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行列計算を使わない線形代数 #6 〜 おまけ(ベクトル空間の引き算としてのK群入門)

ベクトル空間の足し算は直和として定義できます。では、引き算はどのように定義したらいいでしょうか?ここでは、$${K_{0}}$$群を使って、ベクトル空間の引き算を考えることにします。おまけでは、いわゆる「ブルバキ流の記述」ではなく、発見的な記述でできるだけわかりやすく書くことにします。


$${K=\mathbb{R}}$$または$${K=\mathbb{C}}$$とします。

$${V,W}$$を$${K}$$-ベクトル空間とします。$${V}$$と$${W}$$の「和」は、直和$${V\oplus W}$$として定義できます。ここで、直和を復習しておきましょう。直積$${V\times W = \{(v,w) \,|\, v\in V, w\in W\}}$$に和とスカラー倍を以下のように定義します:

$$
(v,w) + (v',w') = (v+v', w+w'), 
$$

$$
\alpha(v,w) = (\alpha v, \alpha w), \quad \text{for} \,\,\, \alpha\in K.
$$

この和とスカラー倍によって、直積$${V\times W}$$はベクトル空間となり、そのベクトル空間を直和$${V\oplus W}$$というのでした。

いま、有限次元の$${K}$$-ベクトル空間の全体のなす集合を$${\mathrm{Vect}_{K}(\{\mathrm{pt}\})}$$と書くことにします。ただ、$${\mathrm{Vect}_{K}(\{\mathrm{pt}\})}$$と書くのは面倒なので、以下では$${\mathrm{Vect}}$$と書きます。すると、直和は$${\mathrm{Vect}\times\mathrm{Vect}}$$から$${\mathrm{Vect}}$$への写像を定めます:

$$
\oplus : \mathrm{Vect}\times\mathrm{Vect} \to \mathrm{Vect} \,\,\, ;\, (V, W) \mapsto V\oplus W.
$$

では、ベクトル空間の差$${V \,\text{"}\!\!-\!\!\text{"} \,W}$$はどのように定義したらいいでしょうか?そのために自然数のアナロジーとして、ベクトル空間の差を考えることにしましょう。ここで、自然数を考えるのは、ベクトル空間が「正の実態」であるためです(例えば、次元は自然数しかないなど)。

自然数$${n,m\in\mathbb{N}}$$に対して、その差$${n-m}$$を考えます。$${n\geq m}$$である場合、$${\ell=n-m\geq 0}$$とおきます。自然数の場合だと、この$${\ell}$$は正の整数として定義される訳ですが、ベクトル空間の場合だとこのままでは$${\ell}$$は定義されません。しかし、足し算は定義されているので、$${n=m+\ell}$$と考えなおすことにしましょう。すると、これはベクトル空間にも拡張できるかもしれません。それを試みてみましょう。

■「定義」6.1

$${K}$$-ベクトル空間$${V, W}$$に対して、ある$${K}$$-ベクトル空間$${L}$$が存在して、

$$
V \simeq W \oplus L
$$

となるとき、$${V\,"\!-\!"\, W:= L}$$と定義する。ここで、$${\simeq}$$はベクトル空間の同型を意味する。

さて、この「定義」6.1の問題点はなんでしょうか?例えば、$${\mathrm{dim}V =2}$$で、$${\mathrm{dim}W=3}$$の場合を考えます。この場合、$${\mathrm{dim}(V\,"\!-\!"\, W) = -1}$$となるので、 「定義」6.1を満たすベクトル空間$${L}$$は存在しないことになります。

つまり、「定義」6.1で考えるというのは、いわば、小学校1年生で習うような自然数の範囲で引き算を考えるということであり、限られた条件の中での引き算でしかないのです。

これを解消するにはどうでしたらいいでしょうか?

もう少し自然数でのアナロジーを考え進めましょう。ポイントは、負の整数を直接定義せずとも、差分としての負の整数は定義できるということです。どういうことかというと、-1は2つの自然数の差として表現することができます。例えば、$${-1=1-2}$$です。ただし、その表現方法は幾通りもあります:

$$
-1 = 1-2 = 2-3 = \cdots = 99 - 100 = \cdots . 
$$

つまり、自然数の組$${(1,2), (2,3), \cdots,(99,100),\cdots}$$を一つの対象として同一視することで、実質的にそれを-1と考えることができます。数学においてある2つの対象を同一視するためには、多くの場合、同値関係を使います。そこで、ここでもその手法を使ってみましょう:$${(n,m), (n',m')\in \mathbb{N}\times\mathbb{N}}$$に対して、

$$
(n,m) \sim (n',m') \Leftrightarrow n+m' = n'+m
$$

と定義する。これは同値関係を定めることがすぐに分かります。そこで、商空間$${(\mathbb{N}\times\mathbb{N})/\!\!\sim}$$を考えると、$${(\mathbb{N}\times\mathbb{N})/\!\!\sim}$$から$${\mathbb{Z}}$$への全単射を存在することが分かります。実際、その全単射$${\varphi: (\mathbb{N}\times\mathbb{N})/\!\!\sim \,\,\to \mathbb{Z}}$$は、

$$
\varphi([(n,m)]) := \begin{cases} n-m &\quad \text{if  } n>m,  \\ 0 &\quad \text{if  } n=m, \\ -(m-n) &\quad \text{if  } n< m, \end{cases}
$$

と定義できます。この$${\varphi}$$が全単射になることは証明してみてください。

自然数でのこのアナロジーを使って、ベクトル空間の場合に$${\mathbb{Z}}$$にあたる空間を定義してみます。

■定義6.2

$${\mathrm{Vect}\times\mathrm{Vect}}$$上の同値関係を以下のように定義する:

$$
(V,W) \sim (V', W') \quad \Leftrightarrow \quad V\oplus W' \simeq V' \oplus W. 
$$

ここで、$${\simeq}$$はベクトル空間の同型を表す。この同値関係による商空間を

$$
K_0 = K_0(\{\mathrm{pt}\}) := (\mathrm{Vect}\times\mathrm{Vect})/\!\!\sim
$$

と表す。

この$${K_0}$$の上で、足し算と引き算を定義しましょう。$${[(V,W)], [(V',W')]\in K_0}$$に対して、

$$
[(V,W)]+[(V',W')] := [(V\oplus V', W\oplus W')]
$$

とする。これは代表元$${(V, W),(V', W')}$$の取り方に依らないことが分かります。次に差を定義します。

$$
[(V,W)] - [(V',W')] := [(V\oplus W', W\oplus V')] . 
$$

■命題6.3

$${K_0}$$は上記の和(と差)により加群の構造が定義できる。さらに、写像

$$
K_0 \to \mathbb{Z} \,\, ; \,\, [(V,W)] \mapsto \mathrm{dim}V -\mathrm{dim}W
$$

は代表元の選び方によらずwell-definedであり、(加群としての)同型写像になる。

■演習問題

【1】命題6.3を示せ。

<目次>
#0 連載の目的
#1 ベクトル空間とは
#2 ベクトルの一次独立・基底・次元
#3 ベクトル空間の基底とその変換
#4 線形写像(その1)〜定義と次元定理
#5 線形写像(その2)〜双対空間
#6 おまけ〜ベクトル空間の引き算としてのK群入門
#7 おまけ〜ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間
#8 線形写像(その3)〜線形写像の共役
#9 おまけ:質点系の数理
#10 線形写像(その4)〜固有値・固有値・最小多項式
#11 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)
#12 線形写像(その5)〜対角化・最小多項式・一般化固有空間

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