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シチズンサイエンスに関するメモ

シチズンサイエンスの注目度が以前よりも高まっている。今回のnote記事ではシチズンサイエンスについて調べたことを書きたい。

シチズンサイエンスとは何か

シチズンサイエンスは以下のように説明される。

シチズンサイエンスは、職業科学者ではない一般の市民によって行われる科学的活動を指す。我が国では、社会課題の解決に重きを置く「市民科学」と呼ばれる活動が既にあるが、シチズンサイエンスは、市民科学に加えて、学問体系における科学的規範に則った知識生産も包含する、より広範な科学的活動とされている。すなわち、一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究し、その成果としての体系的知識を増やす活動がシチズンサイエンスには含まれる。また、シチズンサイエンスは、しばしば職業科学者との協調により、もしくはその指導の下で行われ、世界的に拡大しつつある。歴史的には鳥類学、天文学などで行われ、 現在では、気象観測や多様な生物の観察のほか、哲学、言語学、民俗学、考古学、地理学など多岐にわたる学問分野で行われている。

提言「シチズンサイエンスを推進する社会システムの構築を目指して」のポイント|日本学術会議

「市民科学」については原子力問題や公害問題の文脈で語られることが多い。高木仁三郎博士(1938~2000)は市民科学の中核的人物として有名だ。

高木仁三郎市民科学基金のウェブサイトを見てみると、「市民科学」については以下のように説明されている。

市民科学は、市民社会が実際に直面する不安や問題から出発し、その成果も市民の評価に委ねられます。

市民科学とは|高木仁三郎市民科学基金

他方の「シチズンサイエンス」は、より広い意味での、市民と職業科学者が協働した研究プロジェクトもしくは研究手法と言ってよいだろう。そこには「市民科学」も含まれている。

科学技術政策からの注目

シチズンサイエンスは「第6期科学技術・イノベーション基本計画」でも、以下のような記述で取り上げられている。

地方公共団体、NPOやNGO、中小・スタートアップ、フリーランス型の研究者、更には市民参加など、多様な主体と共創しながら、知の創出・融合といった研究活動を促進する。また、例えば、研究者単独では実現できない、多くのサンプルの収集や、科学実験の実施などそれらによる多くの市民の参画(1万人規模、2022年度までの着手を想定)を見込むシチズンサイエンスの研究プロジェクトの立ち上げなど、産学官の関係者のボトムアップ型の取組として、多様な主体の参画を促す環境整備を、新たな科学技術・イノベーション政策形成プロセスとして実践する。

内閣府『第6期科学技術・イノベーション基本計画』本文 (2021) p61

また、日本学術会議若手アカデミーもシチズンサイエンス推進に注力している。 2020年9月には「提言」を発表し、以下4点について言及している。

  • シチズンサイエンスの知識生産活動への拡大に向けた広報活動

  • シチズンサイエンスの研究倫理を保持する基盤整備

  • シチズンサイエンスを推進するための社会連携の基盤整備

  • シチズンサイエンティストの活動を支援する研究資金制度の確立

日本学術会議「シチズンサイエンスを推進する社会システムの構築を目指して」(2020) p15 より。

旧来のシチズンサイエンスの例:「紙の雪」実験

調べてみると、日本でも「市民科学」っぽくない「シチズンサイエンス」が昔から行われていたようだ。例えば、以下は樋口敬二博士(1927~2018)が札幌で行った「紙の雪」実験である。航空機から散布した「紙の雪」を札幌市民に拾ってもらい、降雪経路について調べるというものだ。

画像は K. Higuchi, "Experimental studies on drift and turbulent diffusion of paperlets emitted from aircraft as a model of snowflakes", Jour. Met. Soc. Japan, Ser. II 40 p170-p180 (1962) より。

現代のシチズンサイエンス:オンラインシチズンサイエンス

現代においては、インターネットを活用したオンラインシチズンサイエンスが登場し、活動の多様性も広まっている【一方井祐子 「日本におけるオンライン・シチズンサイエンスの現状と課題」 科学技術社会論研究 第18号 p33-p45 (2020)】。いくつかの活動を関連文献と共にピックアップしてみた。

B-Lab(ビー・ラボ)

マルハナバチ国勢調査

Thundercloud Project

#関東雪結晶 プロジェクト

荒木健太郎 雪氷 第80巻2号 p115-p129 (2018)

NHKシチズンラボ

海外におけるシチズンサイエンスの事例

海外におけるオンラインシチズンサイエンスの例としては「Galaxy Zoo」がよく取り上げられている。

また、海外ではシチズンサイエンスの手法を用いた研究論文が増加傾向にあることも報告されている。

シチズンサイエンスのレベルと形態

【一方井祐子 「日本におけるオンライン・シチズンサイエンスの現状と課題」 科学技術社会論研究 第18号 p33-p45 (2020)】では市民の関与度のレベルとプロジェクトの形態という二つの観点による分類が紹介されている。

市民の関与度のレベルとしては、市民がデータ収集などの単純なセンサーとしての役割を担う「クラウドソーシング」のレベルから市民と職業科学者が協働して問題設定からデータ収集を行う「究極のクラウドファンディング」までのレベルがある。つまり、レベルが高いほど市民の関与度が高い。

またプロジェクトの形態としては、市民のデータ提供を呼び掛ける「データ収集型」、データ処理を呼び掛ける「データ処理型」、インフォーマル教育などの「カリキュラムベース型」、特定の地域やコミュニティで実施される「コミュニティベース型」があるとされている。

まとめると、以下のような表が書けるだろう。

表は 一方井祐子 「日本におけるオンライン・シチズンサイエンスの現状と課題」 科学技術社会論研究 第18号 p33-p45 (2020) を参考に筆者が作成。

ここで留意せねばならないのは、レベルが高い方がシチズンサイエンスとして好ましいわけではないということだ。自身が展開したいシチズンサイエンスに合ったレベル/形態を採用することが大切になる。

シチズンサイエンスには誰がどんな動機で参加するのか

「Galaxy Zoo」参加者への調査によると、「科学や学問への貢献」が最も高い参加動機であると報告されている。

また、一方井らの調査によると、シチズンサイエンスには科学への高関心層が参加もしくは参加意欲を示すことが報告されている。

ここでも参加動機について聞いており、「科学や学問への貢献」「知的好奇心の刺激」「科学に関する最先端の知識が得られる」といったことがシチズンサイエンスへの参加動機になることが示唆されている。

「市民参加型プロジェクトに参加するとしたら、その見返りに何を期待しますか?」という質問(複数選択可)に対する回答(一方井ほか 2020 より)。

シチズンサイエンスとオープンサイエンス

シチズンサイエンスの展開に関連の深いものにオープンサイエンスがある。オープンサイエンスとは以下のように説明される。

ICTによるデジタル化とネットワーク化された情報基盤およびその基盤が開放する多量で多様な情報を様々に活用して科学研究を変容させる活動であり、産業を含む社会を変え、科学と社会の関係も変える活動

林和弘「オープンサイエンスの進展とシチズンサイエンスから共創型研究への発展」
学術の動向 2018年11月号 p12-p29 (2018)

オープンサイエンスによって旧来の市民と科学者の非対称性も変容すると考えられている。それをまとめたのが下図である。

科学と社会の非対称性。画像は 林和弘「オープンサイエンスの進展とシチズンサイエンスから共創型研究への発展」学術の動向 2018年11月号 p12-p29 (2018) より。
シチズンサイエンスが指向するより対称、多様で双方向性のある情報と研究資金の流れ。画像は 林和弘「オープンサイエンスの進展とシチズンサイエンスから共創型研究への発展」学術の動向 2018年11月号 p12-p29 (2018) より。

シチズンサイエンスと科学コミュニケーション

以上のようなシチズンサイエンスの状況を知った上で、筆者はサイエンスカフェなどの科学コミュニケーションに参加する高関心層の“物足りなさ”の先にシチズンサイエンスがあっても良いだろうと考えた。科学リテラシーの涵養、人材育成(教育)という面でも有意義かもしれない。

今井寛・渡辺政隆 『科学技術コミュニケーション拡大への取り組みについて』(2005) および 林和弘 (2018) を参考に作成。

シチズンサイエンスの課題

とはいえ、シチズンサイエンスには課題もある。【中村征樹「シチズンサイエンスは学術をどう変えるか」学術の動向 Vol.23 No.11 p30-p39 (2018)】では以下の3点の課題が挙げられている。

  • 知的財産に関するもの:プロジェクトの中で生み出される写真や文書などの著作物の扱い。

  • 研究公正に関するもの:専門的な訓練を受けていない市民が収集したデータの信頼性。

  • 被験者保護に関するもの:研究倫理に関する制度的な仕組みが整っていないこと。

今後もシチズンサイエンスについては注視していきたい。

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