラ歌手とか。」

お母様、オペラ歌手ってなんですか?
最近他の方から親ばかだって言われてますよ?

前世の戦国時代名犬千代。現代名ゼット。
趣味、モーツァルトを犬語で歌うこと。

(11話へ続く)

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