行列計算を使わない線形代数 #8 〜 線形写像(その3) 線形写像の共役
■定義8.1
$${V}$$を有限次元のベクトル空間とし、$${X}$$を$${V}$$の部分空間であるとする。このとき、$${X}$$の直行空間(annihilator)$${X^\perp}$$を
$$
X^\perp := \{ f \in V^* \,\,|\,\, f(x)=0, \,\, \forall x \in X \}
$$
で定義する。$${X^\perp}$$は$${V^*}$$の部分空間になる。
■命題8.2
定義8.1の仮定のもとで、$${(V/X)^{*} \simeq X^\perp}$$が成り立つ。とくに、$${\mathrm{dim} X^\perp = \mathrm{dim}V-\mathrm{dim}X}$$である。
(証明)$${f\in X^\perp}$$に対して、$${\Phi(f)\in(V/X)^{*}}$$を
$$
( \Phi(f), [v] ) := f(v), \quad \forall\,[v] \in V/X,
$$
で定める。この$${\Phi(f)\in(V/X)^{*}}$$は、代表元$${v\in V}$$の選び方によらずwell-definedである。この$${\Phi}$$が$${X^\perp}$$から$${(V/X)^*}$$への同型写像を与えることを示す。
まず$${\Phi}$$が単射であることを示す。$${f\in\mathrm{Ker}(\Phi)}$$とすると、任意の$${[v] \in V/X}$$に対して$${f(v)=0}$$。つまり、任意の$${v\in V}$$に対して$${f(v)=0}$$なので$${f=0}$$となり、$${\Phi}$$は単射である。
次に全射であることを示す。いま、$${X\subset V}$$の補空間$${X^\circ}$$が存在する。つまり、$${V=X\oplus X^\circ}$$であり、$${V/X \cong X^\circ}$$である。この同型$${\phi: X^\circ \to V/X}$$を使うことで、$${\tilde{f}\in (V/X)^*}$$に対して、$${f'\in (X^{\circ})^*}$$を
$$
f'(x') := (\tilde{f}\circ \phi)(x') , \quad x' \in X^\circ,
$$
と定義できる。さらに、任意の$${v\in V}$$は$${v=x+x', x\in X, x'\in X^\circ}$$と一意に分解できることに注意すると、$${f\in V^*}$$を
$$
f(x+x') := f'(x') = (\tilde{f}\circ\phi)(x'), \quad x \in X, \, x' \in X^\circ,
$$
により定められる。$${f\in X^\perp}$$であり、$${\Phi(f) = \tilde{f}}$$であることが確かめられる。よって、$${\Phi}$$は全射である。$${\square}$$
■命題8.3(線形写像の共役)
線形写像$${\varphi : V \to W}$$に対して、以下を満たす線形写像$${\varphi^* : W^* \to V^*}$$がただ一つ存在する:
$$
(\varphi^*(g),v)_V = (g,\varphi(v))_W, \quad \forall v\in V, \forall g\in W^*.
$$
ここで、上式の左辺$${(\bullet, \bullet)_V}$$は$${V}$$上のペアリング、右辺$${(\bullet, \bullet)_W}$$は$${W}$$上のペアリングである。
(証明)$${g\in W^*}$$ を固定し、写像$${F_g : V\to K}$$を次のように定める:
$$
F_g(v) = (g\circ \varphi)(v)=g( \varphi(v) ), \quad v \in V. \quad \quad \cdots (*)
$$
$${\varphi}$$ と$${g}$$ が線形写像だから、$${F_g}$$ も線形写像になる。したがって、$${F_g}$$ は $${V^*}$$の元を定める。
そこで、対応$${g \mapsto F_g}$$が$${W^*}$$から$${V^*}$$への線形写像になっていることを示す。(*)より、
$$
F_{\alpha_1 g_1 + \alpha_2 g_2}(v) = \alpha_1 F_{g_1}(v)+\alpha_2 F_{g_2}(v)
$$
となるので、写像として$${F_{\alpha_1 g_1 + \alpha_2 g_2}= \alpha_1 F_{g_1}+\alpha_2 F_{g_2}}$$ が成り立つ。したがって、$${g \mapsto F_g}$$ は線形写像を定める。その線形写像を$${\varphi^*}$$と書けば、その定義より命題の条件を満たす。 $${\square}$$
■命題8.4
線形写像$${\varphi:V\to W}$$に対して、
$$
\mathrm{Ker}(\varphi^*) = (\mathrm{Im}(\varphi))^\perp, \quad \mathrm{Ker}(\varphi) = (\mathrm{Im}(\varphi^*))^\perp.
$$
(証明)$${g\in\mathrm{Ker}(\varphi^*)}$$とすると、
$$
0 = (\varphi^*(g), v) = (g, \varphi(v)), \quad \forall v\in V,
$$
が成り立つ。したがって、$${g\in (\mathrm{Im}(\varphi))^\perp}$$である。逆もあきらかなので、$${\mathrm{Ker}(\varphi^*) = (\mathrm{Im}(\varphi))^\perp}$$であることが分かる。
$${\mathrm{Ker}(\varphi^*) = (\mathrm{Im}(\varphi))^\perp}$$において、$${\varphi^*}$$を$${(\varphi^{*})^{*}=\varphi}$$で置き換えれば、もう一つの等式も成り立つ。$${\square}$$
■定義8.5(線形写像の指数)
線形写像$${\varphi : V \to W}$$に対して、その指数を
$$
\mathrm{Ind} (\varphi) = \mathrm{dim}\,\mathrm{Ker}(\varphi) -\mathrm{dim}\,\mathrm{Ker}(\varphi^*)
$$
で定義する。
■命題8.6
線形写像$${\varphi:V\to W}$$に対して、
$$
\mathrm{Ind} (\varphi) = \mathrm{dim} V - \mathrm{dim} W.
$$
(証明)命題8.2と8.5より、
$$
\mathrm{dim}\, \mathrm{Ker}(\varphi^*) = \mathrm{dim}\,(\mathrm{Im}(\varphi))^\perp = \mathrm{dim}W - \mathrm{dim}\,\mathrm{Im}(\varphi).
$$
よって、指数の定義より、
$$
\mathrm{Ind}(\varphi) = \mathrm{dim}\,\mathrm{Ker}(\varphi) - \mathrm{dim}W + \mathrm{dim}\,\mathrm{Im}(\varphi).
$$
ここで、上式に次元定理$${\mathrm{dim}\,\mathrm{Im}(\varphi) = \mathrm{dim}V - \mathrm{dim}\,\mathrm{Ker}(\varphi)}$$を適用すれば、命題の主張が成り立つ。$${\square}$$
■系8.7
$$
\mathrm{Ind} (\varphi_2 \circ \varphi_1) = \mathrm{Ind} (\varphi_1) + \mathrm{Ind} (\varphi_2).
$$
指数は各線形写像に対して定義されるものであるが、実際のその値は定義域と値域の空間だけで決まってしまい、その写像の詳細には依存しない。つまり、同型写像$${\phi : V\to V}$$に対して、$${\mathrm{Ind}(\varphi\circ\phi) = \mathrm{Ind}(\varphi)}$$となるので、線形写像の指数は一種の不変量を与えていると思うことができる。
■演習問題
【1】有限次元ベクトル空間$${V}$$の部分空間$${X}$$に対して、直行空間 $${X^\perp}$$が$${V^*}$$の部分空間であることを示せ。
【2】$${V}$$を有限次元ベクトル空間、$${X, X_1, X_2}$$をその部分空間とするとき、以下の命題を証明せよ:
(1) $${(X^\perp)^\perp \cong X}$$
(2) $${(X_1 + X_2 )^\perp = X_1^\perp \cap X_2^\perp}$$
(3) $${(X_1 \cap X_2)^\perp = X_1^\perp + X_2^\perp}$$
(4) $${V^* / X^\perp \cong X^*}$$
【3】$${V, W}$$の基底をそれぞれ$${\{v_1,\cdots, v_n\}, \{w_1, \cdots, w_m\}}$$とするとき、線形写像$${\varphi : V\to W}$$を$${m\times n}$$行列$${A=(a_{ij})}$$で表すことができる。すなわち、
$$
(\varphi(v_1),\cdots,\varphi(v_n)) = (w_1,\cdots, w_m)\begin{pmatrix*}a_{11} & \cdots & a_{1n} \\ \vdots & & \vdots \\ a_{m1} & \cdots & a_{mn} \end{pmatrix*} .
$$
このとき、共役写像$${\varphi^* : W^* \to V^*}$$を双対基底$${\{\hat{v}_1,\cdots, \hat{v}_n\} \subset V^* }$$, $${\{\hat{w}_1,\cdots, \hat{w}_m\} \subset W^* }$$で表すとどうなるか?
【4】有限次元ベクトル空間$${V}$$上の線形写像$${\varphi: V \to V}$$に対して、$${\mathrm{dim}\,\mathrm{Im}(\varphi) = \mathrm{dim}\,\mathrm{Im}(\varphi^*)}$$であることを示せ。
※【3】と【4】の結果より、行列$${A}$$の階数(rank)と共役行列$${A^*}$$(または転置行列$${A^T}$$)の階数は等しいことが分かる。
<目次>
#0 連載の目的
#1 ベクトル空間とは
#2 ベクトルの一次独立・基底・次元
#3 ベクトル空間の基底とその変換
#4 線形写像(その1)〜定義と次元定理
#5 線形写像(その2)〜双対空間
#6 おまけ〜ベクトル空間の引き算としてのK群入門
#7 おまけ〜ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間
#8 線形写像(その3)〜線形写像の共役
#9 おまけ:質点系の数理
#10 線形写像(その4)〜固有値・固有値・最小多項式
#11 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)
#12 線形写像(その5)〜対角化・最小多項式・一般化固有空間