『地方を生きる』(小松理虔 著 筑摩書房 2021)読書感想文

先日、「共事者」という言葉を知った。この「共事者」という言葉に僕は妙に魅かれた。それを使い始めた人は小松理虔という人らしい。ならば彼の著書を読んでみよう、と思ったのが本書を手に取ったきっかけだった。

本書には小松氏がこれまでに経験したことや考えたことについて記されている。メインテーマとしては、彼の地元である福島県いわき市小名浜での仕事や活動のことが書かれている。

本書の中で「共事者」は後半に登場したので後述するとして、それ以外にも印象に残る話も多かった。例えば、「晴耕雨読2.0」や「二枚目の名刺」の話は、地方で生きることに留まらず、興味深い話だと思った。

「晴耕雨読2.0」は以下のようなライフスタイルだ。

昼は食い扶持を得る仕事(晴耕)に徹し、仕事がない時間にクリエイティビティを発揮し、本来やりたい活動(雨読)に取り組もうというもの(p63)

小松氏は「ないもの」が多い地方だからこそライフスタイルは「自分で作る」ことができるとも書いていた。

仕事とやりたい活動が完全に一致していることはあまり多くないと思う。しかし一方で24時間365日仕事をしている人も多くないだろう。やりたい活動に向き合う時間や機会を「自分で作る」ことができる、という主張は心に沁みた。

「二枚目の名刺」は、ある「閉じた世界」にいる「自分を解放」させるためのものだいう。さらに、自分に社会や地域との新たな関係を生んでくれるものでもあるという。

例えば、小松氏の場合は自身で立ち上げたウェブメディア「tetote onahama」の「編集長」が「二枚目の名刺」に書かれる肩書きだったのだ。ちなみに、ここでの「一枚目」は彼の就職先の名刺だ。

「二枚目の名刺」について、小松氏は以下のように書いている。

「二枚目の名刺」は、そんな閉じた世界から、自分を解放する取り組みだとも言えるでしょう。そして、自分のやりたいことや興味関心を「会社」や「学校」ではなく「社会」と結びつけるツールにもなり得ます。どんどん好きに名乗ればいい。好きに名刺を作って、自分の好きなこと、関心のあることを通じて、地域と関わりを作ればいいんです。高校生や中学生だって、好きに名刺を作ってください。作家や写真家を名乗ることだってできるし、デザイナーやイラストレーターにもなれます。その名刺は、学校でのあなたや、家でのあたなを解放してくれるかもしれない。もしかしたら、そこから「独立」のチャンスも生まれるかもしれません。会社や学校にバレるのが嫌なら、ぼくのように作家名やハンドルネールで活動したっていいんです。(p69-p70)

この社会との繋がりは学校や会社に限らなず、好きに作ってしまって良い、という主張も心に沁みた。

僕も大学院生のときに、「サイエンスカフェ実行委員」という肩書きを名刺に書いていた。この肩書きは僕にとって、「大学院生」に閉じずに、別の社会との繋がりをもたらしてくれた。そして、それがいくつかのチャンスを与えてくれた。だから、小松氏の話が心にスッと入っていく感覚だった。

さて、本書後半で登場する「共事者」の話だ。これは、小松氏が地元で「3.11」に被災したことに関係する。彼が「3.11」以降、震災や原発事故、そして、復興にどのように向き合っていったのか、が本書の後半部分だ。

震災や原発事故、復興に関わる活動をしていくと、分断を生んでしまうこともある。そんな葛藤の中で、小松氏は「共事者」という関わり方が大切なのだと考える。

当事者や専門性に左右されない「ゆるい関わり」が必要なのではないかと考えるようになりました。当事者性の濃さや専門性の高さに囚われることなく、本書でも何度も示してきたような、個人の興味や関心を通じて課題と関わる回路が必要だと。ぼくは、そんな関わりを「共事/共事者」と呼んでいます。(p181)

自分が関心を寄せたり、考えたい問題があったとする。でも、その課題に対峙しようとしたときに、「自分は政治家じゃないし」「自分は専門家じゃないし」「自分は当事者じゃないし」と感じることがある。

僕の場合、水俣病の問題がそうだ。僕は政治家でもない。水俣病の専門家でもない。また、水俣病の当事者でもない。でも、水俣病に関わる問題を目を向けたい。考えたい。こんな思いを心のどこかに抱き続けていた。

そんなときに、小松氏の「共事者」という言葉の知ったのであった。小松氏から「それで良い」「それも大切なのだ」と言ってもらえた気がした。だから僕は、水俣病の問題に対して「共事者」であろうと思った。

最後になるが、他にもこの本の魅力がある。それは、「地方」を手放しに礼賛しているわけではないことだ。本書の第4章は「ローカル『クソ』話」というもので、「地方暮らしの金銭事情」や「風通しの悪さ」、「同質性という地方の課題」について、リアルに描いている。この点も小松氏の視点のリアルさが伝わってくる。

本書を読んで、もう少し小松氏の見ている世界を知りたくなった。次は『新復興論』を読んでみよう。

それと、小名浜にも足を運びたくなった。

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