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【断片小説】東京の術師たちの物語⑧

 殴り合いにはならなかったが、一触即発のムードで四戸と言葉でやり合っていたところを多くの人間に目撃されてしまった。これは何とも恥ずかしい上に特にゴシップ好きな同僚に見られていたことに後から気づいた俺は頭を抱える。
「派手にやりますね〜。」
 林はニヤつきながら俺を見てくる。男のくせにゴシップが好きななのはコイツの術式によるものか。
「派手なのは俺じゃない。アイツだ。」
 ダメだ。今ので完全に悪目立ちした。その前からだけど。とにかく早いとこ周囲に集まっていた一般人たちの記憶消してもらわないと。
「林、早いとこ野次馬たちの記憶消してくんない?」
「いや〜、もうちょっと注目を浴びてスター気分を味わってみたらどうです?」
「勘弁してくれ。」
 目立つのが好きじゃない俺がこれだけ注目されて、なおかつこのゴシップ男のつまみになれなんて。今日の俺の運勢は昨日に引き続き最下位に違いない。今回の件に関しては立川に派遣されたあたりから丸ごと記憶を喪失したい。
「ついでに俺からこの事件の特に四戸に関わった記憶は全部消してくれ。」
 そう言うと林は笑った。
「捜査に必要な記憶はいじれません。やったら俺が処罰を受けるので。」
 林はニンマリと笑って両手を広げて術式の構えをする。
「今回はどのようにしますか?」
 “どのように”と言うのは、「いつのどの人物のどの記憶をどのように書き換えてほしいのか」ということである。つまり、記憶喪失についてのオーダーだ。この時の林の顔はいつも最高に輝いている。人の記憶が、情報が、うまい飯となるこいつにとっては最高のご褒美だからだ。「キモい」とまでは言わないが、コイツの人の記憶への執着は理解するのは難しい。だが人の趣味にケチをつけるなんてできない。特にその趣味で助けてもらってる身としては。とにかく俺は感謝しながら林にオーダーする。
「消す部分は四戸が呪符を渡邉に見せたところから渡邉が地面に横たわるまで。書き換える内容は、そうだな、渡邉が観客を人質に取ってマジックをしていた。的な感じで。そこを止めに入った刑事が四戸と俺ってことで。対象人物はとりあえず半径500mいないの人間。」
「500?!広くないすか??」
「あの馬鹿どもは空中戦をやりやがった。」
「この真っ昼間に?!しかもみんな上を見上げるスカイツリーで?!」
「馬鹿だろう?」
 さすがの林も開いた口が塞がっていない。無理もない。妖霊部の刑事である術師たちは“人命に関わる緊急事態以外は人前で術式を発動することを避ける”というルールがある。それができなかった場合、林の出番となる。だから林が出動しなければならない事態というのはそもそも少ないのである。普段は記憶を書き換える対象者ももっと少ない。人命に関わると言っても、なるべく人の少ないところへ誘導して対処するのが手順としてあるからだ。
 だが、起きてしまったことは仕方がない。林は最初は驚いていたものの、意気揚々と詠唱を始めて瞬く間に現場を中心とした半径500mが光に包まれていく。何度見ても見慣れない眩しい光だ。対象人物たちの記憶が次々と抜き取られ林の中へと入っていく。ナント幸せそうな顔をしているではないか。そして林が取り込みを終わると、今度は対象人物たちが切り取られた部分へ林が造った記憶が入っていく。林の額には汗が浮かんでいる。先ほどの幸せそうな顔とは打って変わって、やや苦しそうな表情をしている。それだけ負担がかかる作業なのだろう。
 しばらくして光が収束し、林は膝から崩れ落ちる。俺は思わず林に駆け寄る。
「大丈夫か?」
 やっぱり無理させたか?今回は数が多すぎだよな。だが林の顔には満面の笑みが浮かぶ。
「先輩、なかなかいいシーンですね!さながら映画のワンシーンのようで!久しぶりにこんな面白いのを見ました!いや〜俺も現場にいればよかった。」
 俺の心配をよそに林は非常に満足していた。少しでも林を心配した俺の気力を返せ。そう思ってしまったが、コイツがいなければ今頃俺は注目の的どころかおそらく謹慎と減給処分だろう。多くの一般人に術式を見られた=一般人を“こちら側”に巻き込んだことになる。その上で被疑者死亡だ。しかも殺したのは俺。謹慎で済めばまだいい方だ。
 俺は林に礼を伝えて係長の元へと向かう。きっと係長は直接処分を言い渡しにわざわざ現場へ出向いたのだろうから。

「係長、お疲れ様です。申し訳ありません。一般人をかなり多くの人数を巻き込んで、その上被疑者を死亡させてしまいました。」
 俺は深々と頭を下げて謝罪する。係長から声が返ってこないあたり、相当お怒りなのだろうか。あのいつも間延びした温厚な声が聞こえてこない。だが、許しもないまま頭を上げるわけにもいかない。いつ姿勢を直せばいいのかタイミングを図っているとようやく声が掛かった。
「も〜いつまでそうしてるの〜?早く頭あげてよ〜。」
 恐る恐る顔を上げるとそこにはいつものニコニコした係長がいた。拍子抜けした俺はフリーズする。怒ってない?なぜだ?俺は妖霊部の名を、係長に泥を塗ったようなものだぞ??
「あの、俺、やらかしましたよね?完全に。」
「うん、そうだね〜。珍しくやっちゃったね〜。」
 だよな、やっぱり“やらかした”という認識は間違ってないよな。じゃあなぜ係長はこんなにも余裕なんだ?
「でもさ〜、人の部下を勝手に借りて事を大きくしたのは宵業の方だからね〜。こっちは被害者だから、ね〜?」
 どういう事だ?四戸のやつ、係長の許可取って調べていたわけではないのか?
「あの、俺てっきり宵業と妖霊部の合同捜査なのかと思ってましたが。」
「なんで〜?宵業から正式な申請なんて来てないし〜。そもそも〜、妖霊部に捜査権振っておいてやっぱり返してって言ってきたの宵業だし〜?捜査権は渡したけど部下まで渡した覚えないんだけど〜。ね?四戸さん?」
 珍しく嫌味な係長だと思ったら、その後ろには四戸がいた。先ほど一瞬で姿を消した四戸が。できれば二度と見たくなかった顔が係長の後ろから現れる。

「石留警部。先ほどはお騒がせして大変申し訳ありません。」
「本当だね〜。」
 係長へ軽く頭を下げる四戸。それに嫌味を含めて答える係長。これをなんとなく気まずいと思ってしまうのは俺だけだろうか。チラリと林の方を見やるとニヤつきながらこちらの様子を伺っていた。チクショウ、俺はまた林のつまみになるのか。俺は居心地が悪くとにかくこの空気をなんとかしようと思い切り出す。
「四戸、お前係長に許可貰って俺と捜査してたんじゃないのか?」
「お前が勝手についてきたんだろ。」
 俺は今日この場に来た経緯を思い出す。確か警視庁に来た四戸と話をして煽られて、車で事件現場に移動中に四戸が現れてここに来たんだっけ。
「いや、お前が勝手に俺の車に乗ってたんだろ!しかもハンドルまで奪いやがって!」
 思い出した。俺はここに来るまでの間に係長に直接任務を言い渡されていない。なんなら、昨日、立川から帰った後に捜査から外れたからこの件には関わるなと言われた。
 勝手に動いたのは俺か…。

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