グリムクラウン 第1話
【あらすじ】
人知れず”魔”が人間を誑かす世界。孤児のセツナは双子の姉トワとともに孤児院で暮らしていた。卒業とともに姉と生活することを夢見ていたが、トワが人身売買の対象になってしまう。何とか助けようとするもセツナは手も足も出ず、トワが連れていかれてしまう。閉じ込められたセツナの元に”魔”が訪れ、誘惑されるが、セツナが結論を出す前に孤児院が吹き飛ぶ。半壊した瓦礫から現れたのは”魔”と契約したトワだった。
「一緒にこの世界を壊そうよ」
世界に絶望して暴走するトワを助けるため、セツナは眼前の”魔”に手を伸ばす。
「トワを助ける力を寄こせッ!」
そしてセツナは”魔”と契約した。
最愛の姉を、たった一人の家族を助けるために。
【設定・用語】
〇時代:近世~近代くらいの文化レベル
〇”魔(グリム)”
人間たちが住む「人間界」とは別次元からの侵略者。一般人には認知されていないが、各国上層部や治安維持組織はその存在を知っている。太古から存在していたが、人間が爆発的に増え、ネガティブな感情が強くなったことで出現頻度も爆増した。精神生命体となって人間界に渡り、人の精神を糧にしたり、肉体を乗っ取ったりする。
ネガティブな感情に付け込み「願いを言え」とせっついて来る。問いかけに対して願いを口にすることで憑りつかれ、願いを叶える代償として魂や肉体を奪われていく。
〇憑魔者(グリムポゼッシャー)
”魔”と取引して人外の力を得た人間。正気を失い、自らの願いを叶えるために他者の犠牲を厭わなくなる。人外の力を行使する際には幽体の角が生える。
願いを叶え終えてしまうと身体が完全に乗っ取られて角が実体化、肉体が異形化することもある。(多腕、多関節、複眼等)
〇氣
”魔”に対抗するために人々が生み出した技術の一つ。自然の中にあるエネルギーを取り込み纏うことで、精神生命体である”魔”にも有効な攻撃を行えるほか、身体能力や肉体の強度を引き上げることができる。
〇妖魔撃滅小隊
”魔”や、それに憑りつかれた者を討伐するための部隊。軍属。いくつかの分隊が存在しており、アタックチームは氣などを操れる者で構成されている。また、過去に”魔”と遭遇し家族友人を失っている者が多い。
【登場人物】
〇セツナ(13)
本作主人公。ヤンチャだが前向きで明るい性格の男の子。双子の姉のトワとともに孤児院に身を寄せている。14歳の誕生日(拾われた日)が近くなっており、孤児院卒業後はトワと家を借り、軍人となって食べさせていくつもり。イヴリスと契約して自らの血液を操作し、”魔”と人との契約を断つ力”断契ノ血(テスタメントセイバー)”を得る。
「たったひとりの姉ちゃんなんだ」
「トワを助ける力を寄こせッ!」
〇トワ(13)
セツナの姉。お姉ちゃんらしく面倒見のいい性格をしている。弟のセツナにはよく拳骨を落とすが、他の孤児院メンバーには慕われている。楽天的なセツナとは逆に孤児院から出ることに不安を覚えている。美少女。
「もう。私たちが最年長なんだからサボらないでよ」
「やっと姉を敬う気になった?」
「壊しちゃおうよ、こんな世界」
〇イヴリス(300~)
セツナの元に現れた”魔”で、自称『”魔”を統べる者』。目つきの悪いジャックオーランタンみたいな目鼻が浮かんだ炎の形をしている。
「”魔”を統べる王たる俺様と契約すれば、何でも思いのままだぜ?」
「力を貸してやる! アイツをぶった斬れ!」
〇エクス(???)
トワの元に現れた”魔”。イヴリスと何やら因縁があるらしい。
〇院長(80)
業突く張りのババァ。孤児院を経営しているが、資金を中抜きしつつ子供たちに強制労働を課して私腹を肥やすことに余念がない。(ツテがないので)普段はあまりやらないが、相手から持ちかけられて人身売買に手を出すこともある外道。
〇マフィアボス(55)
タル体型でゴテゴテの装飾に身を包んだおっさん。孤児院がある街を仕切るヤクザで、数年前に孤児院から目鼻立ちの整った少女を引き取った過去がある。「壊れたから新しいのを買いに来た」と言い放ち、トワに目を付けた。ロリコン。
部下がたくさんいる。
〇ザガン(39)
妖魔撃滅小隊の隊長で、咥え煙草に無精ひげのイケオジ。銃器と体術の達人だがだらしない性格で、よくものを無くしたり忘れたりする。沼にはまっていたところをセツナに助けられた。多数の銃を忍ばせているが、特に愛用しているのは二挺のデザートイーグル。特殊弾薬を詰めたS&W・M29(8-3/8インチのロングバレル)を切り札としている。
【第1話】
①
遠景。貧民街を颯爽と歩く二人組を眺めている。軍帽にインバネスコートを羽織った軍人。彼らが向かう先には店先で暴れるチンピラがいるが、近づくと同時、瞬く間に叩き伏せる。
セツナ「おおっ、かっちょいい!」
丘の上にある畑の畔にしゃがみこんだ少年が、壊れて片目だけになった望遠鏡を覗き込んでいる。
セツナ「やっぱり軍人だよな。悪者をバシバシやっつけてお金もガッポガッポ」
だらしない顔をして夢想するカナタの背後から声。
???「農作業もやらずに何してんだい。晩御飯抜きだよ」
セツナ「うぇっ!?」
セツナ「って、トワかよ! 業突くババァかと思った」
セツナが振り返ると、鼻梁の整った少女・トワがいた。トワは唇を尖らせ、腰に手を当ててセツナを叱る。その背後には笑う子供たち。
トワ「もう。私たちが最年長なんだからサボらないでよ」
トワ「それに、いくら本当のことでも、業突ババァはダメよ」
セツナ「フォローする気ゼロじゃん」
子供①「怒られてるー」
子供②「ガキみてー!」
セツナ「誰がガキじゃい。俺とトワは双子だっつの!」
子供①~③「みえなーい」
トワ「みえなーい」
セツナ「お尻ぺんぺんだぞちびっ子どもめ」
子供を追っかけ回すセツナ。楽しそうにはしゃぐ子供たち。
トワ「もう! 作業に戻りましょ!」
子供たち「はーい」
子供たちが作業に戻る。広大な土地の石拾いや草抜き。遠くの方は倒木があったり岩石が埋まっていたりと荒れている。
セツナ「俺は終わってる」
セツナが指し示した先は綺麗になっており、畝も作られている。
トワ「えっ!? はやっ!」
力こぶをつくって鼻息を荒くしたセツナ。
セツナ「鍛えてるからな」枠外:軍人になるために
トワ「子供たちの分を手伝ってあげたら?」
セツナ「それじゃアイツらが育たねぇからな」
セツナ「俺は肉とか獲ってくるよ」
セツナは開墾地域の奥にある森を指し示す。どんよりと嫌な雰囲気。
トワ「また鎮守の森に入るの!? バレたら怒られるよ?」
セツナ「今更だろ」「夕飯の足しになるもん探してくる」枠外:ちび共も食べ盛りだからな
トワ「そんなことより愛しの姉のノルマの開墾やってよ」
セツナ「双子に姉も妹もねぇだろ」
セツナ「まぁ、肉取り終えたら手伝ってやるよ」
トワ「ふふ」「さっすがセツナ!」
セツナ「今からならしばらくはババァも来ないだろ」
トワ「いざとなったら誤魔化しとくわ」枠外台詞:お腹壊して茂みにいるって
セツナ「下痢ピーかよ……まぁ頼むわ」
セツナとトワの視線の先には木造で蔦に覆われた孤児院がある。威圧感がある。
②
カーペットが敷かれ暖炉には火が入った部屋。室内は孤児院とは思えない豪華な調度品が並んでいる。部屋の中、院長は邪悪な笑みを浮かべながら金を数えている。
院長「あとガキの一匹か二匹も売れば借金も完済だ」
院長「そうしたらカジノで豪遊するか、バカンスと洒落込むか」
夢想しながら葉巻に火をつけて一服。
ドアが開けられる。
院長「ノックもなしに誰だい! 晩飯抜きにして——……」
怒鳴ろうとするが、入ってきたのが子供ではなく黒服の男だと分かって止まる。
院長「ひひっ、お久しぶりですなぁ。今日はどういった御用向きで?」
黒服①「ボスから手紙を預かってきている」
黒服は懐から手紙を取り出して渡す。手紙を開いて一読した院長がいやらしい笑みを浮かべる。
院長「こちらもなかなか経営が厳しくて」
院長「子供たちは大切な労働力ですからねェ」
黒服「チッ……業突く張りが」
懐から札束を取り出す。
院長「まいどあり」
黒服「今夜、ボスと一緒にもう一度来る。ガキを集めとけ」
③
森の中、セツナは藪を掻き分けながら進んでいる。
セツナ「肉、肉、きのこ……ついでにフルーツ」枠外:トワが喜ぶからな
???「おい坊主……この森は”鎮守の森”だ」
???「進入禁止だぜ?」
声がした方を見るセツナ。そこには、胸の辺りまでどっぷり沼に浸かりながらも煙草を吸ってニヒルな雰囲気を出す軍人ザガンがいる。
セツナ「!?」「なんだお前!?」
ザガン「ザガン。鎮守の森を見回りに来た軍人さ」
ザガン「ところで……」「助けてくれないか?」枠外:このままだと死ぬ
キメ顔で助けを求めるザガン。
ザガンは沼から脱出する。セツナは肩で呼吸をしてへたり込んでいる。辺りには救出に使った蔦や木の枝が散乱している。
ザガン「助かったよ」
セツナ「何してたんだよアンタ」
ザガン「戦闘中に沼にはまってな。警戒を優先したらそのままずぶずぶと」
セツナ「ぐ、軍人ってもっとかっこいいと思ってたんだけど」
ザガン「もう少しで死ぬとこだった……怖かったぜ」
セツナ「戦闘って……誰と戦ってたんだ?」
セツナの言葉と同時、脇の茂みから角が一本生えた男が飛び出してくる。白目を剥き、口から涎を垂らした男は、四足獣のような姿勢でセツナに飛び掛かる。
セツナ「なっ!?」
ザガン「あぶない」
セツナをひょいっと後ろに放ったザガンは懐から、デザートイーグルのようなデザインの大型自動拳銃を二挺取り出して構える。
ザガン「助けられた分の恩返しはしないとな」
角の男に銃弾を撃ち込んでいく。我に返ったセツナがザガンに飛びつく。
セツナ「何してんだよ!? 相手は人間――」
ザガン「――だったら良かったんだけどねェ」
二人の視線の先、銃弾を撃ち込まれたはずの男が立ち上がる。銃弾がぽろぽろと零れ落ち、半透明の鎧みたいなものが男を覆っているのが見える。ビキビキと血管を浮き立たせた角の男がザガンに飛び掛かる。
角の男「金ト女ヲ寄コセッ!」
ザガン「下らねぇ欲望で魂を売ってんじゃねぇよ」
体術で角の男を制圧すると、銃口を角にあてがい発砲。角をへし折る。
男はシュウシュウと煙を上げて融けていく。
セツナ「どうなってるんだ……?」
ザガン「あれは憑魔者(グリムポゼッシャー)さ。弱い心に負け、魂と肉体を差し出す取引をした、哀れな元人間」
セツナ「と、取引? 誰とだ?」
ザガン「”魔(グリム)”――人の弱さに付け込んで、この世を蝕む怪物さ」
ザガン「といってもさっきのは『一本角』。ド低級だけどね」
ザガンはデザートイーグルをしまい、代わりに懐をごそごそし出す。
ザガン「助けてくれたお礼に低級の”魔”を退ける――」
ザガン「アレ? たしかここに?」枠外:こっちか?
ザガン「ないぞ……それならこっち」枠外:アレ?
セツナ(……このおっさん、すごい人なんだよな……?)
だんだんと視線が冷たくなるセツナだが、ザガンはそれを気にせずごそごそ。チェーンのネックレスを取り出し、セツナに握らせる。
ザガン「ホレ、こいつをつけとけ。二本角までの”魔”だったらこれで凌げる」
セツナ「二本角……?」
ザガン「”魔”は強くなると角が増える」
ザガン説明「1,2本ならば低級(レッサー)
3~5本ならば中級(ミディ)
6本以上は上級(グレーター)」
セツナ「さっきのよりずっと強いのがいるのか……!」
ザガン「まぁ低級以上の奴らはほとんど現れんが」
ザガン「”魔”は人のネガティブな感情が好きだからな」
ザガン「人がいるとこには現れるぞ」
ショックを受けるセツナに、ザガンが薄く笑いかけ、頭を撫でる。
ザガン「心配すんなよ。ああいうのを倒すために俺がいるんだ」
ザガン「近頃”魔”が活性化してる」「ボウズも気を付けろよ」
ザガン「って、内緒だったんだっけ」枠外:”魔”のことも秘密で頼むわ
踵を返し、ひらひらと手を振るザガン。
ザガン「そんじゃ、元気でな」
ザガン「ここは立ち入り禁止だからな」枠外:今回は見逃すけど
呆けていたセツナが我に返る。
セツナ「や、やべぇ!!」「戻らねぇと!」
④
孤児院の食堂。風呂上りのセツナが子供たちに合流すると、全員が壁に並び妙な雰囲気を漂わせている。トワ含む女子はワンピースドレスを着せられている。セツナはこそっとトワに近づき、ひそひそ話。
セツナ「どうしたんだよ、おめかしなんてして」
トワ「院長からの命令よ」
トワ「孤児を引き取りたい人がいるんですって」
トワ「選ばれるのは幼い子だと思うけど、一応、ね」
セツナは思いついた顔をして首に掛けたネックレスを渡す。
トワ「綺麗……どうしたのこれ」
セツナ「貰った」「トワの方が似合うから、やる」
ちょっと恥ずかしそうなセツナに、トワは満面の笑み。
トワ「ありがと」「やっと姉を敬う気になった?」
セツナ「だから双子なのに姉も妹も——」
トワ「孤児院卒業まであと少しだから、頑張ろうね」
セツナ「おう」「それから……綺麗だぞ」
トワ「ふふ」「セツナ、大好き」
院長が現れる。
院長「お前らを引き取っても良いという奇特な紳士がお越しだ」「失礼のないようにね!」
院長に続いてタル体型に葉巻のマフィアボスが現れる。後ろには部下が多数。
トワ・セツナ「ッ!」
マフィアボス「さぁて……どいつにするかね」
舌なめずりをしていやらしい笑みを浮かべるマフィアボス。一人の少女の前で止まるが、少女は怯える。
院長「しゃんとおし!」
怒鳴る院長にさらに委縮する少女。彼女を守るようにトワが立ちはだかる。
トワ「怖がってます」「それに」
トワがマフィアボスを睨む。
トワ「あなた、四年前にもウチから養子を取ってるはずよね?」
トワ「それなのにまた養子って……どういうことなの?」
マフィアボス「アレは遊び過ぎて壊れた。だから次のを買いに来たんだ」
マフィアボスの発言がまともでないことを察したトワが表情を強張らせる。マフィアボスはそんなトワを見て笑う。
マフィアボス「本当はもっとガキの方が良いんだが、気に入った」
マフィアボス「お前で遊ぼう」
マフィアボスがトワに手を伸ばす。恐怖と嫌悪に駆られたトワが身を竦め、顔を背ける。目に涙を浮かべている。
セツナ「トワに触るんじゃねぇっ!」
マフィアボスに飛び掛かろうとするセツナだが、護衛していたマフィア部下に阻まれる。そのまま囲まれてボコボコにされる。
トワ「セツナっ!」
マフィアボス「身の程を弁えろ、ゴミが」
マフィアボス「おい、院長。味見(・・)がしたい。部屋を貸せ」
院長「ひひっ。二階の奥を使ってください――」
トワ「セツナ! セツナぁっ!」
セツナ「待てっ」「ガッ!?」「ググッ……!」
トワとセツナは互いに手を伸ばすが届かない。トワはマフィアボスに引きずられ、セツナはマフィア部下にぼこぼこにされる。
院長「ウチの労働力だ。殺さないでよ。そこの物置にでも閉じ込めておくれ」
セツナ「……ワ……!」
院長「あきらめな。アンタなんかと卒業するよりよっぽど贅沢できる」
院長「まぁ、乱暴なのが好きみたいだから壊れるまでだけどね」
階段下の物置に放り込まれ、外から鍵を掛けられる。
セツナ「……トワ……ちくしょうっ……!」
拳を握りしめたセツナ。ボロボロの身体で何とか外に出ようとドアを叩くが、鍵は外れない。そのままへたり込み、涙がこぼれる。
暗い室内にボッと青白い火球が生まれる。火球にはハロウィンカボチャのようなデフォルメされた目と口が付いている。
火球「悔しいよなぁ」「苦しいよなぁ」「ムカつくよなぁ」
セツナ「だ、誰だ!?」
火球「俺様はイヴリス」「お前を助けにきた」
セツナ「……”魔”か!?」
イヴリス「ンだよ、知ってんのか」
面白くなさそうな表情になるイヴリス。態度も悪くなる。
イヴリス「で? 俺様を受け入れるのか?」
イヴリス「”魔”を統べる王たる俺様を受け入れれば、何でも思いのままだぜ?」
イヴリス「搾取も」「暴力も」「すべての理不尽をメチャクチャにしてやるよ」
セツナの脳裏に、院長に怒られた場面やマフィア部下から暴力を受けた場面が浮かぶ。
イヴリス「ほら、俺様の手を取れよ」「願いを言っちまえ」「すぐにでも憑りついてやる」
歯を食いしばり、顔を歪めたセツナは手を伸ばしかける。
が、すんでのところでその手を握りしめる。
セツナ「ここで俺が折れたら……トワが独りぼっちになっちまう」
イヴリスは不満げな表情を浮かべる。
イヴリス「はぁぁぁぁぁ」「つまんねェ野郎だ」「ガッカリだよ」
セツナ「うるせぇ!」
額がつくくらいの距離で睨み合う二人。互いに鼻を鳴らしあってそっぽを向く。
イヴリスはふわふわと浮かびながら移動し、ドアをすり抜けようとする。
イヴリス「他の誰かを探すか」
セツナ「あっ、おい! 外に出るなら鍵を外してくれよ!」
イヴリス「嫌に決まってんだろバーカ」「何で俺様がそんなことしなきゃいけねぇんだよ」
出ていこうとするイヴリスを引っ張る。
イヴリス「テメェ、何しやがる!」「俺様はさっさと憑りつく相手を探さねぇとなんねぇんだよ!」
セツナ「外にはチビどもがいるんだぞ!」「狙わせてたまるか!」
イヴリス「くそが! 俺様の身体が盗られちまうじゃねぇか!」
孤児たちの顔を思い浮かべてイヴリスの前に立ちはだかるセツナ。
直後、強烈な振動と破壊音が二人を襲う。
セツナ「!?」
イヴリス「クソ……遅かったか!」
消えるイヴリス。セツナが周囲を見回すと、衝撃の余波でドアが取れかけている。
セツナが体当たりでドアを開ける。ドアの向こうは暗雲の立ち込める夜。孤児院は半壊していた。瓦礫の山の上に立っているのはトワ。王冠のようなものを被ったトワは、陶酔するような笑みを浮かべている。
頬には殴られた痕があり、ワンピースの首から胸までが裂けて胸部が露わになっている。乳房の片方は噛み傷があり、血が滴っている。セツナがプレゼントしたネックレスは無くなっている。
セツナ「トワ!? なんだその王冠!?」
トワ「ねぇ、セツナ。この世界って最低だと思わない?」
セツナ「いったい何を——」
トワ「頑張っても足蹴にされて」「搾取されて」「食い物にされる」
トワの背後から血塗れのマフィアボスが現れる。角材を振りかぶったマフィアボスだが、トワは振り返りもせずに手を翳す。マフィアボスはビキビキと血管を浮き上がらせてからぐったりする。
トワ「壊しちゃおうよ、こんな世界」
セツナ(違う)
トワ「ねぇ、セツナ?」
セツナ(王冠じゃない……あれは角だ)
10本の角が頭の上に揺らめき、王冠のようになっていた。
セツナ「”魔”と取引したのか……!?」
トワ「うん。乱暴されそうになったところを、助けてくれたの」
トワ「もらったネックレスも、千切られちゃった」
トワの身体に纏わりつく影。影はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべており、どう考えても助けた、という雰囲気ではない。
セツナ「トワ、正気に戻れ!」
トワ「セツナ……?」
セツナ「”魔”なんかに負けるな!」
瓦礫を登りながら必死にトワへと手を伸ばすが、トワは不快そうに顔をしかめる。
トワ「あなた、偽者ね……」
セツナ「は!? 何を——」
トワ「本物のセツナなら、いつでも私の味方してくれるもの」
トワから衝撃波が放たれてセツナは吹き飛ぶ。転がりながら瓦礫の下の方まで落ちていく。慌てて起き上がりトワのほうを見ると、瓦礫の頂点にトワのシルエット。そこからオーラのようなものが伸びており、瓦礫のアチコチに不自然な姿勢の孤児の子供たちがいる。
トワ「皆は私の気持ち、分かってくれるよね?」
がくがくと揺れる孤児の子供たち。白目を剥いており、意識があるようには見えない。
セツナ(――操られてるのか!?)
トワ「さっさと世界を滅ぼしちゃおう」
トワ「でもその前に」「本物のセツナを探しに行かなきゃ」
トワ「まったく……お姉ちゃんは大変だわ」
苦笑するトワを見てセツナは歯を食いしばり、苦しそうな表情になる。駆け出して再びトワに手を伸ばす。
セツナ「トワ! 何言ってんだよ! 俺が——」
トワ「その偽者は、要らない」
孤児の子供たちが飛び掛かり、セツナは吹き飛ばされて倒れる。セツナの目から涙がぼろぼろと溢れる。
セツナ「チクショウ……!」「チクショウチクショウチクショーッ!」
悔しがるセツナの目に、コソコソと逃げようとするイヴリスが映る。
イヴリス「ゲッ」
セツナ「姉ちゃんなんだよ」
イヴリス「ちょと待て!」
セツナ「たった一人の姉ちゃんなんだ」
イヴリス「アイツ(・・・)に見つかるとまず——」
イヴリスの言葉を無視してセツナはイヴリスに手を伸ばす。悲鳴を上げるイヴリスを無視して無理やり自分の胸に押し込む。
セツナ「魂だろうと肉体だろうとくれてやる!」「だから——」
強烈な光がセツナの身体を包む。
セツナ「トワを助ける力を寄こせッ!」
セツナの頭の上にも王冠角が現れる。王冠角にはデフォルメされた目と口がある。
イヴリス「助けたいだと!? ネガティブな感情じゃねぇだろうが!」
セツナ「うるせぇ!」「トワ、今行くぞ!」
セツナの身体のあちこちにある傷から血が滲み、セツナのまわりに浮遊する。セツナは三度、トワに向かって駆け出す。気づいたトワがそれを睨む。
トワ「皆! 偽者をやっつけて!」
セツナ「させるかっ!」
操られた孤児がセツナに突進するが、セツナの周囲を浮遊していた血液が赤黒の盾になって受け止める。孤児がずり落ちると同時、盾はさらに姿を変えて赤黒の太刀となる。
イヴリス「さっさと終わらせろクソが」「本体との繋がりを切れ!」
セツナが太刀を振るい、トワと孤児とを繋ぐオーラを断ち斬る。孤児はくたりと崩れ落ちる。トワはそれを見て顔色を変える。
トワ「そんな!?」
セツナ「今行くぞ、トワ!」
トワ「来ないで……来ないでッ!」「いやぁっ!」
錯乱したトワの身体から衝撃波が放たれる。セツナは太刀を構えて何とかそれに耐える。白目を剥いたトワの身体から黒い翼が生え、浮かび上がる。同時にトワの王冠角にも目が現れる。
エクス「イヴリス……まだ生きていたのか」「死にぞこないが」
イヴリス「エクス! てめぇ!」
エクス「この女を完全に支配したら次は間違いなく殺してやるからな」
イヴリス「次があると思うなよクソッタレ」
イヴリス「おいクソガキ!」「力を貸してやる! アイツをぶった斬れ!」
セツナ「アイツをって……トワはどうなる!?」
イヴリス「知るかッ!」
セツナ「じゃあ斬れるわけないだろっ!?」
エクス「くくく……憑りついた相手はハズレなようだな」
イヴリス・セツナ「「うるせぇ!」」
セツナは駆け出す。
エクス「ふん。今ここで始末してやる」
エクスからオーラが放たれ、先ほど倒れたマフィアボスが立ち上がる。二本角が浮かび上がり、白目を剥いて泡を吹いている。
マフィアボス「がぁぁぁぁぁッ!」
セツナ「うおっ!?」
マフィアボスは身体を自壊させ、怪物へと変貌しながらセツナへと襲い掛かる。セツナはビビッて飛び退くが、イヴリスに叱られる。
イヴリス「馬鹿野郎! あの程度のクソ雑魚にビビッてんじゃねぇよ!」
セツナ「俺もエクスの野郎に用事がある」「癪だが力を貸してやるよ」
セツナの傷口から流れる血液が空中に浮かびあがり、弾丸になる。
イヴリス「カス”魔”にビビッてんじゃねぇぞ!」「お前が契約したのは”魔”を統べる王なんだからな!」
弾丸がマフィアボスの身体を破壊し、そこから形を変えた血液によって捕縛される。
イヴリス「今だ、角を斬れ!」
セツナが太刀を一閃し、角が斬り飛ばされる。マフィアボスは崩れ落ち、そのまま溶けていく。
エクス「ククク……魔を統べる王?」「笑わせる!」
イヴリス「アイツをぶっ殺すぞ!」
手元の太刀が足場へと変化する。セツナはそれを伝って空中のトワの元にたどり着く。衝撃波を受けて血を吐くが、トワの王冠角に手を掛ける。
セツナ「トワから離れろッ!」
イヴリス「馬鹿っ、何やってんだ!?」
セツナ「引っぺがすんだよ!」
エクス「汚い手で」「私に触れるなッッッ!」
衝撃波が放たれて、再び吹き飛ばされる。が、トワは衝撃波を放った左手を、自らの右手で押さえ、無理やり向きを変えていた。
エクス「クソ……意識はとっくに無くしてる癖に!」
セツナ「トワ……!」
トワが自分を助けてくれたと察したセツナは希望を抱いて立ち上がる。が、二人を包囲する様に軍人たちが現れる。
ザガン「動くな! 双方、捕縛させてもらう!」
セツナ「ザガンさん!?」
ザガン「セツナ、か……!?」
セツナ「助けてくれ! 双子の姉ちゃんなんだ!」
セツナがトワに視線を戻す。白目を剥いたトワの両腕が振られる。同時にまだ接続の切れていない子供たちが一斉にセツナへと飛び掛かった。四肢に組みつかれて動けないセツナを尻目に、トワは上空に逃げる。
セツナ「トワ! 待ってくれ、トワ!」
ザガン「逃がすなっ!」
軍人たちが武器を構えるが、稲光が起き、目が眩む。トワの姿は消えていた。雨が降り始める。
セツナに取りついていた子供たちが意識を失い崩れ落ちていく。
セツナ「トワ……チクショウ……!」
空を見つめていたセツナは小さく呟き、倒れる。意識を失っている。
ザガン「負傷者を収容!」「憑魔されている可能性もある! 拘束を怠るな!」
軍人①「隊長、あの少年は——」
ザガン「俺が護送しよう」「S4ランクの拘束具を用意してくれ」
軍人①「はっ!」
ザガンは雨の中で倒れるセツナを見つめる。
ザガン「……王冠角か」
<第一話・了>
【各話リンク】
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