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永久歯の面影を探して


お口の中の厄介者、親知らず。
先日ついに記念すべき1本目(左上)を抜いてもらった。

凄腕先生はビビりな私に怖がる余裕も与えないくらいにあっという間に、痛みも苦痛もなくあっさり抜いてくださった。

抜歯自体のショックとあまりの呆気なさに茫然自失になりながらガーゼを噛んで帰宅。
血だらけのガーゼを吐き出し、何度かうがいをする。

まだ麻酔で感覚のない歯茎。
実感が湧かないけど、さっき歯があったはずのここには今なにもないのだ…そして歯茎が、歯茎の中身(?)…自分の内臓がむき出しなのだ…。と恐ろしくなる(私は皮膚の下のものを畏敬の念を込めて全て「内臓」と呼んでいる)。

恐怖しながらも恐る恐る舌で患部を触ってみる。
そこにはぽっかりと穴が空いていて、がっつりと血の味。

抜歯直後に先生に見せてもらった、さっきまで自分に生えていた虫歯で黒ずんだ親知らずはどこか他人行儀で、「本当に私の一部か?」と信じられなかった。
口の最奥に鎮座し、歯磨きのときですらなかなかお目にかかることがない歯だったから余計だ。

しかし自分で患部を確かめてようやく実感が湧いた。
ああ、長年苦楽をともにしてきた自分の身体の、その0.000001%くらいは死んでしまったのだ、と。

私の死んだ一部は、歯医者で一体あの後どうなるのだろう。
他の患者さんの歯と一緒に供養されたりするんだろうか、それともそのまま燃えるゴミ?として廃棄されてしまうんだろうか。


抜歯後数日は、そこに歯がないことになかなか慣れず、右側だけで食事をしたり、柔らかい食事を選ぶようにしたり、抜歯の穴に食べものが詰まったときには恐怖して何度もうがいをしたりしたが、今となってはすっかり慣れた。

そして最近は、舌で患部を舐めては、その奥に硬いもの触れないかと無意識のうちに確かめるようになった。

なんだか懐かしい…。
なんだっけこの感覚…。

そうだ、これって乳歯が抜けて永久歯が生え変わるときのやつだ。

乳歯が抜けた後、その下にやおら顔を出す永久歯が気になっていつもペロペロ舐めていたっけ。

もう20年以上も前の話なのに、どうやら私の身体や深層心理はその感覚をしっかり覚えていたらしい。

そうして、今日も私は生えてくるはずのない永久歯を待って不毛にペロペロするのであった。




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余談なんですが、乳歯って基本全部生え変わっているはずなのに、歯が抜けたときの記憶って2本くらいしかない。この本数が全部一回抜けていると思うとすごいな。

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