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短編童話『折り鶴』

童話賞に応募したものです。


 
金曜日の五時間目。
外は雨がしとしと降っていて、雲は灰色でどんよりとしている。
まるで私の心の中をそのままうつしとったみたいな天気だ。
いつもなら友だちとおしゃべりしたりするけれど、今日はとてもそんな気分になれない。

教室のドアが開いて先生が入ってきた。抱えた籠の中には色とりどりの折り紙が積まれている。
号令の後、先生はみんなを見渡して
「みなさん知っていると思いますが、来月から六年生が広島に修学旅行に行きます。この時間ではそこに持っていく千羽鶴をつくるための折り鶴を折ってもらいます。内側にはみなさんの平和への願いを書いてください。それでは前から折り紙を配っていきますね」
と言った。
一番前の席の子に折り紙と『鶴の折り方』が渡される。みんな自分の好きな色を選ぶから、一番後ろに座っている私の元へ配られたのは残り物の茶色い折り紙だった。
水色がよかったな……。
ちょっと残念な気持ちになる。
「それではみなさん折ってください。折り方がわからない人は『鶴の折り方』を見ながら折ってくださいね。早く折れた人は前の教卓に予備を置いているので、どんどんつくってください」
みんなは元気よく返事をすると、黙々と折り鶴を折っていく。
私は裏側にメッセージを書くと、『鶴の折り方』を見ながら小さな折り紙を慎重に折り始めた。

でも……やっぱりうまくいかない。あちこちに意味のない折り目がつく。図と同じように折っているはずなのに、なぜか全然違う形になってしまう。
折っては広げ、折っては広げと繰り返しているうちに、折り紙はどんどんくしゃくしゃになっていく。
私はそっと周りを見た。みんなすでに一つ目の折り鶴は完成しているみたいで、机には二つ目、三つ目と折り鶴がとまっている。
なかには紙飛行機をつくって遊んでいる子までいる。

私は焦った。

でも焦れば焦るほど、手はうまく動かなくなる。
どうしてできないんだろう。
恥ずかしさと情けなさで涙が溢れてくる。五年生にもなって鶴が折れないのなんて、きっと私くらいだ。せっかく書いた『みんなが幸せに暮らせますように』という文字がぽたぽたと滲んでいく。

「どうしたの」
ずっとうつむいている私に声をかけてきたのは、隣の席の女の子だった。
席替えをしたばかりだったから、その子と話したことはほとんどない。
休み時間はいつも難しそうなワークを解いていて、みんなと遊んでいるところは見たことがなかった。今だってその子は机の上に算数のワークを広げていて、教室の騒がしさなんて全然気にしてないみたいだった。
周りの子の話では、地元の中学校じゃなくて、遠くの私立に行くのだそうだ。
「鶴、折れないの?」
そう聞かれて私は顔が真っ赤になる。その子の机には、きれいに折られた鶴がピンと羽根を伸ばしている。
私は一層恥ずかしくなって、何も言わずに小さくうなずいた。
「ちょっと待ってて」
それだけ言うとその子は立ち上がって真っすぐ教卓の方まで向かった。そしてそのままぐるりと一周したかと思うと、先生に何か話している様子だった。
きっと私が、鶴を折れないことを言っているんだろうな。
そう思うとまた泣きそうになる。

その子は先生に少し礼をしてから席に戻ってきた。
「もう予備の折り紙ないみたい」
申し訳なさそうにそう言うと、算数のワークを机の中にしまって、自分がつくった折り鶴を丁寧にほどき始めた。
「あっ」
私は思わず声をあげた。
美しく折られた鶴が、みるみるうちに何の変哲もない四角い折り紙に変わっていく。
「せっかく、折ったのに」
ようやく絞りだした私の声にその子はちょっと驚いたみたいだった。
「大丈夫、すぐもとに戻るから」
その子は私のしわしわの折り紙を手にとると、折り目を伸ばすように手のひらでアイロンをかけた。
「はい、これ」
そう言って私に折り紙を返すと、机をこちらに近づけた。
「じゃあ、いくよ。まずはこうやって三角に折って……」
私は慌ててその子の言う通りに折り紙を折った。

すると、どうだろう。

胴が、羽根が、頭が、尾が。
折り紙がどんどん鶴の形に近づいていく。
「最後にここをちょっと曲げて、完成」
私は羽根をそっと広げて、頭になる部分をくいっと折り曲げた。
あんなにしわくちゃだった折り紙が、あっという間に鶴の姿になった。
「私のも、ほらできた」
その子の折り鶴は一度折り直したせいか、さっきまでのはりが失われてしまっている。
私は申し訳なく思った。
その子はそんな私の様子を見て、
「ね、できたでしょ」
そう言って私の折り鶴の横に自分の折り鶴をそっと置いた。
不格好な二羽の鶴が、互いに寄り添うようにして並んでいる。
「かわいいね」
「うん」
「あの、ありがとう」
「そんなの、いいって」
窓の外はいつのまにか雨が上がり、清々しい青空が雲の隙間からのぞいている。
平和をのせた鶴たちが、いっせい舞い上がっていく姿を見た気がした。


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