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西陣織がテクノロジーと現代アートに狂い咲いていた

布がアツい。最近、ヒートテックの超極暖で悦に入っていた私をぶん殴るような新商品が現れた。

「布に電子回路をプリントしていて、布そのものが発熱します。電源を入れると5分で約80℃まで上がります」というショルダーバッグで、その中に入れておくとレトルト食品を温められるらしい。

「運動部でがんばる息子に温かいお弁当を食べさせてあげたい」という親心からの開発だったそうだが、80℃ってローストビーフとか作れちゃうレベルじゃん。布、いったいどうなってるんだ。どこまで進化する?

進化といえば、先日お邪魔した西陣織のギャラリー「HOSOO GALLERY(ほそお ぎゃらりー)」も、行く末が心配になるような攻めっぷりだった。

ミラノで彫刻家をしていて人生の半分以上を海外で過ごしてきたという京都好きの友人に「京都でとにかく美しいものを見たい」という雑なオーダーをしたら、「布に興味あるなら絶対ココ!」と猛プッシュしてくれたのだ。

創業は元禄元年という、西陣織の「細尾」が運営するショップ兼ギャラリー。老舗と聞いて古民家風の佇まいを想像していたら「会員制高級サロン」のようなきらびやかなエントランスで怯む。

しかし、玄関口で待機していた黒服のお姉さんたちは、とてもウエルカムな笑顔で迎えてくれた。
「こ、ここ、入館料とかいらないんですか?」
と、しどろもどろに尋ねると、
「はい。どうぞゆっくり見て行ってくださいね」
と猫のような美しい身のこなしで2階へ続くギャラリーの階段に案内してくれた。

1階ではモダンにデザインされた西陣織のバッグやクッション、スカートなどが販売されていた。言われなければ、これが日本の伝統工芸であることはわからないだろう。

展示のタイトルは「Ambient WeavingⅡ」。Ambientって、周りの空気感みたいな意味だっけ? 副題には「環境と織物」と書いてある。入口に企画趣旨が書いてあったが、内容がかなり抽象的で長かったので読み飛ばしてしまった。このミステリアスな階段を早く上って中を見たい。その欲望に負けてしまったのだ。

ななめ読みでざっくり把握したのは「伝統工芸に先端テクノロジーを組み合わせて開発した布」の発表だということ。東京大学の研究室やファッション系の企業との協働事業らしい。

「Wave of Warmth」

展示室は真っ暗だった。その中に、ぽおっ、ぽおっとライトアップされた作品が漁火のように浮かんでいる。

つきあたりの広い壁には横幅3mぐらいはありそうな横長の大作。どれもこれもよく見ると織物でシボの起伏も美しい。

私にはこれが清流をまとった岩肌に見えた。厳しい岩山の奥地を俯瞰で眺めているような。横山大観が日本の山河を描いた「生々流転」を思い出していた。

すると黒服のお姉さんがそっと近づいてきて、
「こちらの織物は25℃以上になると、色が黒から青に変化するんです。後ろにパネルヒーターが埋め込んであって温度も変わっていくので、15分後くらいにまたいらっしゃると面白いと思いますよ」
と、教えてくれる。

しばらくして戻ると――ほんとだ。今度は青色が横に貫く一本になっている。川のようにも見えるけど着物の帯締めのほうが近いかなぁ。まるで空の雲を「あれに似ている」「これに似ている」と眺めるようで、いつまでも作品の前から動けない。時間の流れが引き延ばされるようだ。

WP004 <Pillars>

実はこれも西陣織。緯糸(よこいと)にカーボンバーが織り込まれていて、スナップボタンで留めることで1枚布から形が自在につくれるそうだ。粘土のように成型できる布、活躍の場はきっと未知数だ。

ほかにも、単体ではただの黒い紗の織物なのに2枚重ねて後ろから光を当てると色が浮かび上がる化学実験のような作品もあった。

そして不思議の極みはこれ。

WP001 〈Sounds〉

写真ではわかりづらいが上から見るとゆるやかなS字にカーブしている。織り物のオブジェかと思いきや――、スピーカーなのである。

会場内にわずかにピピッ、ピピピと電子音が流れていたのはこれだったのか。どうやら電気を通す特殊な箔糸が織り込んであるらしい。
気まぐれな雨だれのように布のいろいろな場所から音が出ている。立っている位置によっても違うように聞こえる。

ためしに目をつぶってスピーカーに沿って歩いてみると、ギリシャの白壁の街に迷い込んだようだった。カーブの反響が距離感を狂わせて、ふわふわとした気持ちになるのだ。

こういったものは、何に活用するというのだろう? 店員さんは学芸員のようにいろいろ詳しかったが、聞いてみても「研究の発表なので、何に使うかなどはこれからですね」と笑う。
もしかしたらトップの間では商品化のアイデアが進んでいるのかもしれない。この未知数のワクワク感は、伝統工芸の美術展というよりNASAとかのラボを覗かせてもらったという感じのほうが近いかもしれない。

西陣織って、扇や鶴が描かれている「きらびやかな大和絵」のイメージがあったのだが・・・何がどうなってこうなっちゃったのだろうか?

ここからは、店員さんから聞いた話と自分で調べたことを要約して書く。

先代のころから西陣織の国内需要は減ってきていて、海外進出に乗り出すも手ごたえはイマイチ。2008年にパリ装飾美術館で日本を紹介する展示に出しても、オファーがなく肩を落としていたそうだ。そんなとき、展示を見た建築家ピーター・マリノが現れて「その技術で抽象画っぽい布を作れないか?」と尋ねてきたらしい。アンディ・ウォーホルやヴィトンなどとも仕事をしているスゴい人だ。
現代表の細尾真孝さんは、驚いたそうだ。
「西陣織に求められていたのは、日本伝統の柄ではなかったのか。純粋に素材として求められているなんて」という感じだったらしい。

後日ちゃんとパンフレットの展示趣旨を読んで知ったのだが、西陣織の特徴は「緯糸を幾重にも積み重ねることで複雑な意匠を表現」できること。またその緯糸には「さまざまな太さや硬さを持つ多様な素材を織り込むことが可能」なこと。
だからどんな絵でも描けるし、電気を通す未知の素材を織り込む可能性を秘めていたのだ。

ただ、そのオファーを阻んでいたのは「反物の巾」。着物用の規格は35㎝。でもそれだとドレスやファブリックは作れない。なので、細尾さんは職人さんたちと150cm巾の布を作る技術を開発。その後も「開発」の躍進は続き、今に至っているということだった。

わたしがスゴいなと思ったのは、細尾さんが自分が考えていたアイデンティティに捉われず、「素材として求められること」を面白がって新しい波に乗ったことだ。
自分だったら「一生懸命守ってきた『あの柄』は求められてないのか」と寂しくなって、意固地になってしまうかもしれない。

わたしは専門家でもなくただの着物好きの人間だからエラそうなことは言えない。でもこの「HOSOO GALLERY」が教えてくれたのは、西陣織の「武器」は柄であることと同時に、もっと深く潜ればそれを生み出してきた技術だったということだ。

武器は、見えている物のさらに下に埋まっている。
それは伝統工芸だけでなく、組織とか個人にも当てはまると思う。

1階にディスプレイされていた白いクッションは、ニューヨークの街を俯瞰で見た景色が表現されていた。道路が碁盤の目みたいになっていて「京都と似てるんですよ」と店員さんが笑う。
おそるおそる持たせてもらったら、とても軽い。ふんわりと両手になじむようで肌が心地よい。
「ああ、これ元は衣服だったんだよな。人の体を包むものだったんだよな」と、作り手の心遣いまで染み込んでくるようだった。

形は変わっても、大事なものは何も失くしてなかったんだ。


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