【年齢のうた】山口百恵 その2 ●15才、「青い性」路線を極めた衝撃曲「ひと夏の経験」
これを毎日飲んでおります。こぷこぷと。
抹茶入り玄米茶ね。
自宅でのご飯時に、仕事中に、ちょっとした合間に。どのお茶が自分にいいのか探索したのだが、味と価格とのバランスが良かったのがこれでした。近所のスーパーで売っていて。
あんまり高価なお茶は、僕に合わないですね。かと言って、100均みたいなお店で買った緑茶は、いかにもそれ相応な味で、残念で。
アイキャッチのは渋みと苦みがほどほどだし、うちの子供もたまに飲むしで、重宝しています。こういうのでいいんだよこういうので。
製造元は、お茶の丸幸。若林にあるのか。
この幸せの交換券も貯めているのだが、うーん、10枚か……。まだ道のりは遠い。
こういうサービスをしてくれる姿勢は好きですよ。
ではでは、今回は山口百恵の2回目。
デビューからもうそろそろ1年、15才になった彼女です。
「ひと夏の経験」……15才の女の子の一番大切なものって?
1974年、1月に15才になった百恵は、4月に3枚目のアルバムを出す。初めて全曲がオリジナル曲で占められた『15歳のテーマ 百恵の季節』である。
このアルバムにも年齢を入れた歌詞がある。たとえば「15才の恋」という、もうそのまんまみたいな曲。ただ、厳密にはこの歌は、あのとき私は15才……と回想していて、歌の主人公のリアルタイムでなく、自分の過去を振り返ったものになっている。千家和也による作詞にはそうしたストーリー設定があるのだろう。もっとも、ディレクターだった川瀬泰雄は回想記の中で、この歌はメロディへの言葉のノリ、つまりハマり方の関係で15才という詞になったのではないかと記している。
アルバム中のほかの曲では……安井かずみの作詞による「秘密をもった少女」はそっと大人になることを唄った、ちょっと思わせぶりな歌。また「放課後」「片想い」「さよならの季節」などでは、やはり成長期の女性の心を唄っている。
このように15才の青春を唄いながら、アルバム、それにシングルとリリースが続く中、やがて衝撃の1曲が世に出される。この年の初夏にリリースの「ひと夏の経験」だった。
「青い性」路線の究極と言える歌である。
当時15才の彼女が唄った、インパクト絶大の1曲。女の子の一番大切なもの、って……ここまで強烈に思わせぶりなラブソングがあっただろうか。
しかも驚いたことに、この歌はデビュー時、つまり1年前、百恵が14才の頃にはすでに存在していたという。
この歌の詞には、年齢についての表現は出てこない。ただ、背景として、百恵の年齢が15才だとそれなりに知られていたことは重要だったのではないかと思う。
彼女は前年のデビュー時から「花の中三トリオ」のひとりとして話題になっていた。そして、この子は14才であると、年を明けてからは15才だと、そのたびにリアルな歳を掲げた作品を出してきたことから、注目する人の多くは百恵の実年齢を知っていたわけだ。
その流れがあっただけに、満を持したようにリリースされた「ひと夏の経験」は、より大きな衝撃を巻き起こしたはずだ。
はずだ、としたのは、僕はこの頃はすでに山口百恵を認識してはいたが、とはいえまだ小学生で、細かい事情まではわからなかった。ただ、この頃に、この歌のおかげなのか、漠然とではあるが「なんだかヤバそうな歌を唄っている人」という印象はついたように記憶する。
ここで思うのは、先ほどのように、この場合は年齢を一要素としたバックグラウンドの作り方だ。そこで、山口百恵という歌手の存在感というものはもちろんあるとして、その上に実年齢を強調してきたスタッフワークとうまく融合を見せたのがこの時期だったのではないだろうか。
前に書いたように、プロデューサーの酒井政利氏は、歌の詞にその歌手の実際の年齢を含んだ手法を「私小説的な」と表現している。ただ、あくまでそれは「的な」ものであって、本人の真実とは異なる。ステージに立つ歌手もアイドルも、それはあくまでステージ上での姿でしかない。
ただ、そうだとしても……各曲に、またアルバム中の曲にも、こうして毎度毎度その時の年齢が入っていると、聴く側の意識にはなにがしかの影響が及ぶに違いない。たとえば「この子、15歳でこういうことを考えてるのか」「今どきの15歳はこんな感じなの?」みたいに感じるリスナーはそれなりにいるはずだ。
それが真実かどうかは、もはやどうでもいい。仮にその内容が演出や仕掛けであっても、聴く側の想像は、もっと言えば妄想は、否が応でもふくらんでしまう。
そして14才や15才という青春時代、成長期の実年齢は、その受け手側のイマジネーションをより強化してしまう。対象が未完成の年齢のアイドルなだけに、よけいに。
引退後に「私は歌と一緒に成長してきた」と記した百恵
1974年夏、「ひと夏の経験」は大変な旋風を巻き起こし、百恵に対する世間の見方は変わった。ちょっと普通ではない、危うさを伴った女の子というイメージ。そのことはそれなりの物議を巻き起こしたほどだった。
これに対して本人は引退後の著書『蒼い時』(1980年)で、こう書いている。
「あなたに 女の子のいちばん大切なものをあげるわ」
「ひと夏の経験」、この歌を歌っていた時期が大人たちのさわぎのピークだった。インタビューを受ければ十社のうち八~九社までの人間が必ず、口唇の端に薄い笑いをうかべながら上目づかいで私を見て、聞くのだった。
「女の子の一番大切なものって何だと思いますか」
私の困惑する様を見たいのか。
「処女です」、とでも答えてほしいのだろうか。私は全て「まごころ」という一言で押し通した。
確かに歌として見た場合、きわどいものだったのかもしれないが、歌うにつれ、私の中で極めて自然な女性の神経という受け入れ方ができるようになっていった。もちろんその頃はまだ想像の域を脱してはいなかったのだが、それでも女の子の微妙な心理を、歌という媒体を通して自分の中でひとつひとつ確認してきたように思う。その意味で私は、歌と一緒に成長してきたといっても過言ではない。
百恵のレコードのセールスは「ひと夏の経験」から大きく伸び、シングルはコンスタントに毎回数10万枚の数字を叩き出すようになった。
そんな中でも年齢についての歌は続いていった。大いに話題をふりまいた「ひと夏の経験」から2か月後には、早くも同曲を含むアルバム『15歳のテーマ ひと夏の経験』をリリース。
ものすごいハイペースで作品が出ているが、この時代の売れている歌手はこうしたことがある程度は普通だったのだろう。ただ、それにしても百恵のこのリリース速度は大変なものだ。同じCBS・ソニーである80年代の松田聖子もかなりのペースだったが、それ以上ではなかっただろうか。
で、このアルバム『15歳のテーマ ひと夏の経験』の1曲目にはその「ひと夏の経験」が収録されているのだが、アルバム収録のバージョンはちょっと違う。曲が始まる前にこんなナレーションが入っているのだ。
あなたに会った瞬間、私は何かを感じました。言葉にならない痛みにも似た 何かを感じました。でも、それだけのことでした。私は臆病すぎたのです。愛が、初めての愛が、怖かったのです。
この頃の百恵のアルバムには、こうしたナレーション入りの曲が多い。というか、当時のアイドルの多くはこうした手法をとって、曲の世界観をより強いものにしていた。さっきと似た言い方をするなら、聴き手側が抱く妄想を、さらに加速させたことだろう。
このほか、アルバムには「教室を出たら大人」という曲がある。このように成長と大人になること、そしてその時点での本人の年齢がオーバーラップするような歌が存在しているのだ。
デビュー時の14才から始まった、百恵の私小説的な、実年齢ソングの路線は、こうして突き詰められていった。それは本当に、執拗なまでに。このことは、ファン心理としては、どんなものだったのだろう。
数ヵ月に1枚のシングル、またはアルバムで、その時々の年齢に言及した歌唱作品が出されるということは、そのシンガーのリアルタイムの変化、そして成長を感じることになる。幼かった声や唄い方も変わっていく。唄う言葉も、その設定も変化を見せ、聴いている側はその変容の場面に立ち会っている、という実感を得ることになる。
僕は当時、百恵の歌についてそんな接し方はしていなかったのだが(テレビの歌番組やラジオでヒット曲を耳にする程度だったので)、実際にそういうふうに逐一、彼女の新曲やニューアルバムに触れていたファンは、さぞかし刺激的だったのではないかと思う。
ただ、「青い性」路線については、「ひと夏の経験」の大ヒットによってあまりにもイメージが突出してしまったためなのか、以後、表現の過激さをややセーブしながら楽曲が作られるようになっていく。そこは歌手としての百恵の将来を考えたところもあったのだろうか。彼女の歌は決してスキャンダルの要素を仕込みたいわけではない、と。
そんな中でも、彼女の年齢を掲げた歌の表現は続いていった。同じ1974年の12月には5枚目のアルバム『15才』をリリース。このアルバムの冒頭の曲「ちっぽけな感傷」と最後の曲「嵐の中の少女」の、それぞれに挿入されたナレーションには、自身が15才という年齢であることが示され、言葉が読まれている。
さらに、翌1975年。百恵は16才になっていくわけだが……ここからは彼女を取り巻くものが、ちょっとずつ変化を見せていった。
(山口百恵 その3 に続く)
…というところでありますが、次回はこの山口百恵のシリーズを一旦お休みします。
次に特別に取り上げるのは、沢田研二!
25日の日曜日、自身の75歳の誕生日にさいたまスーパーアリーナでライヴを行うジュリーのことを書こうと思っています。
しかし山口百恵に沢田研二って、ほとんど『夜のヒットスタジオ』か『ザ・ベストテン』かの世界である。若い人には伝わりにくいかな。