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行列計算を使わない線形代数 #9 〜 おまけ:質点系の数理

今回のおまけでは、物理学(力学)から質点系をテーマに選びました。線形代数なので、線形微分方程式(行列の指数関数)や現代制御理論からテーマを選ぼうと思ったのですが、今後のことも考えて力学を選んでみました。ただし、内積も紹介していないので、入り口部分のみになります。

物理学、とくに古典力学における質点系を考えます。質点とは、体積は持たないが質量は持つという仮想的な力学的な対象をいいます。実際の物体は体積(大きさ・広がり)を持つため、その形状が変化したり、形状が変化しなくてもその物体自体が自転します。そのため、形状の変化や回転も考慮に入れる必要があるのですが、質点系ではそれらを無視して、質点自体の運動のみを考えることができます。

さて、質点系では一般に質点は複数であると仮定します。いま、質点の数を$${N}$$とし、その質点に$${1}$$から$${N}$$までの番号をつけます。そして、$${k}$$番目の質点の位置ベクトルを$${\bm{x}_k\in\mathbb{R}^3}$$とします($${k=1,\cdots,N}$$)。

$${N}$$個の質点の位置ベクトル$${\bm{x}_1,\cdots,\bm{x}_N}$$が指定されたとき、それを質点系の配位(configuration)といいます。つまり、質点系の配位は位置ベクトルを並べた組$${X = (\bm{x}_1, \cdots, \bm{x}_N)}$$により決まります。取り得る配位全体の集合を質点系の配位空間(configuration space)と呼び、

$$
\mathcal{X} = \left\{ X = (\bm{x}_1, \cdots, \bm{x}_N) \,\,|\,\, \bm{x}_k\in\mathbb{R}^3, k=1,\cdots, N \right\}
$$

と書きます。配位$${X = (\bm{x}_1, \cdots, \bm{x}_N)}$$を$${3\times N}$$実行列とみなすことができるので、配位空間$${\mathcal{X}}$$は$${3\times N}$$実行列のなす空間$${\mathbb{R}^{3\times N}}$$と同一視できます。とくに、$${\mathrm{dim}\mathcal{X} = 3N}$$です。

さて、配位$${X = (\bm{x}_1, \cdots, \bm{x}_N)}$$が与えられたときに、その$${N}$$個の質点がなす「形状」を見てみることにしましょう。例えば「形状」として、すべての質点が1点に集中している(衝突している)ケースが考えられます。この場合、$${\bm{x}_1 = \cdots = \bm{x}_N}$$になります。また、質点が一直線上に並んでいるケースでは、$${\bm{x}_k = \bm{c} + t_k \bm{d}, (t_k\in\mathbb{R}, k=1,\cdots, N)}$$となります。

「形状」と各質点の位置ベクトルの関係をもう少し統一的に扱うことを考えましょう。そのために、質点系の重心ベクトル$${\bar{\mathbb{x}}\in\mathbb{R}^3}$$を

$$
\displaystyle 
\bar{\mathbb{x}} = \frac{m_1\bm{x}_1 + \cdots + m_N \bm{x}_N}{m_1+\cdots+m_N}
$$

と定義します。ここで、$${m_k>0}$$は$${k}$$番目の質点の質量(mass)です。なぜ重心ベクトルを考えるのかというと、形状は相対的な位置によって決まるからです。つまり、固定された原点からみた配位$${X}$$を調べても、重心からみた質点の(相対的な)位置を調べても同じ「形状」が見えてくるはずです。そこで、重心から見た位置を考えることにしましょう。

そのために、重心ベクトルが$${\bm{0}}$$であるような配位全体

$$
\displaystyle 
\mathcal{X}_0 = \left\{ X = (\bm{x}_1,\cdots,\bm{x}_N) \in \mathcal{X} \,\,\left|\,\, \frac{m_1\bm{x}_1 + \cdots + m_N\bm{x}_N}{m_1+\cdots+m_N} = \bm{0} \right. \right\}
$$

を考え、重心系(center-of-mass system)と呼びます。$${\mathcal{X}_0}$$は$${\mathcal{X}}$$の$${3(N-1)}$$次元の部分空間になっています。この重心系$${\mathcal{X}_0}$$を使って、配位空間を$${\mathcal{X}\simeq\mathbb{R}^3\oplus\mathcal{X}_0}$$と直和分解できます。実際、この直和分解は

$$
X  = (\bar{\bm{x}},\cdots,\bar{\bm{x}})  + (\bm{x}_1-\bar{\bm{x}},\cdots,\bm{x}_N-\bar{\bm{x}}) \,\,\mapsto\,\, \bar{\bm{x}} \oplus (\bm{x}_1-\bar{\bm{x}},\cdots,\bm{x}_N-\bar{\bm{x}})
$$

から導かれます。つまり、配位を重心と重心からみた相対的な配位として分解していることになります。また

$$
\pi \,\,:\,\, \mathcal{X} \to \mathcal{X}_0 \,\,\, ;\,\,\, X \mapsto (\bm{x}_1-\bar{\bm{x}},\cdots,\bm{x}_N-\bar{\bm{x}})
$$

と書き、重心系への射影と呼ぶことにします。

配位の形状についての結果を述べるために、もう1つだけ記号を準備します。重心系の配位$${X=(\bm{x}_1,\cdots,\bm{x}_N)\in\mathcal{X}_0}$$に対して、$${\bm{x}_1,\cdots,\bm{x}_N\in\mathbb{R}^3}$$が張る空間を$${W_{X} := \mathrm{Span}(\{ \bm{x}_1,\cdots,\bm{x}_N \})}$$と書きます。

■命題9.1

配位$${X\in\mathcal{X}}$$に対して、

  • $${\mathrm{dim} W_{\pi(X)} =0}$$ならば、すべての質点は1点に集中している。

  • $${\mathrm{dim} W_{\pi(X)} =1}$$ならば、質点は一直線上に並んでいる。

  • $${\mathrm{dim} W_{\pi(X)} =2}$$ならば、質点は$${\mathbb{R}^3}$$のある平面上に広がっている。

  • $${\mathrm{dim} W_{\pi(X)} =3}$$ならば、質点は$${\mathbb{R}^3}$$内に空間的に広がっている(=一直線上にも、平面上にも広がっていない)。

ここまでくると命題はほぼあきらかなので、証明は省略します。

この命題では、質点の位置ベクトルの張る空間の次元を計算する必要があります。しかし、空間の次元を計算するのではなく、計算がより簡便な(代数的な)条件を与えることはできないでしょうか。

代数的な条件が与えられていないのには理由があります。重心系が$${3(N-1)}$$次元空間であるにも関わらず、その元が$${3}$$次元ベクトルの$${N}$$個の組(=$${3\times N}$$行列)として表現されているためです。つまり、$${\mathcal{X}_0}$$の基底を明示的に与えていないために、代数計算がしづらくなっています。

実は$${\mathcal{X}_0}$$に質量込みの内積を定義し、正規直交基底を取ることで、$${\mathcal{X}_0}$$の元は$${3\times(N-1)}$$行列として同一視できます。そして、命題9.1における条件はその$${3\times(N-1)}$$行列の階数に置き換えることができます。このあたりは、内積空間を紹介したあとで話すことにしたいと思います。

■追記:重心系の背景(2022.04.24)

この記事の背景には、群作用による力学系の簡約化(reduction of mechanics)というものがあります。簡単のため、以降$${N=2}$$の場合で簡約化を解説していきます。

$${N=2}$$なので、2つの質点の位置ベクトルをそれぞれ$${\bm{x}_1, \bm{x}_2}$$、速度ベクトルをそれぞれ$${\bm{v}_1,\bm{v}_2}$$とします。この2質点系の運動は、$${\mathcal{X}\times \mathbb{R}^{3\times 2}= \{ (\bm{x}_1, \bm{x}_2, \bm{v}_1,\bm{v}_2 ) \,\,|\,\, \bm{x}_1, \bm{x}_2, \bm{v}_1, \bm{v}_2 \in\mathbb{R}^3\}\cong \mathbb{R}^{3\times 2}\times\mathbb{R}^{3\times 2}}$$上の微分方程式

$$
\displaystyle
m_k\frac{d\bm{v}_k}{dt} = -(\nabla_{\bm{x}_k} V)(\bm{x}_1- \bm{x}_2), \quad \frac{d\bm{x}_k}{dt} = \bm{v}_k, \quad\quad k=1,2,
$$

で記述されます。ここで、$${V:\mathbb{R}^{3}\to\mathbb{R}}$$はポテンシャル関数で、

$$
\displaystyle
\nabla_{\bm{x}_k}=\left(\frac{\partial}{\partial (\bm{x}_k)_1},\frac{\partial}{\partial (\bm{x}_k)_2},\frac{\partial}{\partial (\bm{x}_k)_3}\right), \quad k=1,2. 
$$

さて、群$${\mathbb{R}^3}$$は配位空間$${\mathcal{X}}$$に

$$
(\bm{x}_1, \bm{x}_2) \mapsto (\bm{x}_1+\bm{a}, \bm{x}_2+\bm{a}), \quad \bm{a}\in\mathbb{R}^3, 
$$

のように作用します。これは、これまで考えていた$${\mathbb{R}^3}$$の原点を移動させたという解釈ができます。この作用は$${\mathcal{X}\times \mathbb{R}^{3\times 2}}$$にも持ち上げられ、

$$
(\bm{x}_1, \bm{x}_2, \bm{v}_1, \bm{v}_2) \mapsto (\bm{x}_1+\bm{a}, \bm{x}_2+\bm{a}, \bm{v}_1, \bm{v}_2), \quad \bm{a}\in\mathbb{R}^3, 
$$

となります。$${\bm{v}_k, k=1,2,}$$に関しては変化がないことに注意してください。なぜなら、どこを原点として位置を測っても、速度ベクトル自体は変わらないと解釈できるからです(もちろん、数学的にちゃんと定式化できます)。

いま、ポテンシャル関数がこの$${\mathbb{R}^3}$$の作用で不変です。つまり、

$$
V((\bm{x}_1+\bm{a})-(\bm{x}_2+\bm{a}))=V(\bm{x}_1-\bm{x}_2), \quad \bm{a}\in\mathbb{R}^3. 
$$

このとき、群$${\mathbb{R}^3}$$の$${\mathcal{X}\times\mathbb{R}^{3\times 2}}$$への作用によって上記の運動方程式は不変になります。このようなとき、力学系は並進対称性を持つといいます。

系が対称性を持つとき、その対称性に対応する保存量が存在します。並進対称性の場合は全運動量$${m_1\bm{v}_1+m_2\bm{v}_2}$$が保存します。実際に、

$$
\displaystyle
\frac{d}{dt}(m_1\bm{v}_1+m_2\bm{v}_2) = -(\nabla_{\bm{x}_1} V)(\bm{x}_1- \bm{x}_2) -(\nabla_{\bm{x}_2} V)(\bm{x}_1- \bm{x}_2) = 0
$$

になります。この記事ではラグランジュ方程式やハミルトン方程式を使っていないので対称性と保存量の関係がいまいち分かりづらいのですが、この両者は関係しています。Lie群による対称性があると、そこから保存量を求めることができます(ネーターの定理)。

系に対称性があり、保存量が存在したときに、何が嬉しいのでしょうか?

その答えは、保存量を使うことで、力学系の自由度を減らすことができるからです。いまの場合は、2質点系の全運動量が保存するので、

$$
\displaystyle
m_1\bm{v}_1+m_2\bm{v}_2 = (m_1+m_2)\frac{d}{dt}\left( \frac{m_1 \bm{x}_1+m_2 \bm{x}_2}{m_1+m_2}\right) = \text{const.}
$$

になります。つまり、重心の「運動量」$${(m_1+m_2)d\bar{\bm{x}}/dt}$$が一定であり、重心ベクトル$${\bar{\bm{x}}}$$が等速直線運動をしているということが分かります。さらに、

$$
\displaystyle 
\begin{align*} & \bm{x}_1 - \bar{\bm{x}} = \frac{m_2}{m_1+m_2}(\bm{x}_1 - \bm{x}_2 ) \\ & \bm{x}_2 - \bar{\bm{x}} = \frac{m_1}{m_1+m_2}(\bm{x}_2 - \bm{x}_1 ) \end{align*}
$$

となります。つまり、配位空間$${\mathcal{X}\cong\mathcal{X}_0\oplus\mathbb{R}^3}$$を重心ベクトルの方向($${=\mathcal{X}_0}$$)とそれ以外の方向に分解したとき、重心ベクトルの運動は解けていて等速直線運動になっていて、それ以外の方向が求めるべき運動になっていることが分かります。求めるべき運動は、当初2質点だったので6自由度(=速度も入れると12次元)でしたが、いまは3自由度(=速度も入れると6次元)になっています。

このように力学系に対称性があると保存量が存在し、その保存量を使うことで、考えている力学系の自由度を下げることができます。このような手続きを群作用による力学系の簡約化と呼びます。いまは$${N=2}$$で並進対称性による簡約化を考えましたが、一般の$${N}$$で可能であり、そのための準備がこの記事の前半になります。

さらに、質点系では回転対称性を仮定することが多く、並進対称性で簡約化したあとに回転対称性で簡約化することができます。

英語ですが、参考文献としては以下になります:

参考文献:T. Iwai, "Geometry, Mechanics, and Control in Action for the Falling Cat", Lecture Notes in Mathematics Book 2289, Springer. 

<目次>
#0 連載の目的
#1 ベクトル空間とは
#2 ベクトルの一次独立・基底・次元
#3 ベクトル空間の基底とその変換
#4 線形写像(その1)〜定義と次元定理
#5 線形写像(その2)〜双対空間
#6 おまけ〜ベクトル空間の引き算としてのK群入門
#7 おまけ〜ベクトル空間の具体例:線形常微分方程式の解空間
#8 線形写像(その3)〜線形写像の共役
#9 おまけ:質点系の数理
#10 線形写像(その4)〜固有値・固有値・最小多項式
#11 おまけ:線形常微分方程式の解(行列の指数関数とLie群の視点から)
#12 線形写像(その5)〜対角化・最小多項式・一般化固有空間

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