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均等な世界か不平等な世界か

今朝とシドニーの自宅で2本並んだオーストラリアのビール瓶を見た時、ある事に気がついた。
何とビールの量が違うのだ。1本は上部のラベルの半分くらいまで、もう1本はラベルのした部分までしか入っていない。通常は均等に入っている事が当たり前でこの不平等な形はとても珍しい。
そんな不平等な2本のビールを見ながらある事を考えた。


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現在世界各地でウイルスが猛威を奮っている中で、すでに規制緩和に動き出し、新たに動き出している国がいくつかある。自分が住んでいるオーストラリアもその一つであり、いち早く動き出した国々は皆、『ニューノーマル』を口にする。
『ニューノーマル』とは新たな状態や常識を指す用語で、構造的な変化が避けられない状態を指す。世界経済はリーマンショックから立ち直っても、もとの姿には戻れないとの見解から生まれた言葉で、これは今回のコロナショックでも世界各国で使われている言葉である。
悲しいかな、現在のウイルスが現代社会から新たな未来へ進むための後押しとなった事は事実で、これからは今までの当たり前が当たり前でなくなる未来がくる。それは今までもそうであったように10年前まではなかったものが現在では当たり前になっているように。ただ今回のこのコロナショックでは世界中で一斉に『ニューノーマル』が生まれる。その変化のスピードは今までのように数年かけての変化とは異なる。一気に新しい未来が来るのだ。

その未来が均等な世界になるのか、それとも不平等な世の中になるのか。

もうすでに『ニューノーマル』に動き出している国々とまだコロナ禍の最中で動き出せていない国々とではその差は大きく、出遅れた国々は先駆けした国々と均等に並ぶため、スピードを上げる策を講じて追いつかなければならない。
これは国だけにならず、人にも同じ事が言える。
今のこの世界中が大きく動いている激動の『時』に止まっている暇などないと自我の念を込めて、日々自問自答し、そして新たなコトを考え、新たな試みを初め、様々な事がすでに動き出している。

そんな事を不平等な2本のビールから考えた。

未来が均等な世界になるのか、それとも不平等な世の中になるのか。もうそのすでにレースは始まっている。

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