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これは戦記である<ADHDの息子の大学受験日記>

8月8日

最初に言っておくが、これから書くことは「戦い」の話だ。

簡単にいえば、現在進行形の息子の受験勉強の話なのだけど、決して受験体験記ではない。戦記だ。『三国志』や『ゲド戦記』と同じだと考えていただきたい。

なので、ビリギャル的なサクセスストーリーでもなければ、「高3の1学期までカメムシの臭いばかり嗅いでいた俺が東大に合格した件について」みたいなラノベ的ストーリーでもない。

しかも、多くの人にはまったく役に立たない話だと思う。なにせ、ADHDで言語能力が生まれつき低い息子が、英語という言語の学習が必要な科目を含み、さらには言語を使った入試に立ち向かうことについて、つらつら書いていくつもりなので。

それはふつうの人にとって、高校生になってからいきなり二足歩行の練習をするような話だと思う。なので、中学生までハイハイで過ごしていた人だけが読んでほしい。

……と、前置きが長くなってしまったけれど、さっそく書いていこうと思う。

8月10日から息子の夏休みが始まった。期間は2週間。短い。例年なら「受験を制すものは夏を制す!」「夏は受験の合戦場!」などと、戦国時代じみた言葉が並ぶ受験生の息子の夏は、関ヶ原の戦いをするには長すぎるし、応仁の乱をするには短すぎだ。

そう、なんだか中途半端な夏休みだったのだ。これまでの勉強の総復習をするにも、受験勉強の基礎を始めるにも、その中にちょいちょい気晴らしを紛れ込ませるにも、あまりにも短すぎる。「夏休み」というよりは、「ちょっと長めの連休」でしかなかった。

そんな中で、受験勉強をどのようにすべきか――そう考える前に、大事なことを決めなくてはならなかった。夏休み2週目には三者面談が控えている。そこで、志望校や希望する受験方法を担任に伝えなくてはならない。

ご存知の方も多いとは思うが、私立大学の受験については、現在は一般入試よりも推薦入試がメインになりつつある。推薦入試もさまざまな種類があり、飲んだビールの本数さえ忘れてしまう私には覚えられないほどだ。

そんな中でも、「指定校制学校推薦型選抜(指定校推薦)」「公募制学校推薦型選抜(公募推薦)」「総合型選抜(AO入試)」あたりは、耳にしたことがある方も多いのではないだろうか。

正直なところ、私は息子に指定校推薦で大学に進学してほしいと願っていた。言語能力の低い息子が、2月までの受験勉強に耐えられるとは思わなかったからだ。指定校推薦であれば、規準に足りる成績をとって学内選考を通れば、面接試験と少しの学科試験だけで冬前には合格が確定する。いい制度。最高じゃないか。

特に、理系の息子が志望している学科は、どの大学でも偏差値が飛び抜けて高い。一般入試で入るとすれば、野球でいえば、夏の甲子園に出場して最低でも一回戦は勝ち上がらなければならないようなところばかりだ。

そんな栄冠は君に輝かなくてはならない大学受験に、颯爽と現れた指定校推薦。それは、地区大会予選万年初戦敗退のチームの万年補欠の選手でも、甲子園に出られるような制度だ(ただし、「評定平均」と呼ばれる成績の基準をクリアした者に限る)。

ちなみに、息子の志望する上位3大学は次のとおり。

○A大学(偏差値62。全国的にも有名。一流企業への就職率が高い)
○B大学(偏差値57。某有名企業とつながりのある大学。就職率は高い)
○C大学(偏差値57。最近人気の理系大学。就職率はいいが、ほかの2大学よりも給与帯が低い企業に就職することが多い)

息子の通う高校には、B大学とC大学の指定校推薦が来ていた。いまのところ、息子の成績であれば、B大学にもC大学にも指定校推薦の申請ができる。できる。できるのだ。できるのだが……。

「俺、A大学に挑戦したい」

終業式から帰ってきてすぐに、息子はそう言った。しかもちょっとだけ目に涙をためて。

「俺、高校受験はラクしちゃったよね? あの当時は勉強もぜんぜんできなかったから、剣道さえできればどこでもいいって感じで、いまの高校に決めたでしょ? だから、大学受験ではそういうことはしたくない」

息子は剣道を長年やってきたので、高校選びのポイントは「剣道がそこそこ強いところ」「息子のアレな成績でも入れる」だった。実際入学してみたところ、高校自体は悪くはなかったが、剣道部の顧問がアレだったり、スポーツ推薦で入学してきた部員たちの偏差値が3くらいで非常にアレだったりして、とてもアレな状態だったのだ。

大学もラクして入ろうとすれば、きっとまたアレな連中がいるところを選んでしまうに違いない……。息子はそう思ったようだった。

実際のところ、B大学もC大学もとてもよい大学なのだが、両大学の指定校推薦の基準には、こんなことが記されている。

「数学Ⅰ・A・Ⅱ・Bを履修していること」

この一文自体には問題はない。問題はそこに、「数学Ⅲ」が含まれていないことだ。

数学Ⅲは、高校教育の最高峰にして最難関の教科と言ってもいいと思う。微分・積分・曲線・複素数平面といった、文系の私には「それってエロイ・エロイ・ラマ・サバクタニの類語?」としか言えない学習内容。それを高校で学ばなくても、指定校推薦では入学できますよ、とこの両大学は言っているのだ。

数学が大得意な息子は、それが気にくわなかったらしい。工学系の学科でありながら、物理に必須の数学Ⅲを学ばないことを良しとするとは、丸腰で戦場に行くようなものじゃ! 恥を知れ!……と、手練れの武将のようなことを思ったかどうかは知らないが、まぁそんな感じだったんじゃないだろうか。

息子の気持ちはわかる。この息子の気持ちをTwitterでつぶやけば、わかり哲也の画像がTLに並び、「わかりみが深い」とリプしてくれる人がいることだろう。

しかし、息子には最大のネックがある。英語だ。直近の模試の偏差値で言えば、数学は60で物理は55なのに、英語は40。40の4が「死」としか読めない。不吉だ。

「A大学を目指すのはいいよ。でも、英語をめちゃくちゃ勉強しないと無理じゃ……」
「だから、これから必死に勉強するよ」

はっきり言おう。息子の言葉、ぜんぜん信用できない。お気に入りの配信を見たり、マイクラばっかりしている人間を、私は信用することはできない。

その正直な気持ちを息子に伝えたところ、「わかった」と答えた。残念ながら、なにがわかったのかわからない。またスマホでゲーム配信を見ている。

……怒鳴ってはいけない。発達障害の子には、怒鳴ったところでなにもメリットはないのだ。息子がパニックになり、この1日を丸々潰してしまうだけだ。それに、この子の思い描いている「必死に勉強する」が、私にとっての「必死」や「勉強する」とは異なっている可能性も高い。……だよね? そうであってくれ。

しかし、そうはわかっていても、怒鳴りたい気持ちがグイグイと喉を押す。私は頭の中で、エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニと3回ぐらい唱え、なんとか落ち着きを取り戻して切り出した。

「とりあえず、1日にどの教科をどの程度勉強するか、いっしょに考えてみない?」

……よく言った! よく怒らなかった! えらいぞ私! おかげで息子も納得して、まずは勉強の計画を進めることができた。

これが、夏休みに入る直前の話だ。こんな状態が、おそらく来年の2月まで続く。つらい。自分がやることなら、ここまでつらくない。なのに、人を動かすことはどうしてこうもつらいのだろう。

あまりのつらさに、勉強の計画を立てている息子に「指定校推薦でもいいんじゃない?」と10回ぐらい言ったけれど、全部ガン無視されて終わってしまった。

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