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国際バカロレア(IB)を知って、公立高校の社会科で授業をどのように変えたのか【002】

 前回の投稿で「学校教育への疑問」について、私の経験を中心に述べました。

 今回は、国際バカロレア(IB)について学んだその後、私が勤務していた日本の公立高校に戻り、どのように授業を変えたのかについてまとめています。IBというのは、簡単に言うと「探究や概念をベースとして学ぶ」のが特徴の教育です。それに関しては別の記事でまとめていますので、参考にしていただけたらと思います。

「木を見て森を見ず」教育の役割を根本から問い直す

 私はIBのプログラムを完璧なものだと思ったわけではありません。しかし、今の知識偏重型の教育を変えるには参考すべき要素があります。まだ日本のカリキュラムしか知らなかった私は、大学入試をどう突破するか、その時間をどう楽しくするかということだけに囚われ、教育の本質的な役割についても考えることができていなかったのです。

 私が参加したIBのワークショップでは、実際に授業で行われている手法を用いて活動したり、現場でIBを教えておられる先生の話を聞くことができました。
 その中で、知識を「確認」することと「活用」するのとでは学習方法が全く異なるということが分かりました。
 IBの「指導のアプローチ」にある「探究」と「概念」の学びは、私がこれまでに行ってきた教科指導の方法では到底実現不可能だということに気づくことができました。
 そして、授業を受けた生徒達が進級あるいは卒業してからも活かせる「学び方」を伝えていかなくてはならない、そのために学校での授業の在り方を変えていきたいと強く感じたのです。

 これまで行ってきた授業は、教科書や資料集に載っている歴史的事実や、単元毎の主たる発問を構成し、決まりきった内容をどう教えるのかについてばかり考えていました。
 ただ、授業方法を変えると言っても子どもたちの学び方を急に変えることはできません。これまでの授業のあり方を残しつつ「探究(自分で問題を見つけ思考を深める)」や「概念(事物の抽象化)」を持ち込み、授業やテストを作成するようにしました。

 その時間に学んだことを他の単元にも応用したり、他の教科と横断させたりするというのは、学生の時に取り組んだことがほとんどなかったので、1つの授業を作るのに相当な時間がかかりました。しかし、その成果は少しずつ見え始め、完全に受け身で座り、まるで映像授業でも聞いているような雰囲気の授業から、自分達で何かを生み出そうとする姿勢を見出すことができたのです。

授業や試験問題を変えるには、まずは「評価」を見直す

 私の頭を最も悩ませたのは「評価方法」でした。

 評価を変えない限り、授業の構成を変えることはかなり困難です。
 マーク式や一問一答形式の正解がある問題ばかり扱っていると、生徒が出す多様な種類の解答に対して、実際にどう評価するのか悩むことが多いと思います。ルーブリック(学習到達状況を評価するための評価基準)の活用については、これまでに教育雑誌などで目にしていたのですが、実際に導入するとなるとかなり苦戦しました。

 IBでもルーブリックのようなマークバンド(採点基準表)を用いて評価します。
 これをワークショップの中で、実際にこのマークバンドを用いて、他の参加者と取り組めたことは貴重な経験となりました。その評価方法を参考に、自分のルーブリックを何度も作り直した後、生徒達にも説明して授業でルーブリックの理解を深める活動をしたり、ルーブリックに基づいて生徒同士で点数をつける活動をしました。
 そして、少しずつ「探究」や「概念」の学びを授業や考査に取り入れていきました。そして、ようやく学年末の時期にルーブリックに基づく全問記述式の試験を初めて作成することができたのです。

現場で大切にしていた生徒との関わり

 「学校現場あるある」の1つだと思うのですが、生徒の成果物を授業ごとにすべて確認したり、採点に時間のかかる試験を作成すると業務がパンクします。

 ただ仕事の効率を優先し、妥協して良いものとは思えなかったので、
・定期的な座席の変更
・授業前の質問のメール受付(3年生)
・授業後の感想・質問「なんでもシート」の確認
・個人考察やグループワークの成果物(1年生)の確認
・昼休みや放課後の質問や面談の受付

は欠かさず行いました。

 最終的に授業に取り入れてよかったと思うことを以下にまとめました。

・用語を生徒が説明する
・授業で学んだ具体的なことを抽象的にまとめる
・一度抽象化した内容を具体化する
・自分でその時間の振り返りをする
・事前に学んだことを整理し、短期的な暗記をさせないため、持ち込み可の全問論述試験を実施する

 高校1年生は、まだ高校の勉強というものがどういうものかは知らないことと、大学受験のプレッシャーが少ない(私が勤めていた学校は大学への進学率が非常に高い高等学校でした)ことから、探究と概念をベースとした学びを展開していきました。
 授業の始めに「学びとは何か」について話し合い、社会に出た時に求められる力は何か、そのために今できることは何かをいろんな資料を見ながらみんなでブレインストーミングしました。そして、「授業とは自分が成長できる大切な時間だ」という共通認識を持つようにしました。

 大学受験という大きなプレッシャーはありますが、1年生の時に「学ぶことは楽しい」と気づいてもらいたいということと、今のうちに「いろんな知識を体系的にまとめるスキル」を身につけておけば、いずれ大学受験のための勉強をするようになったとしても、マーク式の問題は何の苦労もないと感じて欲しかったのです。
 
 私の担当科目は「世界史」で1年生は古代から近代までの西洋史を扱うことになっていました。そこでは、「宗教の役割が古代と中世でどう変わったのか」「近代文明の発展を帝国、科学、資本の観点から考える」など、学んだ知識を体系化する問いかけを用意しました。定期考査についても、資料持ち込み可の論述試験にしました。

 高校3年生に関しては、これまで積み重ねた勉強方法を急に変えることになるので、なるべく混乱の無いよう配慮しました。
 4月の最初の授業の時に、インプットばかりになってしまいそうな受験勉強をアウトプットを中心にする方が勉強も効果的であることを生徒に示し、アウトプットの重要性を理解してもらうところから始めました。その後は、授業の中で用語の確認をペアで取り組んだり、事象を自分の言葉で説明したり、演習の解説を順番で交代にしてもらったりと、知識をアウトプットする方向へ持っていきました。この方法は、生徒達も楽しく学んでくれていたので取り組んでよかったです。

 生徒からのコメントを見て振り返ってみても、用語を自ら説明したり概念として捉える学びは、自ら参加する姿勢が生まれ、学びが深くなることとモチベーションの向上が見られ、受験勉強においても効果があったようです。
 生徒は自分がどこが分かっていないのかを明確にすることができるようになり、質問もたくさん出るようになりました。勉強方法そのものを変えることで効果的な学びを生み出すことができました。

 この1年で取り組んだことで、難易度の調整や個々への対応など改善点は多くありました。しかし、チャレンジする理由とその姿勢を生徒たちにも理解してもらい、常に生徒からフィードバックをもらいながら対等な立場で授業を進めていきました。
 また、授業実践に取り組む他の先生とお互いに授業を見たり議論したりする時間はとても充実していました。
 何よりもこちらのワクワクする気持ちが生徒達に伝わって、授業の50分があっという間でした。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


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